第13話 執筆にヒップホップは捗らない
プールイベントが終わり1週間が経ち、悠之介が通う高校の一室に同好会のメンバーが集まっていると言っても片山龍平と吉木萌の2人だけである。白奈はこないだプールへと行けなかった事を後悔している。プールへ行こうと思っていた日に彼女にとって大事なアニソンライブがあったのである。白奈はライブ会場でハイテンションではしゃぎまくっていたのである。白奈はプールのメンバーの肌が日焼けにより黒い事に気がつく。自分だけ乗り遅れてしまっているのかと思い思わず口に出した。
「皆んなー、お肌が相当真っ黒になって日焼け止めとかしっかり塗った?私だけ日焼けしてなくてお肌真っ白で、全然皆んなと同じ夏の日差しに当たってないんだけど、え?もしかして夏へのトンネルを潜れなかったかなぁ?」
「深森はライブ行ったんだろう。それはそれで楽しめたんじゃないのか?ライブは良いだろう。アニソンライブだったら思いっきりはしゃげるし、良いじゃねえか?良いか1人だけ夏へのトンネルを潜らないとか言ってそうやって謙遜する必要なんかねえだろう。いやー楽しかったぜ。」
「白奈は泳げないから、でも今度温泉旅行にでも行こうよ。なんか夏らしい楽しい事をしたいもんね。あたしはこいつのボケに付き合わされて、信じられなくない?吉祥寺に憧れる系女子に留まっておけだってめちゃくちゃうざいんですけど。」
萌の発言に笑いの壺が入ってしまった白奈は腹を抱えて笑い始めた。白奈はゲラであり自分が面白いと思ってしまったらめちゃくちゃ笑う典型的な女子である。無理とウケるを連呼する姿は可愛いらしいものである。
「いやちょっと待って、マジで無理、ウケるんだけど、
片山君のそのボケってなんか普通の人が言わないような抜群のセンスがあるんだろうね。吉祥寺に憧れる系女子って何をもって吉祥寺を想像した訳なの?私もたまに吉祥寺に行くけど、そんなに吉祥寺って特別感あるかなぁ?確かにお店はおしゃれだし歩いている女性はセレブっぽい女性が多い印象だけど、どうして片山君の中に吉祥寺というワードが出て来たのかそこが気になるなあ。」
「それは、吉木がさ、セレブになりたいって言ってんだよ。結構こいつの家貧乏でさ、小学校の時にこいつが言ってたお金持ちがいっぱい住む吉祥寺や芸能人が住む赤坂に住みたいって言ってたのを思い出しちゃって、俺は吉木がまだその夢を追い続けているんじゃなないかって思った訳だ。」
「え?あたしそんな事言ったっけ?全然記憶ないわー。ってかあんたね、そんな記憶を引っ張りださないでよ。そんな昔の話を思い出せるわけないじゃん。あたしはずっと読書とお笑いに明け暮れていたの。周りがどんな風にあたしのボケとかツッコミのセンスを要求するだろうかって必死に探した毎日。その結果こんなLINEの未読スルーする癖に相手の未読スルー、既読スルー気にする系女子が出来上がったのよ。ってあんたいつまでこんな話続ける訳、あんたはいいからここの部室にいてあたしは蛍に大事な話があるの。」
「うん。良いけど。」
萌は必死に記憶を遡ろうとするが中々、出てこなかった。記憶の中にあるのは必死に読書を繰り返して活字に慣れようとしていた時代、高校受験に打ち勝つ為に国語の成績を磨いた時代の方が印象に残っている。
白奈を連れて萌は部室を出て隣の教室にやって来た。白奈は想像した。まさかここで愛の告白があるのだろうかと。いやそれにしては中々古びた教室だが。
「蛍あのね、今度、電撃ホールディングスにあたしの新作を応募しようかなって思っててだから白奈にはその話をしようと思っているの。あたし企画書も1話も頑張って書いたの。だからこれ読んで見て。あたしが書いた恋愛小説。マリーゴールドの声って言うタイトルなんだけど。そのヒロインのイラストを描いてくれない?」
「えー、なんてロマンチックなタイトルなの?それでそれで萌が書いた小説の原稿読みたいなあ、よし今日の活動はそれにしよう。私がヒロインのイラストを書く。萌はこの話の続きを書いて2人で一緒に活動しよう、そうしよう。」
「うん、じゃあ今日の活動はそれにしようか。」
そう言うと萌はスクールバッグからパソコンで打った小説の原稿を取り出す。企画書と一緒に出された原稿のタイトルにはマリーゴールドの声と書かれた如何にも恋愛小説っぽいタイトルである。
「じゃあ読んでいい?」
「ちょっと待って、あたしの気持ちの整理を付かせる為に一旦深呼吸させて。はぁーー、はい、良いよ。」
その合図を待つと白奈は原稿を手に取った。真面目にじっくりとじっくりと読んでいく。じっくりと読んでいくと、白奈が深呼吸をして言った。
「はっきり言わせてもらうけど、萌のこの文体は恋愛小説じゃないよ。文章がコメディになっちゃってる。ヒロインは主人公の先輩に恋をする黒髪の清楚な女の子なんでしょう。ヒロインのキャラクター像がぶれぶれ。メインヒロインっていうのは、読者が恋をするような魅力がないとダメなの。萌の作品は確かに面白い、でも主人公は清楚系な真面目な子って冒頭で言ってるのに途中からキャラが崩壊し始めちゃってる。清楚系でも地味なヒロインを書きたいんだったら例え地の文がコメディでも真面目な性格は変えちゃダメだよ。それに釣られて萌の持つお笑い好きなコメディタッチがのっかちゃうとそれはラブコメだよ。」
「でも、それは分かる。あたしだって分かってる。でも分からない。最初は頑張ってヒロインになりきって書こうって頑張ってもだんだん作品が面白くしようって張り切っちゃって、気づいたらメインヒロインもそのキャラクターに乗っかってしまうの。魅力を出す為に、白奈がイラストを描いてイメージ出来たらまた変わるんだろうけど。」
「分かったよ。描いてあげるね。ちょっとエッチなイラストになっちゃうけど。」
そう言うと白奈は液晶タブレットを出し始めるととんでもないスピードで集中して黒髪の長髪清楚系ヒロインのエッチなイラストを描き始めた。そして、イラストを萌に見せるのである。
「可愛いし、エッチな感じになった。でも清楚系なイメージは変わらない、透き通るような透明感、確かにこのイメージだったら私が書いたボケまくるヒロインとはイメージが遠いわ。」
「あくまでもこれは私が書いたイラストだけど、黒髪清楚系のヒロインはね、クールな性格だったり少しくらい地味な方がお似合いなの。可愛いイラストが出来ても中身がただのお笑いマシーンだったらそのギャップに惚れてしまう男はいるかもしれないけど、それは作家である吉木萌のキャラクターが乗り移っちゃって、解離できていない。コメディリリーフを担当するのは茶髪だったり金髪のもっと派手な感じの女の子の方が似合ってる。あくまでも私の持論だけどね。私のイラストにも少しこうした方が良いってアドバイスをくれるなら私も」
「そうね。私が思うにはもう少し大人っぽい感じが良いかな。少し幼く見えるんだ。マリーゴールドの声の主人公の女の子は高校生だしね。でもさ、それって一般的なヒロイン像でしょう。黒髪清楚系ヒロインはどんな作品でも地味な感じや派手さがないヒロインも多いけど、中には言葉遣いが異様に男っぽいキャラクターもいる訳よ。やっぱり難しいよねー。ヒロインの台詞を書くっていうのはね。」
「だから濃いキャラは髪の色を目立たせてキャラクターを際立たせるのよ。髪の色と中身は比例しているのよ。金髪だったらギャル。青髪だったら男っぽいクール。ピンク髪だったら、可愛いロリ系とか。二次元はそうやって区別をしているの。例えば方言だって良い例よ。キャラクターを判別する為に関西弁を入れるとか東北弁、九州弁、四国弁を入れるとかね。あんがいそれやると目立つかも。」
「なんとかやねんとか。なんとかっぺ。とかねー。関東に住んでいるあたしからしたら関西弁くらいしか聞き馴染みないわー。
ありがとう。蛍のアドバイスはとても参考になったよ。」
萌は蛍の書いたイラストを見ながら新キャラを登場させようかと考え始めた。パソコンのフォルダを開くとキャラクター設定集に蛍のアドバイスをメモに残す。『マリーゴールド』に強めの北九州弁を話すギャルを出そうと考えている。北九州弁は博多弁とはまた別の福岡県の北九州で話されている方言だ。萌は以前に書いた原稿を手直ししながら物語の続きを書き始めるのである。蛍は萌が執筆する『マリーゴールド』のイラスト担当だ。
萌は1人事を言い始める。
「とにかくマリーゴールドの声がベストセラーになったら私はその印税だけで生活するんだ。何が就職だ?そんなねー、お堅い仕事なんかに付かずに、私は自分の趣味を仕事にして生きていくんだから。そう思えば私の人生は安泰。高校生の頃から夢を決めてその夢に向かって人生まっしぐら。そしてギャグのセンスも強い。」
すると萌の書いたパソコンを見ながら龍平が萌を馬鹿にし始めるのである。
「お前のギャグのセンスなんて全然ダメじゃねーか。へぇー、北九州弁を話すギャルねー。確かに北九州弁を話すギャルは可愛いけどさ、でもなんでギャルは北九州なんだよ。方言を話すギャルなら道産子ギャルも良くねーか。」
「はあ?あたしのギャグセンスが甘いですって。じゃあそういうあなたは東北弁を全部理解しているんですか?え?秋田弁、山形弁、津軽弁、理解しているんですか?じゃああなたスキンケアちゃんとやれるんですか?どうせあんたの事だから、美肌を保っていれば若さを保てる。スキンケアだって男子でもできるんだからとか思っているんでしょうが。あんた津軽海峡冬景色を関門海峡夏景色と勘違いしているような男にあたしの北九州弁愛なんかにどうもこうも言う資格なんてないのよ。あんたがあたしにどうこう言うなら〇〇千万部売れてアニメ化もして印税だけで食っていけるくらいの作家になってから言いなさいよ。デンゼルカリーを聴きながら、ヒップホップばっか口にしてカッコつけながら執筆してるくらいならねー、まだまだね。」
「うるせーよーーーーーーだ。〇〇だっちゃか?
まあ良いんじゃね?お前の勝手だし。俺は深森が書いたイラストの方が気になるんだから。それにお前デンゼルカリー馬鹿にすんじゃねえよ。デンゼルカリーのラップはかっこいいんだよ。それ聞きながらやると作業はかどんだよ。そうじゃあ今から流すからデンゼルカリーのラップは最高なんだよ。」
すると今まで会話を聞いていた白奈が会話に参加してくるのである。
「片山君、デンゼルカリー好きなんだー。良いよねー。あのかっこいいラップのメロディ。私も来日コンサート行ったからなー、生であのラップ聞いた時は堪らなかったなあ。」
龍平はYouTubeを開くとデンゼルカリーのメドレーを流しながら自作の執筆を始めた。デンゼルカリーのSTILL IN THE PAINT からヒットソングメドレーがbgmとして執筆の雰囲気を盛り上げるのである。
「あんたさ、カッコつけてんなあー。どれどれデンゼル・カリーってどんな雰囲気のラッパーなんだろうな。黒髪にドレッドヘアーか。へぇ、結構暗めな雰囲気を醸し出しているラッパーなのね。」
「お前はラップでも韻踏む事もできねえだろう。」
「そうよ、そうよ、私はラップは嫌いなの。ちゃんとした綺麗な歌詞で歌う綺麗な音楽が好きなんだから。あんたも知ってるでしょう。私の好み。私はマカロニえんぴつだったり、バンドが好きなんだから。あー、私は、自分の好きな音楽聴いて執筆するから。」
そう言うと萌はイヤホンをつけ始めてマカロニえんぴつの曲を聴き始めながら執筆と誤字脱字直しを開始した。2時間程で終了すると原稿が出来上がった。早速萌は白奈に原稿を見せに行った。
「良いじゃない。なるほどね。北九州弁を喋るギャルのライバル登場かー、なんか物語にも変化が出てきて面白くなったね。」
「明日は亮介さんに見せに行く日なのか。緊張するなあ。」
萌は雷撃ホールディングスの住所が書かれた紙を見つめた。吉岡亮介に『マリーゴールドの声』の連載原稿を読んで貰う日がやって来たのである。不安と期待が頭を過ぎるのである。




