瓜二つの女
俺は彼女のことが大好きだった。
「ゆうじ」
そう呼ぶ彼女の声が好きだった。・・・そんな彼女が今俺の目の前で化物に胸を貫かれ死んでいる。愚かにも立ち向かった俺は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる骨の折れる音を聞きながら気を失った。
「はっ!・・・はぁ・・・はぁ・・・くそっ、またあの夢か・・・」
飛び起きて、不快感を味わっていた。数年前、突如現れたポーンと呼称された化物達によって住んでいた街が蹂躙され、俺は瀕死の重傷を負ったはずだった。気が付くと俺は見知らぬ場所で目を覚まし、傷が癒えていた。おぼつかない足取りで行くあてもなく歩き続け、今居る村に辿り着いた。名前の無い村、第一村と勝手に呼んでいる。そこの人達の厚意で住ませてもらっている。それから数ヶ月も経っているというのにまだあの悪夢に悩まされ続けている。決して忘れられない、悲しみも憎悪も。
「・・・見回りに行くか」
いつものルーティンを済ませるべく俺は村の外へと向かった。すると、フードで顔を隠した者が二体のポーンから息を切らしながら逃げている。負の感情がふつふつと湧いてくる。
「俺の前に姿を見せるか、化物共がっ!」
その者は躓き、今にも襲いかかられそうになっていた。何も無い空間から剣を射出し、二体の化物を串刺しにする。ゆっくりと近付き、大丈夫かと声をかける。その時、突風が吹きその者のフードが脱げ、顔が顕になった。その顔には見覚えがあった。
「っ!?・・・ひらぎ・・・」
あまりにもそっくりだった。まるで彼女が生き返ったかのように、瓜二つだった。
「助けてくれてありがとうございます!・・・あとひらぎというのは誰のことですか?」
・・・それは当然の質問だった。彼女であるわけがない。彼女は死んだ、この目ではっきりと見たのだから。
「・・・すまない、友人によく似ていたものだから・・・」
俺は彼女手を取りゆっくりと立ち上がらせると何処から来たのか質問した。しかし、彼女はどうやら記憶喪失のようで自分の名前がなんなのか、何処から来たのか分からないという。目を覚ますと荒野で倒れていて、さっきの化物に襲われたのだという。謎は多いが今はこの子をこのままにしてはおけない。とりあえず第一村に連れていくことにした。帰ると、皆が俺を出迎えた。
「おかえり、ゆらぎ。ん?その子は?」
「この子はさっき化物に襲われてた所を助けたんだ。記憶喪失みたいで行き場所がないらしい、彼女の分の部屋はあるか?」
「あぁ!空きは沢山あるとも!嬢ちゃん、自分の家だと思って好きに使いな!」
みんな、俺を迎えてくれた時のように優しく彼女を迎え入れた。
「それで?嬢ちゃんの名前は?」
「すみません、自分の名前も分からなくて・・・」
「なら、秋奈ってのはどうだい?」
おばさんが提示した名前を彼女はとても気に入ったようだった。何度もその名前を口にしていた。
「秋奈・・・いいですね!」
彼女はとても嬉しそうに笑って見せた。・・・そっくりだ、本当に。長い黒髪も可愛らしい笑顔も何もかもが・・・。彼女は俺の方を振り向き、名前を聞いてきた。
「貴方はゆらぎさんと言うんですね!先程はありがとうございました!」
「・・・さんは要らない」
「分かりました!」
無邪気な笑顔が俺にはあまりにも眩しすぎた。ひらぎとの日々を思い出す。初めて出会った時のあの優しい温もりを、共に過ごした温かな日々も・・・全部もうありはしないのに。
「あの・・・どうかしました?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
ゆらぎは初めてこの村に来た時のことを思い出していた。その時も彼女と同じように名前を聞かれ、彼はゆうじと言い出しそうになったのを止め、彼女のことを忘れないように自分の名前と混ぜて答えた。
「(俺はゆらぎ。そう、呼んでくれ)」
瓜二つなだけで別人なのは分かっている、それでももう二度と失いたくないと心の底から誓った。