第四話 「同情してやろうか」
その様子を見ていると、ちょっと可哀そうだな。と思う。
弱い奴は、とことん弱いのだ。
俺としては、自分の力で強くなってほしかったが、彼女の泣き叫ぶ声を聞いているうちに、
「ちょっと助けてやるか」
という気持ちになって、俺は、奴らに狙いを定めた。
周りには、まだ何人か生徒が残っていたが、俺が魔力を発せようとしているのを感づいた連中はいないようだった。
ばん。
という手のひらを伝わる振動のようなものが感覚としてあって、その後、水が沸騰する。
水蒸気の臭いがした。
「おお。やべぇ。やべぇよ」
とイジメっ子たちが焦っている。
ただ、焦ってはいるものの、その表情にはどこか楽しげな物があった。俺は、それが気にくわなかった。
ばん。
もう一度、無詠唱で、直接攻撃を与える。
一人が、窓のある方まで飛ばされて、ガシャン。と音をたてた。
ようやく怯んだのか、エリはその場で解放された。けれども俺の気分は満たされなかった。
俺の助けというのは、あくまでも一過性のものであって、根本的な解決にはならない。
夕日は、もう落ちて、辺りは暗くなっていた。教室の窓から見える外の、家々の明かりがキラキラと光っている。
校内に残っているのは、教員たちと、一部の優等生と、イジメっ子のワルたちだ。
まあ俺は、一部の優等生のフリをしながら、教室に残ってまったりしている。
その間、こうして困っている人を、ちょっと助けては、自己満足していた。これが日課だ。
ちょっと空気が籠ってきたな。換気しよう。
と思い、物体操作の魔法で、窓を開けようか、と思ったが、面倒くさいし、俺が無詠唱していることに気がつかれるとマズイので、手で開ける。
ふわりと空気の匂いを感じる。
何回か深呼吸をした。
俺は、無駄な勉強は嫌いだ。嫌いだが、真面目なフリをして、教員どもに媚びへつらうのは嫌いじゃない。
人生は、バカ真面目に生きるより、少しくらい舐め腐っていたほうが上手くいくのだ。
気を張りすぎると、いつかは壊れる。
完全下校を告げるチャイムが鳴ったから、教室からは一気に人が消える。
俺も、ぽつぽつと消えていく生徒たちと同じように、家に帰る。
家に帰れば、こんな無駄な勉強なんかする必要はなく、エンキ師の書斎にこもっていつまでも魔術の勉強ができるのだ。
そのことに俺は感謝していた。
ルイド魔法学校からの帰り道は、静かで人も少なくて、木々の間に、ほのかに明かりが灯ったランプがあるから、俺はこの帰り道が好きだった。心が安らぐのだ。
家に着く。三回ノックをすると、ドアが開く。
「お帰り、ハルヒト」
「ただいま帰りました」
と俺は言う。
部屋に戻ると、俺はすぐに書斎に入った。
独学で魔術を学ぶのは苦ではなかった。むしろ、溢れんばかりの魅力的な魔法の数々とその原理が、手に取るように分かったから、すごく楽しかった。
「今日は、逆らわなかったみたいだな」
と師は言った。
「ええ。優等生のフリをするのも、けっこう楽しいですよ」
俺は言う。これは本心だった。
「昨日はすまなかった」
師が、突然、悲しそうな表情をした。
「どういう意味ですか?」
と俺は尋ねる。
「昨日、私はハルヒトに、無詠唱は使わないほうがいい。と言った。しかし、考えて見ればおかしな話だよ。11才の若者が、現代の教育の異常な点に気付き、指摘し、そうして疑念を抱く。立派なことじゃないか」
「ありがとう、ございます」
心地よい静けさが包み込むこの書斎が僕は好きだった。
「実はな。ハルヒト。話しておかないといけないことがあるのだ。お前の、生い立ちについてと……お前の、今後についてだ」