その②
「未華子。プレゼント何がいい?」
去年の冬、未華子の目の前には、“あの人”がいた。
笑顔、優しいまなざし、どこか不器用な行動―――未華子は彼を愛していた。
「ふふっ。私は一緒にいてくれるだけで十分かな」
彼と未華子は、田共大学のボランティアサークルで知り合った。身長180㎝で、バスケットボールをしていたスポーツマン。未華子は笑顔が素敵で、少し不器用だがとても優しいところが好きだった。付き合って、半年以上経つ初めてのクリスマス。未華子は、内心ワクワクが止まらなかった。
「一緒にいるなんて、そんなの当たり前じゃねえか。何かプレゼントさせてくれよ」
「……嬉しい。じゃあサプライズを希望ってことで」
「ええっ! 俺、そういうの苦手かも」
「いいのよ。何でも嬉しいから」
未華子はたじろぐ彼の姿を見て、柔和にほほ笑んだ。彼からもらうのならば、こちらもお返しをしなければならない。いや、お返しをしたい。
未華子は、お返しのプレゼントは何がいいのか考える。しかし、考えても全く思いつかない。困った未華子は真紀に相談する。
真紀は事情を聞いてそれならば、と喜んで未華子に協力した。いいものが売っていそうな店のリサーチは、真紀が率先してすべて行った。
「次は、こっちの店ね!」
「すごいね真紀、なんでこんなにいっぱいお店知ってるの?」
未華子は、真紀の闘志のようなやる気を心強く感じた。ネットでリサーチした店の他に、真紀が普段行く変わった雑貨店などもあり、未華子はプレゼント選びそっちのけで、ショッピングを楽しんでいた。
肝心のプレゼントが、中々決まらない。
真紀は少し呆れ気味に笑い、こうなればとっておきのお店を紹介する、と言った。
少し路地裏に入った趣のある通りの一画、そのさらに奥へ。華やかな人通りは消え、ひっそりと続くスパイ映画に出てきそうな薄暗い道を抜ける。
そんな未華子の目の前に現れたのは“真っ赤な靴下”だった。
それは、人の足のサイズではなく、長靴のように巨大だった。未華子は、その吸い込まれるような深紅から目線を店の外観に向ける。
植物のツタに覆われた、不気味な外観のセレクトショップだった。木造で、ところどころにひびや損傷が見られる。だからこそ、店の扉の横に置かれている真新しいショーケースがやけに映えて、惹きつけられた。特に破損した看板の文字はかすれていて、何と書いてあるか読めない。
その真っ赤な靴下はまるで、未華子を待っていたかのようにショーケースの中にあった。
未華子は、その靴下に意識まですべて持っていかれた。
「靴下の中に、送る人への気持ちを入れるの。手紙とか、お菓子とか色々」
真紀は、そっと未華子に近づいて説明する。その説明がなければ、この巨大な靴下の意味は一生理解できなかっただろう。
「これにしてみたら? 外国では愛を伝える時に靴下の中にクリスマスカードを入れるんだって」
「そうなんだ……」
未華子の心は自然と固まった。この靴下に、自分の思いを入れて彼に送ろう。そう決心する。
――――――カランカラン。
扉についていたベルが、来店する人間の存在を告げる。
「……いらっしゃい」
2人の耳に、しわがれた声が届く。店番をしていたのは老婆だった。洋風の黒いカーディガンの上に、なぜか赤い半纏を着ている姿が印象的だった。顔に張り付けられた数々の皺が、老婆の生きた年数を物語っているようだ。老婆は不気味な笑みを浮かべ、未華子と真紀をつぶさに見る。
「変わったお店だね」
「うん。私もそう思うよ」
未華子は老婆から逃げるようにショーケースの裏側へと向かった。外観を最初見た時は、アンティークショップかと思っていた。しかし店内は、古びた木の棚に所狭しと、よくわからない雑貨のようなものが陳列されている。相当偏った店だったのだと、未華子は視線を商品に向ける。
いきなり目についたのは、リアルな顔の木彫りの人形。女の人の叫びのような表情が妙にリアルで気持ち悪い。次に目に付いたのは、おふだ。真っ黒な墨で気持ちの悪い文様が描かれている。これにはどういう意味があるのだろうかと、首を傾げる。
未華子はとりあえず、店の中をすべて見て回ることにした。店の奥に進めば進むほど、その独特な商品が際立っている。商品には、一つ一つ手書きのポップが付けられていた。老婆が書いたその商品の説明は、筆で書かれた字体の効果もあってか、薄気味悪い印象を受ける。
――――――血のような絵の具がついた包帯、人を殺したことがあるおもちゃのナイフ、化け物が見えるメガネなど、訳がわからない。
「……気になるものはありましたかな?」
「うわっ!!」
未華子は商品を眺めるのに夢中になりすぎて、真横にいた老婆に気が付かなかった。
「あはは……」
未華子は苦笑いを浮かべ、取り繕った。老婆と視線を合わせるのを避け、少し身を引く。
老婆の気配は、まるで無いに等しかった。音もなく影のように未華子にずいっと近づいてくる。
「私ねぇ、この商売が長いもんだから、お客さんと商品たちの相性がわかってしまうんですよ……」
そう言って老婆は、ショーケースの方を指さす。
「アレは、やめておいた方がいい」
老婆は未華子を睨みつけた。その目からは、年老いているとは思えない覇気を感じさせる。未華子は驚いて老婆の目を見つめ返す。
「ねえ未華子買ったの?」
「ご、ごめんまだ!」
そんな時、棚の陰から真紀が声を上げた。真紀は手にあの靴下を持って、未華子に近づいてくる。
「おばあさん。これ、ください!」
真紀は、未華子の背中を押して、にっこりと笑った。その力がやけに強くて、未華子はこういう時の真紀は、非常に心強い存在だと思った。
「いいのかい? あんたはそれで」
「はい! 友人が勧めてくれたので」
怪訝な表情の老婆をよそに、未華子はさっさとレジでお金を払うと、靴下を紙袋に入れてもらい、店を後にする。
「さーて、後は中に何を入れるかですね未華子殿~?」
背中を楽しそうにつっついてくる真紀に、未華子は考えを巡らせる。
「んー。じゃあさっき行った店で、お菓子買いたいな」
「りょーかい」
こうして、靴下の中身を着々と準備した2人は、当日の成功を祈って帰路についた。