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物凄い数の人間がいる。
門に車が止まって、前の人から降りていく。
あの群衆の中に皇帝もいるのだろうか。
「皇帝ってほんとにあそこにいるの?」
思わず声が漏れた。
それに対して、下世話だねぇ、と隣から茶々を入れられた。
「どっちでも良いじゃない。」
「そりゃあ、そうだけど…。」
言い淀む私の手に、希㐴は荷物をポンと置いた。
「ほら、順番。行くよ。」
半ば強引に手を引っ張られ車を出た。
門は紕伶門と大きく書いてある。
金属細工が細かく施してあり華々しい。
牡丹が一面に描かれて鮮やかな色彩を放つ。
かといって落ち着いた造りになっていた。
群衆の中には役人が多いが、私たちのような下働きも多くいる。
衛士が門に張っていて緊迫感があった。
そのまま、ゆっくりと歩いて進んでいると、ふと視線を感じた。
チラッとそちらの方に向くと全体を舐め回すように見ている男が居た。
余程女に飢えている男か__それかあるわけのない皇帝ってところだろう。
他の女の子達は皇帝が居なそうで興ざめしたのか足早に移動していた。
雁蘭がぼーっとして周りを眺めていると、希㐴が声を掛けた。
「進むよ?」
「あぁ、忘れてた。ごめん。」
謝って少し先を行く希㐴を慌てて追った。
今日は新人が入るのでお祭りになるそうだ。
初日だから下働きのような人たちも自由に騒げるという。
(初日だけの短い自由だから楽しみ尽くそう。)
「では、各自言われた部屋に荷物を置いたら仕事を教えるので集まってください。」
腰元の総まとめの女官が指揮を執って分けられた部屋に移動していく。
私も部屋まで着いていった。
大部屋は本当に言葉通りの大部屋になっていて、60坪ほどもある。
飾りっ気がなく、色褪せた木材の床に、漆喰の簡素な壁が建っている。
内壁もなく、仕上げ材も塗られていないが、まだ綺麗なので壁だけ建て直されて間もない事が分かる。
入り口から右端に机と椅子と燭台が置いてあり、少し作業のできるようにされてた。
大きめの収納場所を開けてみると、布団が入っていたので、再び閉めた。
鏡は一つしかないので、朝はここに行列ができるのだろうと予測する。
ふと、自分の顔を確認したくなり、鏡の方へ向かう。
相変わらず私自身に結びつかない顔が、私の動きに合わせて目を瞬きさせたり、体を捻らせたりする。
「ほら、行くよ。仕事教えてもらわないとだし。」
誰かから声を掛けられた。
周りに注意が向いていたので思わずびっくりして叫んでしまった。
「わ。」
「ちょっとー、びっくりした。あら、盛装に着替えないの?」
そう言って私の全身を見られる。
私も思わず相手の服装を見る。
フリルスタンドカラーでフレアスリーブになっていて、フリルが多くあしらわれている。
長めのサーキュラースカートの珊瑚色のシフォンドレスで、何層にもチュールが重なっている。
お団子にベルベット生地のリボンシュシュをつけていて、少し青みがかった真珠が映えている。
サボンの香りがして如何にも清楚な美少女という印象を感じる。
(んん……?かなりの良家のお金持ちじゃない??)
「ほら、着替えなさいよ。」
「あ、ああ…わかった。」
鞄から貰っていた服を出す。
ファネルネックで、ニットとシフォンのドッキングデザインで裾にリボンが付いている、ふくらはぎほどの長さの透け感のあるドレス。
その上からシフォン生地の深めのV字のカーディガンを羽織る。
トプシーテールの上からビジューの付いたヘアコームを挿して鏡を確認する。
香水を手首に軽く掛ける。
作ったのを持ってきておいたのが功を奏した。
「おぉ、おしゃれね。」
「…あ、ありがとう。」
思わず、嫌味なのでは無いか邪推してしまい、はっきりとしない物言いになってしまった。
「じゃあ、行きましょうよ。」
「大変よろしくお願いします。」
遅れたことに怒られるのかと冷や冷やしたが、案外注意で済まされて説明が始まる。
場所の説明、ということで他の場所まで移動する。
かなり遠くまで移動するみたいで、高めの靴を履いていた子は大変そうだった。
自分は低い靴を履いているので痛みは一切ない。
后や東宮、その従者の住まう大きな建物の門の所にも連れて行ってくれた。
妃の住まう棟、役人毎の仕事場、普段の炊事や雑用を行う所謂仕事場、自分たちの食事場所、大衆風呂…通常時の業務に関連する場所を順に回っていった。
流石に皇帝や2官の役人がいらっしゃるところは見ることの出来ないようで……。
一先ずは、一通りの説明が終わったようで、今から宴会の会場に向かうようだ。
女官からのその説明があると、周りは一瞬だけ姿勢が正された。
浮足立っているのが、再びざわざわとしだした声から感じ取れる。
「静かに!」
女官の切れる怒声でまた、音がなくなった。
粛々と歩いて会場に向かった。