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「では…、」
壮さんが紙とペンを部屋の奥から取ってきた。
紙には7日分の24時間表が書かれていた。
「7時には起きていただきます。そして7時20分には我々の食事があります。」
そう言って紙に文字を書き込んでいった
「8時に釉柳様のお食事があるので、8時50分から釉柳様の勉学のお手伝いをお願いします。」
(9時じゃだめなんですか?)
細かく10分刻みな時制にびっくりした。
「そして11時までの勉学が終わります。この後は釉柳様の自由時間でございます。」
「雁蘭殿も、この後説明する業務が終わりますと、自由時間になります。皇帝様が来られる日は20時頃にご飯になりますので、その時間には戻ってきてください。」
「通常は16時までです。その後夕ご飯を取り、あなたの仕事はおしまいです。22時が完全消灯ですので。」
話を聞く限り、私の仕事は周りと比べるととてつもなく楽な仕事のようだ。
「良いんですか、仕事量少なそうですけど…。」
よくぞ聞いてくださいました!というように顔を輝かして話し始めた。
「臨時で時々仕事を頼ませていただくつもりなので。綺麗な目をしていらっしゃるので柳の評判が上がります!」
「そしてもう一つの仕事なんですけど…。
「柳の専門護衛をやっている鐘醴が庭の景観を整備しているのでそちらを手伝ってください。」
「あなたは植物に詳しいとのことでしたので。」
合点が行った。
植物の知識を活かして、庭の景観を上げろということだろう。
芸術に詳しいわけでもないが、壊滅的でも無いので、なんとかなればいいが……。
そして行く前の扇子屋でも言われたが、やはりこの目は武器になるようだ。
(見た目が良くて助かった…。)
「では、慣れない環境の変化でお疲れでしょうし、明日・明後日はお休みして英気を養ってくださいね。」
釉柳妃のその発言に壮さんがボソっと小言をこぼした。
「釉柳様、それ勉強を貴方が休みたいだけ…。」
「いいえ?」
釉柳妃が強く否定すると、壮さんはくすくすと笑っていた。
「お部屋でゆっくりしてもお買い物に行ってもいいですよ、雁蘭殿。」
そう言われて部屋を出た。
荷物を解きに入って、そのまま日記に追記していった。
色々な情報が一気に入ってきたので早めに情報をまとめておいたほうが良いだろう。
日記を付け終えて鞄に戻すと、周りの散策ついでに周辺の人に話しかけておこうと考え再び部屋を出た。
庭をぱっと見ると、妃としての紋様である柳の木の他に、西洋の花が数本植えてあった。
釉柳妃の父親の交易で手に入れた品なのだろうか。
といってもざっくばらんな風景というわけでもなかった。
枝垂柳のような灰色の強い黄色と、猫柳のような薄い桃色を基調とした色合いが綺麗だ。
屋敷の裏側の庭に向かうと、庭の草木の形を整えている男の人が見えた。
深い海老色の鎖骨まで掛かる髪の毛に、月のようにキラキラとした金茶色の瞳。
神秘的な見た目で身体の線が細い。
この人が釉柳妃の言っていた護衛だろうか。
正直に言って、儚い見た目のせいで人を守ることが出来そうには見えない。
「……誰だっ!」
急にその男が、切っていた刃物をこっちに向けて、声を荒げてきた。
「なるほど…、声もいいのか。」
聡明さを感じる冷淡な声でありながら、軽やかな色気を感じるテナーサックスの音を響かせている。
「なんですか、またストーカーですか。」
そう言ってその男は私を追い出そうとしてきた。
「いえ、いえ!違います。新しく働く雁蘭といいます。」
急いで自己紹介すると、ようやく男は刃物を置いた。
「あぁ、釉柳様が言ってた…。私は鐘醴と申します。」
そう言われたので、お辞儀をして去ろうとしたところ、鐘醴さんに止められた。
腕を握られ引き寄せられた。
思ったよりも鐘醴さんの力は強くグッと距離が近づいて思わず顔を顰めていた。
「…え、近。」
「失礼しました。噂で聞いていた特徴的な瞳が気になりまして…。」
「は、はぁ…。」
気まずいまま、焦るように屋敷を出た。
どこに行こうか、迷った末に希㐴たちに会いに行くことにした。
どこに居るのか、迷って最初に案内をしていた女官のいる場所に聞きに向かった。
それなりに距離はあるので少し足早に向かうことになる。
周りは仕事をしながら喋っていた。
こうして、1人で歩き回る状況というのは特異なようでチラホラとこちらを見てくる人もいた。
恋バナや暗い噂をしている人がほとんどで、その中に面白い話が聞こえて思わず一瞬立ち止まってしまった。
『柳の護衛がかっこいいけど、恋人がいるらしい。』
王道の高身長で雄々しいような男性っぽい容姿でこそ無いものの、確かに美しい見目をしていた。
しかし、なんとなく恋人とは無縁そうな第一印象を持ってしまった故にその話題に関心を惹きつけられてしまった。
立ち止まっていると、何故か隣にいた楓貴に話しかけられていた。
「ちょっといいかしら。」
え、と素っ頓狂な声をこぼして固まってしまった。
「食用ほおずきを買う必要があるの。紕伶緖の11号商に行ってね。」
そう言って交換用の木版押し付けると、去っていってしまった。
有無を言わさずに押し付けられたので、やる他ない。
仕方ない、希㐴たちに会うのはまた今度だ。
癪に障ったので、買ったのを届けるときは壮さんに直接渡してあげることに決めた。
行き先を方向転換して進み始めた。




