時を超えて11
いったん公園へと舞い戻り、手筈通り手渡された布を広げた。数分後。
騎乗したジル殿、ヨギ殿、イア殿が魔方陣から現れた。魔法陣の布はジル殿により燃やされていく。
「マリーは、学園の生徒とメイドの恰好をした女に誘拐されたようだ」
「ああ。そこまでは掴んでいるのだ」
「その男が向かった場所はホテル街のような場所。家財道具が豪奢な一室だ。その場所で、その男以外の者が転移の魔方陣を仕掛けていたのが視て取れた。マリーはどこか別の薄暗い場所で眠っている」
「転移」
「待て――闇に灯された灯篭――マリーを運ぶ男。その周りに何人かいる。その場所は――広い通路を歩いている。かなり広い通路だ。帯剣した者たちが成す術なく立ち往生しているのが見える」
「まさか、王宮に乗り込まれるのかっ」
「それがいつかは断定できぬ――其方から視ても――さしたる手掛かりはないな」
「情報が少ない。一つ黒に近い者の住処を探ってきたが、もぬけの殻だった。商人の息子だ。この時間はまだ店を開けているはずだが、今日に限って閉まっていたのだ」
「その者はどんな服装だ。容姿は」
「容姿はわからない。グレーが基調の、騎士に似た制服。ネック部分が紺で金の刺繍が入っている」
「間違いない。マリーを連れ出したのはその服装をした男だ。王宮に乗り込むときもその服装をしている」
「――家に帰りながら着替えもせぬのか?――――まさか、今夜」
「王宮に張っていた方がよさそうですね」
「ええ、そうね。入り込む前に迎え撃てれば被害は少ないわ」
公園を駆け抜け、四頭の馬が王都を駆け抜けていく。
「ジル殿。マリーの周りにいる者たちは何人だろうか?」
「――男が八人。女が二人」
「女?」
「顔は見えぬが、黒髪の女と、例のメイドの女だ」
「――乗り込むのに、女を連れているとはあまりにも解せない。何か戦力になるという事なのか?」
「メイドの方はマリーを気絶させていたからそうだろう。男が気を逸らしている内に背後から仕掛けられていた」
「黒髪の女――まだ断定はできないが、一度不快な目に遭わされた女が黒髪だった」
「不快な目とは?」
イア殿の問いに、俺の苦い経験を鮮明に思い出す。最も口にしたくなかった言葉を吐かされたあの事件。
「『魔眼』を持った女が王太子を餌食にし、我が国に侵入したことがあった。前世その女の術中に嵌ったのだ。マリーが文献を読んでいて事なきを得たがな」
「万が一魔眼であっても心配いらぬ。その解除方法を我々は持っている」
「有難い」
ジル殿が例の空間から一つの腕輪を取り出してきた。それを渡され装着するように指示された。魔眼除けか。竜とは、一体どれほどの知識を保有しているのだろうな。
道幅の広い貴族街を駆け抜け、眼前に王宮の正門を捉えた。
「くっ!遅かったか!」
正門は開かれたままで、中の様子が見て取れる。騎士たちが剣を向ける相手は、魔獣!
魔獣を防御壁にして佇んでいる人物が見える。
「闇使いがいるようだな」
「俺が上空から行く。陽動を頼む!」
「了解!」
手綱を離し、上空へと上昇。スピードを上げ敵の死角から背後に回り込む。ジル殿たちが操る馬の蹄の音に振り返った騎士たちが道を開いていく。敵の注意が逸れたのを見計らい、上空から舞い降りた。敵の背後から≪氷の鉾≫を叩き込み結界を破壊。敵が目を剥いて振り返ったが時既に遅し。睡眠魔法で仕留めた。制御が利かなくなった闇魔獣たちは消滅していった。
騎士たちがこちらに向かって来て、敵に剣を振り上げた。
「待て!殺すな!殺せば怨恨が残る!その怨恨がいつか戦火の火種となりかねん!」
納得したのか、騎士たちが剣を収めていく。
敵の胸に、かの国の紋章が刺繍されている。これは――。
「その者たちは敵ではない!手を出すな!マリー王女は何処へ連れていかれた!」
「ルーデンドルフ殿!王女を連れた者たちが、陛下に会わせろと王宮に侵入している!王女を盾に取られっ、我々は手出しができない!」
「その中に黒髪の女はいたか!」
「ああ!確かにいた!」
「目は何色だ!」
「金色に見えた!」
やはりか!見覚えのある色!魔眼保有者の線が濃い!
「待て、この者で確かめる」
ジル殿が睡眠を解除し、何かを施した。そうすれば。
「うっ……あ?何だここは?あ?な、貴方方は誰だ!」
「落ち着け。お前は洗脳されていた」
「せ、洗脳?」
「間違いないわね」
「ああ」
「お前の近くに、黒髪と金の目をした女がいなかったか」
「は、はい。王太子様の傍に侍っていた女がいます」
「お前もついてこい。お前の国が女に乗っ取られ、今、我が国ローゼンベルク国に侵入してきた」
「何ですと!な、何も覚えていない!」
「ああ。仕方ない。記憶が残らない洗脳に嵌められていた。さあ、急ぐぞ!」
魔法士の肩部分のローブを握ってを引っ張り上げて走り出した。後に残された騎士たちは迅速に王宮の守りを固めていく。
王宮内に入れば、立ち往生している騎士たちの姿が飛び込んできた。文官たちは王宮を辞した後のようで姿はない。
「マリー王女はどこへ連れていかれた!」
俺が声を張り上げれば、騎士たちが一斉に振り向く。駆け抜けていく俺たちを追うように視線を動かし。
「宰相閣下が足止めをしていたが!今は謁見の間に侵入した!」
「了解!」
俺たちを咎める者はおらず、勝手知ったる王宮を駆け抜け、謁見の間近くまで辿り着いた。閉じられた謁見の間の豪奢な扉の前には、忌々しそうに佇む騎士たちが待機している。俺たちに気付くと、皆が皆目を見開いた。
「(ルーデンドルフ殿っ)」
「(ここに?)」
「(ああ。中の様子は窺えんっ)」
「(王女が目を覚ませば形勢は変わるが――)」
どういうことだと、騎士たちの目が語っているが構っている暇はない。
「(私が気を引きますから、その間に)」
魔法士の男の提案に、俺は頷いた。
+++
『我が国の王女を盾に取り、国家転覆を狙うなど蛮行極まりないですな、王太子殿』
ローゼンベルク国宰相の言葉に、黒髪の女が高笑いを上げた。
『あら、戦を仕掛けず、頭脳戦と言っていただきたいわ。無駄な血は流れず、王族の首だけで済ませると言っているのですわよ?』
『其方は?』
『私の妃だ。いずれこの国の王妃となる私の女神だ』
『うふふふ。そうですわね、王太子様』
べたべたと場所を憚らずに寄り添う二人に、ローゼンベルク国の者たちは、心内で眉を顰めている。
『さあ、王女の命を助けたくば、その首をこの場で差し出すがいい。其方なら子が大事であろう?ローゼンベルク国王、いや、もうすぐ亡国の国王となる者よ』
『其方は、この国の者だな、その制服――其方が内通者か』
宰相閣下の眼光に怯んだ様子もなく、マリーを抱える男、学園の犯罪分析科の学生は口角を上げた。
『成功した暁には、私の愛おしいマリーを妻にする許可を得ていましてね。この命を失いたくはないのですよ。マリーは私が愛して差し上げますので、どうぞご心配なく』
ジャンの険しい瞳の中に冷たい怒りの焔が立ち昇る――顔にこそ出さないが、陛下をはじめ、クリフォードや侯爵たち皆が殺気を孕んだ目だ。
ローゼンベルク国側は、王妃、王太子、王太子妃、宰相、宰相補佐、ハインツ公爵、グランデル近衛騎士団長、ジャン、近衛騎士二名、魔法士二名が、玉座に座る陛下の周辺に居並ぶ。
対して、ブルゴーニ国からの侵入者は、王太子、黒髪の女、文官のようないで立ちの男、魔法士と思われる男が二人、騎士が二人、中年の男が一人、マリーを抱える学生、マリーに短剣を突き付けているメイドの女。
『あらあら、どうしましたの?あの娘を見殺しにするつもりかしら?』
+++
「(よし。お前はできるだけ扉と逆へ視線を集めてくれ)」
「(承知した)」
「(皆、扉の陰に身を潜めるんだ)」
扉の前に待機していた騎士たちが迅速に動き出す。
魔法士が一呼吸間を置き、徐に扉の取っ手に手をかけ、閉ざされた空間を開放し歩み出して行く。
室内の者たちの視線が男に集中する。
「始末できたのか?」
「ああ。一人残らずな。ふん、この国の者たちは手応えがなさ過ぎた」
その言葉に、侵略者たちの口元が歪む。ローゼンベルク国の騎士、魔法士たちの警戒が増す。
男はそのまま歩き出し―――いや、歩き出そうとしたら。
――おいおい、あいつはまったく……まあ、結果オーライだがな。
俺たちは扉から雪崩れ込み、侵略者たちを捕らえることに成功した。
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