職業『怪盗』
「パパ!宿題なんだ。質問に答えてくれる?」
娘が何やらプリントを持ってやってきた。
「よし、任せろ。どんと来い!」
やったあと声をあげて娘は僕の膝に座った。
「まずね、パパの職業はなんですか?」
「『怪盗』」
「『かいとう』って何?」
「よくぞ聞いてくれた!」
傍らのスマホを手に取り、電子書籍のアプリを起動する。僕が子供の頃に読み漁った、怪盗が出てくる様々な本。いつか娘にも読んでもらいたいと思っていた。そして彼女が大人になったら一緒に怪盗として仕事をしたい。
しばらくの間、画面をスクロールしていた娘は、
「『かいとう』って泥棒のこと?」
と尋ねた。
「ちがうよ。『怪盗』にはロマンがあるのだ」
ろまん…と呟く娘。
「よくわからないなあ。いいや、じゃあ、お仕事のやりがいはどこですか?」
「わくわくするところだな」
プリントに書き込む娘。
「大変なところはどこですか?」
「警察に捕まらないようにするところ」
娘は僕を見上げた。
「…やっぱり泥棒だよね?」
「ちがうってば。『怪盗』だよ」
うーん、とうなる娘。
「これ、授業参観で発表するんだって。パパが『怪盗』です、って発表して大丈夫かな?けいた君のママは警察官だよ」
「ふむ。まずい気がするな。パパはまだ捕まりたくない」
「じゃあいいや」
娘は僕の膝から降りた。
「身近な大人なら誰でもいいんだ。ママに聞くよ」
「…残念ながら、ママも怪盗だ」
「ええっ!」
「ついでにじいじもばあばも、みんな怪盗だ!」
困ったな、と言う娘は泣きそうだ。
「よ、よし。それなら仕方ない。パパの本業は怪盗だけど、副業の方を書けばいい」
「副業って何?」
「二番目の仕事だ」
娘の顔がパッと明るくなる。
「それを書くよ!なんのお仕事ですか?」
「全国怪盗推進会会頭」
みるみる間に娘の顔が怒りの表情になる。
「もう!パパなんて大っ嫌い!!」
◇◇
「そんなこともあったなあ」
あれから二十年。孫があのときと同じような宿題を持ってきたらしい。電話の向こうにいる娘が笑っている。
「で、お前は職業をなんて答えたんだ?」
「『怪盗』よ」
僕の望みは叶って、親子でともに仕事をしている。きっと娘と孫もそうなるに違いない。