その⑦
「だから君はブラッディ・クリスマスを利用して、2人を殺す計画を立てたと」
真紀はビルの鉄格子に寄りかかって空を仰いだ。
風が、冷たく肌に当たる。何もかもきれいさっぱり消してしまいたい。そんな気分だった。
「なぜ未華子を殺したんだ? その動機ならば、殺すのは彼女と恋人だけでいいはずだろう? 君はなぜ、もう一度殺人を犯したんだ?」
アイサの問いは、先ほどまでの淡々とした物言いではなく、いくらかの感情が籠っていた。
アイサの透き通った青い視線が、真紀を突き刺す。真紀は少し笑って、天を仰ぎながら答える。
「……なんでだろうね。私は人間じゃないからかな」
その嘲笑めいた答えに、アイサは何も言い返さなかった。
人間ではない。その言葉に、アイサは「そうか」とだけつぶやくと、真紀の目を冷たく見据えて淡々とした口調に戻る。
「すまないが、君には2つの選択肢がある。我々に消されるか……」
「わかってる。自分で消えるかのどちらか、でしょ?」
真紀はわかっていると言わんばかりにアイサの言葉を遮ると、精一杯笑った。
アイサは、何とも清々しい顔だと思った。
これでようやく、すべてから解放される。そう言いたいように。
白は、まっすぐにアメシストのような輝きを真紀に向ける。その目に、憐れみなどという澱みは、微塵にもない。真紀の罪をすべて受け入れて、少年は告げる。
「おれから見たら、あんたは人間だけどな。孤独がどれだけ辛いのか、それは痛いほどわかるから」
美しい、と真紀が息を飲むほどにその少年は眩しかった。真紀はそんな白の言葉が、この上なく嬉しかった。人間ではないと自分を否定してきた真紀にとって、これほどの喜びはない。
だからこそ――――――真紀は罪を償わなければならない。この世から消えねばならない。
「ありがとう。私にはもったいなさすぎる言葉」
真紀はゆっくりと、ビルの端に立った。眠らない街からは、色々な人間が放つ幸せそうな音が聞こえてくる。
真紀は、思い出していた。未華子と過ごした短いながらも幸せなひと時を。
ずっと、このままが良かった。ずっと一緒にいたかった。ずっと、笑っていたかった。
だけど、また孤独になることに耐えられなかった。
真紀の体がふわりと揺れる。まるで雪のように軽く手すりを乗り越え、ビルの端に立つ。
――――――未華子。ごめんね。最初から、こうしていればよかった。私なんて存在しなければよかったのよ。でも、私は人間になることを望んだ。私が人間になれないのなら、また男に取られてしまうのならば、そう思うと、怖くて仕方がなかった。
どうか、最低な私を許してね。
「待って」
飛び降りようとした瞬間、白の声が真紀を止める。
「これ、さっき拾ったんだけど。あんたのもんだろ?」
「えっ?」
白が持っていたのは、可愛らしいトナカイがデザインされたクリスマスカードだった。
それは、未華子が真紀に宛てたもので、開くと2人のプリクラの写真と共にメッセージが書いてあった。
『最高の親友、真紀へ。ずっと一緒だよ』
真紀の目から、涙が零れ落ちた。
「ごめん……ごめんなさい!!!!! 未華子! ごめん!!」
親友の命と引き換えに得たもの、それは真紀が最も欲しがった言葉だった。
津波のように押し寄せる後悔に、真紀はたまらず嗚咽した。
涙が、月明かりを反射して、煌めいた。
真紀の涙は、月夜に照らされながら、この街の喧騒に紛れて消えていく。
次第に真紀の体は薄らいでいき、光の粒となってこの世界から消えていった。
「……はあ」
白は、ゆっくりと両手を合わせる。
――――――安らかに。
彼女が今度は、人間として生まれてくるように。
心から、そう祈った。




