その⑥
ずっと、家族は、私を見なかった。見てくれたのは姉だけだった。
姉の部屋で私は確かに存在していた。
他の人間とは違って、食べることも寝ることも必要はなかったが、それでも自分は生きていると、思えた。姉というかけがえのない存在がいたから――――――
だが、それは姉の成長と共に崩れ去った。
姉は男を作った。部屋に男を連れ込んで、私が存在していないかのように2人は話す。
私の存在は徐々に忘れ去られていく。話しかけても、無視されることが増えていた。
それは、まぎれもなくあの男のせいだと気づいた時、私は耐えられなくなった。
「どうして私を見捨てるの!?」
姉は家を出ていくと言った。男と一緒に暮らすのだと。ついていくと言ったら、姉は冷たい顔をして、
「ねえ真紀。今まで黙っていたけど、あなたは私の想像で生み出されたただの幻影なんだよ? だからこれ以上、私の頭に入ってこないで。正直、私から生まれたくせに私の邪魔をするとか、キショイんですけど」
その言葉によって、私の中のこれまで抱えていたものが弾けた。
自分を否定したのが、自分を生み出した本人だったなんて、そんなこと許せない。
許せない。許せない。麻衣が私の前から消えるなら、その前に私が――――――
気付けば、私は鬼になっていた。今思えば、愛と憎しみは表裏一体、とでも言うのだろうか。
首を、絞めた。
力を徐々にかけた。
その腕の感覚が、今でも忘れられない。
姉は必死に私に助けを請うた。目には大粒の涙を流し、口から唾液を垂れ流していた。
私は、初めて姉のことを醜いと思ってしまった。
自分と全く同じ姿形をした、姉のことを。
「……あれ?」
どうして、私は――――――
私は姉の体を引き裂いて、食べた。
少しだけ力が出るような気がした。
でも私の心は満たされないままだった。
姉を殺して気が付いたこと、それはあまりにも残酷な現実。醜い私の本性。
「あの人のことが……私は……あれ……?」
私はあの男の背中をずっと見ていた。私から姉を奪ったあの男。私の存在も知らないあの男。あいつは、別の女を作って――――――
許せなかった。「僕には君しかいない」などとベッドの上で語っていたくせに。
それを、向けるべき相手は姉じゃなかった。
今はもう、別の女に同じことを言っていた。
「――――――」
あの男の断末魔は何ともあっけなかった。
トイレで一人になったところを襲った。日付は姉の命日、クリスマス・イブ。
姉と同じように食べてやった。四肢をもぎ取って、苦しませながら殺した。
「どうして!! どうして姉だったの……私だって」
虚しい。
心底虚しい。
そんなことに気づいたのは、それからすぐだった。
もう消えよう。この世界に存在する理由など、もはやないのだから。
消えようと彷徨っていた私は、大学という場所で、静かに講義を聞いていた。
ただの気まぐれだった。その講義の内容が心理学だったので、自分がなぜ人を殺したのかわかるかもしれないと、安易に考えただけのことだった。
そんな時、未華子が私の横に座った。そして微笑みながらこう言った。
「ねえ。この先生の講義、眠くない?」
「……えっ?」
生まれて初めて、姉以外の人間から話しかけられた。
未華子はごく普通の人間として私に接してくれた。
何度も遊びに行ったし、ご飯も食べた。
未華子といれば、私は人間に成れた。
それが、どれだけ幸せなことで、どれだけ私を苦しめていたのか、未華子は知る余地もなかっただろう。
だって――――――
未華子が、男を作ったから。
怖くて、怖くてたまらなかった。
また捨てられる恐怖。
そしてまた、相手のことを自分が好きになってしまう恐怖。
次第に募った醜い感情は、私を次の凶行に掻き立ててしまった。