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彼女の物語  作者: ぬえさん
12/12

ゲボのついた手

めずらしくつづきものです

なんてこったい


タイトルの通り、ゲボの話が出てくるので、そこらへんは注意してください

ああ、気持ち悪い。


胃の中で消化物の海が揺れているのを感じた。


その背からじんわりとしたあたたかさを感じながら、私はお兄さんの服をかるくにぎりつかんだ。


おんぶのゆれごこちが絶妙な具合で気持ち悪さを引き出してくる。



「もう少しがんばって」



同じく暑さでやられかけているお兄さんがちからなく言った。



お兄さんはこういう人をかつぐみたいなことは得意なのだろうか。


もし得意じゃないならなんだか申し訳ないなぁなんて気持ちが湧いてくる。


色白だから苦手よりなのかもしれない。


なんだか申し訳ないなぁ。



そうは思いながらも、自分と自分の体は力なくお兄さんの背に乗っかっているだけだった。



 間。



「よいしょ……」



お兄さんがゆるく僕を持ち上げ直す。


その振動に少しおおぅとなりながら、ぼんやりしていた意識が持ち上がった。



「うおぉ……」


「大丈夫?」


「うんん……」



うん、と言いたいけど、大丈夫とは言えないな、が混じった「うんん」が出た。



「あんまし大丈夫そうじゃないね……」



お兄さんはカバンの中から鍵を出して、それをドアノブにさす。


オイラを抱えている手とは反対の手でやっていた。


鍵が回って、ドアが開く。



「クーラー当たりやすいソファで寝てなね」



お兄さんはそう言って、私をソファまで連れて行ってくれた。


ごわとした肌触りのソファに体をあずける。


僕はお兄さんの家に来ていた。


お兄さんがオイラの足から靴を取っていく。


ピッとクーラーを付けながら、お兄さんはどこかに行ってしまった。


多分、私の靴を玄関に置きに行ったのだろう。


クーラーの冷たい風が僕の髪をゆらした。



「……」



天井にあるライトの光に目を伏せられる。


ああ、前にもこんなことがあった気がするな。



「なんか前にもこんなことあった気がする」



お兄さんがこちらに近づいてくる足音を聞きながら、オイラはそう言った。



「一か月前の、あの時じゃない?」



お兄さんは近くに、トン、とアキュレリアスを置く。


そして、私のそばにお兄さんは座った。



一か月前の、あの時。


ああ、思い出した。


一か月前、僕が学校で吐いた時だ。



目をつむる。


目をつむって、あの時の景色に浮かんできてもらう。


あの時見た景色は。


ーーーー


あの時見た景色は、保健室の白い天井だった。


見慣れない天井だ。


なんてドラマみたいセリフを頭の中で思い浮かべた。



「……」



吐いた。


吐いた。


吐くつもりはなかったけど、吐いた。


びっくりした。



いけるかなって思って、我慢して、あ、やっぱこれ無理だってなって教室の外に出たけど無理だった。


先生がゴミ箱を持ってきてくれなかったら、廊下がたいへんなことになってたと思う。


ありがとう先生。



けど吐いたらすっきりしたから、別に休む必要はないと思うんだけど、いややっぱ吐いてはいるから迷惑かけないためにも休んだ方がいいのか、うーん、でもふつうは吐いたら休むか、無茶してるって思われるか、うーん。



「親御さんに連絡して迎えにきてもらおうか。連絡はできる?」


「……はい」



うーん、と思っていても、どうせお前は流れに逆らえないんだ、ばーか。


そう心の中でひとりごつ。



スマホって使っていいのかな、いや、連絡できる? って聞かれているってことはしてもいいってことだよね。


聞けばいいのに、する勇気なんて自分にはなくて、後ろめたさを謎に感じながら、私はれんらくんを開いた。



「……」



親のトーク画面を開いて、止まる。


なんだか、言う勇気が出なかった。



「……」



自分の親はやさしいから、きっと連絡すればすぐにきてくれる。


それは分かっている、分かっているから、なんだかしたくなかった。



だって、せっかく行ったのに、とんぼ返りなんて、なんか嫌なんだもの。


きっとそういう気持ちだったんだと思う。



その日は体調を崩して、というかはやりの病ってやつにかかってしばらく学校を休んだ後だった。


だからきっと、体調がばんぜんじゃなくて、吐いてしまったんだと思う。


というか、咳止めの液体……を飲んだせいだと思う。


さっき吐いたときにそれ吐き出したから、帰ったとしても元気な状態なんだから、行けてたんじゃないって思われるのが怖いんだ。


そんなこと思う親ではないけど。



私はそれが怖かった。



「……」



お兄さんは、連絡しても、迷惑だって思わないかな。



「……」



不安がりながらも、私の指はお兄さんのトーク画面を開いていた。



むかえにきてほしい



たったひとことだけそう送った。


既読は早かった。



いいよ



お兄さんは、暇だったのだろうか。


どこに迎えにきてほしいか、学校だよ、と言うのにもちゅうちょした。


でも、お兄さんが迎えにこれずに連絡したかを怪しまれるのも怖かったから、学校だよ、と送った。



ずるい人間だ。



スマホの電源を切って、カバンにしまう。


カーテンがジャッと開けられて、保健室の先生がこちらを見た。



「連絡はできた?」


「あ……できました」



ドキリと少し心臓がはねたのを感じた。



「そ、じゃあ横になって待ってましょうね」


「はい……」



カーテンが閉められて、保健室の先生がどこかへ行く。


あわただしくなった心臓がおちついていった。



「……」



自分の手を見る。


吐いたときにゲボがかかってしまった気がしたから、少しベタついている感じがした。


見た目としてはきれいなんだけど。



洗いたい……。



それを言う怖さにうち勝てず、私は保健室のベットに横になった。



見慣れない天井が目にはいる。


見慣れていてほしかったと思ってしまった。




しばらくして、保健室のドアをノックする音と、それに反応してドアへ向かう先生の音が聞こえた。



「  さんのお迎えですか?」


「そうです」



お兄さんの声が聞こえる。


迎えにきてくれたんだ。


安心感と罪悪感を同時に感じた。



「迎えにきてくださったよ」


「はい……」



起き上がり、カバンを持って、外に行く。


そこにはお兄さんがいた。


いつも通りだった。



「帰ろうか」



帰ろうか、一緒に帰る家なんてないはずなんだけど。



「うん」



なのに私は返事をしていた。



お兄さんと一緒に車までの道を歩く。



「体調悪くなっちゃった?」


「……なんか、そうみたい」


「そっか」



どうしてお兄さんを呼んだのか、お兄さんは一つも聞くそぶりを見せなかった。


ゲボのついた手から、じわじわとした何かの感じがする。



この手で、僕がお兄さんの手を握ったら、お兄さんはどう思うんだろう。


見た目も、感触も、臭いも、分かる要素はどこにもない。


でも、お兄さんは心がよめるから、何もなくたって、オイラの心をよめば分かることだ。


そう考えた上で、私はどうするか。



「……」



進む先をぼう、と見つめる。



「なんかあった?」



お兄さんが僕に問いかけてくる。



「……なんでもない」



オイラはお兄さんの手を取った。


思っていたことを、私はやった。


思っていたよりも、何ともなかったのが、嫌な気持ちだった。



ーーーー


「……」



あの時見た、保健室の天井だ。


それと、似ていた。



「大丈夫?」



オイラの視界にお兄さんが入ってくる。



「……」



私は返事をしなかった。


お兄さんも、何も言わず、僕の視界から消えていく。


コップに何かを注ぐ音がした。


きっと、そばに置いておいてくれた、アキュレリアスだろう。


それを注いでくれているのだ。



「起きれる?」


「……」



がんばれば起きられるのだろうけど、そのがんばりをするのが嫌だった。


また、お兄さんが視界に入ってくる。


ストローのささったコップを持っていた。



「飲むだけはしてね」



そう言って、お兄さんはそれをオイラに差し出してくる。



「わかった……」



少し起き上がって、ストローを通して、それを飲む。


やっぱり、アキュレリアスだった。


氷があったから、少し冷えていた。



お兄さんの顔を見る。


あつさで火照っていた顔も、落ち着いたようだった。


それでも、いつもより血色がいいなと思う。


いつもが悪すぎるだけだろうか。


まあ、お兄さんは吸血鬼だから、顔色が悪いのもしかたがないんだと思う。



天井にあるライトの光がまぶしかった。



「ねえ、お兄さん」


「なあに」



あの時の、ゲボのついた手を見つめる。


今は汗でじっとりとしていた。



「……」



ぐっと喉の奥で言葉がつまるのを感じる。


私は一つ、呼吸を入れた。


それは言葉を通すために必要だった。



「嫌じゃなかったの?」


心臓の音が、嫌に響くのを感じる。


だけど、聞く必要があると思ったから聞いた。



「さあ……」



お兄さんの次の言葉までの、間が。


どうしてか、いつもより長いように思えた。



「どうだったかな……」



お兄さんはそう言って、僕の手を取る。


取って、やわくそれを握りしめた。


お兄さんのきれいな金と黒のひとみがふせられて、自分の手からお兄さんの手に巡るものが感じられる。


お兄さんの中でまわる思案が手のひらをとおして伝わってきて、こしょばゆかった。



オイラはその姿を、もやがかかったような頭で、見ていた。


ふいにお兄さんのひとみが見える。


お兄さんの視線が、自分の目とかち合ったのを感じた。



「……きっと、嫌じゃなかったんだと思うよ」



いつも通りに、でもいつもより血色のいい顔で、お兄さんは微笑んだ。


そして、ふわりと私の手を戻して、それに自分の手を重ねた。



それを見て、胸からなにかがじわりと込み上がってくる。


つきものが取れた(落ちた)ような、そんな気がした。

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