命狩人とは?
命狩人の始まり始まり。皆様よろしくお願いいたします。
これは俗に死神と呼ばれる人の命を刈る人間。命狩人達の物語である。
1.命狩人とは?
1.零日目
1.零日目―?
真っ暗な何も見えない闇の中にいた。目の前に見えるのは闇、その先ももしかしたら、いやこの世界全てが暗闇でできているのかもしれないと思える程深い深い闇だった。
ずっとそこにいたのかもしれない。ここで生まれたのかもしれない。どこかからここに来たのかもしれない。よく分からなかった。ただただ闇を見る。そんなことをずっと永遠に思えるような時間過ごしている。その感覚すら正しいのかも分からない。自分は一体何であり何をするためにここにいるんだろうと考えもした。答えはいつも出ない。分からない。
このまま存在し続けるのだろうか。だとしたらなんて無意味な無価値で非生産的なことをしているのだろうか。ここにいることは何かの罰なのか自分が罪を犯したのかそんなことさえ考えてしまう。それでもこの闇は何も答えてくれない。自分が何者かすら分からない。それでも此処にいる。ただいる。たぶん永遠にいる。そう考えていた。
そんなことをどのくらいだろうとりあえず長い間考えていたあるとき、ふと光が見えた。それは小さな針の穴程の大きさの光だったが瞬く間に大きくなりやがて目の前が光で何も見えないほどの大きな光になった。僕は思わず目を瞑り、そして―
僕は目覚めた。
「お目覚めかい?気分はどうさ?」
そんな言葉を聞き、周りを見渡す。そこは何やら魔方陣のようないろいろな記号が描かれた小さな小部屋だった。声の主の方に顔を向けると
「おぉ、やっぱりなかなかの美人じゃあないか。うんうん、あたしの目に狂いはなかったな。」
と満足そうに笑っている女性がそこにいた。
その女性は何というかすごく赤い女性だった。詳しく描写すると髪の毛や眉毛、瞳の色まで真紅、そして赤を基調としたレザ―ジャケットに赤黒いレザーパンツ、更に赤い革靴を履いていた。その赤い女性は僕に言う。
「話せるかい?気分が悪いのなら一言言って貰えると助かるね」
そこで僕はまだ一言も発してないことに気づき
「あっいえ大丈夫です。えぇと―」
そこで言葉に詰まった。一体僕は誰でこの人が誰で此処が何処か今がどういう状況なのか
僕は全然分からなかった。そもそも何故僕は此処にいるんだろう。ずっと闇の中にいたはずなのに何で急にこんな所に?
「よかった。とりあえず昇華には成功したみたいだな。じゃあ名前は?自分は誰だか分かるか?」
昇華?何だろうか?まぁそれよりもその後の話の方がよく分からなかった。名前?自分は誰か?分からない。僕は誰だ?そんな顔をしてるのが分かったのか、赤い女性は続ける。
「あ―そっちのタイプか。まぁよくあるんだけどね。とりあえずあたしから名乗っておこうか。あたしの名前は鬼塚夜叉音。夜叉音さんでかまわないよ。」
ニコッと屈託のない笑みを浮かべる。相手がいい人そう(内心ちょっと怖かった)でほっとした所で僕は次の疑問を口にしてみた。
「あのー、夜叉音さん?」
「何かな?」
「僕は誰なんでしょうか?」
非常に間抜けな質問である。初対面の女性に自分は誰ですかと言っている人なんて頭のおかしい人だと思われても仕方がない。いや、実際に頭がどうにかしているのかもしれない。
でも僕自身自分のことを何も知らないのだ。そしてこの女性こと夜叉音さんはそれについて何か知っている素振りを見せた。だったら聞くしかない。自分のことを誰かとも認識せずにのうのうと生きて生けるほど僕は人間ができていないのだ。こんな不安定な状態では自分という認識すらあいまいになってくる。
いや、でもやっぱりこんなことを聞いても分からないんじゃないか?頭のおかしい人だと引かれるんじゃないか?と悩んでいたが、夜叉音さんというその人はその問いにあっさり答えた。
「あんたは北条沙樹。それがあんたの名前だよ。よろしくね。沙樹ちゃん」
沙樹。それが僕の名前だったようだ。あまりピンとこない。そう言われればそうだったのかもしれないぐらいの感想だ。そもそも本当にその名前でその人なのだろうか。この女性が嘘をついている可能性だって(そもそもそんな嘘をついて何の得になるかは分からないが)ある。北条沙樹・・・一体どんな人間なのだろう。考え込んでいる僕に対して女性はまた言う。
「まぁ、ピンとこないか。今はしょうがない。そういうものだからさ。そのうち慣れるよ。」
そういうものなのだろうか。僕が仮に北条沙樹だとしてその人となりを思い出すことはできるのだろうか。僕は北条沙樹になれるのだろうか。よく分からない。
でも手がかりはそれしかない。とりあえず僕は北条沙樹なのだろう。よし僕=北条沙樹だ。あまりよく分かっていないがそうしよう。うん。
じゃあ次に質問をと考えた所でまた僕は困った。僕と彼女のことは少し分かったがそもそも僕は何故ここにいるのだろうということだ。僕は闇の中でずっと漂っていた記憶はあるのだがそれが北条沙樹に何か関係しているのだろうか。今ここにいることもそういうことなのか?どうなんだろう。とりあえず今いる場所について聞いてみよう。
「夜叉音さん。此処はどこなのでしょう?」
「ふむ。当然の質問だね。ここは新しい人が生まれる場所さ。昇華室とも呼ばれているよ。」
全然分からない。とりあえず新しい人って何だ?昇華室?さっき昇華がどうのこうの言っていたけどそれもよく分からないし、いやどうしたものか。疑問を問う度にさらに疑問が増えていく。何だか無限ループみたいだ。結局僕はどうすればいいのだろう。
「まぁ何だ。ここにいても説明もしづらいしちょっと外に出よう。詳しい説明はそれからだ。さあ立てるかい?外へ行くよ。」
と言われ僕はずっと仰向けに寝ていたことに気づく。そうか、とりあえず立ち上がろうと思いとりあえず上半身を起こした所で夜叉音さんは言う。
「あっそうだ。沙樹ちゃん今裸だけど、大丈夫?」
言われて気づく。僕は今まで女性の前で裸のままずっと気恥ずかしさもなく話をしていたのだと。というか先に言って欲しかった。こればかりは言わずにはいられなかった。
「夜叉音さんそういうことは先に言っておいてくださいよ!」
あたふたしてとりあえず隠せるようなところを両手で隠しながら僕は言った。その様子を見て悪戯っぽく舌を出して夜叉音さんはしれっと言うのだった。
「あぁ忘れてたよ。てっきり沙樹ちゃんは裸族でもいける系なのかとでも思ってさ。失礼♪」
絶対分かってて言ってる。あたふたしている僕を見て楽しんでいるのだろう。こっちの気も知らずに。何だろう・・・話してるだけでもどっと疲れた。
これからどうなるんだろう。そんな心配と不安の中で僕に頼れるのは夜叉音さんただ一人。うーん頭が痛くなってきた。その夜叉音さんはそんな僕を見ながら相変わらずにこにこと笑っている。
これが夜叉音さんとの出会い、そして僕が新しく生まれた瞬間だった。
2.零日目
1.零日目―?
「まぁとりあえず服を着るべきだね。着る方法はね―」
夜叉音さんは言う。服を着る方法?そのくらいは僕も分かる。だから早く僕の着る服を頂きたいのだが。
「服を着る方法は知ってます。とりあえず何でもいいので服を下さい。」
少し早口で急かす様な言い方をしてしまったが、こっちにも一応尊厳がある。ならば致し方ないはずだ。それにいくら記憶が無かろうと僕には露出好きの気はない・・・はずだ。少なくとも今の僕にその気は無い.だから僕の言葉で夜叉音さんが用意してる服を渡してくることを期待していたのだが、それとは裏腹に夜叉音さんは全く別の答えを返してきた。
「沙樹ちゃん。自分が服を着てるイメージを連想してみて。」
この人は何を言ってるんだろう?僕は服が欲しいと言ったのだから服を渡すのが常識なんじゃないのか。それとも、何か僕を驚かせようとしているのだろうか。例えば奇術的な感じで僕がイメージした服を用意してくる様なトリックでも準備しているのか。そんなことやっている場合じゃない。
「いや、そんなことはいいので服を下さい。」
僕は夜叉音さんに再度要求をする。しかし、彼女は
「やってみてよ。だまされたと思ってさ。」
と言ってくる。どうあってもこの人は僕に服を渡す気が無いらしい。僕としては早くこの状況を何とかしたいのだが、このままでは埒が明かない。素直に夜叉音さんの指示に従うしかなさそうだ。しかし服か。服を着ている自分。どんな感じの服かは分からないがとりあえず何か着ているイメージをしてみようと必死に考えてみる。服ってどんなのがいいんだ。そもそも生前の記憶が無いからどんなの着ていたか分からない。それでも考えなくては。
衣服―、衣―、布―・・・もうとりあえず身体を隠せれば布でもいいかなぁ。少し弱気になりながらも目を瞑ってひたすらに服を着ている自分を想像する。
「ほー。それが沙樹ちゃんの服なのね。まぁいいんじゃない。っぽいし。」
夜叉音さんの声が聞こえてきた。何か変わったのかと思って周りを見回す。夜叉音さんが妄想に耽っている間にこっそり服を置いたのかもしれない。しかしどこを捜しても服らしきものはおろか、布切れ一つ見当たらなかった。僕がどういうことなんだろうと夜叉音さんの方を見上げると夜叉音さんは僕の言いたいことに気付いたらしく
「ほら、自分の身体を見て。」
そう言って僕をツンツンと指差すような動作をした。何のことだろうと思い自分の体を見てみると黒のスーツに黒い革靴、そして黒いコートを羽織った自分がそこにいた。
これには僕もびっくりした。ただイメージしただけなのに服が着れるなんて僕の認識ではあり得ない事だった。手品だろうか?にしてはあまりにも華麗すぎる。僕は体を動かされた感覚など無いし、体に触れられたことすら一切感じなかった。となるともしかして魔法の類か?僕はそんなファンタジーな世界に来てしまったのだろうか。にしても夜叉音さんの言葉も気にかかる。
「っぽい」ってなんだ?北条沙樹っぽいのかこの服は。北条沙機はこんな服を常に着ていたんだろうか?ますます北条沙樹と言う人物がどんな人物だったのか分からなくなる。常にスーツを着ている人物?サラリーマンとかだったのだろうか。僕はまだ思い出せていないだけで仕事もしていたとか。そんな感じだったのだろうか。全然状況が飲み込めない。
「夜叉音さん。僕はいつもこんな服を着ていたんでしょうか?」
唯一僕の過去を知ってそうな人に尋ねてみる?どんな関係だったのかは思い出せないが、その答えから僕の過去について何か分かるんじゃないかと思った。何かしら手がかりになりそうな答えを期待して聞いてみたのだが
「いや、知らないよ。まぁこの世界における服なんて生前の物と一緒とは限らないし、それが沙樹ちゃんの思ったイメージってことじゃない。まぁセンスあると思うよ。夜叉音的ファッションチェック的には、七十五点ってとこかな。」
ビシッと僕にウインクを見せてピースを決める。いや、そんな自信満々に点数とか言われてもこっちとしてもリアクションに困る。まぁ夜叉音的ファッショチェックの点数は置いておいてだ。ここでまた、疑問が増えてしまった。
生前だって?となると僕は死んだのだろうか。じゃあここは死後の世界ってことか。僕は自分のことは誰かは覚えていないが、一般的な常識はある程度知識として認識はできている。人間は死んだ後にどうなるかと言うのは生きている人間にとってみればとても怖くそれと同時にとても好奇心のある課題でもある。
僕が大まかに知っているのはその人が過ごした一生の人生の中でその人が善人か悪人かを神様に裁かれる。そして、善人の魂は天国へ行って幸せに暮らし悪人の魂は地獄に落ちて罰を受ける。あとは、輪廻転生という単語も聞き覚えがある。人間や動物は悟りを開くまで生き死にを繰り返し、悟りを開いた後にそこから解脱できるといった説だったかな。でも、今のこの状況だと僕は生まれ変わったわけではないし、輪廻転生したということでは無い様だ。生前に悟りを開くような人間が自分の記憶を忘れるわけもないだろうということを考えると解脱したとも考えづらい。
じゃあここは天国なのだろうか?それとも地獄?僕は一体何で死んだんだろう?いや、聞き間違いかもしれない。整然といったのかもしれないし、またはそれ以外の言葉を僕が聞きそびれた可能性もある。そう思って夜叉音さんに尋ねてみた。
「えーと夜叉音さん。さっき聴いた話の中に生前と言う単語が混じっていたようにきこえたのですが、僕は死んだのでしょうか?」
今ここでこんなことを質問している状況では全くおかしな質問だ。死人に口なしという言葉もあるくらいだし、死んだ人間が自分は死んだのでしょうか?なんて聞くだろうか。またおかしな質問をしてしまったかもしれない。やっぱり僕は頭が少しおかしい人間だと思われてもおかしくないんじゃないかそう思っていたのだが、対する夜叉音さんの答えはシンプルでその疑念は一瞬で吹き飛んでしまった。
「あぁ、死んだよ。北条沙樹と言う人間は死んだ。」
死んだ・・・そうなのか僕こと北条沙樹は死んでいたのか。じゃあここにいる僕は北条沙樹の霊もしく天国か地獄かにいる自分の姿なのだろうか。続けて質問する。
「じゃあここは天国ですか?」
希望的な質問だ。僕という人間が生前どんな行動をしていたのかは分からないが悪いことをした記憶もないし、天国に行ってもいいんじゃないかという希望的な観測だった。まぁだったら
いいなくらいの。
「違うよ。」
一蹴された。あれ?僕は生前すごい極悪人だったのだろうか。連続殺人犯だったりとか裏世界
で生き、人々から金を巻き上げるような金の亡者だったり。そんな記憶はないのだけれど、ここが地獄というのならそういうことになるのだろう。記憶のない僕としては釈然としないが記憶がないからこそ一から罰を受けなければいけないのかもしれない。
いやでも地獄って釜茹でされたり、針のむしろにされたり酷い所ってイメージがある。そんな地獄が永遠に続くのならまだ闇の中にいた方がましだったような気がする。それに何より何も知らない僕がそんな罰を受けなければいけないのも納得がいかない。
でも待てよ。よく考えれば地獄って可能性はまだ決まってないのか。もしかしたら、もしかしたらだけど、ほんの僅かな確率でも違うって可能性はある。天国と地獄だって人間が決めた世界のお話だし実は死後の世界は天国と地獄なんて極端なものなのではなく実は死んだ後も普通に生活できるような世界なのでは?うん。そうかもしれない。そうだとも。僕は思い切って聞いた。
「こっ、ここは地獄ではないですよね?」
噛んだ。声も若干裏返り気味だったし。でもきっと大丈夫だ。大丈夫。だいじょうぶ。
「そうだよ。」
よかった。やっぱり天国と地獄なってものは存在しないんだ。死後も人間はどこか違う世界で暮らしていけるんだ。じゃあ僕はゆっくり自分が何者なのかを思い出していくことだけ考えればいいんじゃないか。死後の世界だしタイムリミットなんてものもないだろう。
でも、ここがどこかは気になる。死後の世界、一体どんな世界なのだろう。平和な世界?それとも混沌とした世界なのだろうか。とりあえず答えが出ないので直接聞いてみよう。
「では、ここはどこなのでしょうか?」
なんて答えが返ってくるのだろう。普通に生き返った人間が生活してるだけの世界?にしてもさっきの服が一瞬で現れた事象を考えると現実味が無いのも確かだ。
もしかしたら、ここは魔法とかドラゴンとかが出てくるファンタジ―なおとぎ話のような世界なのかもしれない。実は僕は魔法使いに転生していたとかだったらそれはそれで面白い気がする。夢踊る冒険、そしてかけがえのない仲間との大切な時間をすごし壮大な世界を駆け回る。それはすごく楽しいかもしれない。魔法使い北条沙樹。なかなかどうしてかっこいいじゃないか。そんなことを期待していたのだが夜叉音さんの答えは僕の想像とは別の全く違うものだった。
「ここは死後の世界。と呼ばれる人々が日々、仕事をしながら生活する世界さ。」
イノチカリウド?はて、ここは一体何処で僕は一体何になったのだろう?
2.零日目―?
「とりあえず外に出ようか。」
夜叉音さんがそう言って部屋の外に出て行くので僕もそれについて部屋を出た。部屋の外も魔方陣のような絵柄で覆われているのかと思ったが、そんなことはなく普通の建物の通路だった。ドアを開けた先の廊下が部屋から先に伸びていて右に窓が規則的に並んでおり左側にはいくつかドアがあってその先が部屋になっているようだった。ドアには上にプレートのついている所もありそこに部屋の名前が書いてあるようだ。資料室・会議室あとは・・・試変室と書いてある部屋もあった。始めてみる名前だが一体何に使う部屋なのだろう?
それと歩いていてもうひとつ気づく点があった。老化の中が赤い。この廊下には窓からの西が差し込んでいたのだ。窓の外はオレンジ色に染まり街は赤と黒のグラデーションに包まれていた。なんだか、僕の思っていた現実の世界と合っているような気がして安心した。安心したことで心の余裕も少しは出たので僕は夜叉音さんに何の気なしに話してみた。
「ここはなんだか普通ですね。」
「そうだよ。」
少し普通の会話ができたみたいでホッとした僕の耳に冷や水のような夜叉音さんの言葉が続けて入ってきた。
「ここはいつも夕方なんだ。」
「えっ?」
いつも夕方だって?おかしい。確か僕の知る限りでは太陽は東から昇って西に沈んでいくはずだ。いつも夕方というのならこの世界の天体はどうなってるんだ?それにこの世界の人はずっと夕方で暮らしていけてるのか?といろいろ気になったが、夜叉音さんは軽く
「まっ、そういうもんなの。この世界ではこれが普通。」
と言ってきた。普通・・・そうかこの世界ではこれが普通なのか。死後の世界だし、まぁ僕の常識では分からないこともあるのだろう。そんな風に自分に言い聞かせている時に
「あっ」
と言い、前を進んでいた夜叉音さんは急に止まりこちらに振り返った。
「ここがどこかって質問があったね。その質問に今答えるよ。ここは夕焼けの町、通称サンセットタウン。あたし達はここをそう呼んでいるのさ。」
ニコッと笑いながら話してくる彼女の顔を見て改めて分かった。彼女は、夜叉音さんはかなりの美人だった。昇華室とかいう小部屋では薄暗くてよく見えていなかったが夕日に照らされたこの場所ならよく分かる。目はパッチリとした少し釣り目で鼻も整っており、口は薄く口紅をしている感じだった。髪の毛は後ろで縛ってポニ―テイル。年は二十代前半だろうか。その笑みにはどこか無邪気さも混じっていた。鬼塚夜叉音なんて名前だからどんな怖い人なんだろうと思っていたけれどそのイメージからは考え付かない容姿だ。思わずぼんやりと彼女の顔に見蕩れていたが
「何?あたしの顔に何か付いてんの?」
と聞かれたので咄嗟のことについていけず、つい
「いや、えぇと綺麗な顔だと思いまして。」
と心の声をそのまま言ってしまった。急にそんなこと言われても困るだろうと思っていたが、夜叉音さんは
「ありがと。美人の沙樹ちゃんに言われると何か自信出るなぁ。」
とその笑みをさらに丸くしていた。その顔でまたドキッとしてしまい少し顔が熱くなったが、それと同時に新たな疑問が浮かんできた。
美人の沙樹ちゃん。
僕の顔のことだ。さっきから夜叉音さんには美人って言われてるけど僕の顔はどんな顔だっただろう。思い出せない。自分の名前すら覚えてなかった人間だ。顔のことなんて思い出せるはずないのだが、もしかしたら顔を見れば僕が誰なのかを少しは思い出せるかもしれない。そう思ってまた僕は夜叉音さんに質問した。
「どこか鏡のある所はないでしょうか?えぇと、何というか、僕は自分の顔を覚えていないので鏡を見て確認したいのですが。」
変な質問だが、そのままの意味だ。本当に自分の顔を覚えていないからどうしようもないし(むしろ知らないと言った方がしっくりくる)、たぶんごまかした所で何の意味もないだろう。だったら、正直に聞いて一つでも多く情報を得た方がいろいろ考えられることもあるはずだ。今までの流れから夜叉音さんは多分要望を聞いてくれるはずだ。
・・・まぁ、僕のカンだが(自分を知らない人のカンなどあてになるのだろうか)。
夜叉音さんは僕の言葉を聞いてドアの方をチラッと見る。
「じゃあ、あそこのに行こうか。あそこは大きな鏡があるし。」
と言ってそちらの方に向かって行った。よかった。すんなり話を聞いてもらえた。しかも今回は不思議なトリックとかはなさそうだ。この世界にも鏡があるんだな。とりあえずそれを確認できただけでも収穫だ。夜叉音さんがドアに手を掛けたときに僕に向かって
「沙樹ちゃん、顔を確認してる間さ。煙草吸っててもいいかな?」
と聞いてきたので構わないと告げると
「ゴメンね。あたしヘビースモーカーでさぁ。沙樹ちゃんが起きるまでずっと我慢してたの。だからちょっと一服したくなっちゃってね。」
と、申し訳なさそうに言った。
ずっと我慢かー。果たして僕はどれくらいの間寝ていたのだろうか。
「沙樹ちゃんは未成年だったから煙草嫌だよね―。」
サラッと言われたが驚いた。僕は未成年だったのか。享年は何歳だったのだろう。大分早死にしてしまったらしい。病気だったのだろうか?それとも事故?はたまた自殺だろうか?悶々と考えていたら夜叉音さんはもう中に入ってしまっていたので急いで僕も中に入った。
試変室と呼ばれる。中は何ていうかダンス教室のような作りになっており片側の壁は鏡で覆われていて、床はフローリングのようだった。他にあるものといえば鏡が張ってない壁のところに雑誌置き場があって、たくさんの雑誌が置かれていた。更に部屋の隅には喫煙室と書かれたガラスで覆われた空間の中に椅子と喫煙用の吸殻入れがあるだけの簡素な造りとなっていた。夜叉音さんはスタスタと喫煙室の方へ向かい
「じゃ、あたしはここで煙草吸ってるから。」
と煙草に火を付けていた。鏡はすぐそこにある。人目見たら僕の顔がそこですぐ分かるのだ。
僕は目を瞑りスーッと深く息を吐く。その間に僕の顔を一通り触ってみる。両目、鼻、口、耳それら全てがあることを手で触って確認する。全て存在することを確認する。ここまでは問題ない。そこで、僕は意を決して鏡の方を向く。自分の顔。もしかしたら何か分かるかもしれない。
でも、どんな顔なんだろう。とドキドキしながら鏡を見て―。
見て、唖然とした。
水色。何がというレベルではない。夜叉音さんと同じように髪の毛の色や眉毛、瞳の色まで全て淡い水色だったのである。
「びっくりした?まぁそうだよね。髪の色とかは変わっちゃうんだよね―。命狩人として生まれる時に一斉にね。」
夜叉音さんはさも当然の反応だと思っていたのか笑いながら話す。
「まぁ何ていうかー、その色が自分の魂の色らしいよ。あたしもよく分かってないんだけどさ。」
とのことらしい。ならこの水色はこの世界では普通と考えていいのか。でもそれにしてもまだ疑問が残る。
だったらこの顔はどうなんだろう?
僕の顔は少女のような顔だったのだ。パッチリとした目に小さめの鼻と口、髪は肩までかかるストレートのロングだった。おかしいな。本当に僕の顔なのか?もしかして転生した時に顔や身体の容姿までかわってしまうのだろうか? そんな疑問の色が顔に出ていたのだろう。夜叉音さんは追加で説明してくれた。
「あっ顔はそのままだよ。生前のときと変わらず。沙樹ちゃんはそういう顔だったの。」
そのままか。あれっ?でも僕は男だったような?思わず下の方を確認する。
・・・やっぱり男だった。男なのに女の子の顔?僕の記憶の手がかりになるはずだった僕の顔は僕を更に混乱へと追いやったのだった。
「どう?自分の顔の感想は?」
夜叉音さんが聞いてくるが、正直全然しっくりこなかった。記憶がないとこうも自分の顔に自信が持てないのか。少しでも安心するつもりが、逆に不安になってきてしまった。
本当に自分は自分なのか?別の魂が別の肉体に宿ったんじゃないのか。そんなことまで考えてしまった。それにこんな状態じゃ自分の記憶を取り戻したところで何の意味もないんじゃないか?そう考えると不安を通り越して悲しくなってくる。死んだ後までこんなことになるなんて僕は何て不運なのだろう。不安。悪い予感。嫌な気分。
いろんなことがグルグル頭の中を駆け巡っていた。こんな状態じゃぼくはもうここにいられない。そう考えていたその時、不意に肩に手を置かれてハッとした。顔を上げるとさっきまで煙草を吸っていた夜叉音さんが目の前に立っていた。
夜叉音さんは僕が顔を上げたことが分かるとニコッと笑い
「大丈夫。沙樹ちゃんは沙樹ちゃんだよ。あたしが保証する。」
と言って頭を撫でてくれた。何だかすごく安心した。こんなに優しい人が僕の側にいてくれたこと。それが嬉しかった。夜叉音さんは僕の頭に手を置きながら言う。
「そうだな。沙樹ちゃんにそろそろこの世界と今の状況について話さないとな。」
僕は夜叉音さんを見る。夜叉音さんは続ける。
「それで沙樹ちゃんが安心できるかは分からないけど聞いてくれるかい?」
僕は無言でうなずく。
「少し長い話になるよ。沙樹ちゃん。自分の生前の記憶はないだろうけど自分の生きていた世界のことは覚えているかい?」
なんとなく分かる。僕はたぶんそこで人間として生きていたはずだ。
「その世界で生きていた人間が死ぬとその人間は魂へと姿を変えるんだ。」
魂。一体どんな状態なんだろう?もしかしてあの暗い空間にいたときの状況が魂だったということなのだろうか。
「で、その魂はいわゆるあの世って所に行ってそこで記憶をリセットされた後に再び新たな肉体を経て現世へと還るってわけ。いわゆる輪廻転生ってやつかな。」
輪廻転生。この世の中の仕組みはそうなっていたのか。でも僕は―
「そう。例外が存在する。」
ならば僕がその例外ということになる。
「魂となった人間が全てもとの人間へと戻るわけではないんだ。」
何故だろう?
「魂になった後にある一定の魂は現世には戻らず命狩人になる。命を刈る人と書いて命狩人。まぁあたし達はそれを昇華って呼んでる。つまり人間の魂が昇華して命狩人になる。」
命狩人。昇華。さっきから言われてた言葉だ。
「ある一定ってのはまぁ選ばれた魂ってことだね。今回はあたしが沙樹ちゃんを選んだ。」
僕を?夜叉音さんが?
「命狩人になっている人が選ぶんだ。新しい命狩人としてふさわしい候補を。」
僕が選ばれたのか。一体何故だろう。そもそも命狩人って何だ?
「命狩人ってのはその意味の通り。命を刈る人のことさ。」
命を刈る。生きている人間を殺す。
「つまり死神みたいな?」
「あぁそうだね。死神って概念の方が分かりやすいかな。でもあたし達は神じゃない。元は人間だ。だから命狩人。」
ここまでの説明でなんとなく今の状況は分かった。でも納得がいかないこともあった。
「命狩人は人を殺す人なんですよね?」
僕は夜叉音さんの話にしっかりと確認するように聞いた。だって僕は人殺しなんかしたくない。人の命を殺す存在としてふさわしい候補なんてなんて嬉しくない候補なんだろうと思ってしまう。そんな存在になるくらいなら選ばれないままもとの現世に戻って普通の人間としてまた生きる方が何倍もマシだ。それが正しい判断だと僕は思う。自分のことは思い出せないし分からないが少なくても今の僕はそんなことしたくない。そんな僕の気持ちが伝わっていたのか夜叉音さんは
「ちょっと今の言葉には語弊があるかな。人を殺す。その言葉は正しいのかもしれないけど実際はやってることの事象が違う。正確には死んでしまう人間の魂をあるべき場所へ送ってあげるということ。で、それを仕事とするのがあたし達命狩人っていうわけさ。」
魂をあるべき場所に送る―。
「どう?納得してくれた?」
夜叉音さんは僕を見て尋ねる。彼女の眼は真っ直ぐと僕の眼を見つめている。納得かどうかは分からないがなんとなくではあるが理解はできた。もし、夜叉音さんの言ってることが本当で死者の魂を見送るのが仕事なのだとしたらそれは大事な仕事だ。
でも僕は―。
「夜叉音さん。僕は。僕は本当に命狩人としてふさわしい存在なのでしょうか?」
不安だった。自分が他の人の魂を正しい場所に導く。そんな重大なことを僕なんかができるのか。夜叉音さんは一呼吸置いて真剣な顔で、そしてとても優しい表情でゆっくり語りかけるように言葉を発する。
「あぁ。あたしは沙樹ちゃんだからこそ命狩人になるべきだと思ったんだ。例え記憶を失っていようがそれを他人がどう考えようが関係ない。あたしは沙樹ちゃんがいいんだ。」
そんな夜叉音さんの言葉を聞いて、僕は悩むのを止めた。僕は信じてみようと思った。
夜叉音さんの言葉を。そして僕を選んだ夜叉音さんのことを。
「・・・分かりました。うまくできるかは分からないですが、やってみます。命狩人とし
て生きてみようと思います。」
やってみよう。本当にうまくできるかは分からない。僕は記憶もないし、僕にその資格があるのかは分からないけど、こうして僕を信じてくれる人がいる。だったら僕はそれに応えたい。
僕の言葉に夜叉音さんは表情を丸くして
「ありがとう。」
とお礼を言い、
「やっぱり、あたしは沙樹ちゃんを選んでよかった。」
と僕の頭をまた撫でてくれた。そのまま夜叉音さんは続けて言う。
「じゃあ、行こうか。」
「どこへですか?」
「沙樹ちゃんの命狩人としての初お仕事。」
初お仕事。何だろう?
「沙樹ちゃんの、あたし達の上司に挨拶しに行くのさ。」
4.零日目―夕
馬子にも衣装。そんな言葉があるのを思い出した。どんな人でも身なりを整えれば立派に見えると言う意味だったような気がするが、それを今ほど実感したのは初めてのことだった。僕に記憶はないのだがたぶん記憶があったとしても初めてだったと思う。
「ここがあたし達の部署の長、つまり部長の部屋ね。」
と言って夜叉音さんが一つの部屋の前で立ち止まる。いくらか建物の中を歩いて辿り着いたその部屋のドアの脇には二○二本部とプレートが掛かっていた。夜叉音さんがドアをノックする。
「どうぞ。」
と声が聞こえた。女性の声だ。僕はその声から何となく丁寧な人物の印象がした。夜叉音さん
はその言葉を受けて
「失礼します。」
と言ってドアを開けて中に入る。僕も失礼しますといって続けて部屋の中に入る。
入った部屋の中には、机を挟んだ先に二人の人物がいた。一人は机の真ん中に腰掛けており、もう一人はその傍らに立っていた。その傍らにいる人物、その人は妙齢の女性だった。髪の毛は紫のストレートロングで額の中央で髪を中わけにしており、眉毛や瞳の色も紫、服は深い紺のレディーススーツ。恐らくさっきの声の主であろうその人は、僕らが入ってきたことを確認すると机の中央に腰掛けている人物に声を掛けた。
「部長。夜叉音が新人を連れて挨拶に来たようです。」
その声に椅子に座った人物は椅子を回してこちらを向く。この部屋の主であろうその人物は僕らを一瞥し言葉を発する。
「そうか。お前が新人―。夜叉音、お前が選んだのはこいつで間違いないんだな。」
明らかに上からの発言だった。それに対し夜叉音さんは
「はい。間違いないです。この人間があたしの選んだ新しい命狩人候補です。」
と敬語で返す。間違いなく上司と部下の会話なのだろう。あそこに座ってる人が部長であり、夜叉音さんはその部下なのだろうが、どうしても僕には実感ができなかった。
なぜなら、その人物、部屋の主だろう部長と呼ばれる人の姿がどうしようもなく異様だったからである。
その部屋の主その人物の容姿を簡単に説明すると彼は白色の男性だった。白髪で眉毛の色も白いそして瞳も灰色のような色をしていた。黒いスーツに身を包み堂々と椅子に腰を掛けている。そこまでなら確かに変わってはいるが、今まで見た人間からすれば大した変化はない。別に特筆して驚くことでもないのだが。ひとつ重大な問題があった。どうしても見過ごせない、というか見たら気になってしょうがなくなってしまう。その人物の異変。その原因は―。
部屋の主は少年だったのである。
大分若い。おそらく十歳もいってないんじゃないかと思われる少年がそこにいたのだ。その少年はこちらに向かって声を掛ける。
「おい、新人名前を言ってみろ?」
僕が呆気にとられて声を出せないでいると彼は何かを理解したのか言葉を続けた。
「まぁお前の考えていることは大体わかる。俺もここでは長いからな。その反応には慣れている。お前はこう思ってるんだろう?なぜこんな年端のいかない坊主がこの部署を取り仕切っているのかと。」
図星だった。
「確かにお前の心情も分かるが、一つだけ言っておく。人を見た目で判断しないことだな。お前の目の前にいる俺は間違いなくお前の上司だ。お前は俺に従ってもらう。文句は聞かん。理解しろ。」
と言葉を続けたところで再び僕に問う。
「で、新人。名前は?」
その言葉には威厳があった。少年とは思えない威厳。まるで何十年と生きてきたかのようにも感じられた。
「ほ、北条沙樹です。」
僕は咄嗟にそう答えた。たぶんこの人を怒らせてはいけない。この人の見た目は確かに少年だ
が纏っている雰囲気は少年のそれではない。僕はこの人に逆らってはいけない。僕は本能的にそう感じた。少年?はそれを聞くと口を開き
「ほう。北条沙樹か。わかった。ならばこちらも自己紹介をするか。俺の名前は正千代だ。ここの部長を務めている。で隣にいるのが、俺の仕事の補佐をしている―」
そこまで言って隣にいる女性を一瞥し、
「時雨露と申します。」
女性が丁寧にお辞儀をして答える。正千代という僕の上司は僕の方に向き直り、話を続ける。
「さて、早速だが本題に入ろう。」
「夜叉音から我々の仕事については聞いているか?」
僕はある程度はと答えた。
「ならば話はしやすい。俺たちが働く命狩人協会日本国第二○二支部。そこにお前は配属された。正確には配属予定だが―。」
配属予定。僕の配属先はまだ決まってないのか。
「いや、そうではない。お前が命狩人になった時はここの支部に配属される。だが、お前はあくまで命狩人の候補だ。まだ命狩人ではない。」
候補生ということか。ならばどうやって命狩人になるのだろう。
「お前が命狩人として働けるかどうか確かめるために、俺は部長としてお前を試さなくてはならない。いうなれば試験だ。その試験に合格して初めてお前は命狩人になる。」
命狩人になるための試験っていったいどんな―
「試験内容は極めて単純だ。お前は命狩人として現世へと行き、そこで一人の人間の命を刈ってくる。それができればお前は晴れて正式な命狩人となる。」
一人の人間の命を刈る。単純というが僕はその方法を知らない。そんなに簡単にうまくいくものだろうか。
「もちろん、お前一人では何かと不都合な点もあるだろう。だから、隣にいる夜叉音にはお前に同行して貰う。」
夜叉音さんが一緒に来てくれるのか。それなら何とかなるかもしれない。僕が安堵したのを悟ったのか彼は続ける。
「だが、勘違いするな。夜叉音はあくまでお前のサポートだ。お前にはしっかりと仕事を果たして貰わなければならない。それに夜叉音はサポートと同時に試験官の役割も兼ねている。お前が現世に行ってうまく仕事ができないと夜叉音が判断した場合はその時点でお前は命狩人失格となる。」
命狩人失格。そうなった場合僕はどうなるのだろう。
「何、気にすることはない。失格になった場合、お前は再び魂に戻り再び人間として現世に還るだけだ。以上だ。詳しい話は夜叉音から聞け。まぁ俺から個人的な意見があるとすれば一つだけだ。お前は夜叉音から選ばれたのだろう。ならばお前はしっかりとその期待に応えるよう努力することだ。」
そこまで言い切り部長は最後にこう加えた。
「お前が命狩人になりたいと願うのなら、な。」
部屋を出た後で夜叉音さんに声を掛けられた。
「びっくりしたでしょ?あの人があたし達の上司なんだ。すごくおっかないんだぜ。」
確かに見た目とは全然違う雰囲気を纏った人だった。何ていうか愛らしい猫の思って体に無理やりライオンの心を移植したみたいな感じだ。あまりにもチグハグしすぎている。
僕は疑問に思ったことを聞いてみた。
「正千代さんは何歳なんですか?」
見た目では七、八歳くらいに見えるのだがあの話し方や佇まいを考えると四十~六十歳くらいはいっててもいい気がする。あるいはもっとだろうか?
「さてねー。詳しくは聞いたこと無いなぁ。」
夜叉音さんは答える。なるほどじゃあ分からないな。
「でも、あたしが命狩人になったときには既に二百年以上、仕事してたみたいだから四百歳くらいかな。たぶんだけど。」
衝撃の事実だった。
正千代さんが四百歳って事実にも驚いたが、ここにいる夜叉音さんも二百歳くらいってことなのか。夜叉音さんの言い方的に嘘をついているとも思えない。
この世界では年齢と見た目は比例しないのだろうか?その後の言葉で夜叉音さんはその問いに答えてくれた。
「命狩人の外見の姿はその人間が死んだときの年齢で決まるんだ。その後は何年生きても見た目での老いはない。だからこの世界では外見=年齢ではないんだ。沙樹ちゃんは命狩人としては生まれたばっかりだから0歳ってことになるね。」
「命狩人に寿命はどのくらいなんですか?」
二百歳とか四百歳とか生きているくらいだ。相当な長い寿命なのだろう。千年くらいあるのかもしれない。そもそも外見が老いないくらいだ。死ぬとしてどうやって死ぬんだ?病気や事故死くらいか?
「命狩人に寿命はないよ。基本的には永遠に生き続ける。あたし達は基本的に死ぬこともない。ずっとこのままの姿で生きていくんだ。」
永遠に生きる。それはどんな感覚なのだろう。僕には分からない。だが果てしなく長く途方も
なく遠いものなのだろう。僕もこのまま永遠に命狩人として生きていくことになるのだろうか。夜叉音さんは話を切り替えるように
「まっ、その辺のことはおいおい考えていけばいいさ。とりあえず今は試験のことを考えよう。それに受からなきゃ命狩人にもなれないわけだし。今は試験のことだけ考えればよし。それ以外は二の次だ。さっ行くよ。」
と言って夜叉音さんは歩を進める。僕もとぼとぼとそれに続いていった。移動中に僕は夜叉音さんに尋ねる。
「一人の命を刈ってくるのが試験って言ってましたけど、その人はもう決まってるんですか?」
「あぁ決まってる。あたし達は死ぬことが決まった人間が生じることでその人間の命を刈るために現世へと行く。」
そういうことか。じゃあその人のことを聞いてみよう。
「夜叉音さんその人はどんな人なんでしょうか?病気で闘病中とか高齢の方とかそんな感じの人ですか?」
「それは、現世に着いたら教えるよ。今ここで知ったところでその対象がいないんじゃ話にならないでしょ。ほら、百聞は一見に如かずってやつ。それに―。」
それに?
「その人間が死ぬにはまだあと四日間あるしね。」
夜叉音さんはそう言った。四日間もあるのか。その間僕は一体何をするのだろう。命を刈るだけならその当日に現世へ行けばいいはずだ。それとも命を刈るためには何か必要な準備があるのだろうか。四日間もかかる準備となると結構大掛かりな準備になる。そんなことを考えながら夜叉音さんの後について歩いていたら夜叉音さんは歩みを止めてこちらを向いた。
「着いたよ。ここが現世への入り口だ。」
そう言って夜叉音さんは一つの扉を示した。その扉は何というか部屋の入り口というよりはエレベーターのドアのようだった。その脇には何かインターホンのようなものも付いていた。夜叉音さんは言う。
「とりあえず、そこの端末に自分の名前を言ってみて。」
僕は言われるがままインタ―ホンのような端末に自分の名前を言ってみた。
「北条沙樹です。」
するとその端末から機械音が鳴り出し、やがて音声を発した。
「北条沙樹、識別完了しました。現世への移動を許可します。」
そしてエレベーターのようなドアが開いた。
「さっ、そのエレベーターに乗って。」
夜叉音さんが促す。僕が乗ると夜叉音さんも端末に名前を言い、エレベーターに乗った。
「それじゃあ行こうか。沙樹ちゃんの初めての現世への小旅行、そして試験への旅に。」
夜叉音さんがそう僕に声を掛けていると、やがてエレベーターのドアが閉まり動き出した。 そこで僕の意識はいったん途絶えた。