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蠢動

※この物語はフィクションです。実在の人物や団体、事件などとは関係ありません。

 

 昨晩は音が気になってあまり寝付けなかったが、気が付けば夜が明けていた。


「ん…………」


 なんだか頭が重い。

 しっかり寝たつもりだったが、深夜3時まで受験勉強していた日の朝みたいな気分だ。


「起きたか、サイダー」


 目を擦っていると先輩に呼び掛けられた。

 俺も現金なもので、朝から先輩と話せることに浮かれながら振り向いた。


 しかし、俺は驚愕した。


 先輩は昨夜とは比べものにならないほどやつれていた。

 目の下にはクマができ、顔面は蒼白だった。


「先輩!? どうしたんですかその顔!」


「うん? なんだ、サイダーがそんな大声出すほど酷い顔なのか。確かに昨日はほとんど寝れなかったが……」


 睡眠不足とかそんな次元じゃない。

 例え二徹三徹をしても人はこんなに急激にやつれたりしない。


「今すぐ病院に行きましょう!」


「おいおい。大袈裟だな、大丈夫だから心配するなよ」


「これのどこが大丈夫なんですか!」


 自分は先輩の手を取り洗面台の鏡まで連れてきた。

 鏡には、控えめに言って、今にも死にそうな顔の女性が写っていた。


「あぁ………確かに、これは。まずい」


「先輩!?」


 自分の顔色の悪さを自覚したのか、そう言うやいなや先輩はふらりと力なく倒れこんだ。

 俺は先輩を慌てて支え、ベッドまで運んで寝かせた。

 すぐに救急車を呼ぼうと携帯電話を手に取ったところで部屋が乱暴にノックされた。


 誰だ? 今それどころじゃ――――いや、緊急時なんだ。人手は多い方がいい。

 相手を確認する暇もなく荒々しく扉を開くと、そこにいたのは昨日会ったばかりの寺田さんだった。


「邪魔するぞ」


 ガタイの良い寺田さんは俺を軽く押しのけて部屋に押し入ってきた。


「何をするんですか!」


「でかい声出すなよ。お嬢ちゃんはどうなった」


 狭い部屋なので数歩でベッドまで辿り着いた寺田さんはしゃがみ込んで先輩の様子を伺った。


「……こりゃあ思ったより不味いな。今夜がヤマってところか」


 ぼそりとそう呟いた。


「縁起の悪いことを言わないで下さい! 今救急車を……」


「呼んだって助からねぇぞ。ま、点滴でもすれば多少はもつようになるかもしれんがな。それより原因を何とかせにゃあな」


 寺田さんは部屋の真ん中にどっかりと腰掛けた。


「お嬢ちゃんを助けたいんだろ? なら座れよ、それから詳しい事情を話せ」


 俺はこの不法侵入者を今すぐ叩き出したかったが、先輩が寝てる横でそんな大立ち回りをするわけにもいかず。

 何より荒事も運動も苦手な俺ではこの大男に勝てるとも思えなかった。


 ひとまず言うとおりにし、様子を伺うことにした。


「んじゃあまずこうなった原因を話せよ」


「いや。それがわからないから困っているんですよ」


「本当にそうか? なら昨日来た『あれ』に何の身に覚えもねぇってか?」


『あれ』? ひょっとして先輩が拾ったっていう動物のことだろうか。


「その『あれ』が何のことかは知りませんが―――」




 俺は手短に先輩が拾ってきた動物についての話をした。

 自分が話している間、寺田さんは黙って聞いていたが話が終わるとおもむろに僕の頭を拳骨で叩いた。


「どアホ! 狸か何かを拾うって何やねん! お前は動物は無条件で人間の味方だとでも思っとるんか」


 不意打ちでかなり痛い……。

 動物を拾ったのは自分じゃなくて先輩なのだが。


「いいか? 犬や猫は長年人間と共に生きてきた生き物だ。お互いをお互いなりに尊重しとるだろう。だがな、狸や狐なんてのはいつだって人間の敵だろうが! 得体の知れない動物に関わるなんてのは死にたがりのすることだぞ」


 殴られた頭を抱える俺に寺田さんはまるでお寺のお坊さんのように説教を始めた。

 口調はお坊さんどころか完全に関西のヤクザだが。


「昔の人間は世の中におるんが自分達だけじゃないって弁えとった。それが今の人間は人間様が一番偉いと思っとる! だからお山だとか心霊スポットにずかずかと入りやがる。そんでいざ何かあったら俺らに助けてくれだと泣きついてくる! 俺はお前らみたいな無責任な奴らの尻拭いをしたくないからお山を出たんだ!」


 何だか途中から寺田さんの愚痴になっているような気がしたが、分かったこともある。


「ようするに、先輩が拾ってきた動物が悪さをしてるってことですか?」


「そう言ってるだろうが! 何を聞いてるんだお前は」


 痛い。また拳骨でど突かれた。

 やはり説明は苦手な人のようだ。


「わかりました。つまりその動物を追い払えば良いんですね?」


 俺はこの寺田とかいうオッサンの話を信用していないが、この場は信じた振りをしてとにかく出て行ってもらうことにしよう。


「そうだ。だが『あれ』の正体が何かは知らんが、少なくとも俺一人では無理だぞ」


「えっ」と声が出た。

 あれだけ説教しておいて何もわからないうえに何もできないのかよ!

 じゃあ何しに来たんだこのオッサンは。


「実はな、こういうこともあると思って昨日の夜はアパートに結界を張っておいた。だが、結界があっても『あれ』はやって来たし、お嬢ちゃんもこんな有り様だ。ワシでは勝ち目がない」


 結界なんてオカルトな単語が飛び出してきた。

 正直アホらしい話だと思うが、仮に寺田さんの話が正しかったとして寺田さんでは役に立たないようだ。


「おい、あからさまにがっかりしてんじゃねーよ。確かに無事じゃあねぇが少なくとも昨日は『あれ』が入ってこなかっただろうが。……まぁ、多分今夜は入ってきちまうだろうが」


「入ってくるとどうなるんですか」


「そんなこと知るか。『あれ』の目的がわからねぇ」


 マジで何も知らないなこのオッサン。


「ただ……少なくともお嬢ちゃんは生きていられんだろうな。近付いただけでこんなに生気を吸われとるからな」


「いえですから救急車を――」


「どアホ!! まだ状況がわからんのか!」


 拳骨と怒鳴り声に発言を遮られた。

 このままではこの頭のおかしいオッサンに先輩と俺の頭蓋骨が破壊されてしまう。

 さりとて俺とオッサンとでは腕っぷしでかなうとは到底思えない体格差だった。


 座り込んで痛みに頭を抑えているとオッサンがどこかに電話を掛け始めたのでこの隙に俺はスマホでこっそり110番に通報しようとした。


「う……っ」


 すると背後から先輩のうめき声が聞こえたので俺はスマホをほっぽりだして先輩に這い寄った。


「大丈夫ですか先輩!?」


「サイダー……? すまん、気が抜けてしまったようだ。情けないところを見せたな」


 起き上がろうとする先輩を俺は慌てて制した。


「倒れたばかりなんですから、大人しくしていてください。何か必要なものはありますか?」


「そうだな――――っ、サイダー!!」


 こちらを見た先輩が叫んだ直後、衝撃とともに俺の意識はブラックアウトした。











「痛ぇ……」


 後頭部にズキズキとした痛みを感じて目が覚めた。


 場所は俺の部屋のまま、時計を確認するとまだ朝の9時だった。

 恐らく気を失っていたのは小一時間か。

 先輩と寺田のオッサンの姿は既にない。


 俺は頭痛に耐えながら取るものもとりあえず部屋を飛び出した。


 慌ただしくアパートの階段を駆け下りると大家さんが待っていた。


「あら起きた? 寺田クンからこれ預かってるわよ」


 差し出された紙を慌てて受け取るとそれにはこう書かれていた。



 お嬢ちゃんは預かった。

 明日になったら返す。

 生きて返すことができれば、だが。

 ワシもできる限り助けるつもりだが約束はできん。

 最悪の事態は覚悟しておけ。

 それからお前は死にたくなければ関わるな。

 警察も死人が増えるだけだから呼ぶな。

 お嬢ちゃんの命が大事なら邪魔はするな。いいな。



 さらに裏面には「どうしても来たいなら死ぬ覚悟をしてからここに来い」という但し書きとともに住所が書かれていた。

 どうやら東北地方某県の山奥にあるお寺のようだ。


「――――完全に誘拐じゃないですか!」


 俺はスマホで素早く1・1・0と打ち込んだ。


「ちょっとちょっと。寺田クンが警察呼んじゃダメって言ってるんだから呼んじゃダメよ」


「そういうわけにもいかんでしょう!」


「大丈夫よ。ああ見えて寺田クンは誠実な人なのよ。家賃は滞納するけれど」


「あんなのどう見ても霊感詐欺師じゃないですか!」


「どうしても通報するっていうなら三ツ矢くんも行ってみたら?」


「えっ?」


「オバケのこと信じていないなら、通報するのは自分で見てからでも遅くはないでしょう?」


「それは……」


 そう……なのだろうか?

 俺は焦って冷静さを欠いているのだろうか。

 通報は時期尚早で、俺は動転して状況判断を誤っているのか?


 俺はいつもの調子の大家さんと話しているうちに段々と落ち着いてきた。

 かといって大家さんと寺田さんの話を鵜呑みにはできない。


「寺田クンはね、その紙に書いてある場所が実家なのよ。自分で手に負えないから実家を頼ろうというわけね」


「実家? 寺田さんの実家ってお寺なんですか?」


 それはまたそのまんまの名字であることだ。


「寺田くんの実家は家業が大変らしくてね、寺田くんはその家業が嫌でこうしてこっちで一人暮らししているのよ。だからそんな寺田くんが実家を頼るっていうことはそれだけ事が重大だっていうことよ」


「お寺の家業が大変って、檀家さんが減っているとかですか?」


「違うのよ。寺田くんの実家はお寺はお寺でも山寺なのよ」


「?」


 寺と山寺は何か違うのだろうか。立地が違うだけではないのか。


「んー、まぁとにかく気になるなら行ってみたら? それとも怖いのかしら?」


 大家さんは特に煽る風でも嗤う風でもなく、ただそう聞いてきた。


「……いえ、別に怖くはないですが」


「そう。じゃあ、行ってみればいいじゃない。それじゃあ」


 そう言うと大家さんはそそくさと部屋に引っ込んだ。


 素っ気なく感じたが、そもそもこうなったのも大家さんのお節介からだ。

 どうやら大家さんはこれが命に関わる事件だと本気で信じているらしい。


 ただ、寺田さんの言うことは何一つ信じられないが、先輩の様子がおかしかったのは事実だ。

 もしかしたら大家さんと寺田さんは本気で先輩を助けようとしてくれているのかもしれない。


 ポツンと一人アパートの前に取り残された俺はここ最近のことを思い出していた。

 一連の流れを頭の中で整理していると俺はムカついてきた。


 死ぬ気で受験勉強してやっと憧れの先輩と同じ大学に受かって。

 いよいよこれからバラ色のキャンパスライフが始まるっていうのに、この仕打ちはなんだ?


 あの寺田とかいうオッサンがインチキ霊媒師だろうが知ったことか。

 先輩が拾ってきたペットが化け物だろうが知ったことか。

 今の俺がやるべきことはわかっている。



 先輩を傷つける奴は――――俺と先輩の明るい未来を壊そうとする奴らは、誰であろうとぶちのめす!!



 俺は肩を怒らせて駅へと大股で歩き出した。



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