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夜会での小さな文通①

 しかしながら。

 王宮の夜会にいよいよ、いざ初めて参加する夜。


 叔母お気に入りの仕立て屋が、私の為に作ってくれたドレスをロッソ伯爵邸で着たとき。ーー私は「王宮デビュー」が絶対に成功しないだろうと、悟った。

 王宮女官を十年前に引退した叔母のセンスは、ちょっと時代遅れだった。

 世の流行は、叔母の中で十年前に止まったままだった。

 私が着たのはピンク色のレースがひらひらと裾についていて、これでもかとリボンがあちこちに縫い付けられた、叔母の趣味に激しく振り切ったデザインのドレスだったのだ。これは明らかに最新の宮廷の流行とは違っているだろうなと思いつつも、叔母が心から嬉しそうに私に着せてくるので、拒めない。

 全部でいくつあるのか最早数えきれないほどのリボンで飾られたドレスに身を包み、王宮の正門から中に入っていく。


 ーーそして、私は王宮の絢爛な大広間に足を踏み入れるなり、己の予感が的中したことを知る。


「まぁ見て。見慣れない子がいるわ。なんて古臭いドレス」

「しかもキョロキョロしちゃって、どこのおのぼりさんかしら? 場違いも甚だしいわね」

「きっと間違えて紛れ込んじゃったのよ。笑ったりしたら、可哀想よ」


 耳のいい私は、扇子で口元を隠した令嬢たちのヒソヒソ話をしっかりと聞いていた。

 おまけにダンスをしている人たちに途中でぶつかってしまい、メガネが落ちてしまった。メガネはくるくると踊る人々の足に当たり、四方に蹴飛ばされていき、さらによく見えてない私がそれを追いかけるので、なかなか取れなかった。

 あちこちへ転がるメガネを中腰になって懸命に追う私は、随分と間抜けで見ていて滑稽だっただろう。

 ようやく眼鏡を拾い上げた時、レンズにはヒビが入ってしまっていた。でも見えないよりマシだから、かけるしかない。

 ヒビの入ったメガネで大広間にいるのは、苦痛でしかたなかった。


 高い高い天井に煌めくシャンデリア。

 テーブルの豪華な食器の数々。

 料理の匂いと、種類。

 財力の結晶のような、貴婦人たちのドレスの色や形。

 目に映る全てが桁違いの華やかさを持っていて、徐々に目眩がしてくる。

 すっかり壁の花となった私に、叔母は満面の笑顔で両手に取ってきた菓子を勧めてきた。食べ物を手にした叔母の笑顔は心底幸せそうで、物凄く断りにくい。

 そしてそれをチラチラと見ている周囲の若い女性たちが、失笑している。


「誰かしら、ポッチャリちゃん」

「ちょっと! あの子って、妹に婚約者を取られた今噂のディラミン家のマリーらしいわよ!」

「あの子が!? アレじゃ、仕方ないわよね〜」


 その台詞が耳に入って来た時。

 気丈に振舞っていた私も、流石に心が折れた。

 子爵家の娘として生まれたのに、ここでも私は情けない姿しか見せられない。こんなんじゃ、マクシムが愛想をつかして当然だ。


(ああ、もう、ここにいたくない!)


 いてもたってもいられず、私は叔母が二人分のフルーツポンチのおかわりを取りにいった隙に、大広間を抜け出した。


 夜会の人混みから離れると、ホッとした。

 どうせ、今の環境で輝けない者は、身を置く場所を変えようが輝けない……。

 目頭が熱くなり、涙が溢れそうになり、素早く手の甲で拭う。泣いてしまう自分が情けない。

 私はなんて、みっともないんだろう。

 社交好きのマクシムが夜会に誘ってくれなくて、当然だったのだ。

 そう思うと虚しくて、レースが重たすぎるドレスの裾をたくし上げて、大広間から早足で離れた。大股で早歩きをすると、お腹の肉が揺れるのが自分でもわかって、さらに落ち込む。

 人のいない所に行きたくて、闇雲に歩いた。そして気がつくと、女官や衛兵のいない随分と閑散とした場所まで来てしまっていた。

 廊下に置かれているはずのランプの数も少なく、かなり薄暗い。


(いけない。叔母様がフルーツポンチのお皿を持って、きっと今頃私を探してる)


 興奮していた気持ちを落ち着けようと、立ち止まると何度か深呼吸をしてから、顔を上げる。

 ここはどこだろうかと、辺りを見渡す。

 そこは棟と棟をつなぐ部分に位置していて、高い吹き抜けと、大きな螺旋階段があった。

 螺旋階段の奥には美しいアーチを描くドアのない入り口があり、その向こうの空間は広い部屋があるようだった。

 室内にはランプがたくさん置かれているのか、煌々とした明かりが薄暗い廊下まで漏れている。


(誰かいるのかしら?)


 興味を惹かれてゆっくりと入り口に向かう。

「すみません」と一応断りを入れながら中を覗くと、そこには誰もいなかった。

 絵画やタペストリーが掛けられた広い室内に、私の足音だけが響く。

 暖炉のある大きなその部屋は、中央に大きなテーブルが置かれ、その上に何やら立体的な模型が置かれていた。

 起毛生地でできた緑色の丘や、ガラスが流し込まれた水色の川、がある大きな模型の上に、城や家が置かれている。赤い旗が塔の上に刺さっている城は、形から考えるにエーデルリヒトの王宮を模したものらしい。

 それは、大陸の国々の立体模型地図だった。

 各国の王宮もその形状に至るまで忠実に再現されており、指先でそっと撫でてみると、どうやら陶器でできているらしい。城のてっぺんにはそれぞれの国の小さな国旗まで、取り付けられている。


 テーブルの端には大きな皿が一つ載っており、シフォンケーキが置かれていた。シフォンケーキのそばには取り分け用の小さな皿とフォークが置かれ、明らかに食べかけだった。

 近くに並べられたティーカップは、二脚ある。つまり二人の人物がここでお茶をしていたらしい。


(誰かが、さっきまでここに? 出て行ったばかりなのかしら?)


 顔を上げて誰もいないことをもう一度確認してから、模型をさらに覗き込む。

 あまりに精巧に出来ているので見惚れてしまい、キラキラと輝く川の表面にそっと触り、指を滑らせる。まるで本物の水が流れているように見えたが、触ってみればやはり硬いガラスだ。

 国境線は白く太い毛糸が縫われていて、エーデルリヒトと北の国境には赤く塗られた小さな丸型の磁石が置かれ、まるで対峙するように黄色の磁石が置かれていた。

 赤い磁石は黄色を挟み撃ちしようとしているようにも見える。


「何かしら、これ」


 我が国の兵士が、北にある国を攻め込もうとしているみたいに見える。

 なんとも不穏な置かれ方だ。よく見れば城の上の国旗を取られた国々もあり、模型の隅には模造の金貨や銀貨も重ねられている。

 金貨は手に取るととても軽く、木を削ったものの上に塗料を塗って作られているようだ。

 全体像を眺めて、ようやく気付いた――どうやらこれは単なる世界地図の立体模型ではなく、諸国を侵略していく遊戯盤でもあるらしい。


「侵略ゲーム? 随分と過激な遊戯盤ね」


 ティーカップのそばにはメモを取るのに使ったのか、数枚の紙が散らばっている。殴り書きのように取り留めなく書かれた文面を流し読みしていると、ある箇所にふと引っかかった。

 そこには『大陸の北の国々にはまだ我らが知らぬ謎があり、攻め甲斐がある。また、戦好きな民が多い』と書かれていたのだ。


「全然そんなことないのに。北にあるのは、大量の雪と痩せた土地くらいよ……」


 私が子供の頃、父と義母はしばしば北の祖国での日々について話していた。

 北は総じて貧しい国が多く、政情が不安定で内乱も絶えない。義母はそれでも祖国が好きだと言っていたが、平和なことに関しては、エーデルリヒト王国は素晴らしいと言っていた。


 一体、誰がこんなメモを書いたのか。

 王宮のこんなに広い部屋で、精巧な模型をいじりながらケーキを食べられる人なのだから、そこそこ身分か地位のある人なのだろう。

 このメモを残した人間の認識を改めてやるべく、私はそばに置かれていたペンを手に取った。勢いそのまま、インクをつけるとメモの下に丁寧に書き足していく。


『そんなことはありません。北の生活は我が国に比べれば、実に貧相なものです。それに果たして戦が好きな国など、ありますでしょうか?』と。


 カリグラフィーを習っている私は、字を書くのは好きだった。

 字の綺麗さには自信がある。


(胸を張れることが、少しは私にもあったじゃないの)


 できる限り美しく綴ると、ペンを置いてメモを見下ろし、何度も出来栄えに頷いた。


 そうして満足してこの奇妙な部屋を出て行った。まさかこの一筆が、後々私の運命を大きく変えることになるなんて、この時は思いもしなかった。


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ブサ猫に変えられた気弱令嬢ですが、最恐の軍人公爵に拾われて気絶寸前です
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