序章~何度目かの危篤~異世界の親善大使に選ばれる~優花side
その時、私は何度目かの危篤状態に陥っていた。
ベッドの周りには医師と看護師が慌ただしく動き回り、
少し離れたところで両親がこちらを見つめていた。
私は生まれて間もなく、難病にかかった。
それから、入退院の繰り返し。
何度も死の淵をさまよった。
今もまさにそんな状況。
医師の誰かが
「まずいな」
と言う。
身体に付けられた計器がピーピーと音を鳴らし始めた。
両親が私に近寄り、手をとりながら
「ゆうかちゃん、ゆうかちゃん」
と叫んでいた。
いよいよ今度こそ、終わりなのかな。
私は死ぬんだ。
毎日、明日が生きられるかどうかという生活だったし
死ぬことは怖くない。
むしろ苦痛から解放される。
でも、もっと、
いや、一度でいいから。
思いっきり走ってみたかった。
思いっきり好きなものを食べてみたかった。
思いっきり笑ってみたかった。
思いっきり大声を出してみたかった。
私だって、可愛い服をきておしゃれな街にいってみたかった。
大人になってみたかった。
そんなことを考えた。
やりたかったこと、こんなにたくさんあるのに私は死ぬのか。
残念だな。
そう思ったとき、どこからか声が聞こえた、
「あなたの望み、叶えてあげる」
私は声の方を見た。
そこにはファンタジーの童話に出てくるような恰好の女の人がいた。
「私と一緒に来ない?あなたは選ばれたのよ」
その人はそう言った。
この人、あの世に連れて行ってくれる人なんだ、
と思いながら、私は「うん」とうなずいた。
一緒、周りが暗くなったと思ったら、
私はその女の人に手を引かれて、どこかの廊下を歩いていた。
パジャマのままだけど、身体のあちこちにつけられていた、
管やコードはなくなっていた。
廊下を歩きながら、ふと横を見るとそこは教室のようだった。
大勢の生徒がいて、前方に先生のような人がいた。机の上に座って、ダルそうにしながらこちらをみた。
ずいぶん偉そうな態度だったけど、その顔は私の同じくらいの年ごろに見えた。
その子は、長い耳をしていて、白い肌に綺麗な金髪だった。
物語で読んだことのあるエルフの風貌だった。
しばらく歩いて、私はどこかの部屋に通された。
そもそも、こんな速度で歩いた来たってどういうことなんだろう、
いつもなら数歩歩いては立ち止まって
肩で息をしているのに。
部屋に入ると、そこは重厚な造りの調度品が並んでいる、
応接室のように見えた。
部屋には、私を連れてきた女の人と同じような格好の人が数人いた。
「それでは、ローカル・テア、この子の説明をして」
と真ん中の人が私を見ながら言った。
ローカル・テアと呼ばれた私を連れてきた人が、
「この子は希望の光を持っています。こちらとあちらの架け橋となるのにふさわしい」
と言い終えない間に、
「ではこの子を友好親善大使にします」
と言った。
皆で「手続きを」とか「今後の予定を」とか話ながら慌ただしく
書類を準備していた。
私は自分が危篤状態だったことを思い出し、これはあの世に行くための準備なんだ、
と考えていた。
ここにいる人たちはみんな「ローカル・テア」というらしく、
お互いにそう呼び合っていた。
一人のローカル・テアが、
「それでは、こちら側の親善大使を選びましょう」
と言った。
そこで、また皆で議論を始めたが、
「まあ、彼女が適任ですね」
と結論が出たようだった。
その間、私はずっと部屋の真ん中で立っていた。
こんなに長い間、立ったままでも、立ち眩みもしない。足もしびれてこない。
やはりここは、あの世に行く道すがらなんだ、そう思っていた。
その時、
「失礼します」
と声がし部屋に誰かが入ってきた。
それは、廊下から見た、あの偉そうな態度の女の子だった。
「ニキア、あなたをこちら側の親善大使とします」
ローカル・テアの誰かがそう伝えた。
「え、私があの世界との親善大使?しかもこの子とペア?」
ニキアと呼ばれた少女は明らかに不満げな顔で言った。
「これは決まったことです」
そういうとローカル・テアたちはいつのまにかいなくなっていた。
部屋には私とニキアだけ。
ニキアは私の方を向くと、
「あんた、名前は」
と聞いてきた。
「優花、小沢優花」
と答える。
「え?優花と小沢優花、どっちよ?」
ニキアがイライラしながら言う。
「じゃ、優花」
私はどうせあの世までの少しの道なんだし、
名前なんかどうでもいいやと思って言った。
「私とあんた、こちらとあちらを行き来できるようになった。
選ばれちゃったから仕方ないけど、私に世話かけないでよね」
ニキアが私の顔を見ながら言った。
気が付くと、私はいつものベッドに寝ていた。
外は明るく、今は昼間のようだった。
身体の機材は付けられたままになっていた。
私が目を覚ましたことが分かると、医師や看護師が急いでやってきた。
「よかった優花ちゃん、気が付いたんだね。すぐにお母さんを呼ぶね」
そして、外にいたらしい母が来た。
私の顔を撫で、涙を浮かべていた。
私は死ななかったらしい。
何度目かの生還を果たしたのだ。
母は安心して、父に連絡しに出て行った。
残った看護師が、
「優花ちゃん、身の回りのことは今日からこの看護師見習いが担当するね」
と言って後ろの方にいた、頭に見習いの三角巾を付けた人を連れてきた。
「看護師見習いの、二木はるこさん。よろしくね」
頭を下げていた二木さんがこちらを見た。
あ、この顔。
あの応接間にいた、偉そうな子だ。
ニキアと呼ばれていた。
「二木です。よろしくお願いします」
二木さんが言う。
看護師は二木さんと私を残して部屋を出た。
病室に二人きりなのを確認した二木さんが私に近付くと、
「ここではニキアって呼ばないで、ニキって言ってね」
そう言ってきた。
この子ニキアって言ってる、あれは夢じゃなかったのか。
私の目の前にいるニキア、二木はるこを見ながら私は混乱していた。
「じゃ、打ち合わせしようか、私たちはこことあっちの親善大使、お互いペアなんだから。
あんたはあっちの世界のことは何もしらないでしょ」
それは私が13歳になってすぐ、のことだった。
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