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縄で縛りあげられたエリザは、アルバート様に連行されていく。お母様を助けてと何度も喚いて煩いが。
「ライラ様。お立ちになれますか?外に警備兵が待機していますわ」
伸ばした手を取ってくれたライラ様を元気づけるように、きゅっと手の力を籠めると、再び彼女の瞳に涙が浮かんでいた。
男爵邸に向かえば、外部からの接触はないとのこと。内部に入り込んでいる敵に捕縛の情報は漏れていないようだ。別動隊は、組織を壊滅できたのだろう。
気配の位置からして、敵の四名は同じ場所に固まっているようだ。会話を風で拾ってみれば、敵は食事中。
皆を浮遊させ、壁を乗り越えて敷地内に潜り込む。音と気配を探りながら通りかかった使用人を見つけ、窓をノックする。気付いてくれた使用人が、冷静に対処してくれた。邸の中へ侵入成功。敵の居場所と建物の構造を確かめる。
客室の扉の前に、四人の影。
私は、通路で待つように言われたので待機。中では、瞬く間に殲滅されていった。
使用人の手引きによって警備兵が男爵家に雪崩れ込む。主不在の不安な夜に人質にされていた娘が戻り、絶望の闇に囚われていた男爵家にようやく灯がともったのである。
続いて、アートン子爵邸。先ほど捕らえたエリザの邸に到着すると、ここでも外部との動きはなかった。捕縛された男の情報によれば、この邸には五名の敵が入りこんでいる。男爵家よりも気配が多い。正確な居場所をつかむため会話を拾う。
男爵邸と同様の作戦だ。
子爵様はまだ王宮に待機している。邸には、内縁の妻ステラ様と子息が住んでいるそうだ。正妻には金だけを渡すため、どこにいるのか知っているのは執事だけだという。本当に冷え切った夫婦の様だ。
子爵邸に侵入。使用人を確保し、居場所を確認。
情報どおり、東側の客室に五名の気配。再び三人が踏み込んでいく。食事中という不意を突かれた敵はなす術もなく殲滅された。放った合図で、使用人が役目をきちんとこなし、警備兵が子爵邸に雪崩れ込む。ステラ夫人から安堵の涙が零れ、その傍らには、まだ小さなご子息が母君に寄り添っていた。
ハイデンバーグホテル前――。
ぐっと拳に力が入る。渦巻く怒りを抑え、ホテルを見上げた。
「居場所はわかっている。正面から乗り込むか」
「ああ」
ホテル側に説明し、マスターキーを拝借。豪奢なエントランスを抜け、目的の部屋へと向かう。通路を抜け、ラスボスの部屋の前に到着した。
「(中の気配は二人です。会話を拾いますか?)」
「(ああ。念のためにな)」
「(はい)」
風を展開する。
『――――ザは何をしているのかしら……まだ、戻ってきませんわ……』
『きっと心配ありませんわ。それよりも連絡がまだ来ないわ。どうなっているの』
あの人の声に怒りが湧きそうになるが、魔法行使中の心の乱れは致命的だ。
駄目だ、堪えろ。
『うまくいっているはずですわ。ダリア様を苦しめる忌々しい娘は、今頃牢に繋がれているはずですもの』
はんっ!生憎だったな!
『ええ。それもそうですわね。きっと泣き叫んでいるのではなくて?「(マリー、もういい。証拠には十分だ)」
アレク様が遮ったので風を切り顔を上げれば、お三方は険しい顔をしている。そうだよね。実の娘にこの仕打ち。考えられないよね。でも、これが現実なんだよ。
「行くぞ」
アルバート様が鍵を開錠し、先頭だって入室していく。
私は、壁のように佇むお三方の後方から最後に入室した。
「ダリア・カバネル。イリシア・アートン。王妃殺害計画の反逆罪で告発する。抵抗しなければ縄は使用しない」
アルバート様の捕縛命令に、耳障りな笑い声が聞こえてきた。
「まあ、何を仰っているのかしら。王宮の近衛騎士も地に落ちたようですわね」
「淑女の部屋に乱入とは、本当に野蛮な方々ですわ」
「王妃殺害?反逆罪?何のことですの。全く身に覚えが無くてよ」
「用が済んだのなら、退室いただけないかしら?」
本当に……本当に……救いようのない!!
「お前たちが雇った刺客は捕縛した。人質を取られたメイドも既に白状している。お前の娘だが、運が尽きたようだな。組織に囚われ、監禁されていたぞ」
「なんですって!エリザをどういたしましたの!」
「組織との繋がりを認めたな。すぐにボロを出すとは、随分と詰めが甘いな」
「娘も既に捕縛した。今頃貴族牢だろう。煩く喚いていたぞ。聖女などいなくなればいいとな」
「なんてこと!エリザは関係ありませんわ!」
「関係あるか無いかの話では終わらぬぞ。罪を認めたからな」
「ふふふ。それが私に、何の関係がありますの?」
「え……ダリア、様?」
ふ、ふふ、そうだよな、あんたはそうだよな!いつもそうだ!自分の手を汚さず、人を陥れる!人間のクズめ!!
「シラを切っても無駄ですよ。証言者がいますからね。お前は、実の娘の命などどうでもいい様だが」
「あら。私は優雅な独り身ですわ。娘などおりませんことよ。ああ、そう言えば。聖女などと言われている女がいましたわね。ふふ。結局、私の言う通りではありませんの。綺麗事を言いながら、やっていることは殿下や王妃の点数稼ぎ。私の言う事を聞いていれば、簡単に王妃の座に就けましたのに。殿下は、あんなお馬鹿な子を正妃になさるおつもりかしら?おほほほほ」
「貴女は、いつもそうよね」
三人の壁から、二人の前に姿を晒した。どうも、お二人さん。言いたい放題言ってくれたよな?ああ?
あの人と夫人が目を瞠った。
十二年ぶりか。会いたくもなかったけどな――――。
「口を開けば、王妃王妃と」
「――ローズ――」
「あら?娘などいないのではありませんの?聞き間違えましたか?」
「――――黙りなさい」
「貴女の命令を聞く筋合いはありませんわ。いつも言っていたではありませんか。貴女の言う事なんか聞かないと」
私は、問答無用で氷の鎖で縛り上げる。どんなに痛がろうと知ったことではない。
「何をするの!これを解きなさい!ローズ!」
「ですから、言っているではありませんか。命令は聞かないと」
「私は、貴女の母よ!親を傷つけるなど、人でなしのすることよ!」
「母?貴女がいつ、母親らしいことをしたというの?笑わせないでくれませんか」
「黙りなさい!!」
「貴女は、いつになっても気付かない。身の程知らずという言葉を知らないのですか」
「母を侮辱するなど許さない!」
「許さない?貴女に何の許しを請う必要が?貴女から謝罪を受けるべきは、私の方では?」
「減らず口を、今すぐ止めなさい!」
「親を傷つけるものは人でなしですか。そんなこと、端から百も承知ですよ?娘が実の母親を追い出したのだから。そんな薄情な娘が王妃に相応しくないなど分かりきっていますよ。それに、今や私は罪人の娘。そんな者を誰が王妃に認めます?オーディンの聖女ですか。聖女聖女と言われる度に、薄情者と責められている思いですよ?修道女であれば相応しい称号ですよね。案外、修道女になれという神の思し召しかもしれませんね。貴女の望みなど一つも叶えてあげませんよ。傷つけられた我が家の名誉は、お父様と貴女が嫌った優秀なオスカーが取り戻してくれます。私も簡単には死んであげません。私の人生は、私のものです!」
二人の体を浮き上がらせる。
「な!何をしますの!」「何ですの!これ!」
「このまま無様に運ばれたいですか。それとも自らの足で護送車に乗りますか」
「止めなさい!ローズ!」
「運ばれたいようですね。あの日のように騒がれては耳障りなので眠ってください」
問答無用で眠らせ、出入り口まで運んでくる。
「このまま、下まで運びます」
お三方が無言になろうとも知ったことではない。殿下に罪人を捕まえて来いと言われたのだ。命令を全うするだけだ。
私は聖女なんかじゃない。
――まだ、懺悔が必要ですか?
野次馬の注目を浴びながら護送車に送り込んだ後はお三方と別れて、一人家路についていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま、ランディ」
「馬は、厩舎に繋いでおきます」
「ありがとう」
「はい」
「姉上」
「オスカー、ただいま」
「ああ」
「ん?どした?」
オスカーから手を繋いできて、邸へ連れて行ってくれる。私は何も言わずにオスカーに従った。繋ぐ手が――温かい――。
ありがとう。オスカー。可愛い弟よ。
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『なんですって!お兄様!何をやっていましたの!だからお兄様は”女心”が分からないと言っているのですわ!』
『……クリス……喚くな……ちゃんと反省している……』
『反省が遅いのですわ!鳥肌が立つと報告が来た時点で気付くべきですわ!心を手に入れるどころか、追いつめているではありませんの!』
『クリスちゃん……母も悪かったわ……報告を見ていながら配慮が足らなかったわ』
『もう!もう!お姉様を逃したらどうしますの!あんな女は嫌ですわ!あんな女と身内になるなんて絶対嫌だわ!』
『それは絶対あり得ないわ。助けられておきながらほくそ笑むような者を娶るくらいなら、他国からでも探しましてよ』
『母上、クリス、落ち着いてくれ。誰もまだ逃げていないだろう……』
『そうじゃの。わしもみすみす逃すつもりはないぞ?』
『お父様!お兄様に何とか言ってやってくださいませ!お姉様を悲しませていたなんて!なんてお兄様なの!』
『まあまあ、落ち着くのだ、クリス。レオも反省しておる。これから挽回すればいいだけだ』
『絶対、絶対、今度の夜会でお姉様と婚約発表してくださいませ!絶対ですわよ!』
『ああ。クリスの言う通りだの。レオも分かっておる』
『母も全力で協力しましてよ』
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