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 翌日。思わず、睨めつけたくなるほどの晴天……。

 最も忌避するべき相手――王子殿下との顔合わせの日を迎えた私の心は曇天だった。


 昨日、あれだけ嫌だと言ったのに、母は娘の意思を無視して自分が選んだドレスを着せようとしたのだ。だが、ここは譲れない。作戦を水の泡にされては困る。駄々っ子を通り越して、癇癪演技を披露した。自室を飛び出してオスカーの部屋へ逃げ込み、内開きの扉を椅子で固めて籠城し、出発時間ぎりぎりまで粘ったのだ。オスカーが何事かと胡乱な目で見てきたがここは我慢。


 結果。粘り勝ちである。


 私が選んだドレスで準備すると、信じ難いことに……今度はケバケバ化粧を施そうとしたのだ。

 これには堪忍袋の緒が切れ、本当に怒り狂った……我慢の限界だった。


 そして今は、馬車の中。

 向かいに座っているのは、黙して動かない父。

 若干疲れたような顔をさせてしまったのは赦してほしい……。

 あの後、本当に嫌がる娘の為にと思っていいのだろう。珍しく父が母の暴走を止めてくれたのだ。

「お父様……騒いでごめんなさい……」

「――あれは、あちらが悪い。気にするな」

 おおう。本当に、私の為だったらしい。

「ありがとうございます、お父様。王宮では静かにしています」

「ああ」

 それから王宮へ着くまで会話は無かったが、張り詰めていた空気は緩んでいた。


 王宮の馬車寄せに降り立つと、今まで邸内しか知らなかった世界が一気に広がったのである。緊張か武者震いか、ぶるっと体が震えた。テンションが上がってきた。


 白亜の王宮。

 一言で言えば、すげぇ。


 石造りのその王宮は、右を見ても左を見ても、その端が遠い。

 馬車で通ってきた道の方を見渡せば、これまた見事な手入れがされた広大な庭園が広がっていた。一般公開されているのか、遠くには色とりどりなドレスを纏ったご婦人たちの姿が見える。

 宮殿に視線を戻せば、そこには沢山の人たちが通路を闊歩している。この世界は、色とりどりな髪色をしているのだ。


 ちなみに、父は濃い茶色の髪で、母は明るめの栗色といったところだ。使用人の皆も茶系の髪なのに、何故自分だけが青なのかと疎外感を感じていたが、観察していれば何のことはなかった。

 赤い髪、紫、緑やら銀の人もいる。だが、まだ黒髪は見ていない。


 興味津々にあたりを眺めていると、父の咳払いが聞こえた。顔を上げてみれば、行くぞとアイコンタクトが飛んできた。


 父の右側を歩く私は、目線の先にある父の右手にロックオン。ピシッとした表情で歩く父の横顔を盗み見しながら、そっと父の右手を掴んでやった。

 親子、お手て繋ぎである。左手から父の動揺が伝わってきたが、ここは知らぬふり。

 父も、振り払うことはしなかった。


 だだっぴろい通路をしばらく歩いたところで、一つの扉の前に到着した。

「ローズ、この部屋で待っているんだ。後は案内に従っていればいい」

「はい」

「私は仕事があるから行くが、一人で帰れるな?」

「はい、お父様。大丈夫です」

「粗相のないようにな」

「はい。お父様も、お仕事頑張ってください」

「あ、ああ――」

 いちいち動揺する父が可笑しいが、ここは王宮。父もすぐに我に返り、表情を引き締めていた。まあ、人通りが皆無な場所だったので、誰も見てはいないだろうが。


 豪奢な扉の前に佇み、一つ深呼吸。

 重たい扉かと思えば、それほどの抵抗は感じられずに扉は開いていった。大きな窓から差し込む陽の光で一瞬視界を失ったが、すぐに慣れてくる。

 室内には既に、二人の人物がいた。

「君で最後だな」

 入室して二人に歩み寄れば、歳の頃は同じでも、子息たちよりも私の方が身長が高かった。まあ、おでこ一つ分くらいだが。

「俺は、ヒューゴ・ドフェールだ。よろしく」

「エドマンド・ヘンスローだ。お見知りおきを」

「ローズマリー・ランドールですわ。お見知りおきくださいませ」

「まあ、僕たちは学園でも一緒のクラスになるんだ。気楽に行こう」

「学園?」

「ん?知らないのか?俺たちは15歳になると学園に入るんだぜ?」

「そうなんですの。まだ知らなかったですわ」

「ここからは見えないが、この王宮の隣にある学園に入ることになるんだよ。全寮制だから、ずっと学園で過ごすことになるんだ」

 おおう、そうだったのか。やっぱり我が家は、家族の会話が少ないよね。


 とまあ、これが5歳児の会話なのかと思っていたのだが、そこはやはり子ども。話は勉強の事や好きな事の話で盛り上がり始めた。

「俺は騎士になるから、訓練を始めたんだぜ」

「どんなことをしますの?」

「まずは、型を覚えろってさ。同じ事繰り返すからつまんないけど」

「だが、それが基本なんだろう?」

「ああ。つまんないけど、やんなきゃ進まないんだってさ」

「ちなみに、今まで二人は、どんなことをして遊んでましたの?」

 ちょっと情報収集させてもらおうじゃない。オスカーに遊びを教えなくちゃ。

「俺は、兄貴がいるからかくれんぼとかしてたぞ。兄貴のやつ、なんでか俺が隠れてるとこわかるんだよな。いっつも負けてたぜ」

 ほほう。かくれんぼがあるんだね。

「僕には弟がいるけど、まだ2歳だからかくれんぼは無理だな。積み木を一緒に作ってやっているよ」

「俺、積み木嫌い。すぐ壊れるんだぜ」

「弟もうまくいかなくて、癇癪起こすことがあるけどね」

「二人は、兄君や弟君といつも一緒なんですの?」

「ああ、大抵一緒にいるよ。勉強の時間以外はね」

「俺も。だって兄貴がちょっかいかけてくるんだぜ。素振りの練習してたら、背後から蹴倒しやがるんだ」

 やっぱりかぁ……これが普通なんだよ。やっぱり我が家がおかしいんだよ……。


 応接セットのソファに腰かけてたわいない会話を交わしていると、一人の男性がこの部屋を訪れてきた。

「王子殿下がお見えになりましたので、ご案内いたします」

 いよいよ、件の時間がきたようだ。


 作戦はこうだ。目立たず騒がず空気のようにやり過ごす!私は人畜無害の空気女を演出するのだ。そう何度も王宮を訪れることが無いことを祈りながら、腹に力を籠める。


 従者さんに従い退室し、顔合わせが行われるサロンへと案内されていく。と、自分のうっかりさに眩暈がした。

 さっきの部屋に、扇を忘れてきてしまった……。

 五十メートルも離れていないので、急いで取りに行かせてもらおう。

「あの、申し訳ありません。先程の部屋に忘れ物をいたしましたので、お時間を頂くことはできるかしら?」

「僕たちは構わないけど」

「お急ぎくださいませ」

「ありがとう」

 急いで身を翻し、先程の控えの間まで急ぎ足で舞い戻る。角を曲がって目的の部屋近くまで来ると、後片付けのためか、メイドさんたちが中に入って行くのが見えた。ワゴンを牽き入れるためか、扉は開かれたまま。

 丁度良かったと、誰も見ていないようなので駆け寄っていく。

 と――扉の傍らで足を止めた。


『さっきのご令嬢が、例の方の、でしょう?』

『ええ、そうみたいね。あの青色の髪の子』

 え?

『奥方はとっても派手なドレスだけど、ご令嬢はそうでもなかったわね』

『そうね。てっきり親子ともども孔雀仕様かと思ったけど』

 うげぇ。やっぱそうかぁ。世間のセンスとズレてなかったわぁ……。

『でも、性格はどうかしらね。だって、ねえ』

『そうねぇ。だって――――――』


 私の足は、知らず知らずのうちに控えの間から遠ざかっていた。壁に手をつき、おぼつかない足取りで歩いて行く。

 今、自分が何処にいるのかも分からなくなっている。

「どうした?」

 声をかけられ、のろのろと視線を上げると、先程まで話していた男の子の顔を視界に捉えた。

「遅かったから、迎えに来たんだ――顔色が悪いが?」

「あ、いいえ。大丈夫、ですわ……」

「そうか?ならいいが」

「忘れ物はございましたか?」

「え、あ、はい。大丈夫ですわ」

「それでは参りましょう」

 だめだ……体が震えてきた……頭痛も吐き気もする。

「王子殿下。お客様をお連れいたしました」

「ああ。入ってくれ」

 ”王子殿下”という単語で、自分が今、どこに何をしに来ていたのかを思い出して我に返った。


 まずいっ。下手な失態をすれば、お父様に迷惑がかかってしまう!




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