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3

 吉村邸の玄関で使用人の娘に迎えられた2人に、顔を真っ青にした沙織が奥から()けつ(まろ)びつ近寄ってきた。


「早く! 早く来てください!」


 必死の形相で訴える沙織を優哉が支える。


 挨拶もせぬまま、沙織の案内通りに屋敷の奥に進んだ2人は、ドアが開いたひと部屋へ踏み入った。


 壁に1枚の画がかけられていたので、すぐに和彦の部屋だと分かったのだが。


「あ!」


 優哉は思わず驚きの声をあげた。


 眼前の画には。


 楽しそうに笑い合う青年と少女が描かれていた。


「これは…」


「和彦が…和彦が…」


 沙織の口が震え、上手く言葉が出てこない。


「あら? もう、あっちに行ってしまったのね」


 純子の声は、極めて落ち着いていた。


「純子?」


 優哉の呼びかけには反応せず、純子は画を眺めている。


「いったい何が?」


 優哉が沙織に訊いた。


「それが…」


 沙織がつかえつつも、事のあらましを語り始めた。


「純子さんにお力添えをいただくことを和彦に説明しましたら突然…」


 沙織の瞳が、みるみるうちに涙で潤んだ。


「部屋に閉じ籠ってしまって…仕方なく合鍵で開けると…和彦が…和彦が画の中に!」


「2人は、それだけ愛し合っているのよ」


 純子がケロッと告げる。


「愛し合う…? 愛し合うって何ですか!?」


 優哉の腕の中の沙織が声を荒げた。


 その顔には苛立(いらだ)ちが浮かんでいる。


「ん?」


 純子が初めて、沙織を正面から見つめた。


 その目力(めぢから)の強さに、怒っている沙織が思わず眼を伏せた。


「あなた、誰かを好きになったことがないの?」


「え………?」


「弟さんは運命の人に出逢ったのよ。それをあなたが引き裂こうとするから、あちらへ逃げてしまった」


「………あちらって…」


 純子が黒レースの手袋をした右手の人差し指で、壁の画を指す。


「そんな…あり得ません!」


「いいえ、あり得るわ。実際、今、こういう状況じゃないの」


 純子が左の眉をクイッと吊り上げる。


「世の中には説明の付かない不思議な出来事がたくさんあるのよ」


 純子の言葉に感情が(たかぶ)ったのか、沙織は優哉の胸に顔を押し付けて泣き出した。


 純子は抱き合う2人から、スッと視線を逸らす。


「純子」


 優哉が呼んだ。


「何?」


「何とかならない? これじゃ、沙織さんがかわいそうすぎる」


「あら?」


 純子の唇が歪む。


「じゃあ、この画の2人はかわいそうじゃないと? 恋愛は本人たちの自由だと思うけど」


「これは普通の事態じゃない。沙織さんにも時間が必要だよ」


 純子の視線が泣き続ける沙織に向けられた。


 しばらく、苦虫を噛み潰したような顔で見つめていたが。


「分かったわ。弟さんと話し合う機会を作ってあげる」


 沙織が顔を上げた。


「本当ですか!?」


「ええ」


 純子が頷く。


「ただし、わたしが手を貸すのはそこまでよ。後は姉弟で解決して」


 そう言うと、純子は右手の手袋をゆっくりと外した。


 白魚のような美しい手が現れる。


 手のひらを画に向けた。


 優哉と沙織からは、純子の手がよく見える。


 意図が分からぬ行動に、2人は呆気に取られた。


「「あ」」


 優哉と沙織が同時に驚く。


 純子の白い手のひらに、1本の横線が入ったのだ。


 その線は次第に上下に開き始めた。


 裂け目の下から、濡れ光る瞳が出現した。


 黒い単眼は様子を確かめるように左右に動いてから、和彦と少女の描かれた画をじっと見つめた。


 すると、徐々に瞳が輝きだした。


 優哉と沙織はあまりの怪事に言葉を失い、ただただ呆然と純子の手のひらを魅入(みい)られたように見つめている。


 さらに光は強くなり、2人は眼を開いて居られなくなった。


 輝いた時と同じく、ゆっくりと光が弱まっていく。


 優哉と沙織が、(おそ)る恐る眼を開いた。


 純子の手のひらの瞳が消えている。


 黒レースの手袋を再び、はめた。


 優哉は背後に人の気配を感じた。


 振り向くと、画に描かれた青年が現実の人間として立っている。


 後ろの画には、少女だけが残されていた。


「和彦!」


 沙織が優哉の胸から飛び出し、帰ってきた弟を抱き締める。


「姉さん………」


 和彦の顔は真っ青だった。


 次々と起こる怪現象に優哉が絶句していると、純子が「さあ、帰るわよ」と(そで)を引っ張った。


「ええ!? でも…」


「でもも、へちまもないわ。ここからは姉弟で話し合うしかないの」


 優哉は抱き合う2人を心配しつつも、純子に連れられて部屋を後にした。
























 





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