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中間期が始まると。学園内の雰囲気が変化していることに気付いた。
派閥争いが、沈静化した。
ベルタランフィ家の可能性が消えたからだ。あの夜会の出来事を表立って口にする者はいないが、水面下でその情報は広まっていた。
また一つ、候補家が消える。
その様は、あからさまと言っていい。あれだけ金魚の糞だったご令嬢たちが姿を消していたのだ。事情を知らない平民の生徒たちは首を傾げている。二年半続いたあの光景がぱったりとなくなれば、誰もが思う疑問だろう。
ヒューゴ兄が勝手に教えてくれる情報では、ツン女王側についていた淑女科の生徒たちは皆、主を失った迷子となり、腹黒姐御側が幅を利かせることに唯々涙を飲んでいるらしい。
幅を利かせるのには理由がある。王宮舞踏会で腹黒姐御は殿下とダンスをしたらしく、反対に、ツン女王が殿下に接近しなかったので、候補圏内から外れたと誰もが確信したのだそうだ。
社交界では、腹黒姐御が卒業するのを待っているのかもしれないと囁かれ始めている。要らぬ世話だが、私も殿下に接近しなかったからだそうだ。陛下からお褒めの言葉を頂いた時は、王家はラードール家令嬢を婚約者に定めたと思ったらしいのだが、私の行動がその可能性を打ち消したらしい。
だからと言って、淑女科の皆さんとお友達になるのは厳しいなぁ……。
どうしても、あの”派閥”という考え方とは反りが合わないのだ。あの時見た打算と計略にも嫌悪感を感じる。手のひらを返したように去ったことも然り。あれでは、ツン女王の立つ瀬がない……。
今の彼女の心中を思えば、少しは同情を感じるというものだ。少しだが。
そして私は、今も――ぼっちだ……。
一学年中のぼっち生活には諦めがついた。きっと来年には、夜会でお誘いが来るかもしれないと期待している。婚約者次第では家の繋がりがあるので、その関係から仲良くしておいた方がいい生徒が出てくるだろう。友達とまではいかないが、社交とはそういうものだから。
友達を望んだ私が……甘かったかもしれない。ミラの言う通りだ。友達の為に婚約するのかと言われたことが、今更ながらに堪える……。
まあ、でも、学園にいる間は特待生たちとの交流がある。講義の時間しか一緒に居られないが、それでも癒しの時間だ。社交界という現実を忘れられるから。
アレク様から教えてもらったサンド店の情報は功を奏していた。雑談に紛れてぶっこめば、特待生たちが自分のお気に入りの店を教えてくれたのだ。是非、今度行ってみたい。
中間期の学園生活は大きな問題もなく、恙なく過ぎていった。
「ローズ。今度の孤児院への寄付のことだけど」
「何か問題があるのですか?」
「貴女が、直接孤児院を慰問してみてはどうかしら?」
学園は冬期休暇を迎えていて、私が邸に帰り着くなりおばあ様からそう提案されたのだ。明日がその日なのだ。寄付する物資の手配はセバスに済ませてもらっている。それに見合う例のブツを明日受け取りに商会が訪れることになっている。
「何故また、いきなりですか?」
「それがね、舞踏会の時に王妃様から言伝があったの。孤児院の方々が、是非一度お会いしてお礼を言いたいと言ってもらっているそうなの。だから足を運んではどうかしら?」
「王妃様が……」
「ええ。無視するわけにもいかないでしょう?」
「そうですねぇ」
「気が進まないの?」
「いいえ。わかりました、おばあ様。行ってきます」
「そう。よかったわ。なら、早速先触れを出しておきましょうね」
「はい」
午前中に訪れた商会に代金の支払いを済ませ、午後、一路孤児院に向けて馬車を走らせた。孤児院は王都の南に位置している。馬車で一時間ほどだ。
「お待ち申し上げておりました、ランドール様。この院の院長を務めております、レマルクと申します」
「御機嫌よう。院長様」
「この度はご足労いただき、誠に感謝の念に堪えません。どうぞこちらへ」
馬車を出迎えに来た院長とシスターに案内されていく。玄関付近には、孤児院入所者の子どもたちが小さな背で首をピコピコさせながらこちらを覗いている。
可愛いねぇ。
「「「いらっしゃいませ。ようこそおまちしていました!」」」
「ふふ。元気な子たちですわね」
子どもたちが、異様に目をキラキラさせているのが、目に痛い……。
「さあ。みんな、中に入りましょうね」
私が建物内に案内されていくと、子どもたちもどこかへと誘導されていった。通された場所は応接室。質素だが綺麗に整えられている。その中でも、綺麗めのカーテンが視界に入った。
院長様からもてなしを受け、感謝の言葉が並んだ。なんとも言えないむず痒さと居心地の悪い思いに堪えていたが……。
「お役に立てたのであれば何よりです、院長様」
「勿体のうございます」
「それで、もし構わなければ、子どもたちとお話させていただくことはできますの?」
「ええ!それは勿論でございます。子どもたちもお礼を申し上げたいのでございます。僭越ながら、私共も子どもたちにもお会いして頂きたいと思っておりましたので」
丁度良かったと。
「では、こちらにお連れいたしますので」
「いいえ。皆様のところへ伺いますわ」
「そうでございますか。では、こちらへどうぞ」
孤児院内もちゃんと暖かく整えられていて、掃除も行き届き清潔に保たれている。子どもたちが普段いるという談話室、所謂キッズルームのような場所に案内された。私の登場に、子どもたちの瞳がまたまた輝きだした。
えっとぉ……何をそんなに期待しているのかな?お子ちゃまたちよ。
「さあ、みなさん。お礼を言いましょうね」
「「「はあ~い!ランドールさま!いつもありがとうございます!」」」
年長組を中心に、元気な声が室内に響いた。と、その中の一人のお子ちゃまが、唐突に駆け寄ってきたのだ。
「せいじょさま!せいじょさまは、まほうがつかえるの?」
何とも無邪気に目を輝かせて見上げてくるその子。ああ、魔法を見たかったのか。よいぞよいぞ。存分に披露しようではないか。えっへん。
「も、申し訳ありませんっ。とんだご無礼をっ」
慌ててシスターさんが止めに来たが、構わないと制した。その子の手を繋いで、床に腰を下ろした。その行動に院長様たちは目を剥いているが、構わない。
「魔法が見たいの?」
「うん!」
周りの子どもたちも、一様に目を輝かせている。私と歳近いであろう年長組の子たちはおどおどしているが。
「じゃあ、ちょっとだけね」
「うん!」
私は手を掲げ、水の玉を作り出した。それだけで、子どもたちは目を瞠っている。水の玉をゆらゆら揺らし始め、ぽんぽんと小ぶりの玉を上方へ飛ばし始める。
「「「わ~。すごーい!」」」
調子づいてきた私は、イメージを練り、跳ね上げた水の玉を記憶にある『氷の結晶』に変化させる。≪風≫をミックスさせ、その結晶たちをひらひらと舞い始めさせた。
これにはシスターさんたちも、まあ!と魅入ってくれる。子どもたちも、これでもかと顔を上げて魅入ってくれている。皆、素敵な笑顔だ。
ほうほう。こんなことで喜んでもらえるとは思わなかった。
最後に結晶を分解させると、窓から差し込む太陽の光に反射して、きらきらと輝きながら消滅していった。
「楽しんでもらえたかしら?」
「うん!ありがとう!せいじょさま!」
「どういたしまして」
はは……”せほにゃらら”さえなければ、なおいいが。子どもたちに使うなとはさすがに言えない……。
子どもたちの顔を見渡していると。
おお!?なんだあの子、お人形みたいに可愛い!!
あれ?私と同じセレステじゃん!おお!!
「どうかなさいましたでしょうか?」
「あ、いいえ。何でもございませんわ」
院長様に呼びかけられて我に返り、もう一度さりげなくその子に視線を走らせた。歳のころは分からないが、すんげぇ目立つ子だ。
ん?――何か、言いたそうな感じがするが、気のせいか?
「ランドール様。その、床にお座りになられていてはお体が……」
とても言いにくそうに院長様が促してくる。
ああ、そろそろ退散しよう。長居されても困るだろうから。その場に立ち上がり、院長様に向き直る。
「そろそろ失礼しますわ」
「誠に有難うございました」
「皆さん、バイバイ」
「「「はあ~い。せいじょさま!バイバイ!」」」
特待生たちが使っているお別れの挨拶をすると、院長様たちは若干目を瞠っていた。そんなに驚かなくてもいいじゃん?まあ、珍しいのだろう。なんせ規格外だし?
玄関に案内され、そこで別れた私は、護衛兼馭者のランディが扉を開けて待つ馬車へと向かう。
「あのっ」
唐突に背後から声をかけられた。高過ぎず低すぎず、とても可愛らしい声音。警戒したランディが身構えたが、それを制して振り返った。
あ、さっきのお人形さん!?
彼女の背後、玄関付近で一人のシスターが頭を下げている。何事かと女の子に視線を戻すと、胸の前で手を組んで一心にこちらを見ている。さっき、何か言いたそうにしていたことを思い出す。
「どうかしまして?」
「あの、ずっとお礼が言いたくて」
お礼?さっき、皆で言ってたよね?
「何ですの?」
「その、小さい頃、この目が怖いとずっと独りぼっちだったんです。だけど、聖女様も瞳の色が違うことが分かって、それは魔法が得意な人なんだと教わり、独りぼっちじゃなくなりました。だから、いつかお会い出来たら、お礼を伝えたかったんです」
あぁ……セレステは珍しいもの。何も知らない平民の間では、迫害されていたのか。
「なんともくすぐったいですわ。お礼を言われることでもありませんし」
「でも、皆と一緒にいられるようになったのは、聖女様のお陰ですから。シスターに孤児院に入れてもらってから、お話してくれたのはシスターだけだったので」
「あちらの方がその方?」
「はい。シスターモーラです」
「そうですのね」
尊敬する。迫害がされる中、味方してくれるシスター。ほえ~。神に仕える修道女の鏡だ。
「お嬢様、そろそろ」
「あっ、引き留めてごめんなさいっ」
「よろしくてよ。貴女は強く生きていたんですのね。良き理解者が傍についていてくれましたものね」
「はい!」
女の子は、満面の笑みで返事した。ちょぉ可愛い!!
「貴女のお名前は?」
「リリィっていいます」
「そう。可愛らしいお名前ね。では、これで失礼しますわ」
後方にいるシスターに軽く会釈して、馬車に乗り込んだ。馬車の小窓から女の子が手を振っているのが見える。私も手を振り返していると、馬車が発車した。
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『シスター!とってもお優しい方だったね!』
『ええ、そうね。聖女様と謳われる方ですもの。ちゃんとお礼は言えたの?』
『うん!シスターを良き理解者だねって褒めてたよ』
『まあ、そう』
『また、会いたいなぁ』
『いつかまた、会えるといいわね』
『うん!』
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「お嬢様。孤児院ではいかがでしたか?」
「ん~~、行くのはもういいかなぁ。あんなにお礼を言われるとむず痒いもの。慈善活動はさりげなくが一番よ」
「それもそうかもしれませんね」
「ええ。それが一番」
この時、着替えを手伝ってくれるミラが、私の背後で悲し気にしていたことを知らなかった――。




