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人が集まっている。
お偉い人が席に座っていた。
西洋風の机にいらっしゃるのが貴族とか役人の方々。
皇帝と皇后、その血縁関係の者たちは倚子に座っていて、和式の低い机が個々の前に置いてある。
その机の前にまた大きめの机が並べてあり、 料理がたくさん置かれている。
他の下女さんたちが、走り回って準備し、腰元と妃が挨拶回りをしている。
腰元は妃周辺のことを行いながら、さらに他の人たちにも気を使って回っている。
今回私たちは歓迎される客人ということで、ちょこんと高めの机の周りに座っておけばいい。
太政官の長官が前に出てきて挨拶する。
我々一般人が見ても良いお顔なのだろうか。
料理に少し、少しと手を付けられていく。
私も手元に置かれている食べ物に手を付ける。
「美味しいよね、ご飯。」
聞こえてきた声の方に目を向けると、希㐴が立っていた。
「あれ、希㐴……。どうかした?」
「どうかした、はこっちのセリフだよ?どこ言ってたの。」
「着替えてただけ。」
「あら、お友達?」
あの良家っぽい子がコツコツと歩いてきた。
最初の歩きやすいようなヒールのない靴から、宴用にアーモンドトゥパンプスに履き替えたようだった。
「あ、さっき連れて行ってくれた子。」
「え、そうなの?」
希㐴が素っ頓狂な声を上げて驚いていた。
「そう言えば名乗ってなかった。私は雁蘭。」
「そうだね、私は……薊泈といいます。」
薊、一族に与えられる植物の種類だ。
土地名も薊兆となっていて、その土地の内外を問わず"薊"の字を使えるのはその一族の家系のみだ。
しかも直系の者たちしか使えないとされている。
やはりものすごいお金持ちなのか。
しかし、尚のこと何故このような人間が下の立場で働きに出ているのだろうか。
とりあえず隣でソワソワしている希㐴を紹介する。
「こっちは希㐴。」
「あぁ、知っているわ。」
予想外の発言に声が裏返った。
「え、なんで?」
「どっちも薊兆出身だからね。てか雁蘭はなんで薊泈さんと…?」
どこまで説明しようか迷い、遅れた理由をぼかしてながら話した。
恥ずかしかったというのもある。
何より、そんなに周りを念入りに見るなんてもしかしたら、と怪しまれたら溜まったものじゃない。
「雁蘭も希㐴も私のことは薊泈と呼んでくださいな。」
「あぁ…じゃ、じゃあ薊泈。」
そのような身分のものを呼び捨てのするのは何処から後ろ指を差されるか分からず不安だ。
しかし、それ以上にこのお嬢様を怒らせるのも危険と感じたので躊躇いながらも呼ぶことにした。
「フフン、これが友達よね。」
いや、ただの世間知らずな良い人なのかも知れない。
少し、家柄のせいで馴染めない可哀想な人でもあるのかも知れない。
特徴的な音楽が聞こえてきた。
「ん、これってなんの曲。」
穏やかながら熱っぽい感じの演奏が響く。
軽い木がぶつかる音がする。
「ナポリ民謡よ。カスタネットが特徴的よね。」
お金持ちの余興は異国のものが多かったりする。
これはナポリ民謡というらしい。
ナポリ、ということはイタリアの音楽か。
曲の演奏、歌唱が終わった。
そして、次の女性が舞踊を舞い始めた。
花柳派は細やかな動きが多い。
しかし、この女性、動きが追いついていないな。
目は足の動きに向いていて、観客や手の向きに向いていない。
「ん?あれ、この花…夾竹桃使って……?」
髪の毛に差された簪と共に一本の枝が差されていた。
毒のある木のはずだけど……。
「声、漏れてたよ?」
「え、何が?」
あれ、なにか喋ったっけ。
「雁蘭ってそういうの得意なの?」
「いや、得意ってわけじゃないけど……姉が花魁だから。」
どっちみち聞かれてしまったので思っていることを言ってしまった。
「足の動きが追いついていないし、腕の動きが定まってないなぁって。」
「花柳派は本来細やかな動きが多いのにそこまで意識が行ってなかったから…。」
「へぇ、そっちも詳しいんだ。」
「そっちって?」
知られてない余計なことも言ってしまったのだろうか。
「いや、花の種類分かるんだ、と思って。」
「雁蘭って化粧で醜くしてるくらいなんだから、美容に関して知ってるのは当然かも知れないけど。」
希㐴の発言に驚いて声が思わず上澄いた。
目の敵にしてると疑われても仕方がないとも思った。
「え、なんで知ってるの。」
横から薊泈が驚いて口を挟んだ。
「雁蘭って化粧してるように見えな……」
突然、薊泈が話すのやめて驚いていた。
思わず気まずくなってしまい、雁蘭は薊泈から目を逸らした。
その先で希㐴と目があってしまい、気まずくて視線をうろちょろとさせるしかなかった。
目に入った周りの人たちも何故か驚いていた。
雁蘭も恐る恐る視線を向けると自分に向いていた。
恐る恐る視線を目の前に向ける。
「えっと…ど、どちら様で…?」
美少女とその付添人のような人が立っていた。
その美少女は、腰までのマスタード色の髪を横に流し、白基調のチュールのマキシ丈ドレスを着ていた。
ぴっちりとした半袖から見える前腕が官能的な雰囲気を出していた。
しかし、顔に目を向けると、顔立ちは幼かった。
目はぱっちりとした垂れがちのアーモンド型。
鼻も小さく低めな忘れ鼻という印象。
口も横がちょっと短めで唇が太すぎずぷっくりとした感じ。
雁蘭にその顔との差が大きい大人びた手を差し出される。
「私は釉柳。私の教育係とし、貴方を侍女として迎えたいのです。」
「もちろんお給金は上がりますよ。」
釉柳というと、妃の位の上から3番目である宮貴妃である。
そんな上の立場の人間にはっきりと断ることができなくなる。
あの女にお金が入るのは癪だ。
そしてそれ以上に問題があった。
「あの…、年季はどうなるのでしょうか。」
「もちろん、年季が明けたら返します。」
「にしても、流石。やはり見込んだだけありますわ。」
「年季が明けても帰る家があるなんて…!」
あまり断ることのできる立場でもない。
そして、給金も良く年季が明けたら帰ることができる。
悪条件でも無いのに、後ろ盾のない今の私には断ることは出来なかった。
「承知しました。尽力いたします。」
「良かったです。よろしくお願いしますね。」