1話 師匠が想像以上に美人さんでした
「痛ってぇ…」
地面に思いっきり叩きつけられ苦悶の声が漏れる。
天界から地上に放り投げられるとか冒険が始まる前に死ぬかと思ったんですけど。
(なんで生きてるのか不思議なんだよな…)
頭をわしゃわしゃと掻きながらそう呟く。
「とりあえず今の能力値とスキルだけでも確認しとくか」
最初からあれこれ覚えてると楽でいいんだが。
うーん?と頭を悩ませる。
「(頭の中でスキルレコーダーを開くイメージを…)」
すると、モニターらしきものが浮かび上がる。
(えっと。HP139、物理攻撃値が17、防御値が6、魔力23、敏捷性24…)
初期ステータスにしてはいいのか?
ダメだ。数値の基準が全く分からん。
「そこで何をしている!」
いきなり大声で声をかけられるものだから思わずビクッとなる。
澄んだ藍色の髪。思わず食べたくなりそうな綺麗な栗色をした瞳。日焼けというものを知らない程の白く美しい肌。そして何より至る所の肉付きがよきかな。
こんな女性がカノジョだったりしたならば街ゆく人は全員ガン見待ったなし。しかし…。
視線が怖い。どうしようチビりそう。
逃げなければ今にも襲ってきそうな勢いなんです。
(どうする、とりあえず土下座でもして謝っておくか…?日本伝統の土下座ならきっと誠心誠意を込めれば許してくれる。うん、きっとそうに違いない!)
ここに来てまだ一切悪いことしてないんだけどな。
「すっ、すみませんでしたァ!!!」
俺は生きてきた中で一番と言ってもいい程の華麗な土下座を決める。こんなの会社の上司にもした事がない。
「なんだそれは喧嘩を売っているのか?…買うぞ?」
(…土下座を知らない?あひ、こりゃダメだ。どうする…考えろ!丹波シンジ!!!)
でも、こんなおっかない人を目の前にしたら何も浮かばないよね。
そうだ、どうせやられるなら――
「おねえさーん!」
流石に何してるんだろうかと俺も思った。
そう、俺はおねえさんに飛びついていたのだ。
「きゃっ!?」
おねえさんは不意に色っぽい声を出す。
(あれ?コレもしかする…?)
…ええいままよ!俺は全身を思いっきり揉みしだく。
凄い柔らかい。女の子ってこんな感触してるのか〜
もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ。
一体どれくらいの時が過ぎただろうか。俺は全身を思いっきり堪能した後、我に返る。
「あは。あはは。面白い小僧だ」
おねえさん、ガチギレしてるよ。
「すみませんすみませんすみません!」
ペコペコと首を何度も縦に振る。
「どうだ。楽しかったか?あぁん?」
俺は悟る。
「(転生初日、俺は二度目の人生に幕を閉じます)」
リアルで女性に触れたことなんて学校で配布物を配る時にたまたま手に触れた時とか、あとは…。
とりあえずそんな程度なんです。だって童貞だもん。
「お前はそんな容姿をしているのに欲求は大人並みなんだなぁ…」
おねえさんはそう俺に言う。
(そんな容姿…?どゆことだ?)
俺はそう言われ、体のあちこちに疑問が湧き始める。
手足が短い。言われてみれば、地面から凄く近くなっている気がする。
(…そういや、下界に降りたら姿に変化がどうとか言ってたのを思い出した。だとしたら――)
「おねえさん、今の俺の顔どんな感じですか?」
これだけは知りたい。なんてったって転生したんだ。
イケメンだったなら勝ち組だろ!
「ふーむ、なかなかにいい面構えをしているな」
おねえさんはそう言うのだ。
(よしよし!)
俺は小さくガッツポーズをする。
「して、私は英雄候補を育成する身としてその役を任されたのだが…お前か?」
(この人が俺の師匠…)
やばい、鳥肌立ってきた。
こうもピンポイントで出会うものなのかねぇ。
さっきも言ったけど初日で死ぬんじゃない?俺。
「分かんないですが、ついさっきまで天界にいた時、剣術や魔法を教えてくれる師匠がいるとの話は聞いていました。」
俺は嘘偽りなくそう告げる。
「そうか。お前が私の弟子となるわけか…」
おねえさんは眉間にシワを寄せてジッと俺を見つめる。
(それが怖いって言ってんの!そろそろ伝わってくれ)
まあでも、べっぴんさんに見つめられたら嬉しい。
…なんて言ってる余裕ないわ。
「おねえさんの名前をそろそろ知りたいんです」
それは至極当然の質問だと思う。ここまでお互いに名乗ってないしな。
「お前は人の名前を聞く前に、名乗りもしないのか?」
oh...これはとんだ失敬を。
「俺の名前は丹波シンジ。社畜極めてた」
社畜。そう俺は会社の犬なんだ。
悲しさをグッと堪え、そう告げた。
「シャチク?なんだそれは聞いたことがないな」
(いやいやそういうのはツッコんでこなくていいから)
俺もなんて反応していいのか分からずしばし沈黙する。
「まあいい。私の名前はレガリア・ハイスフェルゼン。気軽になんとでも呼んでくれ。」
気軽に、ねぇ…。しかしなんか女性なのにカッコイイ名前してるな。羨ましい。
俺はしばしレガリアを見つめる。
「どうした、私に言いたいことでもあるのか?」
首を傾げるレガリアに俺は問う。
「…独身?」
口からそんな言葉が零れていた。
それを聞いてかレガリアはポカーンとする。
一瞬の間が空いたその直後、いつの間にか足元にあったナタらしきもので今にも斬りかからんとする勢いで詰め寄ってくる。
「いやいや、変な意味じゃなくて!そんなに美人なんだから彼氏とかいるんだろうけど、実際はどうなのかなって…!!!」
一生懸命弁明する。それはそうだ。実際にレガリアは美人で彼氏の一人や二人いてもおかしくないのだ。
「いないよ私にはそう呼べる人なんて…。(私だってもう一人の女なんだ。いい加減欲しいと思ってる)」
ボソボソとレガリアは言うが、最後の方は全く聞き取れなかった。
と、それからレガリアは続ける。
「私はお前を弟子として認めることにする。今日から私の家に来るといい。修行は明日から始めるとして、この後、お前の歓迎パーティでも開こうと考えている」
ここで俺は緊張が解けたのか、ふぅ〜と息を吐く。
修行は明日から。それにレガリアの家に着いたらまず最優先でやりたいことがある。それはこの世界で生きていく上で、俺の最重要事項なのである。
――その夜。
「ぷはー!シンジぃ〜、のんれるか〜?」
レガリアがとにかく酒を勧めてくるが俺は呑めないのだ。そしてこの人は酔うと酒癖悪い。何よりいちいち大声で叫ぶのだ。
「見れば分かるだろ。今の俺は小学生くらいなの。法律でお酒は禁止されています」
そう、俺が最優先でやりたいことがあったというのは自分の姿の確認である!結局のところ女の子はイケメンが好きなのだ。性格重視で見ている子もいるだろうがそれは極々少数だと思ってる。俺だって性格よりも最終的には顔で選んじゃうし。
鏡で確認したところ、年齢的には小学生の高学年くらいだろうか。夜空のように透き通った黒髪。燃え盛るような紅色をした目。更にはこれでもかと言うくらいに整った顔!嗚呼、あっちにいたらアイドルグループの事務所にスカウトされてたんだろうな…。
「ちぇ〜、つまらん」
ぷくぅ、と頬を膨らませるレガリアをよそに俺は周りを見渡す。
(そういや、俺が天界からここに来る時辺り一面森だったな…。周りにはレガリアの家以外一切人が住めるような場所なんてなかったのに)
いつの間にかレガリアが招待したのか分からないような魔獣や妖精族、それに蛮族だっている。
これは酒に酔った勢いで暴れられたらひとたまりもない。しかし何故かホッとしている自分もいる。
なにせここにはレガリアがいる。酔ってたとしても戦闘力はここにいる誰よりも強いとさえ感じてしまうのだ。
「(楽しい。毎日残業だらけで疲弊しきっていた俺は楽しいって感情がなんなのか忘れかけていた。もちろん、楽しいことは無かった訳じゃない。けれど…)」
俺は、難しい顔をしていたのかも知れない。泣きそうになっていたのかも知れない。誰かにそれが分かって貰いたかったのかも知れない。
「シンジ。現実とやらで何があったのかは、残念ながら私には分かってやることが出来ない。辛いことも沢山あったんだろう。文句が言いたいこともあったのだろう。これからは私がお前を一番に分かってあげられるような存在になりたい。…師匠としてな!」
にひひ〜、とレガリアは俺に笑いかける。
この人は俺がそんな顔をしてるのを見て、察したのだろう。
自分の苦労を他人に知って欲しいだなんてそんなことは思わないが、どこかでそれに似た感情はあったのかもしれない。それは決して他人に分かり得ないことだろうし、打ち明けたところでなんの解決には繋がらない。
…けどレガリアなら。師匠なら本当に救いの手を差し伸べてくれるのではないかと心の底から思える。こんな人に早く出会いたかった。
「(うっ、うぅ…オレ、俺は…!)」
至極当然のように涙が出てくる。
今の俺は一体どんな顔をしてるだろうか?
外見だけじゃなくて精神年齢まで幼稚になってるだなんて…
「師匠、明日からよろしくお願いしますッ!」
溢れ出る涙を必死に抑えて、俺は感情全てをぶつけるように言葉に乗せる。
この人だから、俺は素直になれる。この人だから、信用出来る。
「いい顔だな〜、そろそろお開きにして寝るとするか〜」
ふわぁ、と大きな欠伸をしてパーティの片付けをし始めるレガリアを見て、フッと自然に笑っていた。
周りにいたヤツらも俺に気を遣ってくれているのか、ちょくちょく片付けの邪魔してきたり、私が運びますといわんばかりに率先して動いてくれたり。オークに限っては姿が消えてるし…。
いいな、こういうの。ある意味で言ったら俺が異世界転生出来たのは人生を楽しむという未練があったからなのかと考えたりする。
「おい、シンジ!そんなところに突っ立ってないで動け〜!!!」
師匠が怒鳴りつけてくる。
「へいへい、片付けますよーっと」
俺の人間性からしてこれが本性なんだろう。変にペコペコしたりせず、気ままに。
「…全く。私はお前の師匠なんだからしっかり敬え」
腰に手を当て、やれやれと息を吐くレガリア。
でもどこか優しげで、実の姉みたいなそんな親近感を覚える。実際には一人っ子なので兄妹なんてものがどんな感じなのかは分からない。
「それと、これ全部片付けたら風呂に入ってしまえよ」
お風呂。あぁ、そうか。
死ぬ直前まで会社にいて、それっきりだった。その後すぐに天界に呼び出されて長かったような、短かったようなどちらとも言えないひと時を過ごして今に至る。
「分かった。お先に入らせていただきます」
そうとだけレガリアに告げる。
片付けを始めて一時間が経っただろうか。
妖精族と魔獣がテキパキと動いてくれたおかげで沢山積まれていた食器だったり、肉の骨だとかを効率よく片付け終えることが出来た。
俺はしっかり感謝の意を示し、そろそろ帰るように促した。
ただ、ここまで気にしなかったことを敢えて言おう。
「(魔獣って一緒にパーティーしてて良かったの?色々な異世界モノのアニメだとありえないよね)」
うーんと頭で考えつつも、家事をやってくれる魔獣もいてはいいのだと勝手に納得する。
「さて、風呂に入るとするか」
すぐさま脱衣所に移動し、服を脱ぎタオルを巻き付ける。
何度か体を流し、お湯に浸かる。
「はぁ〜、生き返るぅ〜…」
ローズの香りだろうか?昼間に痛めた体の節々に染み渡る。
なんだろう。会社にいた時、女の子とすれ違いざまに似た匂いを嗅いだことがあるような…。
俺は独りそんなどうでもいいことに頭を悩ませていた。
ともあれ湯加減が丁度良過ぎる。一日の疲れを癒すとすればコレだよコレ。相変わらず誰に言ってるのかは謎なんだが。
「ふんふふ〜ん♪」
聞き覚えのある声がする。
いや、まさかね。主人公が風呂に入ってるのに、後から女の子が入ってくるとかありえないから。まあ、最近のアニメそういうの多過ぎだけど…。
今はまだ脱衣所にいると思うから俺が声をかければ出るまでは待ってくれるハズだ。
「俺まだ体を洗ってないけど、すぐ出るからそこで待ってて!」
どーすんのよ。流石にマズイ。俺は焦る。
返事がないけど聞いているのか?とりあえず体を洗う準備に取りかかる。
「今日は、ローズの香りの入浴剤を使っているんだよね〜」
脱衣所にいるレガリアは上機嫌で言う。
「大丈夫。まだこっちには来ていないようだ」
一応、確認を取ってから洗い始める。湯気がイイ感じに仕事をしていてあちら側がはっきりとは見えないが。
――ペタペタ。
「(ん?今、足音みたいなの聞こえなかったか?)」
お湯が床をはじく音で微かにしか聞こえなかったが、確かに足音がした。
「おぅおぅ、シンジ〜♪お姉さんが洗ってやろうか?」
俺はレガリアの声を聞いて思わず飛び退いた。
…ちょっと待てぇ!!!
『なんでタオル巻いてねぇんだよ!?』
衣服の上からでも分かるレガリアの双丘が露わになっている。俺も健全な男の子。三大欲求の一つが暴走してしまう可能性すらある。何よりも女性の身体なんて生で見た事が無いッ!
「私の家だろう?タオルを巻こうが巻かまいが、私の自由だ」
レガリアは至極当然のように、そう呟くと俺に歩み寄ってくる。
「(だ、ダメだ。女に対して耐性がある訳でもないから…)」
この意気地無し!アホ!マヌケ!スカポンタン!
俺の心の悪魔がヘタレな俺を虐げてくる…泣きたい。
「どうした、体を洗わなくていいのか?」
くっそぉ〜、強い心の持ち主であればこの状況は天国だったろうに。小心者に慈悲は無いのか。
「やっぱり無理だァ!」
結局恥ずかしくなってその場から逃げてしまった。
――次の日
「さて、今日からお前に私が教えられる全てを叩き込む。ステータスの確認は済んでいるな?」
俺は既に下界に来た時に確認済みなのだが、能力値の基準が全く理解出来ていない。
とはいえ、それも含めて今から教えてもらえるのだろう。
「まず、力を持つ者と力を持たない者について説明をする。この世界において能力を持つ者を世間では【幻能者】と呼ぶ。そして幻能者は長い歴史の中で極稀にしか生まれない。しかし何かのキッカケで能力に目覚める場合もある、と聞いた事がある。私もそのキッカケとやらで目覚めた人族の一人だ。」
「師匠が能力に目覚めたキッカケってなんなんだ?俺みたいにリアルで死んで、転生したからとかじゃないのか?ラバウルやフィーネに会ったんだよな?」
質問したいことは色々とある。人族がどれだけこの世界にいるのか、この世界の事情をより詳しく知りたいだとか。もちろん幻能者についてもだ。
「質問は一つずつにしないか。そんなにまとめて質問されても分からんよ」
聞きたいことが多すぎて焦っていた。今すぐにそれを知ったところでどうすることも無いのだ。
「この力に目覚めたのは私が十一回目の誕生日を迎える前の夜。私には二つ下の弟がいて、両親が早くに亡くなったもんだから姉として弟が一人前になるまで面倒を見ると決めていた。弟はその日出かけてくる!と私に告げたあと吸血鬼が棲む森に来ていたらしく、その報せを聞いた時にはもう無惨な姿になっていたのさ…。私が弟にどこで何をしてくるのかしっかり聞いていればこんな結末にはならなかったというのにね…」
ギリギリ、と師匠の歯ぎしりが無風の空に響く。
それから師匠は続けて話す。
「私はその瞬間から一人になったんだ。両親も死んで、唯一の拠り所であった弟さえも失った。それからは心を失った機械のように毎日を過ごした。そんな日々を送っていたある日、【英雄】がこの地に舞い降りたー!だのって話を聞いたのさ。私は『弟の仇を取って欲しい』と頼み込んだ。しかし英雄は私にこう言った」
「そんなくだらん理由で俺が戦うつもりは無い」
…と。
「私はそれを聞いて笑みが零れてしまってね。まだ殺意だとかそういうのを知らなくて、ただ笑うことしか出来なかったよ。その時はそれだけで済んだんだけどそれから二年経ったその日に事は起こっちまったのさ!」
俺はその時、師匠の顔を見てゾッとした。
人間が軽い気持ちで『死ね!』だとか『殺してやる!』って言う時の表情などではなく、まさに狂鬼と呼ぶのさえ正しく思えるほど憎悪で塗り固められたそんな顔をしていたのだ。
「どこからか力が湧くんだよ。最初は魔獣だらけの谷に入ってさ、これがなんなのか知りたくてひたすらに殴殺したり。時には尖った石なんかで刺殺したりもしたねぇ〜…あっはっはっは!!!」
さっきの話とは裏腹にゲラゲラと笑う師匠を俺はじっと見ていることしか出来ない。この領域に踏み入ってはいけない気がするのだ。
「そんな訳で私は幻能者に目覚めたってワケ」
ふむ、大切な人が殺されたこと引き金になることもあるって訳か…。能力に目覚める理由としては最もではあると思うが、実際そんな人を目にした時こんなに恐怖するとは思わなんだ。
「そしてお前はさっき『ラバウルとフィーネに会ったのか?』と聞いたな?とある書物では"神"と称され、その名で呼ばれているがまさかお前が神と出会っているなんて妄想誰も信じんぞ?」
「(俺はてっきりラバウル達と知り合いかと思っていた。フィーネはこの人を師匠として俺に生きる術を学ばせようとしていたもんだから…でも確かにそう言われるとにわかには信じがたいよなぁ。天界で神と話をして下界に降りてくるだなんて、、、)」
腕を組みながら本当の事を話した方がいいのかと考える。
もちろん、師匠に対して隠し事をするなんて信用に関わるし、隠していてこちらに不利が生じるということも無いのだ。
「師匠、実はですね俺。あっちで死んじゃって、それで転生ってカタチで天界に召喚されたんですよ。天界にはさっき言ったラバウルやフィーネ、それに他にも数人の神がいた気がしたんです」