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「では、希㐴さんに会いに向かいますよ。」
「…その前に、来賓について詳しく教えてくれませんか?鐘醴さん。」
「…希㐴さんが待っていますんで。後で説明しますからっ。」
さっきからはぐらかそうとして珍しく焦っている鐘醴さんを言及する。
その目は事実を隠す気こそ無いものの、面倒臭いという気持ちを物語っていた。
後ででも良いか、なんて思った私に心を奮い立たせて更ににじり寄る。
「鐘醴さんっ。話してくださいよ。」
「…ほんと近いですね、はぁ。帰ったら話しましょう。人目があります。」
一先ず、了承を得たので、希㐴が待っているという実甘堂に向かうことにした。
「あ、ようやく着た。私が兵臚省、手配したんだから感謝してよね〜?」
鐘醴さんと共に、希㐴の居るテーブルに着くと、軽口を言われる。
軽口というには真っ当な正論ではあるのだが。
「とても感謝してる。ありがとう希㐴。」
「なら良いんだけど。でもまさか幹部自ら出てくるとは思わなかったな。」
「希㐴も知らないの?」
「思わず、雁蘭が!って伝えたら急いで幹部が向かっていったよ。鐘醴さんのこと伝えてないのに。」
あんた何者?と心底疑問そうに聞いてくる希㐴に私も首を傾げるしかできない。
しかも、ちょうどそれを先程鐘醴さんに聞こうとしていたばかりだ。
「そうか〜、雁蘭もわかんないんだね。」
「うん、さっき来賓って言われたんだ。」
「あ、あんた。仕事、誘われたときの給金について、聞いた?」
恐る恐るこちらの様子を伺う希㐴から目を逸らす。
焦燥と絶望が脳を交互に過ぎっては口から中身のない弁明が落ちていく。
そういえば鐘醴さんは、と思い出し、目を向ける。
参った、という表情で天を仰いでいた。
珍しい、そう思うが今はそんなことを言っている場合じゃない。
腹をくくって正直に告げた。
「全然、忘れてた…。聞いてない。」
「詐欺にあわないようにね?」
「口約束とはいえ、1年で帰れるって言われてるし…。」
しどろもどろに言い訳をすると、2人からため息を零された。
「え、何。これって危ない?」
「雁蘭…?お金の重みが無いんだね…。」
「お金持ちは違いますね。」
世間知らずの富豪のような言われ様だ。
「そんなことない、宇儂の下町住みだから!職人の下で修行積んでるただの見習いだから!」
「出張だらけの上級の役人の親族はそれは言えないですから。」
必死に言葉を編んで生まれた言い訳さえも、そう簡単に鐘醴さんに言葉を返される。
鐘醴さんに口論で勝つのは無謀だろう、そう考えて不本意ながら頷いた。
「そう、なんですかね…。で、鐘醴さん。なんで私来賓なんですか。」
思い出して問い詰めると、バツが悪そうに視線を逸らされた。
何か考えごとをしているようで、言葉を選んでいるのが見て取れた。
「件のあと、売り主の身元を調べました。人身売買組織の元幹部だったので契約を引き継げなかったんですが…、釉柳様たっての希望で此方が招待する形で契約し直した、というところですね。」
言葉を一つ一つ選びながら話すのが伝わった。
契約の仕方がグレーゾーンの話なのもあって、歯切れが悪い。
「え…と、榎禾ですよね。」
「えぇ、どうやら最近嫁入りされたようで。しかし、雁蘭さんの家のほうが大きいようでしたが、なぜ。」
「…詐欺です。」
宇儂での戸籍の登録番号を知られていて、それをツケに養子か妻として迎え入れるように迫られて、一番上の兄に身請けさせたらしい、という話をする。
兄の居なく、父が干渉しない我が家で結局人事を握ったのは1番積極的な榎禾だった。
戸籍の登録番号を知られていれば此方も明確な犯行意思を示せなかった。
「なんで、戸籍番号を変更しなかったんですか?」
鐘醴さんが疑問そうにする。
疑問以外が見当たらないその目付きに、思わず目を逸らす。
深い理由も特にないのがバツの悪さを加速させた。
「それは、めんどくさくて…。つい後回しに。」
「…あっ!ちょうど研究が手が離せないのもあったんですよ〜。」
「はぁ。柑愈の人身売買組織がなぜ今更と思ったら…そんなこと。」
「もう少し危機意識を持ちなさいな。」
鐘醴さんが小言をツラツラというので右から左に流す。
「馬耳東風だね…。というか、柑愈の榎禾って…」
「水宝玉館の汲徳商館担当だよね。」
希㐴のその一言にその場で固まる。
数日前に汲徳商館の話をしたばかりだった。
「え。そうなの?」
「薊兆じゃ直接手配犯になってるよ。トップが100万稗、部門ごとの幹部では榎禾の汲徳商館が一番高くて、78万稗。」
平然と語られるその金額に驚く、
榎禾の懸賞金だけで豪邸が2軒も建つ金額をかけられている。
「これ我が家大儲かりなのでは…?」
思わず漏れた声に希㐴が吹き出した。
「ちょっと、笑わないでよ。」
「あはっ、ごめん・・あははっ面白くて!」
「ねーちょっと。でも、そんなにやばい人だったんだね」
まだ笑い続ける希㐴に諦めて普段の榎禾を思い出す。
確かに異常で狡猾で…まともな人物だとは思えなかったが、何十万単位の懸賞金を掛けられる人物だとは夢にも思わなかった。
「あ、それだったらいい話があるよ。薊の中でも薊泈んところは酷いの。汲徳商館とズブズブで薊の他の一族に嫌われてるから。」
「もしかしたら、情報を取れるかもってこと?」
「そういう事。そもそも薊泈が、汲徳商館が薊に買わせた子供だからね。」
半分愚痴のようにこぼれたその言葉を皮切りに、希㐴は次から次に汲徳商館の犯罪遍歴を語っていく。
一言も取りこぼさないように、と頭にインプットしていく。
「全く、毒物をばら撒いて他所をダウンさせようだなんてお偉いさんって最低だよね。」
「「え…」」
聞こえてきた言葉を脳が理解した途端、私と鐘醴さんの口から恐怖に似た驚きの声が漏れる。
私が解析した、そして皇帝の従者から聞いた話が記憶の海から浮かび上がってくる。
「え、ちょっ…と待って。私変な事言っちゃった?」
「変なことっていうか凄い事言ったよほんと。」
驚きによる疲労から溜息を零しながら言うと、希㐴は首を傾げていた。
どうしたら良いのか、そう思い鐘醴さんを見やった。
「なぜ知ってるんですか。」
「……薊兆じゃ特に薊は隠してるんであまり知られてないです。ただ泈箋川周辺じゃそこの賊を汲徳商館が取り纏めてるんで、そこら辺の住民は知ってるんですよ。」
少し言いづらそうに口をモゴモゴとさせた後、希㐴はため息を付いて語りだす。
なにか薊泈に思うことがあるのかと考えを巡らせてみたが、進む話を聞く限りそういうわけではないのだろう。
「私の家は川の周辺で孤児院をしてて嫌でもそういう話って入ってくるんですよ。経済がどうとか、戦争に動き出しそうとか、そういうのね。」
戦争、その言葉にピクッと鐘醴さんの背が動くのを感じた。




