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「これ取りに行ってくれるかしら?」
目の前に2人組の他の宮貴妃の侍女が立ちはだかっている。
丁寧に許可を求める言葉遣いだが、威圧感は隠されていない。
今日は本当にツイていないかもしれない。
正直今すぐにでも逃げ出したいが、先程の楓貴から嫌がらせのお使いを頼まれたばかりなので帰ることができない。
「どこにあるんですか。」
「紕伶緖の7号商にあるから宮貴妃の四葩と伝えるのよ。」
「これ持っていって渡してね〜。」
そういうと、去っていってしまった。
お金を誤魔化されなかっただけ、幾分かまだ良い。
(まだ何も言ってないのだが…。)
しかし、楓貴のお使いも紕伶緖が目的地なので、ついでに行ってあげるとしよう。
紕伶緖は宮内、いや都内随一の高級な野菜が揃っている区分で、紕伶緖の内でも作物は育てられている。
都は各緖に分かれていて、区分ごとにそれぞれ内容が異なる。
それ以外にも、侍女向けの服飾小物などが置いてある。
今回の四葩は小物を買ったらしくそれを頼んできた。
他のところの侍女に頼むなんて盗まれる可能性があって危険だ。
まぁでも、私の姿を見て「この子は盗む度胸もない」と思ったのだろう。
あまりのんびりと歩いていると時刻表に間に合わなくなる。
急いで近くの乗り継ぎの車の停留所まで向かった。
「危ないね、君。もう今から出発するところだったよ。」
「すみません。」
運転手から少し渋い顔をされたが、なんとか間に合った。
どうやら私以外には一人しか他のお客さんが見当たらない。
その人も同じ行き先なようで、途中も誰も乗ってこないまま紕伶緖に向かった。
車を降りてまず、楓貴に頼まれた食用ほおずきを買いに11号商に向かった。
「すみませーん、柳の者です。」
呼びかけると店主が慌ただしく走ってきた。
「あぁ、ほおずきだろ。これだな……ん?」
私の顔をちらっと見ると店主が首を傾げた。
「どうしましたか?」
「いや、あんた…あぁ!宮貴妃様に直々に誘致されたっていう!」
宮というのは思った以上に情報が広まるのが早いようで、どおりで今朝から人が私に集まってきたわけだ。
「まぁ、一応…。」
「目で分かりますよ。お綺麗な目をしてらっしゃる。」
急に褒めてきた。媚を売って一儲けしようとしているのかと疑いたくなる勢いだ。
「…あ、ありがとうございます。なにもあげれませんけどぉ…。」
「いやいや、そんな滅相もない!また来てくださいな。」
思わず圧に押されて少したじろいでしまった。
「え、えぇ。」
(多分二度とこないけど…。)なんて、頭の中で軽口を叩いた。
次に四葩の侍女が頼んできた7号商に向かった。
「えっと、こちらを預かったのですが…。」
「はい、今行きますね。」
奥からカチャカチャと荷物を取っている音が聞こえてそのまま、こちらに小走りに来た。
「あれ、貴方は四葩でなくて柳では…?」
噂が回るのは本当に早い。
「え、あぁ。そうなんですけど、頼まれまして。」
そう言って貰っていた木版を渡すと、それを受け取って商品を渡してきた。
そして、少し小声で文句を言っていた。
「あそこの侍女また他所の方にお仕事やらせているのね……。」
なるほど、それで急に頼まれたのか。
反応に困る話を聞かせないでほしいけれど。
時間が経っているのを空で感じる。
急いで商品を抱えて帰りの車に乗って帰った。
四葩の屋敷に着きノックすると、四葩の宮貴妃ご本人が出てきた。
(え、そんな本人自ら出るもんなの…?)
「あぁ、貴方ですね。今回はありがとうございました。」
そう言って少し謝られた。
「イエ、あのコチラであってましたか。」
「はい、そちらです。わざわざありがとうございます。良ければお気持ちですが受け取って頂けると…」
そういって、包みを渡してきた。
「腕輪がお好きだと伺ったので。」
「えぇ、一体どこで…!?」
思わず焦って上擦った声が出てしまった。
「それも噂なのですが、お友達という方に聞いたところ本当なようでしたので。」
ここまでしてもらって受け取らないというのも流石に失礼なので、丁重に受け取っておいた。
そのまま屋敷に戻ったが、なんというか途轍もなく疲れた。
「あぁ、壮先輩…。こちら頼まれたんですが。」
わざわざ楓貴が居るところで壮さんに渡そうとすると、楓貴が焦って飛んできた。
「ちょ、ちょっと…!」
「えっと、楓貴。これは貴方に頼んだはずですが…。」
楓貴が顔面蒼白で目を白黒させるいるのは少し面白かった。
「分かりますよ。どうせ仕事押し付けたんでしょう。来たばかりだから休ませようという釉柳様の計らいを無下にしてるんですか?」
元が柔和な顔の壮さんがあそこまで怒るのは迫力がある。
「あ、雁蘭ちゃんはお休みしてていいよ〜。」
そう言われたので部屋に戻ることにした。




