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 震える体を叱咤し、三人の後に続いて行く。直視は不敬にあたるため、視線を上げず指定された場所に立つ。

「よく来てくれた。私が第一王子レオンハルトだ。それぞれ名を教えてくれ」

「はい、王子殿下。私は、ヒューゴ・ドフェールと申します。以後お見知りおきを」

「私は、エドマンド・ヘンスローと申します。以後お見知りおきを」

「お初にお目にかかります。ローズマリー・ランドールと申します。お見知りおきくださいませ」

 淑女教育で習った淑女の礼をとりながら、決まり文句を淀みなく言えたことはよかった。

 ……だが、手の震えに気付かれるのは、まずい……。

「皆、顔を上げてくれ」

 王子殿下の促しに、意を決して顔を上げた。窓から差し込む光を一身に受けた王子殿下は、まるで自ら光を発しているような錯覚を覚える。


 ――とても顔向けできない……合わせる顔など無いではないか!!


「ん?ランドール嬢、顔色が悪いようだが、具合が悪いのか?」

「っ、あ、いえ……」

 いいや、ここで具合が悪いと言って、下がらせてもらった方がいいかもしれない。思い切って口を開こうと再び視線を上げると、目の前に王子殿下が佇んでいた。

 うああぁぁ!!もうすいません!!ほんとすいませんっ!!

「申し訳ありません……実は先程から酷い頭痛が起こりまして……」

「ならば、大事を取り下がるといい」

「お心遣い痛み入ります、王子殿下。ご無礼をお赦しください……」

「ああ」


 それからというもの、よくあのだだっ広い王宮の中を一人で馬車まで行けたと思う。

 ……偉いぞ、私……。

 意外と早く戻って来た私に若干驚きつつも、顔色の悪い私を気遣ってくれた馭者さんには有難かった。あのまま馬車に揺られていたら、戻していたかもしれない。

 少し落ち着くまで待ってくれていた。その間に、父に報告しに行ったようだった。


 邸に戻れば、案の定母が待ち構えていた。だが、今は相手をしたくない。こんな体調で話せば何を言ってしまうか分からない。具合が悪いと部屋に急行し、母を締め出したのである。


 ベッドに頭まで潜り込んだ私は、全身を怒りに震わせていた――。


 あの時。

『でも、性格はどうかしらね。だって、ねえ』

『そうねぇ。だって、王妃様を陥れて、ご自分が王妃になろうとしたんですものね。怖い方よねぇ……』

『学園ででしょう?なんでも、最低な手を使ったって聞いたわ』

『ええ。私も聞いたわ』


 これで全ての点が一本の線に繋がった。

 全ては……母の所為だったのだ!!


 息子へのネグレクト。夫婦間の冷戦状態。娘への溺愛。王妃への執着。

 オスカーに関心が無いのは、王妃という座に就けないため。きっと父は、母と不承不承結婚させられた。そして、私を溺愛する理由は、王妃になれなかった自分の野望を果たすため。


 私は……私は、操り人形じゃない!!


 その時、部屋の扉が開かれた。誰かわからないが、こちらへと近づいてくる。

「ローズ。大丈夫なの?何かあったの?」

 母だ。誰も入れるなと言っても、私の言うことを聞いてくれる人はいないようだ。

「ローズ。何か嫌なことがあったの?誰かに嫌がらせされたの?だったら、この母に任せておきなさい。そんな子は、排除してやればよろしくてよ」

 排除?

「きっと貴女の可愛さに嫉妬しているのですわ。貴女は天使のような子ですもの。母に任せておけば、憂いを取り除いてあげますわ。ほら、顔を見せてちょうだい。ローズ、本当にどうしたの?やられたらやり返してあげなさい。そうねぇ、階段から突き落とされたとでも言えば、その子はもう王宮に来れなくなるわ。どうとでもできるのよ?ローズ。元気を出して。ほら。母に顔を見せてちょうだい」

 だめだ……この人はだめだ。

 成程。最低な手段とは、こんな手を使ったのか。それを、娘にまで平気で口にするなんて、この人はだめだ。


 この人がいれば、我が家は崩壊する――。


「お母様。眠りたいので一人にしてください」

「そう?苦しいことは無いの?」

「ええ」

「ローズ。ゆっくりおやすみなさい。また、夕食の時に顔を見せてちょうだいね」

「――」

 もう、返事をするのも億劫だった。一秒たりとも母の声を聞きたくない。ぱたむと、扉の閉まる音が聞こえると、被っていたキルトケットから顔を出した。王宮へ行く前にセットした髪型は無残なことになっている。

 だが、そんなことはどうでもいいほど腹底で、何とも形容し難い怒りが渦巻いている。


 ぐずぐずしてはいられない――オスカーを守るんだ――。



 +++

『ヒューゴ』

『はい、父上。何ですか?』

『今日来ていたランドール家の娘はどんな者であった』

『ああ、ローズマリーですか。別に普通というか、変わった事はありませんでしたよ?遊びの話とか、そんなこと話しただけだし。まあ、頭痛がするとかで先に帰ったから、そんなに分かりません』

『具合が悪かったと?』

『なんか、忘れ物をしたとかで部屋に戻ってから具合悪そうでした。殿下が先に帰れと帰したんです』

『――その部屋で変わった様子は?』

『う~ん。メイドたちがいるようでしたよ?小さかったけど、話し声が聞こえました。それしか分からないです、父上』

『わかった。もういいぞ』

『はい』


『――父上。十中八九その部屋で”何かがあった”、若しくは”何かを知った”か、でしょうね』

『ふ。ジェレミー、お前は何かを感じ取ったのか?』

『推測です。その何かで、体調が急変したんでしょう』

『なら、お前はこの話を聞いてどう思う』

 ランドール夫人に関する昔話が語られていく。

『成程――なら、その令嬢は、利発と見立てた方がしっくりいきます。何らかの形で母親の所業を知って、ショックを受けたと』

『であろうな。これは、先に何が起こるか分からなくなったな』

『父上の見立てでは、侯爵家を抑えてランドール家がと?』

『侯爵殿は、婚約の話を持ち込む気配がないと聞いている。だが、まだ断定はできん』

『そうですか。運よく殿下と同時期に学園へ入れますからね。しっかりと情勢を見極めます』

『ああ』

 +++




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