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メモも見せてもらい、出発の予定日までの日時は通常の業務で終わってしまった。
何より、釉柳妃の妃同士の会合に付いていったからである。
そして、今日は釉柳妃が出かける用の服を恵贈してくれるそうだ。
「汲徳商館のお膝元だからそれに沿った服がいるわよね。」との一言によって、着やすい前衛的な服を並べ立てられる。
「えっと、動きづらい…かもです。他のはないですか?」
まず最初に着せられた服は、タイトな短め丈のスカートだった。
ほんとはもうちょっと強気で言いたかったが、抑えてお願いする。
「あらー、可愛いと思ったのだけど。」
「可愛いだけじゃ駄目なんですよね。非常事態に備えるので。」
謝りながら身につけている服を眺める。
まずこんなに可愛い服は着れないと、消極的な心持ちだった。
まさに、服に着られるというのはこういうことだろう。
「私からの贈り物よ。喜んでくれても良いんじゃない?」
「もちろん、喜んでおりますが…」
「そうだ!」
釉柳妃は何かひらめいたようだった。
思わず嫌な予感がして顔を歪める。
苦々しい表情の私を見て、悪戯っぽく釉柳妃は笑った。
「せっかくだから同行する予定の鐘醴殿にも見せてみましょう!」
恐ろしいくらい明るくされた死刑宣告に頭を抱える。
あの人に見られたら一生ネタにされる!絶対に嫌!
「…そのために私呼んだんですか。」
ドア越しにため息が聞こえてくる。
どうやら見る心積もりはないようだ。
安心してドアを振り向いていた視線を戻すと、同時にガチャ、と音がする。
これは…ドアが開いた音だ。
「今入らない雰囲気だったよね??」
見られたことに恥辱を感じ、怒りのままに肩を叩く。
頭が真っ白で周りの目を気にする暇がなかった。
「痛いんですけど…」
その声でふと我に返る。
釉柳妃のいる前で大失態を犯してしまった。
恥ずかしかった、早く謝ってしまおう。
「ん?あぁ、ごめんなさい。」
「別にいいですよ。肩ばっかり狙うのはなんでなんでしょうかね」
可笑しそうに笑いながら言う鐘醴さんに少し不満を持つ。
ネタにしてやる笑ってやる、という意思を感じた。
私が悪いから文句は言えない。
「まぁまぁそこまでに。で、鐘醴さんはどう?この格好」
「良いんじゃないですか?」
「全く乙女の心を分かってないね〜」
適当に返す鐘醴さんの釉柳妃が茶化す。
モテないよ、とモテなくていいという押し問答が続く。
靡かない鐘醴さんに見かねた釉柳妃がついに選択肢を提示し始めた。
「もっと、似合ってるとか、可愛いよ、とか〜…言うことあるじゃない!」
強気に声を張り上げて、どちらか言えという空気を出す。
「はぁ、もう…分かりましたよ。可愛いんじゃないです、か?」
照れた声で言われた世辞に気恥ずかしさを感じる。
鐘醴さんからから言われるには馴染みのない言葉だった。
思わず返答ができないでいると、それを不満足だと釉柳妃は解釈したのか鐘醴さんに注文をつけ始める。
「もっと声をしっかり。疑問形にはしないで!思ってる感じで言いなさいよ。」
「そんなこと言われても感情を声に乗せるのって難しいんですよ。私は生憎役者じゃないのですが」
「つべこべ言わずに!私はそんな感じの鐘醴殿が見たいのよ。」
子供みたいに要望を飲ませようとする釉柳妃は微笑ましく、思わず笑ってしまう。
「…笑ってないで雁蘭さん助けてくださいよ。ある意味、雁蘭さんも遊ばれてるんですよ」
「まだ実害出てないし。」
私が軽い気持ちで言い返すと、呆れたようにため息をつかれた。
しかし、私の何かが減るわけじゃないのだ。
やはり深刻には捉えられないだろう。
「…良いんじゃないですか?とても雁蘭に似合っていますね。思わず可愛いな、と見惚れてました。」
鐘醴さんがため息をついたと同時に演じた。
役者なのでは、少しの間のあとそう思った。
甘い声と、しれっと名前を呼び捨てにし、見惚れたと言った。
役者、というより遊び慣れているのかもしれない。
思わず生理現象として身体が反応してしまった。
(いや、絶対そうだ。ちゃん付けじゃなくて呼び捨てなのは、自分の声と性格のことよく分かってるじゃん!)
敗北感を感じ、頭の中でボロクソに言っていく。
釉柳妃も衝撃のあまり横で呆気にとられていた。
「で、まぁ可愛いとも思いますが…、雁蘭さんの意向と外出先で考えるとその服装は止めましょう。」
「…よく分かってるね。ちょっとこの服は恥ずかしかったところ。」
鐘醴さんの言葉に我に返り返事をする。
ドキッとしてしまったことはバレないようにしたい。
「雁蘭さんの見た目なら別に恥ずかしがる必要はないでしょうに。ズボンにします?スカートが良いなら膝丈のほうが良いでしょうね。」
見た目の問題ではないのだが、と考える。
まぁ、それはいいのだ。
「ん〜、細めのズボンか、こういう裂け目?みたいなのが入ったスカート。」
服を手にとって、差し出す。
「治安が悪い所なのはご存知で?こんな|破廉《は
れん》っ…間違えました、露出のあるスカートは辞めておきなさい。」
「今恥知らずって言ったよね?」
「ち、違います、流石に異性の目を考えたときに辞めるべきなんですよ!」
圧を掛けると、予想外のところから攻められた。
「別に、鐘醴さんいるんだし大丈夫でしょ。」
「確かに、そうかもですが…。というより私が男という認識は…?」
「鐘醴さんは華奢で繊細な見た目をしてるからね。」
男という性別の前に見た目の時点で異性感はない。
そして、護衛からこの言い合いといい、異性という認識はとっくに消えている。
会った当初に綺麗な声だと思ったも、今は常に頭を抱えているという印象に支配されている。
「はぁ、もう良いです。そのスキニーを履いて下さい。」
「スキニー?」
「その細めのズボンです!」
鐘醴さんはそう言い放ち"スキニー"とやらを指差す。
なるほど、これのことをスキニーというのか。
「分かった、これで行くね。」
勝ち誇ったように言って、着替えに取り掛かる。
スカートに手をかけた。
「私が出るまで待って下さい!」
鐘醴さんのその発言に呆気にとられる。
「え?あぁ、居るの忘れてた…」
「さっきまで話していたでしょう。…私は男性だと何度言えば。」
鐘醴さんはそう言って出ていった。
からかい過ぎたか。
別に、鐘醴さんに着替えを見られようと気にしないのに。
普通に出ていってくれると思ってるし。
「この金属ってどうやって外すんだ…」
そう悪戦苦闘していると釉柳妃が起き上がった。
「鐘醴殿ってあんな甘い声と顔出来たんだ…遊び人すぎて顔見れなかったわ…。」
そう言うとともに私を着替えさせてくれた。
それに合う、オフショルダーのブラウスに着せ替えられる。
準備ができたのでドアを開けた。
「鐘醴さん今度は、どう?」
「肩、脇、胸が出てますね。…このカーディガンでも着てなさい。」
そう言って掛けてあったカーディガンを羽織らせられる。
「じゃ、これで完了?」
「えぇ、…よく似合ってますよ。」
鐘醴さんから意外な一言が出て目が丸くなる。
「荷物を持って下さい。行きますよ。」
釉柳妃が遊びすぎたので時間が少し押しているのだろう。
そう言われたので慌ててついていった。




