二日目―夕
サブタイトル変更しました。少しは変化が見やすくなったと思います。
3.二日目―夕
チアダンス部の一員となった僕だったが、その後に織田さんに連れられている中も僕はどうやってダンスを踊ろうとかその最中に織田さんをどうやって観察しようか等を考えていた。
でもそれはまだ甘い考えだったと言えよう。この後に起こることを僕は予想できていなかったのだ。
織田さんは職員室を出た後も僕をそのまま連れ回していた。
「よかったー。沙樹ちゃんがチアリーディング部に入ってくれて。」
「そうですか。織田さんが喜んでくれるなら僕も入部した甲斐があります。」
そもそも織田さんがいなければ僕は絶対に入部していなかったのでその織田さんが喜んでくれるというのならそれは唯一の幸いだ。
「それで、僕らはどこに向かっているのですか?体育館ですか?」
連れ回されながらせめて自分がどこに向かっているのだろうかという情報だけは入手しておこうと思った。
「部室だよ。私達の。」
なるほど。確かに練習は体育館で行うがそれとは別に部室があってもおかしくはないだろう。備品とか練習用具もあるだろうし。
「部室では一体何をするんですか?」
部室があるのは分かった。でも、何故部室に?練習をするなら体育館だし、部員の人たちも既に向かっている人もいるのではないだろうか。僕の紹介をするのなら体育館に行ってしまった方が早いと思うのだが。
「何って沙樹ちゃんの紹介だよ。」
だったら、体育館でもいい気がするのだが―
「それに着替えないといけないし、沙樹ちゃんの服は余ってるのがあるからそれを着てね。」
一瞬言葉を失う。着替え・・・そうだ。運動をするならそれに合った着替えをする場所が必要だったのだ。っていうことは。
「部室は、部室は更衣室も兼ねているってことですか?」
青ざめていく僕の目の前で織田さんはその衝撃の事実を告げる。サラッと然の如く。
「そうだよ。当たり前じゃん。ってか部室なかったらあたしたちどこで着替えるのさ。男子の目とかもあるんだし、絶対安全な場所が必要でしょ。」
なんてことだ・・・ダンスどうしようとかそんなこと考えていた自分が甘かったことを痛感した。着替え、その必然性を忘れていた。昨日部活を見たときに部活をやっていた彼女たちは衣装を着ていたのだ。その時点で気付くべきだった。
「そ、そうですよね。」
その言葉とは裏腹に僕の頭の中では思考がグルグルと回っていた。
どうする?できれば皆が着替えた後で僕が部室に入って着替えるというのが理想だが、そんなことをしようとすれば織田さんにも怪しまれてしまうかもしれない。そもそも皆が着替えた後といっても僕は部員の人が誰かも知らないし、全員が着替え終わったかなんて確認のしようがない。その前にまず前提として僕は今織田さんに手を引かれて部室に向かっているのだ。紹介もすると言っていたし、つまり一心同体なのだ。あー、考えれば考えるほど無理なことが分かってしまう。
詰んだな。僕。あぁなんて現実は非情なのだろう。言えるものなら織田さんに一言いいたい。僕は男なんですよと。そうすれば解決するような気もしたが、無理だろう。僕は女の子としてこの学校に転入してきているわけだし、何より僕の体は今女なのだ。そんなことを言っても何も解決しない。冗談を言っている。それだけで終わってしまうだろう。
一応最後の手段として僕の上司に解決方法を聞いてみることにする。
―あのー。夜叉音さん。―
―ん?どしたの?チアリーディング部の北条沙樹ちゃん。―
地味に傷を抉ってくる。
―実はですね。今織田さんと一緒に部室に向かっている所なんですよ。僕の紹介ということなんですけど。―
―ふーん。いいじゃない。それが何か問題?―
―いや、紹介自体は問題じゃないんですけど、その部室という場所に問題がありまして。―
―ほう。場所に何かあるの?―
―えっーと。ですね・・・―
言い辛い。言い辛いが僕が相談すれば夜叉音さんは何か解決策を提案してくれるかもしれないし、言ってみるしかない。こうしている間にも徐々にタイムリミットは迫ってきているのだ。
―そこ更衣室なんです!―
―ん?―
夜叉音さんはまだ理解していないようだ。僕はもう一回説明した。
―だからですね。部室と更衣室が一緒で僕がそこに連れ込まれそうなんです。―
夜叉音さんからの返答はない。僕は頼み込むように聞く。
―どうしたらいいですか。僕はどうすれば。―
―ふ―
ふ?
―ふぁはははははっ。何それ超面白いじゃん。いやいや今職員室にいるもんだから表情に出さないの大変だわ。あはははっ。―
盛大に笑われてる。こっちは真剣な相談をしているのになぁ。
―夜叉音さん。笑ってる場合じゃないんですよ。何か解決策とか思いつきませんか?―
こうしている間にも部室への距離は縮まっているのだ。もうすぐ着いてしまうだろう。
―あははっ。あー笑い疲れた。解決策ねー。何も問題ないじゃん。―
―いやっ僕男ですし。―
―今は女の子でしょ?―
―ですけど。―
―だったら何の問題もない。むしろ得してるじゃん。ラッキースケベってやつ?いーじゃん。女の子の着替えも見れて沙樹ちゃんもウキウキでしょ。―
―ウキウキじゃないですよ。騙してるみたいで悪いじゃないですか。普通に考えたら僕覗き魔ですよ。―
―そこは沙樹ちゃんの考え方次第だよ。沙樹ちゃんは女の子として潜入してるんだからそこも成りきらなきゃ。―
―じゃあ解決策は無しってことですか?―
―解決も何も問題になってないもん。沙樹ちゃんの気持ちだけでしょ。そのくらい頑張んなさいよ。男なんだから。―
男なんだからって言われてもなぁ。男だからこそ困っているのだが。まぁ夜叉音さんがそんなにいいアイデア出してくれるとも思ってなかったし。頼った相手が悪かったのだ。夜叉音さんはそういう人だ。
―ん?何か今あたしのこと悪く言わなかった?―
―言ってないです。思ってもないです。―
―そう。ならいいけど。―
ふぅ。夜叉音さんはこういう所の勘はすごい鋭いんだな。だったら僕の気も察してくれてもいいのに。まぁ夜叉音さんの援護も望めない。他に方法も思いつかないし、腹を括るしかないか。
北条沙樹。新たな世界への道へと踏み出す。やってやるさ。やってやるとも。それから少し歩いたところで織田さんが歩みを止める。僕らの目の前には部屋へのドアが一つ。ご丁寧にチアリーディング部と書かれたネームプレートが掛けてあった。
「ここが私たちの部室だよ。沙樹ちゃん心の準備はいい?」
織田さんが僕に言う。たぶん、織田さんの言っているそれと僕の考えているそれは全く違うものなのだが、やるしかない。もう腹は括ったのだ。
「はい。大丈夫です。」
そう言って呼吸を整える。平常心。平常心だ。
「じゃあ開けるよ。私が紹介するから沙樹ちゃんは挨拶をしっかりとね。何事も最初が大事だから。」
そう言って織田さんはドアを開ける。
そこにあったのは地獄だろうか。いや、天国か。
男子禁制。秘密の花園。
それが今目の前の光景として広がっていた。女子更衣室。想像はしていたが、これほどの破壊力があるとは・・・。僕の目の前で女子生徒が普通に着替えをしている。半裸を晒しているのだ。
あり得ない。普通だったら男の僕がここに立ち入るという行為は阿鼻驚嘆の後に厳正なる処罰を受け、その後周りから奇異の目で見られ陰鬱な気持ちで生活することに繋がるはずなのに。女としてこの世界に認識された故に迎えた奇妙で奇天烈なツギハギの構図。それが今のこの状況だ。ここまで堂々と着替えをしていられるといっそ清々しくもある。
だけど、直視は出来ない。無理だ。あの魔法の言葉すらこの場では意味を持たなくなる。どう頑張ったって僕はやはり男なのだ。確かに嬉しい状況であるはずのこの空間なのだが、それ以上に罪悪感が強すぎる。ギルティ。あぁ僕は何て罪深い人間なんだ。
すみません。すみません。心の中でそう謝る。この場にいる女性の人全てに何も知らないままで良いから口に出して謝りたい。
「お疲れでーす。」
前から響く織田さんの声でハッと我に返る。
駄目だ、駄目だ。これは仕事。僕は女の子として織田さんの観察をしなければいけないのだ。
こんな状況でも理性だけは保っておかねば。これで観察の仕事もできませんでしたとなったら僕はそれこそ罪の重さで死にたくなる。命狩人だから死なないのだけど死にたくなる。それこそ魂に還った方がマシかもしれない。
部室の中にいた女子生徒たちは織田さんの挨拶に「お疲れー。」「お疲れ様です。」「おう。」等とそれぞれ返していた。その度に僕に視線を向けて誰?という顔をしている。スミマセン、完全部外者の何なら中身男のものです。心の中でそう思う。その場にいた僕と織田さんを除く面々が僕に対しての疑問を感じてる中一人の女生徒が近づいてきた。
「おう日向、お疲れ。とその横にいるのは―」
その女生徒は話しかけながら織田さんの後ろにいる僕の方を覗く。僕はその視線に俯いて小さくしていた体を更に縮小させる。
「お疲れ様です。部長。」
と織田さんは軽く会釈をして元気に挨拶する。目の前にいる人。この人が部長なのか。改めてその人物のことを確認しようとしたが・・・部長に視線を向けると、部長も半裸だった。着替え途中だったらしく下半身はチアダンスの為の衣装を身に着けていたが上半身はブラ一つしか着けていないらしい。慌てて視線を下に逸らす。
「褒めてください部長。この織田日向、将来有望なチアダンサーをこの部に連れて参りました。」
織田さんは自信満々に部長に向けて言う。あんまり期待されると僕も困るのだが。
部長の女生徒はそう言われて改めて僕の方を見る。
「あーこの娘。昨日見学に来てた女の子ね。もうスカウトしたの?」
「はい。快く入部を快諾してくれました。美少女ですよ。美少女。いるだけでマスコットになれます。私の目に狂いはありません。名スカウトですよね?」
織田さんがそう言うと部長は僕の顔を更にまじまじと見つめる。恥ずかしい。自分が赤面しているのが自分でも分かる。
「確かにかわいい顔してるわね。それにしても昨日の今日で入部なんてすごい急ね。そんなにチアリーディング部に入りたかったの?経験者とか?」
部長のその言葉に織田さんもこちらを見る。
「そういえば、沙樹ちゃん。チアダンスやったことあるの?」
「いえ、やったことないです・・・」
やったことあったらすごいよなぁ。そもそも僕は男として死んだわけで男がチアダンスをするという認識はないし、そもそもとして生きていた頃の記憶が無い。まぁ今は女の子だから僕が男だったということは彼女達にとって関係ない。それでも僕は女としてまだ2日しか生きていないのだ。経験などあるはずもない。着替えすら昨日初体験だったくらいだ。
僕はてっきり経験者じゃないことが分かってがっかりされるかと思ったのだが、
「へー。経験者じゃないのに一回見ただけで私達の部活に興味を持ってくれたのね。それとも日向のスカウト力が本当にすごかったのか。」
そう言って部長は感心してフムフムと頷いている。
「私のスカウト力がすごかったんですよ。えへへ。褒めてもいいんですよ。」
織田さんは胸を張ってそう答える。僕が命狩人の観察の仕事のために入っただけだとはまぁもちろん言わないけど言えたとしてもこの場で言える空気ではない。
「まぁ、よく分かんないけどとりあえず日向。よくやったわ。褒めてやろう。」
「やったー。ありがとうございまーす。」
そんなやり取りをして部長は僕の方を見て
「で、後ろのあなたの名前は?」
と尋ねてきた。
「北条沙樹です。」
僕は蚊の鳴くような声で自分の名を告げる。
「よし、北条ね。とりあえず名前は分かった。まずは着替えをしてもらって体育館に移動してから改めてみんなの前で自己紹介してもらうから。あと、恥ずかしいってのもあるのかもしれないけどもっと元気に声を出さないと駄目よ。私達はチアリーディング部なんだから。そんな声じゃ応援する人に届かないわよ。」
「はい、分かりました・・・」
と言ってもこの状況じゃ仕方ないと思うんだけどなぁ。まぁ今の僕にしかこの気持ちは分からないんだけれども。
「じゃあ、沙樹ちゃん。着替えよっか。」
織田さんが僕の手を引き誘導する。
「ちょうど私の隣のロッカーが空いてたんだよね。そこでいいでしょ?」
「えっ、あ、はい。大丈夫です。」
流れのまま押し切られてしまった。まぁいいか。観察するなら近い方がいいだろう。
いや、観察と言っても着替えとかそういう所を近くで見たいとかそういうわけではないんだけど。って僕は誰に言い訳してるんだか。
「ということで沙樹ちゃんのロッカーはここね。」
と言って織田さんにロッカーの場所まで案内された。隣には織田と書かれたロッカーがあり、そこが織田さんのロッカーのようだ。
「ちょっと待ってて。今、予備の練習着持ってくるから。」
織田さんは小走りに走って着替えを取りに行く。僕はとりあえずロッカーを開け中を確認する。何も入ってない。まぁそうか。とりあえず鞄をその中に入れる。織田さんが戻ってきた。
「あったよー。これが沙樹ちゃんの着替えね。」
そう言って衣服を僕に渡す。昨日練習でも見ていたが結構露出度の高い衣装だ。これを僕が着るのかぁ。こんなことになるなんてなぁ。
「じゃあ、ささっとと着替えちゃおうか。」
と言って織田さんは服を脱ぎだす。咄嗟に顔を逸らす。こうなることは分かってたんだけど、いざその時になると焦ってしまう。
「どうしたの、沙樹ちゃん?早く着替えて体育館に行こう。自己紹介もしなきゃいけないんだから。」
「は、はい」
とりあえず織田さんの方を見ないように僕も着替えをする。いやぁこれは結構恥ずかしいな。見なくても衣服の擦れる音とかで隣で着替えているというのが体感として伝わってくる。冷静に、冷静になるんだ僕。そう考えてなるべく気にしないようにして僕も着替えを進めていく。
でも、着替えをするのも結構難しい。こういう服は着たことないし、何よりお手本として誰かの着替えを見るわけにもいかない。そうやってあたふたしながら着替えをしていると織田さんは着替えが終わったのか声を掛けてくる。
「沙樹ちゃん着替え終わったー?あっそこはねこうやって着るの。」
そう言いながら僕の着替えを手伝ってくる。
あー。自分の着替えを女の子に手伝われるとかどんな羞恥プレイだよ。僕のそんな気も知らず彼女は手を進める。周りからは女子同士のキャッキャウフフしたほのぼのとした光景として見えているのかもしれないが着替えを手伝われている僕としては心穏やかではいられない。
もう心臓バクバクで顔から蒸気が出そうだ。僕がそうやってアワアワしてるうちに、織田さんが手を止める。
「よしっ、着替え終わったね。中々様になってるよ。」
その言葉で自分の着替えが終わったことに気付く。自分の姿を確認してみると確かに僕はチアユニフォームを纏った姿に変わっていた。隣にいる織田さんを改めて見ると彼女も同じ服を着ている。
かくして僕は命狩人になった後に女子高生に姿を変え果てはチアダンサーへと至ったのだった。
「じゃあ体育館に行こー。」
織田さんのそんな言葉から始まる先導にトボトボついていき僕らは体育館へと到着した。そこには既に何人かの部員が来ており、お喋りしてたり軽く運動したりしている。その中にはさっき僕に自己紹介を命じた部長の姿もあった。
織田さんは「おつー。」とか「お疲れ様ですー。」とか周りの人に挨拶しながらズイズイと歩いていく・・・僕の手を引いて。周りの人は織田さんに挨拶を返しながら一緒にいる僕の顔を見てくる。僕は今の状況が恥ずかしいこともあり、とりあえず声は出さずに軽く会釈しながら織田さんの後に続く。織田さんはそのまま歩を進め、やがてお喋りしている二人の前で止まる。お喋りしてた側もこちらに気付いたようで会話を止めてこちらを向く。
「お疲れー。今日もよろしくー。ちーちゃん、なっちゃん。」
織田さんは元気に笑顔で挨拶する。ちーちゃん。なっちゃん。そう織田さんに呼ばれた彼女達も
「お疲れー。」「よー。日向。」
とそれぞれ笑顔を見せて挨拶を返す。この会話の穏やかさから察するに織田さんとこの二人はどうやら仲が良いようだ。
僕がそう思っていたのも束の間、笑顔で挨拶した二人の視線は織田さんから僕へと移る。そりゃそうだ。織田さんは今珍しい物を手にしているのだ。仲良し三人組が話を始めるのを止めるほど物珍しい物。織田さんが手にしているそれ。つまり、織田さん今手を繋いでいる人物。
そう、僕だ。二人からの視線が痛いので堪らず顔を下に向ける。どうしよう。さすがにこの場は会釈だけでは乗り切れないだろう。僕も挨拶をすべきだろう。お疲れ様です。か?いや、その前に初めましてだろう。自己紹介をしなくては。
意を決した僕が顔を上げ声を発しようとしたその時
「見てー。可愛いでしょー。新人だよー。」
隣にいた織田さんが僕のことを紹介する。
「ほーう。」「新人ね。なるほど。」
二人はそれぞれ反応を返す。片方の人が僕のことに気付いたらしく
「あーそういえば、昨日もいたね。見学してた子よね?」
と頷いていた。
「そうだよ。私が今日スカウトしたの。すごいでしょー。しかも昨日転校してきたばっかりなんだよ。」
織田さんは自信満々に話す。
「へー。道理で今まで見たことない顔なわけだ。たしかにすごいね。一日でうちの部に入ってくるなんて。昨日の練習はそんなに魅力的だったのかな?」
二人の女の子のうち一人がそんなことを述べていた。まぁ傍から見たらそういう感じに見えるよなぁ。昨日転校してきて次の日に部活に入部してるなんてどんなにやる気のある人間だろうと僕でも思ってしまうだろう。それか―
「もしかして、経験者?物凄くチアダンスやりたいですみたいな感じ?」
だろうな。僕の思ってたことと同じことを言ってくる。
「いやーそれがねー。未経験者なの。すごくない?私のスカウト力。」
織田さんはここでも自信満々にそう述べる。確かに織田さんの行動力はすごいと思うが、それが理由で入ったわけではないと思うと少し気が引けてしまう。
僕が部活に入った理由は織田さんのスカウトの力ではないし、ましてやチアダンスに興味があったわけではない。本当に何でここにいるの?的な状態だ。出来ることなら今すぐにでもこの場を抜け出したいが観察という仕事の名目上ここを離れるわけにはいかない。あくまで僕はこの部に入部したかったという人間を演じなければならないのだ。
「まぁ日向のスカウト力は置いといて。」
と目の前の女子達は話を続ける。「置いとくの!?」と不満げに言った織田さんの発言も無視して僕の方を見る。
「自己紹介しようか。」
そこで改まって二人が僕の方に向き直る。
「じゃあ、私から私の名前は朝日千尋。日向と同じ二年生だよ。」
朝日さんか。見た目的には茶髪のポニーテイルで背も少し高く大人っぽい感じの印象だ。
「じゃあ、次はあたし小暮夏美ね。あたしは。こっちも日向と同じ二年生。よろしくね。」
こちらは小暮さん。黒髪のショートカットで活発そうな感じだ。
目の前の二人から先に挨拶されてしまったので、僕もその後に続いて二人に自分のことを紹介をする。あまり気乗りしないが仕方ない。どうせこの後みんなの前で自己紹介をさせられるんだ。その前の予行演習として考えよう。
「僕の名前は北条沙樹と言います。皆さんと同じ二年生です。昨日転入してきました。先ほど織田さんも言いましたが、チアダンスの経験はありません。入部理由と言えばそうですね・・・昨日皆さんが楽しそうに練習してたのを見て自分もそれに参加したいと思って入部しました。よろしくお願いします。」
と自己紹介をした。入部理由に関しては完全にこじつけだ。そうとでも言わないとみんな納得しないだろう。織田さんの行動力がすごいというのもあるが、流石にそれだけでは昨日の今日で入部する理由にはなるまい。昨日の今日で入部するほど僕がやる気のある人間にも見えないだろうし、一番しっくりくる理由が僕の言ったそれに当て嵌まるだろうと思った。
僕の自己紹介を聞いて
「北条さんね。よろしく。」
と朝日さんは返す。小暮さんは
「北条沙樹ちゃんね。じゃあ沙樹ちゃんでいい?あとため口でいいよ。あたしたち同じ二年生なんだから。」
と言っていた。呼び方は自由で構わないと伝えたが、ため口でいいという点に関しては
「すいません。敬語は僕の癖みたいなものなんです。慣れているのでこの方が話しやすいんです。ですので気にしないで下さい。」
と言っておいた。実際のところは僕が高校二年生というのは仮の姿だし、四日間しかいないこの世界に自分が干渉しないようにしているというのもある。まぁ単に僕が人見知りであるという点もあるがそれは置いておこうか。
各自の自己紹介が終わった後で織田さんが切り出す。
「というわけで、みんなの自己紹介は終わりね。沙樹ちゃんも今の話を聞いてて分かったと思うけど私とこの二人は同学年、一年生の頃に部活に入った時から一緒の仲良し三人組って感じなの。まぁそこに沙樹ちゃんも加わるからこれからは仲良し四人組としてやっていく予定だけど、どう?みんなはうまくやっていけそう?私は問題ないと思ってるんだけど。」
発言の後で皆の顔を見る。答えを聞きたいようだ。
「まぁ私は問題ないと思うわ。北条さん大人しそうだからちょっとこの二人のノリについていくのは大変かもしれないけど。まぁそのうち慣れるでしょ。」
朝日さんはそう言う。その言葉に小暮さんはちょっとむくれながら
「この二人って何よ。まぁ日向は確かにノリ軽くてちょっと面倒くさいところもあってデリカシーにも欠けるけど。それにツッコミを入れるのがあたしの役目なわけで必要なことだと思ってあたしはやってあげてるんだから。」
と反論し、
「まぁ、うまくやっていけるかどうかはやってみてじゃない?日向がうるさくて嫌になったらあたし達に相談してくれればいいし。」
と言葉を続けた。織田さんは二人の言葉を聞いて
「ちょっと、二人とも私の評価低くない?私は部活を楽しくやっていこうと思って皆を盛り上げてるのに。まぁ確かにノリがちょっと軽いってのは自覚してるけど、それはなっちゃんも同じでしょ。それにちーちゃんだってそれ見て楽しそうに笑ってるじゃない。」
と文句を言っていた。それに対する二人の反応は「そうだったかしら?」とか「いやーあたしは日向とは違うけどね。」と目を逸らしている。本当に仲良いんだろうかこの三人は?まぁ良いんだろうな。よくなかったらこんな会話もできないか。そんな感じでワーワーやっている彼女たちを見ているとこっちまで楽しさが伝わってくるようだ。
影沼さんとのやり取りを見てても思ったがやはり織田さんが生き生きとしているところを見ると僕の心も和む。やはり、良い人はいい人材にも恵まれるのだろうか。それを眺めているとたらあーだこーだ話していた織田さんが話を止めてこちらに質問してきた。
「そういえば沙樹ちゃんは?沙樹ちゃんは私達とうまくやれそう?」
その問いに僕は答えを返す。笑顔で。
「はい。皆さんと一緒なら。一緒ならきっと楽しく部活ができると思います。」
僕のそれに
「そう。よかった。」
織田さんはにっこりと微笑むのだった。僕が織田さんの友達の二人と少し打ち解けて四人で話をしているとジャージに着替えた顧問の先生が体育館へ入ってきた。ただ先生は一人ではなかった。後ろからもう一人見知った顔の人が着いてきていた。僕の見知った顔など自慢することではないがそうそういない。そんな僕が見知ったと言ったその人物。
つまり、夜叉音さんだ。
夜叉音さんが顧問の先生の後ろについて体育館に来たのだ。その恰好もスーツ姿ではなく顧問の先生と同じジャージ姿だ。様子を見る限りただの見学ってわけではなさそうだけど、どういうことだろう?
この部活に来るなんて話僕は聞いてない。僕が部活に入るって聞いて面白半分で見に来たのだろうか?あり得そうだ。今まで見た感じでは夜叉音さんならやりかねないと思う。
「よーし、集合。」
顧問の先生が皆に声を掛ける。その号令で体育館の中でそれぞれバラバラにそれこそ空に浮かぶ星のように様々な場所にいた生徒が一斉に先生の下へと集まる。もちろん僕ら四人もその場に集合する。
「全員集まったかな。じゃあ今日の部活を始めよう。とその前に―。」
先生はそこで言葉を区切って隣にいる夜叉音さんと僕を一瞥する。
「今日はまず新しい私達の仲間になってくれる人を紹介する。」
やはりまずはそこからか。でも夜叉音さんの方も見ていたな。ということは夜叉音さんもこの部活に?ぼくがそんな疑念を抱いている内にも先生は進行を進める。
「じゃあまずは新入部員、みんなと共に活動していく仲間の紹介だ。」
おっと、僕からか。分かっていたことだけれど、いざその時となると体がビクッとしてしまう。
「北条。前に出て自己紹介を。」
そう言われて僕は前に出る。転入の時にも挨拶はしたがやはり慣れないな。こういうのは。どうしても緊張してしまう。先生の横に立つと先生は
「さっ、北条。挨拶だ。」
と僕に促す。促されるままに僕はちぐはぐに言葉を紡ぎだす。
「えーっと。二年生の北条沙樹といいます。チアダンス経験は・・・ありません。入部理由は、えっと昨日の見学で楽しそうな部活だと思ったからです。至らない僕で皆さんに迷惑をかけてしまうかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。」
そういって頭を下げた。他の部員達が軽く拍手する。僕の自己紹介に対して先生は
「はーい。オッケー。北条。自己紹介ありがとう。まぁ一言言わせてもらえばちょっと固いかな。もう少し肩の力を抜くといいわ。」
と加えた。肩の力ねぇ。難しいなぁ。この状況では。いろいろと問題ありすぎるんだよなぁこの状況。まぁ相談はできないのだが。
「じゃあ北条は戻っていいよ。」
言われて僕はすごすごと集団の中に戻る。織田さんの隣に行くと彼女は
「まぁ掴みはまぁまぁだね。ここから頑張ろう。」
と僕にウインクして親指をグッと立てて見せた。まぁまぁなのか?まぁ織田さんがそう言ってくれるのならありがたいことだ。そのしぐさに関してはどうなのだろうと思うところもあるが。
「よーし、じゃあ次だ。次は新しくあなた達の指導をしてくれる先生の紹介だ。じゃあ鬼塚先生自己紹介よろしくお願いします。」
先生はそう続ける。
夜叉音さんが?チアダンス部の指導?
何が目的だろう。僕の監視か。それとも観察の仕事のサポート?それとも単なる興味か。僕のそんな疑問をよそに夜叉音さんは口を開く。
「はい、じゃあ私の自己紹介をします。私の名前は昨日全校集会で言ったからみんな知ってると思うけど、鬼塚夜叉音です。好きなことは体を動かすこと、嫌いなことは・・・んー特にないかな。まぁそんなことはいいかっ。チアダンスの経験はあります。私が一緒にいることで皆がもっと楽しく部活ができるようになれたらいいなと思います。みんなよろしくね。」
ハキハキと笑顔で自己紹介する。僕の後での自己紹介のせいか夜叉音さんの元気さというか人当たりの好さが一層際立って出ている気がする。
夜叉音さんの挨拶が終わると自然と周りから大きな拍手が巻き起こった。「よろしくお願いしまーす。」とか「夜叉音先生きれいー。」「夜叉音ちゃんかわいいー。」とかいろいろ言ってる人もいる。夜叉音さんはその反応に笑顔で返しており、本人も満足しているようだった。
ふむ。やはり第一印象というのはすごく影響力を持つ物らしい。僕も見習わなくてはならないのかもしれない。僕ら二人の自己紹介が終わった後で顧問の先生(確か先生だったか)は
「オッケー。これで新しい仲間の紹介は終わり。じゃあいつも通り準備運動から始めよっか。」
と言って皆を促した。周りの生徒たちは
「「「はい!」」」
と元気な声を出してみんな大体等間隔に離れていく。僕もそれに習って皆と距離をとって適当な場所に立つ。
「じゃあ、屈伸からいくよ。いち・にー・さんしー。」
といった感じで準備運動が進んでいく。準備運動が終わったところで
「次は体育館十週ね。はい、始めー。」
「「「はい!」」」
と言って皆が体育館を走って回り始めた。僕もそれに着いて行くのだが皆結構ペースが速い。運動部だからこんなものなのだろうか。
それとも僕が体力無いだけなのか?十週を走り終えた後にはすっかり息が上がってしまっていた。他の人達はというと慣れているのか体力もついているらしく元気そうで疲れも全く見えない。織田さんも
「いやー、身体動かしてスッキリしたねー。快調快調♪」
なんて笑顔で背伸びをしている。それどころか一緒に走っていた夜叉音さんも
「運動はやっぱり良いねぇ。でもまだもう少し動かないと準備運動には足りないかなー。」
とか言ってる。いやぁ行動力の化け物みたいな人だ。
改めて思うことだが夜叉音さんは一体何者なのだろうか。命狩人だってことはもちろん知っているが、それ以外はほとんど何も知らない。料理だってすごく上手だし教師もできる、それにさっきの自己紹介ではチアダンスの経験もあると言っていた。
夜叉音さんは確か二百年もの間、命狩人をやっていると言っていたか。それだけの月日があると人はこうまで多芸になれるものなのだろうか。
「よし、みんな身体は暖まったみたいだね。」
そんなことを考えていたら真昼先生が皆に声を掛けてきた。そして僕の方を見て
「北条はもう疲れちゃってるの?まずは体力つけないとだなぁ。もう十週しとくか?」
ニヤッと笑いながら、悪いことを考え付いたような顔でさらっと怖いことを言う。もう一回体育館を十週したら僕はしばらく立ち上がれる自信が無い・・・
「ハァ、ハァ、勘弁していただけませんでしょうか・・ゼェ、ハァ。」
息を上げながら僕は上目遣いで懇願する。上目遣いなのは狙ってやったわけではなく単に疲れて顔が上を向かなかっただけだ。というか僕は別にチアダンスがやりたくてこの部に入ったわけではないし、体力もつけなくても何の問題もないのだ。
そうなるとただの苦痛の時間でしかない。そもそも命狩人は鍛えたら体力がつくのだろうか。僕の見聞きした感じだと僕らのここで成長は止まっているようだし、これ以上の身体的成長は望めないように感じられるのだが。僕の悲痛な心の叫びが真昼先生に伝わったのかは分からないが先生は
「まぁいいよ。今日は初日だしね。体験も兼ねてってことで勘弁してあげる。」
その言葉にホッとする。何となく感じられる雰囲気がスパルタ的な指導の気がしていたので正直却下されるかもと考えていた。安堵して顔を下ろして呼吸を整えていると頭を小突かれて上を向く。すると、真昼先生の顔が目の前にあった。僕がびっくりして何事かと思考を巡らせようとすると先生は一言
「でも徐々に慣れてもらうからね。私の指導はそんなに甘くないから覚悟しておきなさい。」
と言う。しかも笑顔で。前言撤回だ。やはり先生の指導はスパルタらしい。しょうがない。これも仕事だと思って何とか耐えることにしよう。仕事ってやっぱり楽じゃないんだなぁ。
その後は、真昼先生の指示で本格的なダンスの練習が始まった。柔軟から簡単なダンスのステップまで。他の生徒の皆は慣れているんだろう、淡々とその作業を進めていく。
僕はというと入部初日と言うことで後方で皆の様子を見ながら見様見真似でやってみろと言われたのでとりあえず皆の真似をしながら身体を動かす。たぶん他の人から見たらできの悪いマリオネットのような動きなのだろう。自分でやってて思ったのだが、やはり僕にダンスの経験はないだろうと思った。なんというかリズム感と言うのが致命的にかけている気がする。まぁ初日はこんなものなのかもしれないが、僕がこの部に普通に入部していたら皆と同じレベルに立つには相当な時間がかかったことだろう。
一方夜叉音さんはというと彼女も初日と言うことで僕と同じように後ろから皆のことを見ながら僕と同じようにやっているのだが、僕とは違って他の生徒とほとんどずれることなくステップを刻む。その足取りは軽やかなもので彼女がチアダンスをやっていたと言うことに嘘はないと感じた。ホントにこの人何者なのだろう。すごい人だなぁと改めて感心する。
鬼塚夜叉音。その名前に心当たりは無いが生前は何か有名な人だったのだろうか。これだけ才能と技術があるのだ。何かの面で表の舞台に立つことがあってもおかしくない。
そういえば、僕は生前の記憶がないパターンだと夜叉音さんに言われたが、彼女はどうなんだろうか。生前の記憶はあるのかな。聞いてみたい気もするが、自分が死んだときの記憶ということを思い出させるというのもあまりいい気はしないだろう。いくら生前が良い思い出であったところでその結末が悲劇となる物語だというのならそれを話させるのは酷な話だ。この疑問は一旦この場では置いておこう。
そんなこんなで今日の部活も大詰めということで曲に合わせての振り付けの練習となった。さすがに僕はその練習にはついていけないので柔軟をしながら見学と言うことになった。ちなみに夜叉音さんもさすがにこの練習のときは僕の隣で一緒に見学している。夜叉音さんは僕の隣で練習している皆を見ながら
「いいね。みんなしっかり生きてる。良いことだ。」
と笑顔で言う。しっかり生きてるとはどういうことだろう?生きてることにしっかりしているとかしてないとかあるんだろうか。僕にはまだその答えは分からない。夜叉音さんは僕の方を見ると
「どう?沙樹ちゃん。久々に身体を動かした感想は?」
笑顔のまま尋ねる。僕は素直に
「とりあえず、疲れました。」
と端的に感想を述べる。夜叉音さんはその答えを聞いて
「あはは。いいんだよ。それで。」
と笑う。更に
「生きているっていうのはそういうことだ。人は生きているならエネルギー使うことが必要さ。更に今を生きている人間とそれを共にできるなら尚更いいことだ。生きていると言う実感は人を人として感じさせる。」
と言う。それは僕に言ってるようでも自分に言い聞かせているようでもあった。考えてみると確かに僕らは死ぬということが無い。ということは生きているということもなくなってきてしまうのかもしれない。それをこうして実感して自分は生きていると思えることはある意味特別な体験なのだろう。
柔軟をしながら思考を巡らせている内に僕のチアダンス入部一日目は終わりを迎える。
「よーし、集合!」
と真昼先生が号令を掛ける。踊っていた生徒や僕と夜叉音さんもその言葉で真昼先生の下へと集う。皆が揃ったところで真昼先生は話を始める。
「今日はここまでにしよう。今日もなかなかいい練習ができました。きっとこの練習が皆の舞台のときに生かされるから一日一日コツコツと頑張ってレベルを上げていきましょう。じゃあ明日に疲れが残らないようにしっかりと休養をとるように。以上。解散。」
「「「お疲れ様でした。」」」
皆が挨拶して部活は終了となった。挨拶をした生徒たちは部室に戻ったり、回りの生徒と会話したりしている。中には今日のポイントを真昼先生に聞きにいっている生徒もいた。熱心なものだ。僕はどうしたものかと夜叉音さんを探してみると、夜叉音さんは三、四人の生徒と話していた。
会話を聞いてみると「夜叉音先生運動神経いいんですねー。」とか「チアダンスやってて長いんですか?」とか「初日なのにあんなに動けるなんてすごいですよー。」等、夜叉音さんがすごく動けていることに皆感心してその真相を知りたがっているようだ。夜叉音さん見た目も美人だし、人当たりもよさそうだから自然と人が集まってくるんだろう。夜叉音さんは魅力的な人ということだろうなぁ。夜叉音さんは僕の視線に気づいたのか頭の中で会話してきた。
―沙樹ちゃん。あたしはもう少し残っていくから先に帰るといいよ。―
―分かりました。そうします.―
―そうだ。ついでに福日向と一緒に帰って観察の仕事もしてくれれば尚グッドだね。―
んー。そうきたか。
―善処します。―
果たして織田さんは僕と一緒に帰ってくれるだろうか?
そもそも織田さんの家の方向も分からないし、昨日今日あったばかりの人に「一緒に帰りませんか?」なんて声を掛けるほどの勇気が僕にあるだろうか?
織田さんを探す。
目線の先にいた彼女はどうやらまた仲良し三人組で話をしているようだ。
しょうがない、行くとするか。彼女たちの方向へ歩を進める。僕が歩いていくと織田さんは僕に気づき声を掛けてきた。
「おつかれー沙樹ちゃん。今日の部活どうだった?」
僕は少し考えた後に返答を返す。
「何ていうか新鮮な体験でした。」
彼女は頷きながら
「そっか、そっかー。で、どう?続けていけそう?」
僕の顔を覗き込む。その瞳に
「頑張ってみます。」
と返した。彼女は僕の返答に
「よーし、じゃあこれからの一緒に頑張ろうね。」
喜んでくれた。織田さんが喜んでくれる。そのことになんだか僕も少し嬉しくなっていた。そのままの勢いで一緒に帰ることと提案してみることにする。
「あっあの織田さん。今日一緒に帰りませんか?」
思い切って言った。
「いいよー。」
織田さんはあっさりと答える。女の子を誘ってあっさりオッケーされるのは意外だと思ったがよくよく考えて見れば僕も女の子なのだった。女子同士で一緒に帰る。しかも同じ部活の人。変な理由がなければ普通は一緒に帰れるか。
「じゃあ、なっちゃんもちーちゃんも一緒に四人で帰ろっか。」
そう言って織田さんと一緒に体育館を後にする。ホッとしたのも束の間、織田さんの次の言葉で僕は現実を思い知る。
「あー今日も一杯汗かいちゃった。早く着替えたいわ。」
あー。そうだった。またあるのだ。あのイベントが。
その後、僕がその後更衣室に行くまで悶々とした気持ちになってしまったのは仕方ないことだと言えると思う。
その後着替えを無事?終えて僕ら四人は校舎を出た。僕と織田さんの二人と夏美さんと千紘さんは帰る方向が逆のようで校門前で二人とは別れた。僕は学校の近くにあるマンションなので徒歩なのだが、織田さんの家はもっと遠いようで自転車で通っているらしい。徒歩で歩く僕に合わせて織田さんは自転車を押して一緒のペースで歩いてくれる。僕は一緒に帰ろうと誘ったものの何の話をしたらいいか分からなくて会話の切り出しをできないでいた。そうやって黙って歩いていると織田さんの方から僕に話しかけてきた。
「沙樹ちゃん。今楽しい?」
唐突な質問に少し言葉に詰まってしまった。
楽しい・・・どうだろう?命狩人として新しい生を授かりここまで二日生きてきたが自分が楽しいかどうかなんて考えることもしなかった。いろいろ新しいことがありすぎてそれを感じる暇もなかったというのもあるが、だったら今までの生活の体験を思い返したらどうだろう?僕はたのしかったんだろうか。僕は今楽しいんだろうか。僕が返答を反せないでいると織田さんは言葉を続けた。
「私は楽しいよ。」
彼女は確かに堂々と一転の曇りも無いと確信させるような声で言う。
「勉強とか朝早起きするとか面倒くさいこともあるけど、自分の好きな人と好きなことをできるから私はすごく楽しい。」
僕でも分かる彼女の嘘偽り無い本音だった。
「だから沙樹ちゃんと一緒に帰るこの時間も私はすごく楽しい。」
そういって彼女は僕の方を見てにんまり笑う。僕は思わず赤面をして下を向いてしまった。
「でもだからこそ思うこともある。私の周りにいる人は楽しいのかなってちょっと心配になっちゃう。私が楽しいから余計にね。私がいることで楽しくない人がいるなら私はそれが少し悲しい。まぁそれはしょうがないことなんだろうけど、できることなら私の周りにいる人も楽しかったらいいなってそう思うの。」
そこで織田さんは一旦言葉を切り、僕の方を見て
「沙樹ちゃん。今あなたは楽しい?」
もう一回同じ質問をしてきた。僕は織田さんの話を聞いて改めて彼女がとてもしっかりした人間なのだと感じた。その考えは尊敬に値する。彼女はいい人だ。ただのいい人ではなく僕が好きないい人だ。僕は彼女の質問に解答を返す。
「はい。楽しいです。とっても。」
彼女はにっこりと笑った。
そこからは他愛ない話をしながら僕のマンションまで二人で帰りそこで織田さんと別れた。楽しい。すごく楽しく感じられる時間だった。こんな時間がいつまでも続けばいいと思うくらいに。
後で思うことになるので現在の僕は知らないことだが思えば僕はこの時既に彼女に惹かれていたのだろう。僕が彼女にこの後に何が起こって何をすることになるのかも忘れて。そう、自分の使命すらこの時は忘れていたのだ。