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「鐘醴さん、おまたせしました。」
「…まぁ、仕方ないですもんね。」
慌てて屋敷の前で待っている鐘醴さんの元に駆け寄った。
今から少し離れた緖まで本を見に向かうところだった。
「いや、悪かったと思ってます、すみません…」
「仕えてる人に頭を下げさせる護衛がどこに居ますか、頭を上げなさい…!」
勢いよく頭を下げると、全力で焦られた。
鐘醴さんの困惑は少し珍しいのでもう少し勿体ぶってみた。
「だから顔をあげて下さい!」
鐘醴さんはそう言って私をグッと持ち上げようとした。
「待って待って止まって!」
慌ててそういうより先に持ち上げられた。
猫をびろーんと伸ばして捕まえるときのように、脇から持ち上げられる。
足と手がぶらーんと伸びて地面につかない。
「これは…恥ずかしいので今すぐ下ろして下さい…」
「分かってます。これと一緒です。他人の注目が集まるんですよ、分かりましたか?」
「はい…」
私は「なんか違くない?」という言葉は飲み込んで返事をする。
反省を感じたのか鐘醴さんは下ろしてくれた。
周りの視線に恥ずかしがっている私を見て満足げにしている鐘醴さんに苛立ちを感じる。
絶対に人の反応を見て楽しんでやがる…。
だが、一連の出来事の手前、強く言えなかった。
「で、どうでしたか?」
「なんか…紫陽妃の地元って淋藤じゃないですか。」
「そういえば、ですね。」
情報を仕入れに行った結果を説明していると、当たり前過ぎて忘れていたところで発見をした。
「いやあ、ほんと忘れてたんです。それで、紫陽妃も出身が薊兆でした。汲徳商館ではない水宝玉の本陣の人間です。」
色々な話があったが、すっ飛ばして本丸を伝える。
鐘醴さんは目を丸くした。
「そう、ですか。取り敢えず徳慈緖に行きましょう。色々情報を補填できるかもしれないので。」
ここで周りに聞かれると不味いかもしれない、というのもあるだろう。
鐘醴さんがそういったので、用意してもらった車に乗って目的地に向かった。
徳慈緖は名前からも割と関連性を感じるように、汲徳商館の息が掛かっている。
だから本を読みに行くのと共に、汲徳商館の調査も含んでいた。
通常の小型移動車よりも、少し早めに進む車に揺られながら、車内はずっと沈黙だった。
気まずさから、あと少しあと少しと待ってようやく着きそうだった。
「ちょ、っと…?鐘醴さん…」
鐘醴さんが眠ってしまった。
「え、重…」
横並びに乗っていたのもあって、肩に体重が伸し掛かってきて重さがある。
寝顔を見ると、あれだけ普段騒がしい鐘醴さんの儚いご尊顔を見れる。
(思ったより、静かで清楚で言葉遣い綺麗そうな見た目してんなぁ…。)
鐘醴さんと触れ合うと微塵も感じられない要素が寝顔からは感じることができる。
新鮮だなぁ、と思うと同時に車が止まった。
「着きましたよ。」
運転士がそう言って扉を開けた。
なりふり構ってられないので叩き起こすことにした。
「鐘醴さーん!早く起きて。」
「…ん、…ぅ。」
呼びかけと軽い叩きでは起きなかった。
「鐘醴さん、噛むよ!?」
「……。」
今度は、先程よりも大きい声の軽い脅しとともに、頬を引っ張ってみた。
それでも起きない。
早くしなければいけない。
「よいしょ、ン…。」
手を口に含んだ。そして__
勢いよく噛んだ。
「ひっ、いっっっっだぁ!?」
大きな悲鳴と共に鐘醴さんは起きた。
身体が動くので口の中で指が動いて舌に当たる。
きもちわるい
「変態っ!!変態、バカですかっ…!?」
顔を真っ赤にした鐘醴さんが馬鹿力で抵抗する。
こちらだってはやく退こうといている。
ごちゃごちゃとしながら、口を外すと、鐘醴さんの指に痕がついていた。
「どう落とし前付けてくれるんですか?」
鐘醴さんがこちらをガンつけてくる。
そんなこと言われても起きないのが悪い。
「そんなこと言われてもって感じです。早く降りますよ」
「おかしくないですか…ってまぁ今回は寝た私が悪いんですけど。」
珍しくあきらめた表情をしている鐘醴さんを連れて上機嫌で図書館に向かう。
5分程度歩くと、大きな建物が見えてくる。
L字型の手前に一面ガラス張りで木造の部分はスモーキーピンクで小洒落ている。
建物の広大無辺な壁に徳慈緖の紋様が白く縁どられ抑揚が加えられていた。
建物のもう一辺の方は、ガラス張りの部分よりも広かった。
そっちは固く厚い壁なのが見て取れるため、コンクリートというやつを使っているのだろう。
汲徳商館のほうの交易で手に入れた材質だと聞いたことがある。
それだけ堅牢に作られているとおり、そちらに蔵書が置いてあるのだろう。
昔の資料も載っている古書も置いてあるそうなのだ。
「すごい広いですね。」
「初めてですもんね、知り合いがここに出かけると言ってから丸3日帰ってこなかったことがあります。」
思わず漏れた感嘆に鐘醴さんが苦笑しながら話す。
確かにそれは帰りたくなくなっちゃうかもしれない。
「三日も!?いや、でも…、3日でも読み終わらないでしょうね。」
「とんでもない量ありますからね。事故にでもあったのかと思って探したらここにいたんですよ。」
宮にいる間に読み切れるだろうか、なんて考えてしまう。
ただ、遠いためそう簡単には来られないだろう。
「業務に支障をきたすような通いつめ方はしないでくださいね。」
「バレました?」
「分かりやすいですよ、心ここにあらずといった感じで図書館を眺めているんですから。」
確かに歩きながら見てるのは足元じゃなくてずっと建物ばかりかもしれない。
「私表情分かりにくいって言われるんだけどなぁ。」
不満を零すと、鐘醴さんが不審そうな目で見てくる。
家族にこそバレるが、何が嬉しいのか分からないとよく言われるというに。
まぁでも、たまーに、不機嫌なのは察せられるけれど。
「鐘醴さんって結構私の事みてますよね。」
「見てないといけなくさせてるのは貴方じゃないですか、別にこちらだって見たくて見てるわけでは…。」
私のことやっぱり暴れ馬だと思ってるじゃないか。
そう思ってると鐘醴さんの声がだんだん小さくなる。
何を恥ずかしそうにしてるのか、そう考えてこちらも顔に熱が集まるのを感じた。
(なんでそんな恋愛みたいなリアクションするんだよ)
脳は冷静にツッコミをするくせに、心が羞恥心で悲鳴を上げている。
「おっ!広いですね、ここー!さっそく見てきますね!?」
ちょうど図書館に入ったのをいいことに、そう呼び掛けた。
そして、駆け足で行き場も決まらぬまま鐘醴さんから離れる。
「待ちなさい。図書館では声を抑えること、走らない。そして私から逸れないようにしてください。」
「あっ、はい。すみません」
最低限の了解すら守れていなかった。
顔の熱も引いていたのもあるので、鐘醴さんの元に戻った。
「歴史、でしょうか?ひとまず歴史の文献を確認しに行きましょう。」
歴史コーナーと思わしき場所に向かって歩く。
ここに来たことがあるという鐘醴さんに従って寄り道しないように向かった。
左右を向けば色々な誘惑があってついつい止まってしまい置いて行かれそうになる。
「だから、早く行くと言っているでしょう。雁蘭さん。」
「うっ、分かってます…わかってますってぇ。」
「ほんとですかねぇ」
鐘醴さんはそう言って私を俵担ぎにしようとしてきた。
「っ⁉待って…待ってくれない?流石にないじゃん」
焦りのあまり、急に友達の距離感で対応してしまう。
「駄目です。目的地まではこれで行きます。」
妥協の余地もない返事に要望を通す隙もないことを悟る。
もうちょっと何か戦えるネタを考えたが、下手にもっと怒らせることを考えると口を噤んだ。
「そりゃあないって、ぶらざー…。」
「やかましいですね、口をふさぎますよ?」
「ひぇー怖い怖い。」
軽口をたたきあって歴史コーナーまで向かった。
図書館では静かにと言ったのは誰だったか。
考えることをやめた。
「ほら着きました。ここで関連する書籍なら好きに読んでいいですよ。」
そう言ってようやく降ろされた。
ここに来るまでにどれほどの人々の視線をかっさらったか。
考えるだけで震えが止まらない。
落ち着いて足が床に着いたのを確認する。
体格差が大きい相手からの運ばれは怖いのだ、体格差がなくても怖いけど。
スカート部分の裾を整えて本棚に向かった。




