時を超えて12
う~~、なんだ……頭痛い……ん?何かが体に当たってる??んん?何事……?
徐々に覚醒してくると、首の付け根当たりの痛みと、妙なところに圧迫感を感じ始めた。眠っていたのかと瞼を開けてみれば――。
い!?
「ぎゃあぁぁ!!」
目の前にある男の顔を認識した瞬間、左手が持ち上がり、反射的に男の顎を渾身の力で突き上げていた。
「ぅぐっ!」
男から呻き声が上がり手の力が緩んだ隙に、私の身体を風で包み勢いよく飛びあがった。
「触るなあぁぁ!近寄るなあぁぁ!!この腐れ蛇男があぁぁ!!」
上空で宙返りをしながら、悍ましい男にめがけて≪風≫の塊を打ち込んだ。
「がはっっ!!」
男の身体がくの字に曲がり、勢いを殺せず背後に吹っ飛んでいく。
どかっ!と強烈な音がした後、床にどたぁっ!と重たいものが落ちた音が室内に響いた。
鈍い音を立てて壁に激突した後、男は床に沈んだ。
私の身体も床に着地する。肩で息をしながら、ぞわっと走る悪寒に身を震わせ、体を抱き込んだ。
「キモっ!いやぁぁ!鳥肌っ!!」
「落ち着けマリー」「な!」「何だ!」「ぐぁ!」「きゃぁ!」「マシュー!」
いくつもの声が視界の端から聞こえてきた。あれ?レオの声がしたよね?
辺りを見渡せば――よくわからない状況に首を傾げる。
あれ?お父様とお母様?おお?侯爵様?おお?あ、お兄様たち?はて、この氷の鎖に巻かれた集団は誰だ?おお??
頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしていると、突然誰かに背後から抱え上げられた。振り仰げばクリフお兄様だ。お兄様が何歩か後退していくと、目の前にジャンが躍り出てきた。
んん?何事??
「レオン、これは一体」
扉近くにいるレオの方に視線をやれば、そこには懐かしい顔ぶれがあった。
ジル!ヨギさん!イアさん!
私の視線に気づいた三人が微笑んでくれた。
「兎に角、あの黒髪の女の目を見るな」
レオの言葉に、皆が逆らわずに視線を逸らした。
「あの女は『魔眼保有者』だ」
「なるほど」
お父様が納得の声を上げた。すると、捕らわれている者たちから、煩い抗議の声が上がる。離せだの無礼だの騒がしい。
「これでは、話もできぬな」
ジルが進みだし、見知らぬ人たちに何かすると。
「グスタフ。これはどういうことだ」
「え――で、殿下!これは一体何事だっ」
口々に疑問の声が上がりだした。だが。
「な、何故だ!マリーは私のものだと約束したじゃないか!何故取り返してくれない!」
一人だけ場違いなことを喚き始める男。
男の声さえも気持ち悪く目線をずらすと、クリフお兄様が頭を抱え込んでくれた。
「こ、国王陛下!な、なっ、マシュー!何をほざくかっ。陛下の御前だぞっ。黙らぬか!」
「其方はラングドン商会の頭取か?」
「は、はい!そうでございます!な、何故このような場所にいるのか皆目見当がつきません!!」
レオの問いに、頭取は真っ青な顔で声を張り上げた。
あぁ。見たことあるなぁ、この光景。
いやらし~ほど何にも覚えてないんだよねぇ。
「国王陛下……?まさか、あの旗の紋章は。ここは、ローゼンベルク国……では」
グスタフと呼ばれた男の人が正解を導き出したようだ。
「兎に角落ち着かれよ。ブルゴーニ国の方々」
レオの言葉で正体が分かった。なるほどね。あの女が国を乗っ取り、またしても同じような手口で襲ってきたわけだ。
何故、いつもいつも我が国が狙われるのだろうか?
「あの小童は、自分の意思で王女を誘拐したな。それと、メイドの娘。其方は記憶があるであろう?」
皆の視線がそのメイドに集中した。
黒髪の女とメイド、学生以外の者たちから氷の鎖が消え去った。一人、捕らわれなかった魔法士が仲間の魔法士に近寄っていく。
「其方は、私付きのメイド。何を知っておる。嘘偽りなく話せ」
「はい。そちらにおられるイザベル様を、王太子様が後宮へお連れしたところから申し上げます」
やっぱり王族だった……。
「イザベル? 誰の事だ」
「王太子殿。隣にいる女がイザベルとやらだが、その女の目は見てはなりませんよ。魔眼をご存じで?」
「魔眼だと!」
「殿下!やはりこの女の仕業に間違いありませんでした!この者の身辺を洗っておりましたが、怪しい点がいくつも出てきておりました。申し上げようとした矢先に国王様の暗殺未遂が起こり、国内は混乱に陥っております!」
ぎりっと歯を食いしばる王太子様。異常事態に、周りの騎士や魔法士たちも真っ青だ。
「その者に、詳しく話を聞いた方がよろしいようですな、王太子殿」
侯爵様の促しに、皆の視線がメイドに集中した。
そして、ことの顛末を話し始めた。王太子様傍付きのメイドであったが故に、その目で見てきたものは穴もなく、事の全貌が明らかになったのだ。
王太子様が黒髪の女イザベルを囲い込んだところから始まった。その夜、王宮舞踏会が開かれていたのだが、その日に突然連れて来て、空いていた部屋を宛がった。すでに王太子様には正妃がいたのだが、その正妃を下賜したのち、イザベルを正妃にすると言い出した。王太子様は人が変わったようにイザベルに溺れ、なかなか自分の思う通りにいかないことに腹を立てていた。そんな時、イザベルが王太子様に強請ったそうだ。
ローゼンベルク国を手に入れたいと。
イザベルから吹き込まれた計画を実行するために、メイドは特命を受けて魔法士と共にローゼンベルク国に旅行者を装って侵入した。この場にいる一人の魔法士と。
ローゼンベルク国の情報を王太子様からせしめたイザベルは、今学園に通う王家の末娘を人質に取ることを思いついた。学園の生徒から、今通う名のある貴族の家名を聞き出しメイドとして潜入。王女の身辺を観察し、誰か協力者になりそうな者を探した。
よく王女を目で追っている者。獲物を狙う蛇のような目をした、今この場にいるあの学生を取り込むことにした。王女を手に入れたいなら協力をと誘いをかければ、学生は快諾。協力者を見つけ、計画は次の段階へ。
魔法士がイザベルを転移で呼び寄せ、商会に乗り込んだ。何故か頭取は抵抗も反対もせずに協力し始めた。それを不審に思った頭取の妻が夫を窘めていたのだが、いつの間にか協力するようになっていた。イザベルは老舗ホテルに拠点を構え、その資金を商会に負担させていたのだ。イザベルが転移でホテルと商会とブルゴーニ国を行ったり来たりしている間に、学生には王女の動向を探らせ、一人になる隙を見張らせていた。学生寮にメイドとカートを忍ばせ、時を窺う。
その間、なかなか国王様に目通りが叶わないイザベルは、国王様が邪魔だと言い始め、王太子様を唆して暗殺を企てた。メイドは王太子様から指令を受け、魔法士と共に国王様に近づき、短剣で背後から襲った。転移魔法で姿を晦まし、再びローゼンベルクへ。
そして、王女誘拐の機会が訪れた。
学生が声をかけて注意を引き付けている間に背後から忍び寄り王女を眠らせ、準備していたカートに乗せて学園外に連れ出した。毎日頭取の妻が一定の場所に待機させていた馬車に乗せ、学生が学園を出てきたところでそのまま逃走。途中頭取を拾ってホテルへ直行。
王太子様方を国から呼び寄せ、この場に至ったという事だ。
「殿下。この者の実父もその魔眼の影響を受けていると思われます。また、実母は自害に見せかけられた他殺です。使用人が聞いておりました。私を愛しているなら死んでくれと言っているのをです」
グスタフさんが王太子様に報告すると、今まで黙していた黒髪の女イザベルから笑い声が漏れてきた。
「ふ、ふふ、ふふふふ。あの女はいつも煩わしかったわ。いつもいつもがみがみと。私がすることに何でもケチをつけていた――だから殺したのよ。だって、幸せのうちに自ら死んでいったんですもの。光栄に思って欲しいわ。ふふふふ」
狂っている……この女は狂っている……。
氷の鎖に巻かれ、暴れないようにか宙に浮かされている女だが、王太子様がじりっと更に距離を置いた。騎士や魔法士やグスタフさんが王太子様の壁になる。
「其方――何故、我が国を狙った――」
問題はそこだ。
侯爵様の問いに、女が高笑いを始めた。そちらを向けないので、どんな顔をしているかわからないが。
「いつもいつも――マリー、マリーとっ!その名を私の前で口にするな!!いつもいつも私の邪魔をするその名は虫唾が走る!!」
は?何?
「それにその青髪!その目!私の前から消えなさい!!腸が煮えくり返るわ!!いつもいつも邪魔していたあの女の容姿が目障りなのよ!!」
間違いない。あの女――記憶がある。
それも――『あの人』の記憶が。
「あと少しで私の国を取り戻す手筈が!お前のそのセレステがまた邪魔をする!!この国は、元々私の国だったのだ!!それを!それを!あの薄汚い女狐の領地の名がついた国になろうとは笑止!!」
周りは何を言っているのかと困惑顔だ。当たり前だが。
だが、しかしだ――薄汚い女狐だと?
まさか、あの人でもあったとは驚きだ。
腹底から怒りがふつふつと湧き起こる。あの時も覚えがあるこの感情が、渦を巻いて湧き上がってくる――――。
「そういう事ね――お前には、前世の記憶がある」
よく通るイアさんの声が鼓膜を震わすと、頭に血が上り始めていた私は、平静を取り戻すことができた。
「薄汚いのはどちらかしら。夫から見向きもされなくなったお前は側妃を殺害し、その娘に虐待を繰り返し、民からは税を搾り取り享楽三昧。国を治めるどころか、民を領地を戦火にさらす夫を窘めもせず、女遊びに溺れる夫を咎めず女たちに嫉妬するばかり。そればかりか、その女たちを次々に死へ追いやった。またある時は、実の息子を育児放棄し、自分はまたしても享楽三昧。それが引き金となり、心優しく賢き娘から無様に追い出された。挙句、王妃になれなかったことを逆恨みしたお前は、娘を傀儡にし権力を貪る計画が崩れると、王妃毒殺を企て、その罪を実の娘に被せようとしたのは誰?」
覚えている。
あの日――あの日『おかあさま』が息を引き取ったあの時。
”あの王妃”は母の目の前で笑っていた。助けを求める母に救いの手はなかった。私たちを放置し部屋を出て行った王妃。まだ小さかった私の目の前で起こったこと。恐ろしさに泣きながら近寄った私に、母はこう言った。
……貴女を守れなくて……ごめんね……私の可愛いマリー……とっ……。
「お前という厄災を払ったその娘は立派に王妃となった。竜の加護を持つ類稀なる高潔な王妃と称されて」
「貴様!貴様は誰だ!!」
「我々は竜人族。マリー王女に導かれ、お前の国、ストレームベリ国を滅ぼした赤竜」
イザベルが奇声を発した。その表情は驚愕に満ちていることだろう。恐怖かもしれない。私を抱くクリフお兄様の身体も強張っている。
「我の名はジル。二百年前、この国の王妃を乗せて飛んだ銀竜」
「……貴殿方があの伝説の赤竜と……銀竜……しかし、何故、再び……」
「其方の娘、マリーに導かれ我々はここに来た。この者レオンと交わした約束があったからな。婚約者の危機を退けるため、竜の加護を受ける代わりに一度だけ力を貸してくれと」
レオってそんな約束をしてたの?
うっ、私に視線が集中したのが分かる。うむ。お父様……その目はなんですか?そのうっとりとした目は!お父様だけど!キモイ!!
「お前の魂は、幾度となく厄災を撒き散らす――我が赤竜の名を以って、お前を封印する」
イアさんが手を掲げると、イザベルの身体から黒い炎が立ち昇り始めた。
イザベルから呻き声が上がる。
「――竜とは、生易しいものではないことをその胸に刻んでもらおう――」
ジルの言葉に、皆の表情が引き締まる。
宙に浮いていたイザベルの体が床に崩れ落ち、氷の鎖が消え去った。
「これで、一件落着しましたな……」
「操られていたとはいえ、貴国に多大なる過失を働いたことは事実。心からお詫び申し上げる」
王太子様が頭を下げられた。
「謝罪を受け入れますぞ、王太子殿。それよりも、貴国の混乱を収められよ」
「有難い。早急に国へと帰還いたします。おって、この謝意はまた」
ブルゴーニ国の方々は一斉に頭を下げられた。メイドが転移魔法の所在を知っていたので、魔法士が持つ転移魔方陣が書かれた布を広げ、イザベルの亡骸と共に帰還していった。こちらに残る魔方陣は目の前で燃やされ処分される。
そして、王女誘拐の共犯者、学生の処分だが。
息子の罪の重さを理解しているが故か、父親からの命乞いはなかった。王女誘拐は反逆という大罪。それだけにとどまらず、己の意思で国家転覆を狙う者たちに手を貸したことは紛れもなく反逆罪だ。その刑は、言わずと知れたもの。
騎士たちにより連行されていった。
一段落付いた謁見の間では、ほっとした空気が流れている。
和やかな会話が行われる中。
「マリー。ところでさっきのあれは何なのです?」
へ?
「貴女、とても淑女とは思えないわよ……?」
お母様から、じと~っとした視線が来る。あれれぇ?風向きが変わってきたぞぉ。
「え~っと……」
「マリー……貴女……お転婆は少しも治ってないかったのね……?」
「うっ……」
「くくっ。しかし母上、そのお陰で形勢逆転できましたから。ただ、あの悲鳴はどうかと思うぞ?マリー?」
「うっ……」
助け舟かと思いきや!泥舟か!!
「ふぅ……まったく……そんな悲鳴を上げていたら、レオン様に愛想尽かれましてよ?」
うっ!確か……オスカーにも言われたことがあるかも!!
「私は構いません」
おおおお!!レオ!!大好き!!
にへ~っと崩れそうになる顔を必死で保つ。う~~、く、口がふよふよする!!
「マリー!お前を一番愛しているのはこの父だからな!お前はそのままでいいのだぞ! 私の天使!」
う~む。人前で何ですかお父様……その発言。それに、レオに敵愾心剥き出しの視線を向けてるし。まだ、お父様は根に持つのか。レオのお陰で助かったんだよお父様……そろそろ認めてよぅ。
火花が散っている二人に皆は苦笑いだ。
く~ぅきるるるぅ~~……。
くっ!また腹の虫が……鳴いた……ご飯食いっぱぐれたんだよぉ!!
「うぇ~ん。お腹すきましたぁ……」
そして、爆笑が起こったのは言うまでもない。
どうして私の腹の虫はいつでもこうなのか……。




