欠陥…ゲフン!いいえ、これは素晴らしい
アスカルドに見送られた二人は厳しい表情を浮かべながらも試作機の受け取りのために技術班の元へ向かう。
目的のその部屋まではかなり遠い。理由としては実験などでの失敗の影響を考慮してのことだ。
向かっている道中ですれ違うなどといった事は一切なくただ二人の足音が不規則に響いていく。普通は一人や二人すれ違うものなのだが、今日に至っては他のメンバー全員に非番もしくは調査に駆り出しているのか恐ろしく静かだ。そんな中で多少とはいえ気心の知る仲ではあるものの、互いに無言というのは、その、なんだ、気まずい。
先程の隊長室へと向かう道中で当たり障りのない会話はある程度話し尽くしたため、話す内容がない。そのまま無言のままでも自分的には良いのだが、パートナーとしてコミュニケーションを取っといた方が良いのではという思いが浮かびあがりどうやって話しかけようかと思案していると、その気配を察したのかエリーゼの方から声をかけてきた。
「先程の説明で決行の時間帯は20時ごろ、ということでしたが結構な時間ありますけどどうしますか?」
「んー試作機受け取って、説明とテスト運用をある程度してそれで午後を跨ぐか跨がないくらいだろ?んで昼食べて整備班に武器類の最終確認頼んでーってまぁそんなもんか、確かに余るな。まぁ机の整理整頓か掃除でもするかな。」
「任務前なのに結構のんびりしてますね、想像以上に。」
「そうか?流石に出発の最低1時間前くらいからウォーミングアップはするぞ?体動かしたり柔軟したりとな。体を温めないと動かないからな。そして装備の最終確認だな、これはマジでしておいた方がいいぞ、どこに何があるかだけでもわかってる方が安心感が違う。」
「私も確認はちゃんとしてますよ、動作確認も勿論のこと、弾薬類の管理も勿論怠ることなんてありませんよ。いつもの想定外を除けばですが……」
そう呟きながら少し俯く。想定外、いつもの、と単語を考え始めすぐに彼女の言う想定外に辿り着く。その想定外とは今から行く技術班の物だ。
先述した通り、技術班の代物は置いて行ってもいつの間に入っていたという伝書鳩もビックリの帰巣本能モドキを持っている。彼女の口調からして嫌っている訳ではなく、単純に驚くといった口調だった。
「まぁそれは気にしてもしょうがないさ、それより試作機に対しての心配をした方がいいぞ。アレ燃費やらの他にも暴走やら唐突な発光からの爆発なんていうのもあったからな。」
「初耳です…そうですね、その事に関しては充分に気をつけるとします。」
性能の方向性だけはドンピシャなんだよ、と口惜しげに付け加える。そうやって話していく内に技術班、と表示されたプレートと関係者以外立ち入り禁止!の看板が立て掛けられていた。
「前まで看板なんてあったっけか?」
「いいえ、ありませんでしたね。誰が設置したのでしょうか?そもそも技術班の本性を知っていれば基本的に近寄らないはずですけど……」
「本性ってお前なぁ、まぁ間違っちゃいないけどさ俺も巻き込まれたことあったし。」
そういっていつの日にかの思い出を思い出す。あれはひどかった、まだ配属されて間もない頃に偶然通りかかりドアからの魔の手に誘われついていったところ、試作機のテストをしてほしいと頼まれたのだ。そこには追加装甲と言わんばかりの鉄塊が……と昔の思い出を馳せたいたところ、ドアが開きひょっこりと小さな女の子がでてきた。
身長は150cmあるくらいだろうか、特徴的な霞んだ銀髪がまとめられていて、瞳の色も同じ、そして細長いフレームの眼鏡がかけられていた。その見た目からだろうか可愛らしい容姿とは裏腹に知的な感じを醸しだしている。そんな女の子はエリーゼと自分の姿を確認すると落ち着いた声音で話しかけてきた。
「隊長より話は伺っております、奥で室長がお待ちになっていますのでどうぞこちらへ。」
「相変わらずだな、もうちょっと気楽に話してくれてもいいんだが」
「申し訳ありませんが、これが私のデフォルトですのでご容赦ください。」
「ならしょうがないな、紋章ちゃんにも事情もあるだろうしな」
「はい、ご配慮頂き感謝します。そしてエリーゼさんもお変わりなくてなによりです。」
「ええ、紋章ちゃんも元気そうで良かったです、少し背が伸びましたか?」
「ミリ単位ですが伸びました、よくお気づきになられましたね。」
「私は少し目が良いのですよ、ちゃんと成長して立派なレディになって下さいね。」
「その子供扱いはやめて頂きたいです、見た目とは裏腹に精神面と知能面では大人に引けをとりませんから。」
「あら、それだと少しおませな女の子ね。」
不本意な顔をしているものの彼女も立派な技術班のメンバーだ。しかしその見た目からはマスコット的立ち位置いるものの仕事に関しては恐ろしく有能だ。特に解析、構造把握に関しては技術班のトップに食い込む。ちなみに彼女は紋章ちゃんと呼ばれているがそれは彼女の本名ではなく、彼女自身がそう呼べと言っているのだ。
確かに知能面では大人も凌ぐが精神面では少し首をかしげる。ごくたまに見た目相応の反応を見せるのだ、と自分はまだ見た事はないもののそこに遭遇したエリーゼが語っていた。それ以来彼女の扱いが妹的な感じになっている。紋章ちゃん自体も満更ではないらしく、大人しく妹扱いされているのだ。
微笑ましく近況を話し合っている二人を眺めていると、紋章ちゃんの持っていたタブレット型の端末が点灯し、ピピッと機械的な音声が鳴った。それに気づいた紋章ちゃんが失礼します、と前置きをおいて端末を操作し始めた。内容はどうやら通知らしかった。返信したらしく、端末をスリープモードに落とすと自分たちに目を向けてきた。
「室長から早く入るようにとのことです。ではこちらへどうぞ」
「相変わらずせっかちだな、室長たるもの余裕を持って構えてもらいたいもんだな。」
「私もそう思いますが、あの方は生来そういうものであると認識しています。認めると楽ですよ。」
「んー何と寛容的、将来有望だな。」
「リョウさん少し、気持ち悪いです。少しばかり犯罪臭が……」
「おっとそれは失礼した、不快に感じたのならばすまない。」
「いえ、気にしてませんのでお気になさらず。」
少しふざけてしまったため諫められたが、紋章ちゃん持ち前の寛容な心で許してくれたらしい。ええ子やぁ、と頭に手を伸ばそうとする手を引っ込めると前に被り物をした男が見えて来た。それを見た二人は思わず吹き出しそうな口をごまかした。
茶色の首、それを薄めた色の見事な立髪、それに見合う大きくクリクリとした瞳と絶望しきった様な死んだ黒眼。まさしく馬としか言いようがなく、首より上を見れば思わず間違えてしまうほどの精密かつ繊細な出来であった。しかし下を見れば細身で身長の高い人間の体がそこにあった。
三人のなかで唯一ピタリとも反応のなかった少女が馬面の被り物を被った男へと言葉を投げかける。
「室長、さっきまでのヒトデマスクはどうしたのですか?」「脱いだよ、あれじゃただのホラーだからね、やっぱり人を驚かせるには王道を歩むのが一般的かなと思ったのでね。」
「機能は変わらないのですから普通の被り物か、もしくは素顔で話してください。」
「いやだね、素顔の生活なんてもう戻らないことにしてるんだ。」
「そうですか、このまま時間を潰すのはもったいないのでこの話は終わりです。改めまして室長、エリーゼ、リョウ•スズムラの二名を連れて参りました。」
「ご苦労さん、じゃあ二人に渡すものを渡しちゃおうか。」
低い声で紋章ちゃんに労いの声を雑にかけると馬面のままこちらへと振り返る。ふざけた格好をしているが、これでもこの技術班の室長なのだ。何故被り物をしているのかと前に聞いたことがあったが、単純に被り物自体に機能がてんこ盛りにされていて、素顔よりも快適。と本人は真面目?のような表情をしていた。その日はディスプレイ型のをしていたので、表情が読み取れた。だがしかし今まで素顔は見たことがないので、いつの日か見てみたいと思う。
室長は後ろにある作業台の様なところから手の平サイズの物を持ってきてこちらに見せてきた。
「これが今回の試作機だ。」
「話しによると探索系と聞いてきたのですが…これはどう使用するのですか?」
思わずエリーゼが質問を投げかける、確かに自分からみても馬面の室長が持っているものは手の平サイズの妙に黒光りした立方体なのだ。確かにこれを見て探索に使う、と言われてもわかる者はいないだろう。戸惑ったエリーゼに対して室長は答えを言った。
「うん、確かにこれだけみたらただの妙な立方体だ。けどね、これはこう使うんだ。」
トン、と立方体に対して軽く叩いた。すると音もなく立方体が崩れ去っていく、やがて一枚薄い板の様になるとそれを中心に崩れ去った一部が集約していき、薄い長方形の板が何枚も立って底辺の面である薄い板を月の様にゆっくりと回っている。ここだけ見れば洒落たインテリアにしか見えないだろう。見ていたエリーゼがさらに戸惑っていると室長がエリーゼに対して補足を付け加える。
「底辺の面を回っている長方形があるだろう?それぞれが役割に特化したレーダーでね、その処理をして映し出す、もしくはデータとして送る役割が底辺の面の部分なんだ。今回は地形把握とある一定範囲に存在する不特定多数の人物を探知する機能と単純なレーダーとしての機能、そして何より一定の出力の装置の探知機能をつけたんだ。」
「それは凄いですね、今回の任務にピッタリな性能です。」
「そうだろう?かなり自信作でね、きっと君たちの役に立つだろうさ!」
興奮した声で試作機の機能について語る室長に対してエリーゼは感心しているものの、自分は室長の発言の一部で安心感から絶妙な不安へと変化を遂げた。室長がまた語りそうになる前に発言についての解説を求める。
「ちょっと待って下さい、きっとってなんですか?試作機なのは分かりますがまさか試験運用やテストってしてないのですか?」
「おや、良いところに気づいたじゃないか。素晴らしいメリットには相応のデメリットが付いて回るのは当然じゃないか。この試作機の性能については素晴らしいものがあるんだが、いかんせん起動と維持に凄まじい量のマナを消耗するんだ。」
「それは具体的にどれくらいでしょうか?」
「起動に対してはマナ拡散特化型の装置を使っての魔法使用一回分、そして探査の維持には三分でイコールになるね。」
「なんという燃費の悪さ、改善もしくは別の物を代替として使用させて欲しいのですが……」
「これ以上は無理だ、あと今回はこれで行ってもらうよ。」「なんでこんな欠陥品を使わなくちゃならないんだよ」
小さく誰にも聞こえない声量で愚痴をこぼす。基本的にマナ拡散特化型の制御装置で使う魔法一回分というのはとんでもない量だ。使う魔法にもよるが、平均的なものでも家を吹き飛ばす程度は簡単にこなす。だがその分使う量も増えていく。自分でもマナ拡散特化型だと五回分程度しか魔法を使用できないのだ。それを起動に使って三分の使用だけで二回分ときた、なのでこの燃費の悪さは中々に度しがたく、ぶっちゃけて言えばなんだこの欠陥品はと悪態付く程だ。しかし求める結果を完全に達成してくれるので、一回のみの使用を前提とするのならば悪くはない。初見で全てを知れるのはかなりのアドバンテージとなるのだ。
その代償で二回分の切り札を失うがギリギリ等価交換もしくはそれ以上のものを齎してくれるだろう。
考えてみれば今回のは中々に優秀、もしくは素晴らしい物であると思う。欠陥品というのら言い過ぎだと反省する。多少燃費の悪いものと割り切れば戦闘前の探り合いで主役級に役立ってくれるだろう。
一人で手の平をひっくり返していると、室長が思い出したのかの様にデメリットについて付け加える。
「ああそうそう言い忘れたんだけど、起動と使っている間は相手に位置を晒すことになるから気をつけてね。できる限りの対策はしたけど膨大なマナを使うもんだから、できる相手は簡単に逆探知できちゃうんだ。後事前に相手が妨害系統の魔法を使っている場合は検知できないから。」
「やっぱり欠陥品じゃねーか」
ひっくり返った手の平を即座にひっくり返す。そして思わずツッコんだ言葉に関して室長はニヤリと怪しい笑みを浮かべた。