エピローグ
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体、事件などとは関係ありません。
それから俺たちは先輩が呼んでくれた救助隊によって近くの病院に運び込まれた。
ずっと山奥にいた俺たちは病院に着いて初めて、この地震が歴史的な大震災であることを知った。
先輩の怪我は軽症。俺の怪我は上腕骨折の重症だった。
病院は大震災によって運び込まれた被害者の方々で溢れかえっていた。
電気、水道、ガスなどのライフラインも止まっているらしく、医師も看護師も大混乱だった。
そこで俺たちは大勢いる被災者の一人として扱われた。
ただ目の前の命を救うことに専心する人々は俺たちの事情になど頓着しなかった。
これは後で聞いた話だが、山寺の倒壊と火災は震災によるものとして処理されたそうだ。
山寺で亡くなられたお坊さんたちは大震災の被害者の方々と同じ名簿に名を連ねた。
そこで異常な事件があったなどと、誰一人として信じなかった。
あれから1ヶ月。
震災の関係で日々を慌ただしく生活していた。
俺のボロアパートはボロなだけあって震災のダメージで建て直しになるそうだった。
引っ越したばかりの俺は凹んでいたが、大家さんは保険で建て直せると喜んでいた。
住む場所がなくなって困っていると、なんと先輩がマンションに暫く居候させてくれることになった!
不幸中の幸いと期待に胸膨らませたが「その折れた腕で襲えるものなら襲ってみろよ」と言われてしまった。
結局俺は何も関係性に進展のないまま4月を迎えてしまった。
この日。
俺は先輩に案内されて大きな池のある有名な公園を連れ立って歩いていた。
こんな一大事であっても、大学の入学式は予定通り行ってくれたのが素直に嬉しかった。
着慣れないスーツは折れた腕のギプスがまだ取れなかったためジャケットを肩に掛けているだけだ。
俺は先輩と池に沿って咲き乱れる桜を見上げながら歩く。
先輩は何も言わずとも俺の折れた腕側に立って歩いてくれている。
道中、俺は慎重に尋ねた。
忙しい日々に追われて話すこともできなかった。あの日の出来事を。
「関係あると思いますか。『あれ』と」
『あれ』と『何が』など。
語るまでもなかった。
「さぁてな……」
桜を見上げていた先輩がゆっくりとこちらを向く。
「あれから調べてみたんだが、恐らく『あれ』は鵺と呼ばれるものだったんじゃないかな」
鵺とは、日本に古来から伝わる妖怪の一種だ。
猿の顔に狸の胴体、虎の手足を持ち、蛇の尾を持つ。平家物語などに登場する大妖怪だ。
「鵺ってのは凶兆を知らす妖怪らしくてな。あれが現れたから地震が起きたのか……あるいは、地震が起きるからあれが現れたのか」
先輩は事件前と変わらない様子で語る。
「ま。卵が先か鶏が先かって奴さ」
その様子は、超常の怪異と大災害を一遍に被った人間とはとても思えない。泰然としたものだった。
冷めているわけではなく。ただ在り方が誰よりも、強い。
だから俺は先輩のこういう芯の太さに憧れたんだ。
「まぁでも、責任を感じていないわけではない。『あれ』を拾ったのは完全に私のエゴだ。少なくとも寺田さんたちが死んだのは私のせいだろう」
「そんな、ことは」
確かに、事の発端は先輩が得体の知れない動物を拾ったことにあるかもしれない。
しかしそもそもあんなバケモノを「狸かなにか」と勘違いして拾ってきた時点で、先輩はおかしくなっていた可能性は大いにある。
それを知ったうえで寺田さんたちの死を先輩一人が全て背負い込むなんてナンセンスだ。
だがそんな。
普通の人間であれば投げ出してしまうような責任を、先輩はその強さゆえに決して手放したりしない。
それをわかっているがゆえに俺はかける言葉が見当たらなかった。
そんなことを考えて俯いている俺の背中を先輩が優しく叩いた。
「何、深刻に考えることはない」
「先輩?」
「生き残った人間のできることはいつだって前を向いて生きていくことだけだ。亡くなられた方たちのためにも、自分のためにもな」
「……そうですね」
「そうだな、差し当たって民俗学を専攻するのはどうだろう! 幸いにも我々は日本一の学び舎に通っている。バケモノ退治の専門家になるなんてのも楽しそうじゃないか? サイダー、お前はどうだ?」
なんて、先輩は笑いながら言った。
そうだ。俯いていては何も解決しない。
後ろばかり見ていても何も変わらない。
俺たちは、生き残った俺たちは、前を向いて歩いて行かないと。
「何か言いたげじゃないか」
「別に。先輩は昔から強引だなぁ、なんて思っていませんよ」
「はは、お前も言うようになったなサイダー」
からからと先輩は朗らかに笑った。
「いやはや、生徒会に書記として入ってきた頃のお前とは大違いだよ」
「え?」
先輩はニヤリと笑った。
「役職を押し付けられて断りきれずに入ってきたお前を、私は最初から目をかけていたよ。『能力はあるくせに軟弱な奴だ!』ってな」
「ひどい……」
「私は昔から、本当は出来るくせに自分からは何も出来ないような奴が嫌いでね。だからあの頃はサイダーを見る度に内心でムカついていたんだ」
「…………」
「いつだったか、私がお前に『お前は本当はできる奴なんだぞ』みたいなことをわざわざ言ってやったことがあるんだ」
ひょっとしてそれは俺が生徒会室で先輩から理不尽な膝蹴りを喰らった日のことだろうか?
「その時お前はどうしたと思う? お前は私の太鼓判を愛想笑いして聞き流しやがったんだぞ! 他ならぬこの私が認めてやったっていうのにな」
「え、だからあの時蹴ったんですか?」
「ふっ。覚えているじゃないか。そうだよ。だから私は私の認識が間違っていないことを証明スべく直々に勉強を教えてやることにしたんだよ」
あの膝蹴りにはそんな意味があったのかと2年越しに知ることができた。
「……ただ口より先に手が出ただけじゃなかったんですね」
「なんだとこいつ! せっかく私がちょっとは認めてやったというのに」
「ちょっ!? 痛い痛い! 折れてる方の手は勘弁してくださいよ!」
あぁ――――。
やっぱり、この先輩にはかなわない。
俺は先輩から逃げ回りながらあの事件以降初めて心の底から笑えた気がした。
俺はこれからもこの先輩についていこうと思う。
ちょっと口が悪くて手が早いけど、誰よりも後輩思いの先輩に。
これから俺たちがどうなるか、ましてやこの国がどうなるかなんてわからない。
それでも、せめて自分自身に胸を張れる人生を歩んでいこう。
この桜を見れなかった人たちの思いを背負いながら。
俺と先輩は桜並木の中を歩く。
まだ見ぬ俺たちだけの未来に向かって――――。
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