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何故か深夜に目覚めた沙織は、どうにも和彦が心配で堪らなくなり、部屋に様子を見に行った。
ドアをそっと開け、中を覗くと和彦の姿が無い。
慌てて中に入った。
やはり、どこにも居ない。
そこで沙織は驚くべきことに気付いた。
月明かりに、ぼんやりと浮かび上がった少女の画が。
否。
それはもう、少女の画とは呼べなかった。
少女は消え失せていた。
薄黒い背景だけが額縁に囲まれている。
沙織は唖然とした。
何が起こっているのか分からない。
夢を見ているのだろうか?
その時。
窓の外から、笑い声がした。
沙織はそちらに近付き、下を覗いた。
この部屋は2階にあり、庭が一望できる。
誰かが居た。
人影が2つ。
はっきりとは見えない。
だが、和彦の笑い声は分かった。
そして、もう1人、若い女の声。
2人はくっついたり離れたりしながら、何度も笑い合っている。
沙織の頭にひとつの仮説が浮かんだ。
それはとても科学的とは言えぬ、恐ろしい想像だった。
もう一度、壁の画を見る。
やはり、少女は居ない。
沙織は背筋が凍るのを感じた。
唇がワナワナと震えた。
気分が悪くなってくる。
窓を離れ、部屋を出た。
庭に出て、真相を確かめる勇気がなかった。
震えつつ、自室へと戻る。
そして、一睡も出来ぬまま、一晩を過ごした。
翌朝、和彦は朝食の場に現れた。
相変わらず、すぐに食事を済ませると部屋に戻ってしまう。
大学には行くものの、それ以外はあの画を眺め続ける生活だった。
沙織は和彦の部屋に行き、少女の画を見る気にはなれなかった。
もしも想像が当たっていたら、どうするのか?
見当もつかない。
そこには未知の現象に対する恐怖しかなかった。
それから1週間後が、今であった。
「わたし、困り果ててしまって…」
沙織の瞳に浮かぶ涙に、優哉は慌てた。
女の涙に対処する術など知らない。
「そ、それで僕に?」
「はい」
沙織がコクッと頷く。
「中山さんのご親族に、こういう不思議なことに詳しい方がいらっしゃると…噂で…」
「ああ…」
優哉は、ようやく合点がいった。
どうして、この美女が自分のような冴えない文学青年を頼りにしたのか。
全ては不可思議事件をいくつか解決した従姉妹、八咫純子のせいなのだ。
純子は優哉と同じ22歳。
ずいぶんな変わり者で、母方の家系の超常的な力を受け継いで、その筋では有名人だった。
沙織はその噂をどこかで聞き、優哉を通じて純子に助けを求めているのだ。
「どうか、その方にご紹介いただけませんか」
潤んだ瞳で訴えられ、優哉は胸が高鳴った。
自分との発展は望めずとも、何か彼女の力になりたいと思わせるものが、そこにはあった。
優哉は即答で快諾し、純子を連れて出来るだけ早く吉村家を訪れると約束した。
3日後、優哉は従姉妹の純子を伴い、郊外の吉村邸を訪問した。
純子は美しいが、どこか人を寄せ付けない不思議な雰囲気を漂わせる娘だった。
華と鞠を描いた白の着物をまとい、両手には黒レースの手袋をはめている。
黒い長髪との対比で、なおさら透き通るような白肌。
整った顔。
その全体のモノトーンの中、涼しげな双眸の上瞼を唯一、彩った紅色の化粧。
背丈は優哉と同じくらいで、すらりとしていた。
最初、純子はこの事件に興味が無さそうだった。
しかし、話が和彦の異常と少女の画の怪異に及ぶと急に「さあ、行くわよ」と純子の方から急かしたので、優哉はホッと胸を撫で下ろしたのだ。




