『聖なる夜の贈り物 ~後編~』
訪れた村には、牛や豚などの家畜がのびのびと飼育されている小屋。
綺麗に整備された畑には雪が積もり、村の中心に少しばかり大きな木が生えていて、色とりどりの装飾品が飾り付けられていた。
先ほどまで、回っていた住まいとは違うことに、幼いスフィアが気づくはずもなく、この村に住んでいる者たちに、心を込めた贈り物と笑顔を届けているはずのセーラム一家を捜すことで頭がいっぱいになっていた。
――お父様もお母様もいないし、お姉様たちも見つけられない。みんな、どこに行ったかな。
セーラム家の一員であれば、弱音は吐いてはいけない。どんな状況に身を置いたとしても冷静でいなければならない。一族の長である家系に生まれた者として、小さい頃から徹底して教え込まれることだ。
もちろん、スフィアも例外ではない。
しかし、スフィアはまだ小さい。どれだけ教え込んだとしても、子供は子供。まだ成長過程でしかない。家族が誰もいないと分かれば、贈り物を何一つ持っていないスフィアは、知らない場所で一人、不安な時を過ごすことになる。
――どうしよう。お父様、お母様……お母様?
『ここに住まう民は、良い者たちばかりだから、困ったことがあれば恥ずかしがらないで頼るのよ?』
ふとスフィアの脳裏に母親の言葉が過ぎる。
――そうよ。困ったときは、頼る。
泣きそうになりながらも、勇気を振り絞って一軒の家の前まで来て、一つ、二つと、大きく深呼吸をして心を落ち着かせ、コン。コン。コン。と、古びた木の扉を小さな手で打ち鳴らした。
「やっと来た!」
まるで誰かが来るのをずっと待っていたかのような素早い反応で、勢いよく扉を開け放ち、飛び出してきたのはスフィアと同い年くらいの黒髪の少年。
魔女の一族に黒髪の民は一人もいないことをスフィアは知っている。いや、知っているというよりは、一度たりとも見たことがない。と、言うのが正しいだろう。
「あ、あの……」
スフィアは初めて見る黒髪の少年に、熱湯どうか分からない水に手を入れるような気持ちで、恐る恐る声を掛けた。
「あれ? サンタさんって、白いお髭のおじいさんじゃないの?」
「サンタさん?」
「そう、サンタさん! サンタさんはねぇ、良い子にしていたら、一つだけ好きな物をプレゼントしてくれるんだよ! サンタクロースさんって知らないの?」
この時、スフィアは思った。サタンクロスで包んだ贈り物を持って来るセーラム家のことが、ごちゃごちゃになっているのだと。
「サンタクロースは知らないけれど、君のいうプレゼントは、私たちセーラム家が配っているわ。サタンクロスっていうすごく良い袋に入れてね」
それを聞いた途端、サンタクロースではなかったと落胆していた黒髪の少年の顔に、直視できないほどキラキラと輝く、純粋無垢な笑顔になっていた。
「ってことは、セラムケさんがプレゼント持って来てくれたサンタさん?」
スフィアは、「セラムケじゃなくて、セーラム家!」と、ツッコミを入れたいところだが、無邪気に笑う少年の気持ちに応えられる物を持ち合わせていない。
「ごめんなさい。今、君に渡す贈り物を持っていないの」
申し訳なさそうに言ったスフィアだったが、その一言で少年お顔が地獄へ落されたかのような分かり易い顔をして、あからさまに落ち込んでしまった。
「本当にごめんなさい」
「ううん、だ、だいじょ……う」
溢れんばかりの涙の大洪水。止めどなく流れ落ちる滝のように、頬を流れる涙がその悲しみを表している。
「な、泣かないで……よ」
スフィアも少年につられて泣きそうになりながらも、必死に涙を堪えた。鼻息をスンスンさせて、懸命に息を整える。一族の長の娘であるという自覚があるからこそ、同じくらいの年齢であるはずの少年に対して、ちょっとだけ大人な対応をして、一つの名案を思いつく。
「君のお名前と欲しいものを教えてくれる?」
「どうして? サンタさんは、何も言わなくても分かってくれるんでしょ?」
「うーん、確かにサタン様は願いを叶えてくれるお力を持っているみたいだけど、私たちもお願い事をする時は手紙に書いて送るの」
「なんで?」
「ちゃんとお話しをしないと分からないから」
「なんで分からないの?」
納得するまで、疑問を投げかける少年に痺れを切らせたスフィアは、次の一言で納得しなければ帰ろうと心に決めた。
「君、今まで手紙とか書いて送ったことないでしょ? 私と君も話さないと何も分からないでしょう? 君のいうサンタさんも私たちと同じなのだから、どこの誰に何を渡せばいいか分からないから、サンタさんが来ないのよ」
少年は愕然とした。口に出して伝えたり、手紙を書いたりしないとサンタさんが来ないというのだから、まだ生まれて数年という人生の中で一番の衝撃だ。
「お、俺の名前はラナ・クロイツ! 絵本が欲しい!」
「え、あ……」
大慌てで名を名乗り、欲しいものを告げた黒髪の少年<ラナ・クロイツ>。あまりの慌てぶりに、戸惑ってしまうスフィアだったが、急いで名簿にラナの名と欲しいものを書き記した。
「ラナ・クロイツくん。欲しいものは絵本……よし! これで間違いないわね!」
とても綺麗な字で書けたことに満足できたスフィアは、自慢げに名簿に書き記したそれをラナに見せる。その一方で、不安そうな顔をしているラナは、
「もう、クリスマス終わっちゃうけど、まだ間に合うかな?」
と、弱々しく小さな声で訊いた。
クリスマスが何なのか知らないスフィアは、ラナに必ず贈り物を届けてあげるんだと気合を入れて、
「まだ間に合うわ! だから、待っていて!」
スフィアは、半泣きのラナを家の中へと押し込むと、大急ぎで杖に跨り、ソリを引き連れてセーラム家の屋敷へと戻って行った。
◇◇◇
「おや? あれは流れ星かな?」
まだ贈り物を配っている最中の父親が空を流れるように通り過ぎていく白銀の光に目を奪われた。その光の正体が、スフィアであることに気づかない父親は、良いものを見たと引き続き贈り物を配る。
この時スフィアは、早くラナに絵本を届けたいという一心で浮遊魔法を使用していたことで、自身の内に秘められた光属性の魔力が開花し始めていたのだ。誰よりも輝くその姿は、まさに流星の如し。
屋敷へと辿り着いたスフィアは、自分の部屋に駆け込むと、複数枚置かれていた手紙のうちの一枚を手に取った。それはセーラム家宛に届くように魔法が掛けられた手紙。次のサタンクロスのときに、ラナが悲しい思いをしないようにと、この手紙も添えて贈ろうと考えたのだ。
あとは、絵本を手に入れて持って行くだけ。
しかし、スフィアにはどんな絵本が良いのか、全く見当もつきません。
「う~ん」
どうしたものかと、額に指を押し付けたり、両頬を右の手で挟んでみたり、落ち着かない様子で色々と考えを巡らせる。が、思いつかない。
部屋に置かれていた時計の針が刻々と一日の終わりに迫っていた。
「う~。考えている時間がないわ」
スフィアは屋敷を飛び出し、猛スピードでラナの住む村へと戻っていく。
雪の降る、凍てつく寒さなどお構いなしに、飛んでいたスフィアの目に一人の男性が目に入る。その男性は、生成り色の防寒具に身を包み、ラナの住む村へと向かっているようだ。
――あの人なら知っているかも知れない!
そう直感的に思ったスフィアは、差し迫るタイムリミットに焦りを感じながら、サタン様に祈るような思いで、地上へ下り、男性に声を掛ける。
「突然、すみません! この先の村に住んでいるラナ・クロイツという男の子に絵本を贈りたいのですが、男の子はどんな絵本が好きか分かりませんか?」
あまりに唐突に現れた女の子が、名前と贈り物の品名が書かれた名簿を突き出したことに、体をビクッとさせて驚く男性だったが、必死な顔で訊いてきたスフィアの話を快く聞き入れることにした。
「これは可愛いサンタさんだね。ラナに絵本をプレゼントしてくれるのかい?」
優しい笑顔で答えてくれた男性に、おませなスフィアは頬を赤らめる。
「は、はい! 私はサンタさんではないですけど、ラナくんに笑顔になってほしくて、泣いてほしくなくて」
「優しいんだね。それじゃあ、この絵本をラナに渡すと良いよ。きっと喜んでくれるはずだから」
男性は、防寒具の内ポケットに大事そうに持っていた緑色の表紙の絵本を取り出して、スフィアへ手渡した。
「え、これ、譲っていただけるのですか?」
「構わないよ。これをラナに届けてくれるかい?」
男性は優しくスフィアの頭を撫でると、微笑みながら言った。
「ありがとうございます!」
絵本を受け取ったスフィアは、深々と頭を下げ、男性にお礼を言うと急いでラナの待つ家へ。
コン。ココンッ。と、少しだけ軽やかなリズムで扉をノックした。すると、ずっと泣いていたのか、目を腫らしたラナがゆっくりと扉を開いて姿を表せた。
「あ、さっきの」
ラナは、サンタが来ることはないのだと諦めているようで、スフィアが戻って来た事に対して、あまり嬉しそうではなかった。
「ラナくん。君に贈り物……プレゼントを持ってきました! はい、どうぞっ!」
暗い顔をして俯いているラナに、今日一番、飛び切り最高の笑顔で絵本を差し出した。
「え……? プレゼント?」
ラナの目に入ったのは、【長剣使いの英雄】というタイトルの書かれた絵本。
「気に入ってもらえたかしら?」
「うわぁ! ありがとう! 英雄さんが出て来る絵本が読みたかったんだ!」
スフィアから貰った絵本を本当に嬉しそうに抱きかかえて、飛んだり跳ねたりして大いに喜んでいる。幸せそうな笑顔に、スフィアもとても嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「喜んでもらえて良かったわ。あと、この手紙をあげるから、次のサタンクロスが来る前に、お願い事を書いておくこと。約束できる?」
「うんっ! ちゃんと書いておくよ!」
こうして、ラナは英雄になりたいという夢を持つきっかけとなった絵本と、後にスフィアと契約を結ぶための手紙を受け取ることになったのだが、このことを二人は知らない。
「可哀想な人間と魔族の子らよ。決して交わることの許されない者たちに、聖なる夜の贈り物を」
金色の粉雪がゆらりゆらりと降る聖なる夜に、幼き日の二人の記憶は出会ったことがなかったかのように跡形もなく消え去り、ある者の都合のよい記憶へと書き換えられた。
人間界で父親から英雄の絵本をもらった少年と、サタンクロスを家族と楽しんだ魔女の少女として。その後、何も知らない二人は互いの世界が融合した新しい世界で、奇跡的な再会を果たし、運命を共にすることとなる。
Xmas番外編をお読み頂きありがとございます!
Xmas版のスフィア幼少期サンタコスの挿絵が使いたくて、書いた番外編でもあり、元々考えていた裏設定でもあったので、今回書けて良かったです!
挿絵は、前回も描いて頂いた絵師<りりまよ>さんに依頼して間に合わせて頂きました!
今後の展開にも関係するような話なので、本編も是非お楽しみにして頂けると嬉しいです!