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「あらあら、お嬢様。弟君をあやしておいででしたか。お優しい姉君ですね」

 乳母さんが、優しい微笑みを湛えながら水差しを手に入室してきた。

 どんなに恥ずかしくても、腹を括って子ども演技を開始する。

「うん。オシュカーがなくの」

「お腹が空いたのでございましょう。お乳のお時間ですからね」

 その時、馴染みの顔が入室してきた。

「お嬢様、こちらでしたか。奥様のお言いつけで、こちらに来てはいけないと仰っています。早急に自室へお戻りください」

 目の前の壮年の女性は、母とよく一緒にいるメイドさんだ。紺ベースのお仕着せに、白いエプロンを身に着けたいかにもなメイド仕様。

 あれ?この人の名前何だっけ?

 あれ?そういえば、こっちの乳母さんの名前も知らない。え、なに――名前呼んだこと無い、よね……。

 じっと見上げたまま動かない私を訝しく思ったのか、目の前のメイドさんが能面のような表情で覗き込んできた。

 それよりも気になったのは、乳母さんの表情だ。

 ――――なにやら、悲しげな表情を浮かべたから。

「おなまえは?」

「はい?」

「あなたの、おなまえは?」

「――私めの名前など、お嬢様のお耳に入れるほどのものではございません」

 へ?なんだそれ?

「お嬢様。早くこのお部屋から出てください――でなければ、私が奥様に叱られますので」

 そう言って、名乗らないメイドさんは私の手を掴むと、強引に部屋から連れ出して行く。私が言うことを聞かないことで怒られるというなら、言いつけを守るのは吝かではない。

 だが、しかしだ。


 メイドさんは、私の部屋に連れて来ると、言いつけ通り部屋から出るなと言い含めて退室して行った。

 すると、件の奥様――私の今生の母が入れ替わりに入室してきた。

「まあ、ローズ。今日も私に似て可愛らしいこと。ローズ、貴女は王妃になると定められた神に愛されし申し子ですもの。こんな歳から気品に溢れているなんて、なんて誇らしいのでしょう」

 母ダリアは、私をぎゅっと抱きしめながら、おそらく褒めているのであろう言葉を並べ立てる。大半の言葉の意味が分からないが、何度も聞き覚えがある。


 それからというもの、母は私を連れて居間に移動すると、マシンガンのように一方的に話し始めたので、意味が分からない私は生返事を繰り返すことになったのだ。

 止まらない母の長話からようやく解放されたのは一時間近く経っていただろう。気付けば日が暮れ始めていた。いつの間にか父も帰宅していて、メイドさんが夕食の時刻だと呼びに来たのだ。

 今生の家族構成はこうだ。父、母ダリア、弟オスカーの四人家族。どうやら裕福な家庭のようで、執事であろう壮年の男性が父に付き従い、そしてメイドさんが数人。おそらく専属の料理人や他にもいるのだろう。


 気付いただろうか?今の私の記憶には、”父の名前”が浮かばないのだ。

 その事実に呆然としながら食卓に着いていると、更に異変に気付いた。両親は同じ食卓に着いているのに、全く会話が無いのだ。

 普通……顔を合わせたら、お帰りなさいって言うものじゃない?話に夢中になって、出迎えにもいかなかったよね?母よ……。

 その後も一言の会話もなく、父は夕食を済ませると、早々に食堂から出て行ったのである。

 おまけに、私にもかける言葉は無かった……。


 なんだ、この家族……これが家族か?


 そんな状況に驚きつつも、仕方なく食事を終わらせるため、幼児に食べやすいように料理人の配慮がなされたおかずをスプーンで掬って口に運んでいく。

 食事が美味しいのは救いだ。今夜のラインナップは、和洋折衷食だった。そう!和風ダレのハンバーグなんてものもあるのだよ!デザートに、アイスがトッピングされたあんみつだってあったんだよ!

 こほん。話を戻そう。

 前世の記憶が甦った私には、何から何まで違和感しかなかった。きっと、普通の子どもなら気付きもしない違和感だ。だが、頭脳は大人な今となっては、気になって仕方ない違和感である。

 この世界の常識というものがわからないから、今感じる違和感がおかしいのかそうではないのか何とも言えない。


 それを自分の目で確かめるために、私は家族を観察することにしたのだ。




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