アニメの話
幅広い世代に使われるようになった動画サイトを見ながら、雨宿りをしていた。
おもしろそうだなと思うものもなく、画面をスクロールするだけ。
なんとなく、アニメの動画が多い気がする。
「へえ、何のアニメ?」
顔を上げると、ビニール傘をさしているお兄さんが目の前にいた。
「最近、人気のアニメ」
「ふーん、彼女ちゃんもアニメ見るんだね」
「見るよ。お兄さんは?」
「お兄さんも見るよ」
そんな風に話しながら、お兄さんは傘を閉じ、私の隣に来て、スマホの画面をのぞく。
「今季のアニメはおもしろいのが多いよね」
「そうだね……」
お兄さんのその言葉を聞いて、画面に出ているアニメを少し見る。
「……あんまりこういう話好きじゃない?」
さっき、感情のない返事をしたせいだろうか。お兄さんはちょっと申し訳なさそうな顔をしていた。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
僕はその後の言葉を濁す。
何て言ったらいいのか分からない。
そういうわけではなかった。
言って、それを否定されるのが怖いだけだ。
お兄さんの顔を見る。
特に何も考えてなさそうな顔だった。
「まあ、お兄さんには言ってもいいか……」
「何も考えてなさそうだから?」
そうと答えると、当たりとお兄さんは笑った。
「最近の有名なアニメって怖い……というか、人が簡単に死ぬから……」
「感情移入しちゃって辛くなっちゃう?」
「うん。……ん-? ちょっと違うかも」
何も考えずに"うん"と言ってしまったけど、よく思考を巡らせてみると、違う気がする。
確かに辛いものは辛いんだけど、オイラが見たくない理由は辛いからではないと思った。
「なんて言うんだろう……。うーん、死って辛いもので、自分の友達とか、家族とかが死んじゃったら、悲しいもので……」
「うん」
「一生離れてくれない悲しみで、何だろう……」
上手く言葉がでてこない。
しばらくの間があった。
お兄さんは何も言わなかった。
私が言う準備をするのを待ってくれてるのだ。
物語の流れのように現実の世界にも言葉の話す流れがある。
僕が今から言おうとしていることにはしばらくの間が必要だった。
雨の音だけが静かに響く。
灰色の雲に覆われた空、世界はいつもより少し薄暗かった。
「人が簡単に死んでしまうのを見て、死ってそんなに軽いものだっけって思っちゃって」
深呼吸でゆっくりと息を吐くように、自分の思いをゆっくりと吐き出す。
「生きていて、その人が生きていた人生は確実にあったものなのに、死んだ瞬間なにもかもなくなってしまっているようなのが怖い」
屋根から雨の雫が落ちて、一瞬でなくなってしまう。
あったはずなのに、すぐになくなってしまう。
「人が死ぬのを見て、その死の軽さに慣れてしまうのが怖い」
肩がストンと落ちる。
お兄さんは何も言わずに聞いていてくれた。
「だから、ちょっとだけ、見ていると不安になるんだよね」
お兄さんの顔を見る。
「それだけ」
お兄さんは微笑んで、たった一言、こう言った。
「そっか」
空を見上げる。
雨は止みそうになかった。
お兄さんが持っていたビニール傘を広げる。
「帰ろうか」
「うん」
お兄さんの傘はオイラが入っても平気なくらい、大きかった。