胡蝶の夢
俺は神田 霊視。どこにでもいる中学生。
と、言うわけではない。
俺は神社生まれで、祖父、父共に神主である。
そして俺はある特殊な能力を持っている。
霊視である。
父は何故俺に霊視と名付けたのかは知らない。
だが、名前に引っ張られたのなら勘弁してほしい。
この能力、ほとんど使い道がない。
例えばかなり幼少の頃。
親父と共に、お祓いの現場に行った時のことだ。
俺にはそれが見えてしまった。
目をガンと開き、気力なく血を流す男の姿を。
それを見た当時の俺は、大騒ぎして大も小も漏らして気絶したらしい。
ちなみにそれ以降、ホラー映画を見ても怖くなくなった。
だが、たまに良いこともあった。
精霊なんかも見れるのだ。
精霊は蛍のように飛び交い、とても美しい。
と、こんな感じで霊視の能力は良くも悪くもあるのだ。
「行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
今日も学校だ。
ちなみに俺は父と俺の2人暮らしだ。
母は俺が生まれた時に死んだ。
だから俺は母の顔を知らない。
そんな事を考えながら歩いて行くと、学校に着いた。
憂鬱だ。
俺は学校でほとんどの生徒に無視されている。
「おはよう、神田君」
「ああ、おはよう、天野さん」
話しかけてくれるのは、この天野 使乃さんだけだ。
本当に天使だと思う。
顔も性格も声も、いや、その全てが美しい天野さんを周りの奴らは変人呼ばわりしている。
俺と話しているからだろうか?
「あのさ、天野さん」
「なに?」
「俺なんかと無理に話さなくてもいいよ?」
「したいからしてるんだよ。私、神田君とずっと仲良しでいたいもん」
「そっか」
「それに最後くらい良い思い出作りたいしね」
「ん? なんか言った?」
「ううん、何にも」
「そう」
そう言って俺達は学校に入って行った。
授業はなかなか面白いものであった。
まあ、依然として、先生も含め、皆に無視されているのだが。
「ただいま」
「おかえり、霊視」
帰りもボーっとしていたらすぐに着いた。
俺はインドア派なので、ずっと家に篭っている。
とは言ってもやる事なんて読書くらいだ。
何故、ゲームをしないのかといえば、俺がやるとゲームがバグるからだ。
これは不思議だ。
そしてなにも新鮮なことはなく、風呂に入り、そして寝た。
そして翌朝、
「おはよう、霊視」
「おはよう」
何気なく起きて、
「おはよう、神田君」
「おはよう」
学校に行って、
「おやすみ、霊視」
「おやすみ」
眠る。
こんな生活を続けていたが、ある日の休日のこと。
「霊視、ちょっと出かけよう」
「どこに?」
「お前がちびったところ」
「なんで?」
「挨拶だ。あそこの人は俺の後輩でな」
「へ〜」
なんで1人で行かないんだろう。
そう思いつつも俺は行った。
ゆらゆらとゆられ、あの神社に着いた。
車から降り、鳥居の前に立つと、心地よい風が吹き、気持ちが良かった。
心が洗われる気分だ。
「よくぞおいでになられました」
この神社の人だ。
「ああ、それで例の件はどうなった?」
「はい、奴の霊力は日に日に増しております」
「俺が早く来れていれば」
「いいえ、あんな事があったのです。気になさらないでください。」
「すまない」
そう言葉を交わすと、父は中に入って行った。
俺も入ろうとしたが、父の背中が、
「ついてくるな」
と言っているような気がして、行くのをやめた。
しばらくすると父が戻ってきた。
「帰るぞ」
帰るようだ。
「何故来なかった?」
「行った方が良かった?」
「いや、良い。大丈夫だ」
変な父である。
今日も夜は更け、眠る時間になった。
「おやすみ」
今日は俺から言ってみた。
しかし、返事が返ってくることはなかった。
布団に入ってしばらくした頃。
ふと、気配を感じて起きると、
祭事用の鉾のようなものを振りかぶり俺に突き立てようとしている父がいた。
慌てて避けると、父は言い放った。
「お前はもう長過ぎた。俺が終わらせてやる」
泣きながら、俺を睨む。
俺は、一目散に逃げ出した。
なんで?
なんでなんで?
なんでなんでなんで?
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで?
訳がわからない。
俺はなにも悪い事してないのに。
なにが「長過ぎた」んだよ!
俺の人生はまだ少ししか経っていないのに「終わらせてやる」だと!
俺は恐怖より怒りが勝っていた。
強く、不気味な風が吹き、木々は揺れ、雷雨となった。
だが、俺は無心に走った。
走って、走って、走って。
「こんばんは、神田君」
出会った。
「こんばんは、天野さん」
何故今ここにいるかはわからない。
だが、気が動転した俺には天野さんに相談するしかなかった。
親に殺されそうになった。
俺はいらないのかな、と。
すると天野さんの口からこんな言葉が飛び出した。
「ねえ、一緒に死んでくれない?」
え?
「私もね悩んでたんだ。私はいらないんじゃないかって」
そんなことはない。少なくとも俺には必要だった。
「でも、神田君と出会えて、少しは変われたんだ。でも、」
「でも?」
「私、神田君とだったら死ぬのも怖くない。私には貴方が必要なの」
そうか。俺は彼女の恐怖を和らげるために生まれてきたんだ。
俺は誰からも必要とされなかった。でも、ただ1人、この子だけは、俺を必要としてくれたのだ。最後くらい恩返しがしたい。
「わかった」
俺達は近くにあった廃ビルの屋上に行った。
「準備はいい?」
「もちろんさ」
これが俺の最後の会話だ。
そして、
飛び降りた。
ああ! なんと幸せなんだろうか! 幸せに包まれている!
彼女の背中から大きな白い翼が生え、落ちているはずなのに、上に上がって行くような感覚に陥った。
そうして、俺の短い人生は終わりを迎えた。
「ありがとう、使乃」
神主は死んでいった己の妻の写真にそう呟いた。
『今朝の天気予報です。今日は全国的に快晴、絶好のお出かけ日和でしょう!』
いつも通りの毎日がまた幕を開けた。