その①
はじめまして。人生初めての投稿作品です。
最後まで読んでいただければ嬉しいです。
この世の中に、空想なんて存在しない。
理想は現実に
思いは現実に
呪いは現実に
“カイイ”は、人の心に潜んでいる。
「ねえ。ブラッディ・クリスマスって知ってる?」
街がクリスマスムードで活気づく12月15日。西京未華子は、友人の何気ない一言に顔を上げた。
イルミネーションが煌めく街が望める高台のカフェで、ぼんやりと真っ白な曇天を見つめていた未華子は、友人のいたずらっ気のある笑みを見て、首を傾げる。
「何それ?」
「なんかね、ここ数年で流行っている都市伝説らしいよ」
井上真紀は、キラキラと子どものような好奇心を露わにし、スマホの画面を未華子に見せる。彼女は、未華子の大学の友人で、未華子と同じ民俗学を専攻している。
未華子は、内心またかと呆れた。真紀はオカルト好きで、よくこういった類の都市伝説や怪談を聞かせてくるのだ。
「クリスマスにプレゼントをもらえなかった子どもたちの怨念が積もって、呪いになったんだって……」
真紀は声を低くして、血で真っ赤に染まったサンタの画像を未華子の顔に勢いよく見せつけてきた。
「何それ。下らな」
画像を見た未華子は、冷たく顔を背ける。真紀の行動には慣れていたため、恐怖も興味も全く感じない。
――――――いつもなら。
未華子は無意識に、もう一度その画像を見ていた自分に気が付いた。
何の変哲もない、ただのホラー画像だった。薄気味悪いサンタの笑みは、一周回ってどこか可笑しくもある。
――――――いや、そうではない。
「ねえ、未華子ってクリスマス空いてる?」
「えっ……なんて?」
「いや、クリスマス。なんか予定あるのかなって思って」
何かに動揺していた未華子を尻目に、真紀はスマホの画面を手元に戻す。そして、会計伝票を人差し指と中指ではさみ、ひらひらと上下に動かす。
真紀のそのしぐさを見た未華子は、コートとカバンを取り、席を立った。
「何もないよ」
そう答えた未華子の頭は、先ほどの画面のことでいっぱいだった。レジで会計を済ませる真紀の手つきがどこかおぼつかなかったのを見て、ようやく我に返り、慌てて財布を取り出す。
「うひゃー。今こんなとこも自動レジなんだね。私、普段あんまり買い物とかしないから、慣れてなくって」
真紀はきまりが悪そうに頭を掻きながら未華子を見つめる。
「お金、今月もやばいの?」
「ピンポーン」
真紀は茶目っ気のあるウインクをかました後、両手を合わせた。
「はいはい」と言って未華子が財布から1万円を出して、会計を済ます。
2人が店を出ると、寒風が勢いよく顔を刺す。
日の沈みかけた空を背に、LEDの街灯がともり始め、都会の夜の訪れを告げていた。
「やっぱりやってみない? ブラッディ・クリスマス」
「だから、何よそれ」
「ちょっとした遊びだってば。聞いた話によると、クリぼっちの怨念が積もりに積もって生まれたとか何とか」
「さっきから言うこと変わってるし」
その後、クリスマスの話題が出ることはなかった。大学の期末レポートの話や、小テストの話をしたところで、2人が分かれる駅が見えてきた。
未華子はふと、白くて冷たいものが鼻に当たったのを感じとった。
「雪……」
小さくて、今にも消えてしまいそうな雪。
ハラハラと舞い落ちたかと思えば、強い風にさらわれて、勢いよく流れた。
「じゃ、24日。ケーキでも食べない? どうせ私はおひとり様だし」
「どうせとか、言わないの。真紀はもう少し人付き合いを良くすれば、モテると思うよ。お世辞抜きで結構可愛いんだし」
真紀は、「ありがと」とどこか哀しそうに笑って、駆け出した。駅の券売機の前まで言ったところで振り返って、手を振った。
「じゃ、また大学で」
「うん。またね」
友人を見送った未華子は、肩を落とす。肩掛けの小さなショルダーバックが、やけに重く感じる。
――――――クリスマス。私の嫌いなクリスマス。
未華子の脳裏に浮かんだのは、真っ赤な光景だった。
それは誰にも言えない。いや、言えるはずのない1年前の出来事。真っ赤に染まった、“あの人”のことを、未華子は永遠に忘れられない。
「帰ろ」
未華子は、心がつぶれそうになって、踵を返す。ここから下宿している家までは徒歩で帰れる。速足で駆け抜け、家の方角に向かっていく。
「はあ、はあ」
心臓が大きく鼓動を響かせる。どんどんと早くなる鼓動が、未華子の意識を支配して、息ができなくなっていく。
――――――怖い、怖い、怖い!
コンクリートに打ち付ける靴音は、次第に早く、大きくなっていった。
角を曲がろうとした時、つい足をひねりそうになって体のバランスが崩れる。
「あっ!」
ばさり―――揺れたショルダーバックから、いくつかの持ち物が地面に散乱した。
財布、ポケットティッシュ、化粧ポーチ。
未華子は慌ててそれらを拾い上げる。
カバンのチャックが空いていたのか、それとも物をしっかりと中まで入れていなかったのか。そんなことを考える余裕は、今の未華子にはなかった。
「ねえ。おねーさん」
物をすべて入れ終わって、再び歩き始めようとした時、背後から男の子の声がした。周りには誰もいなかったので、自分に話しかけられていると確信した未華子は、ゆっくりと振り返る。
「これ、落としたよ」
「えっ?」
そこにいたのは、青色のパーカーに、学ランを羽織った少年だった。
少し薄紫色の入った独特の髪色に、あどけない顔立ち。首から下げた大きなヘッドホンが、少年の小さな体とミスマッチを起こして、少し歪な印象を受けた。
少年が差し出したのは、小さなハンカチだった。ふわふわの生地は、触りすぎて痛んでおり、色褪せていた。未華子の好きな猫が小さく刺繍されており、とても可愛らしいデザインだ――――――それは、未華子が“あの人”からもらった、大切なハンカチだった。
「あ、ありがとう」
少年からハンカチを受け取る。その時、冷たい突風が2人の間をすり抜ける。
少年の、揺れた長い前髪から、漏れ出たのは赤紫色の瞳だった。
雪が少年の頬に当たる。少年の肌は、雪でできているのかと思わせるほど、白く美しい。未華子の視線は、雪が当たった少年の頬に自然と向いた。冷たい雪が肌に当たり、少年の白い肌に溶け込んでいく。そして、次第に少年の頬はうっすらと赤くなる。
少年は未華子の視線を感じ取ったのか、プイっと顔を背け、踵を返して立ち去ってしまった。
「綺麗……」
雪が少年の背中を隠し、すぐに見えなくなった。未華子はゆっくりと帰路につく。未華子は部屋にたどり着くまで、少年から受け取ったハンカチをぎゅっと握りしめていた。