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夜会での小さな文通②

 二日目の夜会は、自前のドレスで挑もう。――という決意は、黄色のドレスを手に、「貴女のために、作らせたの。可愛いでしょう! うふ!」と言ってくる叔母の満面の笑みの前に、脆くも霧散した。

 とてもだけど、断れない。叔母を悲しませたくないもの。

 叔母は私の為に、たくさんのドレスを新調してくれていた。


 今夜のドレスは花柄だった。なんだか叔母の屋敷のカーテンを着ているみたいな気分になった。

 それでも私もこの状況に少しは慣れたのか、夜会をそれなりに令嬢らしく過ごすことができた。この日は何人かの男性とダンスを踊ったのだ。

 叔母と国王夫妻にも挨拶をし、二人となんとか会話を楽しんだ。

 誰かとぶつかりそうになっても、メガネは死守した。

 カクテル片手に同じ年頃の女性たちの輪に入り、懸命に彼女たちの話題についていった。

 夜会での女性たちが盛り上がるのは、どの男性が一番素敵かということと、自分の家族の自慢のことのようだ。


 愛想笑いを浮かべながら、必死について行くのに少々気疲れしてしまい、この夜も私はこっそり大広間を抜け出した。

 実のところ昨日見たあの部屋が、気になったのだ。

 あの模型はまだ置かれているだろうか。そして、メモは読まれただろうか?


 静まり返った踊り場に行くと、あっと息を飲む。

 今夜も螺旋階段の奥の部屋に、明かりが灯っていたのだ。

 キョロキョロと首を振って、辺りに誰もいないのを確かめてから、中に入っていく。


 今日も模型はあった。

 そしてまたしてもティーカップと皿が載っていて、まだフォークの入れられていないシフォンケーキが皿の上にあった。

 ただし、今夜は昨夜と違ってカップは一脚しかない。

 ティーカップのソーサーが重しのように端に置かれたメモ紙には、昨夜とは違う文章が書かれていた。


『実に美しい字で、感服しました。あなたの情報が正しいことを、祈りましょう』


 思わず二回読んでしまった。

 これは明らかに、私に対して書かれた、前回の書き込みへの返事だ。これを書いた人物は、私がまたここにくることを、予想していたらしい。完全に行動を読まれてしまっていた。

 字を褒められたのは、素直に嬉しい。

 メモ用紙にはその下に随分と余白が残されていて、まるで私が返事を書くことを期待しているようにも思えた。


(うーん、なんて書こうかしら?)


 飲みかけの紅茶とシフォンケーキを見つめ、ポケットに手を入れる。叔母の作ってくれるドレスには、必ずポケットがついていて、中にはボンボンが入れられていた。

 ボンボンは叔母が大好きなお菓子で、果汁シロップを糖衣で包んだものだ。親指の先ほどの小さなそのボンボンは、噛んだ途端にサクッと砕け、同時に中から濃厚で甘いシロップが溢れ出る。

 ボンボンは叔母の燃料なのだ。

 少し考え込んだ後、私はペンを取った。


『シフォンケーキばかりで飽きませんか? ボンボンを召し上がれ』


 そう書くと、シフォンケーキのとなりにザラザラとボンボンを並べた。いちご味に、りんご味、ミント味と彩り良くなることにも気をつけて。

 ペンを置いて大陸の模型を見ると、昨日とは磁石の位置が少し違っていた。

 エーデルリヒト王国の兵隊を模したらしき赤い磁石の数が増え、南に向けてたくさん並べられている。


(なんなの、コレは。物騒な配置をするわねぇ)


 私は手を伸ばして赤い磁石を国境から王宮の周囲に戻した。

 そうして部屋を出て行った。




 王宮の三日目の大夜会。

 今夜こそ自分で準備したドレスを着てきた私は、初日が嘘のようにたくさんの貴公子たちとダンスやちょっとしたお喋りを楽しんだ。同い年くらいの女性たちとも、気の利いた会話をすることができた。

 ほんの少し、自信がついた気がする。私でも、頑張れば変われるのかもしれない。自信が私を明るく前向きにさせ、それがさらに自信に繋がる。

 それはとても素敵な連鎖に思えた。

 今までのみっともない自分に、さよならをするのだ。

 自分自身の未来のために。




 この日は、それまでよりも早めに大広間を抜け出して例の模型を見に行った。

 少し早くいけば、メモを書いたシフォンケーキの持ち主に会えるかもしれない、と思ったのだ。

 だが私が入っていくと、やはり部屋は無人だった。

 がっかりして、小さく溜め息をつく。

 模型の置かれたテーブルに急いで近寄ると、ティーカップの紅茶はまだなみなみと残っていて、湯気がゆらゆらと上っている。つまり、この紅茶を飲んでいた人は、ついさっきまでここにいたのだ。


(おかしいわね。誰ともすれ違わなかったのに)


 改めて室内を見渡すが、壁に囲まれているだけで私が入ってきた場所以外は、出口がない。

 不審に思いつつも、模型に近寄る。

 いつもはシフォンケーキが載る皿を覗きこむ。すると、今夜はシフォンケーキではなく、フロランタンが載っていた。しかも食べかけではなく、大きな長方形のものが、三つ。

 そしてメモ用紙には、相変わらずの流れるような字体でこう記されていた。


『こんばんは。もしまたこの部屋にいらしたなら、嬉しいことです。ボンボンをありがとうございます。こちらのフロランタンがあなたのお口に合いますように』


「まぁ、粋なことする人ね。面白い!」


 この王宮に来て、初めて心から笑ったかもしれない。

 フロランタンは、バターたっぷりのクッキー生地に、アーモンドのスライスとキャラメルを絡めて載せたお菓子だ。

 一つを摘み上げ、立ったまま齧り始める。噛むとカリッとこぎみいい音がして、カラメルのほろ苦さと、アーモンドの香ばしい芳香が口の中に広がる。歯応えのいいクッキーと、ねっとりと甘いキャラメルのハーモニーが、楽しい。

 素直に、美味しい。一人で食べながらも、口元が綻ぶのが止められない。


「良いじゃないの。今まで食べたフロランタンの中でも、相当美味しい方かも。もう一つ、頂いちゃおう」


 二つ目に手を伸ばし、食べ進める。

 二つ目も食べ終わると、もう一つに手を伸ばしたいところだったが、全部食べたと思われるのは、食い意地が張っていると思われそうで、流石に気が引けた。

 指についたアーモンドのカケラまで味わい、メモ用紙に感想を書き込む。


『とても美味しかったです。ご馳走様でした。ありがとう。夜会が退屈で、抜け出してきたんです。少しここに避難させてください』


 それは奇妙な文通だった。

 これを書いたのは、一体どんな人なのだろう。

 知りたいような、でも知らないからこそワクワクするような。

 お互いの姿が分からないからこそ、面白かったのかもしれない。


 四日目になると、夜会よりこの不思議な部屋に来ることの方が楽しみになっていた。

 三日目より更に早目に模型の部屋に飛び込んだが、やはり誰もいなかった。

 がっくりと肩を落とすが、気を取り直してテーブルに向かう。

 また、メッセージを残してくれているかもしれない。

 ドキドキと期待にやや緊張しながら立体模型の裏に周り、メモ用紙を探す。

 メモ用紙には、今日も何やら書き連ねられていた。ちょっぴりワクワクしつつ、字を追う。


『今夜もいらっしゃいませ。夜会が苦手とは、私と同じですね』


 そこまで読んで、くすくすと笑ってしまう。どうやら似たもの同士らしい。急速に親近感が湧く。メモ用紙に手を伸ばして、黒いインクで書かれたその字を指先でそっとなぞる。

 少し粗いけれど、伸びやかな堂々とした字体で、素敵だと思う。

 文は終わっておらず、続きがあった。


『あなたに、直接お会いしたい』


 不覚にも、たったの一文でどきんと胸が熱くなってしまう。会いたいと言われると相手がよく分からなくても、やはり嬉しい。

 恥ずかしくて頰に片手を押し当てながら、心臓がチクリと痛むのを感じた。


(実際に私に会ったら、きっとガッカリされてしてしまうんだろうな……)


 でも、私もこの人と会ってみたい……。

 書き残してくれた文章は、まだ続いている。

 気を取り直して、読み進める。


『夜会が苦手だと言うご令嬢と、ぜひ一度踊ってみたいものです』


 ぎくりと、緊張が走る。よく確かめようと反射的にメモ用紙を掴み、もう一度読んだ。

 ――これはおかしい。


(令嬢? どうして私が女だと分かったのかしら?)


 まさか私の字から?

 ふと視界の端で何かが動いた気がして、顔を上げる。なぜか視線を感じてしまい、周囲に目を彷徨わせる。

 広い部屋の壁にはたくさんの絵画がかけられ、急に絵の中の人物達に見られているような気がした。


(そんなはず、ないのに)


 自分を落ち着かせようとゆっくりとため息を吐く。

 メモ用紙にはまだ続きがあった。


『明日は私も夜会に出ることになりました。赤いジャケットに銀色の馬のブローチを付けて参加します。ぜひ私を探して下さい。――明日のあなたのドレスは何色ですか?』


 この文通相手が、夜会に?

 少し驚いたが、実際に会えるのは楽しそうだ。

 焦りを落ち着かせながら、返事を書こうとペンを取る。


『私は薄紅色のドレスを着るつもりです。

 明日、夜会でお会いできるのをとても楽しみにしています』


 こうして私は、初めて翌日の夜会を楽しみにすることができた。


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ブサ猫に変えられた気弱令嬢ですが、最恐の軍人公爵に拾われて気絶寸前です
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