プロローグ
「この魔法学校は腐っている!」
エンキ師の書斎にて、俺はけっこうデカい声で叫んでしまった。
どう腐っているかって? 学校は隠しているんだよ。「無詠唱」魔法のやり方を。そうして俺だけがその事に気が付いている。
俺がまだ子供だからって、10歳だからって、舐めるんじゃねぇ。世の中には、幼くして上位魔法を使える奴らが、世界にはいるんだよ。
この前、クラスメイトのエリが、無詠唱のやり方を先生に質問した時、先生は彼女を叱ったんだ。
「そんな楽をするんじゃない!」って。明らかにおかしいだろ。
そもそも魔法って何のためにあるんだって話だよ。魔物に襲われた時に、いかに対処できるか。ケガ人をいかに早く助けることができるか。ってことが目的じゃないのか。
それを、あいつらは魔法を勉強の為とはき違えているんだ。
例えばこうやってさ、
俺は、書斎の一番上の棚に向かって手を伸ばすと、そこから、ヒュンとアルバムが俺の方に飛んできた。
俺はそれをキャッチすると、アルバムをパラパラと開いた。
「こういう風に、魔法は本来、人々の生活を豊かにするべきはずのものなんだよ」
と、俺はつぶやく。
俺が、まだ地球という世界の、日本という国に住んでいた頃の、大切な記憶のアルバムだ。
このころ、俺はまだ4歳で、うろ覚えの記憶だけれども、はっきりと写真にできるのも、魔法のおかげだった。
「また、その話か」
エンキ師が、優しく俺に語り掛けた。
「ええ。あの学校は間違っている」
と、俺はぶっきらぼうに言う。
「キタ・ハルヒト」
エンキ師は俺の名前を囁いた。
ここの世界に転移する前と、同じ名前。
4歳で初めてここへきて、俺を拾ってくれた心優しくたくましい男、それがエンキ師であった。
「ハルヒト。お前は、まだ気が付いていないのか」
「何を、ですか」
いつにも増して、悲しい表情をするエンキ師を見ているうちに、何とも言えない嫌な気分になってきた。
「魔法学校は故意に、隠しているんだよ。教員が無能だからじゃない」
「どうして」
「為政者のためさ。お前たち市民が、上位魔法を使えてしまうと、困るんだよ。為政者は、この国の魔力を衰退させて、いつまでも、いつまでも、市民から税を搾取して生きていきたい」
俺は、その言葉を聞いて、耳を疑った。
エンキ師が嘘をつくとは思えなかったが、そのような事実があったとは、思わなかった。
「お前も、もうすぐ11歳だ。少し頭のいい奴なら、この事実にはとっくの昔に気が付いているのさ。でもな、奴らには逆らえないんだよ。だから、気が付いていながら、支配されている現状を受け入れている」
「おかしいじゃないですか!」
と僕は叫ぶ。
「この国は、とっくの昔から支配されている。だがな、支配されている現状にすら気が付いていない市民が多いのだよ。為政者は、そういった市民を増やすために、魔法学校の教員には、生徒に無詠唱魔法を教えることに関してペナルティを設けている」
「おかしいじゃないですか!」
僕はもう一度叫んだ。
「おかしいんだよ。当然な。だがなぁ。為政者に逆らえるほど、この国の勇者や魔術師は強くはないんだ。俺たちが逆らえるほど、奴らは甘くはない。覚えておけ。お前には特別に教えてやるが…………もう、この話題にはあまり触れない方がいい。そうして、無詠唱ももう使うな。わかったな」
わかりたくはなかった。俺は悔しかった。
俺は、エンキ師の強さを知っている。
エンキ師が無詠唱を使えることも、全部知っている。
だが、そんな彼をして、逆らえないと言わせるほどの為政者が、この国の構図に、俺は心底怒りを燃やした。
いつか、絶対に、倒してやる。必ず革命を起こしてやる。
俺は、今日も、ルイド魔法学校にいかなくてはならない。