時を超えて9
時は穏やかに流れ、学園生活も三学年の中間期を迎えていた。
クリフお兄様は本格的に王太子としての業務に取り組み、グレンお兄様はマルケス公爵となり兄の柱になろうと邁進している。お兄様たちの間に無事に王子が生まれたので、これで王家も安泰だと沸いたのは記憶に新しい。
私とレオの結婚も刻一刻と迫ってきている。お母様がドレス制作に張り切っているのだ。
「レオ。一緒に訓練していい?」
「ん?なんだ。俺の実力を見たいのか?」
「ばれたか」
「くくっ。いいぞ。俺の真価を見せてやる」
「おおう。自信満々ですねぇ」
「ほら、行くぞ」
「うん」
今日も今日とて、夕食前に日課の鍛錬に赴いた。日々の研鑽が必要なのは前世でも身に染みていた。先の事は誰もわからない。何が起ころうとも冷静に対処するためには、日頃の積み重ねが必要なのだ。
で、ずっと気になっていたレオの魔法の腕を見たくなったのだ。授業では絶対魔力を抑えていると思うのだ。多分、魔導師様とかに担ぎ上げられないようにだと思う。過ぎたる力は何とやらで、厄介ごとになりかねないと思う。レオも言っていた。神童と言われないように匙加減はしっかりしていたと。おそらく、跡目争いを避けるためだと思う。争いから生まれるものなんて、怨恨だけだ。
ってか……何さ、それは!
「えぇ。風の鎧と氷の剣は私の十八番なのに!」
「ああ。便利だから俺も覚えたまでだ」
「私より性能がいい!」
「くははは!当たり前だろう。俺を誰だと思っている」
「むぅ」
「まあ、そう言うな。お前を守るためには手数が多い方がいいからな」
「うっ。う、まあ」
「――ここなら、お前を襲っても誰も咎めぬだろうな」
「え!何言うのさ!」
「考えなかったのか?こんなところに二人でいれば、俺に襲われると」
「ま、まさか、その為に今まで別の訓練室使ってたの……?」
「ああ、そうだが?」
「真顔で言うなぁぁ!」
突然、ふわりと私の身体が浮き上がった。すいっと、レオに引き寄せられる。
「な!これも!」
「これはいいな。ああ、便利だ。お前がどこへ逃げてもすぐに捉まえられる」
レオの腕の中まで引き寄せられ、抱きしめられ……エロ大魔王の降臨だ!!
「……我慢している俺の身にもなってみろ……マリー……お前を早く俺のものにしたくて堪らないのだぞ……」
そんな色気たっぷりの目で言うなぁぁ!恥ずかしいわ!!
「そういえばお前、一度俺を獣にしたよな?」
「へ?」
「ん?覚えていないのか?なら、思い出させてやろう。そうだな、あれは確か、ヴァリエールの地下道事件が解決した夜だったな」
「地下道――ああ、うん。思い出した」
「ほら、その時お前が初めて抱いてくれと言ったじゃないか」
ん?――んん?おおう?あ、あれぇぇ?そんな事、あったなぁぁ!!
顔に熱が集まって、ぼんっ!と爆発したように真っ赤になったのが分かった。
「な、な、なによぅ!それが何なのよぅ!」
「くくっ。お前、あの時積極的だったな?ん?」
「思い出すなぁ!口に出すなぁ!離せぇ!!」
にやにやと意地悪い笑顔を浮かべている。くぅぅっ!!こうなったら、実力行使に出てやる!!
ぶわりと風が起こり、私の身体の周りに風が取り巻いた。手が緩んだのを見計らって、すぐさまその場から飛び出す。
ぜぃはぁと肩で息をして、不敵に笑うレオを警戒しながらじりじりと扉に近寄っていく。
「こら、マリー。本気にするな。ただ、試しただけだ」
「何をさ!」
「今みたいに誰かに捕まったら、そうやって逃げられるかをな」
「は?」
「何が起こるかわからないだろう。俺がいないときに誰かの魔の手が襲ってきたら対処できぬからな」
「あ、うん。私もそのために魔法を思い出したし」
「ああ。俺が四六時中傍にいられればいいが、そうもいかぬ。前世は王宮だから守れたが、領地になれば勝手が違う。治安がいいとはいえ、お前はどこか抜けているからな。あの時だって誘拐されそうになっただろう?」
「う、うん」
「お前、今度こそ自覚しろよ?お前は可愛いのだから、誰が邪な目で見ているかわからぬのだからな」
「は、はい」
「だが、氷の剣で何があっても人だけは斬るな。前にも言ったが、お前は優しすぎる。人を斬ればお前の心が壊れるからな。わかったな?」
「わかったわ、レオ。ありがとう」
ふわりと微笑めば、レオが深ぁいため息をつく。
「つくづく思う……お前は俺の理性を試したいのだろう!そうだろう!」
「違うって何回言えばいいのさ!!」
「違わぬ!」
「レオがオオカミじゃない!」
「そうさせるお前が悪い!」
またしても体を風で引き寄せられる。不敵に笑うレオが恨めしぃぃ!何かこれの対抗策はないか!!
腕の中に引き寄せられた途端、突っ張った!思いっきり突っ張った!!
「もう!レオ!揶揄うのもいい加減にしてぇぇ!!」
「お前が可愛いのが悪い!」
「ふぬぅ!負けるかぁ!」
「こら、マリー!観念しろ!何もしないからこの手を離せ!」
「その手に乗るかぁ!何度それに騙されたか!」
ん?何を笑ってる?
耳にするりと指が滑っていった。おお!今生は耳が弱点じゃない!!って、何を感心してる!!
「参ったな。お前の弱点は違うようだな」
「やっぱり!レオのオオカミ!」
だが、するりとうなじに指が滑ると、ぞくっと背筋に何かが走った……途端に力が抜け、レオの思うツボ……。
……まだ猛獣の目……久しぶりに見ると、体がぶるっと震えた。
「やはり無理だ……マリー……お前は俺を魅了してやまない……二人きりになるのはまずい……俺の理性も限界が近い……」
「う~~、レオっ。わかったから離してぇ。今日はお父様の誕生日だから夕食一緒に摂れないの。帰らなきゃ」
「馬鹿を言え。そのまま誰が帰らせるか。そんな可愛い顔をして歩かせるわけないだろうが」
「う~~、レオの所為なのにぃ」
「ああ、わかったから落ち着け」
そう言いながら顔中にちゅうの雨……逆効果だ!!
私の顔から赤みが引くと、訓練棟を後にして食堂前でレオと別れた。いつもレオと一緒に夕食を摂って王宮へ帰るのだが、家族の誕生日は家族で揃って食事するのだ。そんな家族の団欒も今年で終わる。グレンお兄様は公爵邸に移り住んだからなかなか会えないのは仕方ない。そうやって、大人になっていくのだから。
そんな事をつらつらと考えながら、エミリーが待つ女子寮の貴族棟にある王族専用の控室へと向かっていた。待ち合わせ場所だ。学園と王宮を結ぶ専用通路を渡れば、そこからはジャンも迎えに来ている。学園内に不審者はいないという信頼関係の下、こういった警備体制になっているのだ。
ジャンも私が王宮を去ればお役御免となるのだ。ジャンは、もう一人のお兄様のように感じている。幼い頃からいつでもそばにいてくれた私の護衛。小さい頃はよく面倒をかけてしまったものだ。お転婆だったから。そのジャンとアリーシャには男の子がいて、将来は警備兵になりたいそうだ。
未来の私たちの子は何になりたがるだろうか。身分的にはあくまでも平民だから、家令か従者か警備兵か魔法の才能があれば魔法士か、そんなところだろう。娘なら、幸せにしてくれる旦那様と縁があればいい。
と。
「これはこれは王女様」
目の前に、レオが王太子時代に設立した犯罪分析科の制服を着た三学年生が声をかけてきた。この生徒は、少し前から私に売り込みをかけてくる商家の息子だ。犯罪分析科は商人の息子たちが入学してくるとは聞いていた。
犯罪取り締まりに必要な知識の一環としてその講義が行われるのだが、商人にとっては格好の顔繋ぎができると毎年競争率が高いらしい。致し方ないので、将来犯罪分析班に勤める者の枠とは別に、商家出身の生徒も受け入れているらしいのだ。
「ご機嫌よう」
そう挨拶して通り過ぎようと思ったのだが、そうはさせてくれないのがこの男。
ちょっと苦手なのだ。この男の目が。レオがいないときに声をかけてくるから始末に負えない。
こちらの通路は女子寮に続くものだが、誰かに用事があったのだろうか?
「王女様。是非、婚礼の時にお持ちいただく諸々を、我が商会にてお取引いただきたいのでございます。きっとお気に召していただけるかと」
「私の一存では決められませんの。商会を通してくださいな。女官たちが吟味してくれます」
「ええ、ええ。それは承知しておりますが、私が申しあげているのはですね―――」
男の口元がニヤリと歪む。
その表情を見たのを最後に、私の視界は暗転した――――。




