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時を超えて6


「父上、兄上、お話が」

 父上が王宮から帰宅し、家族が食堂に集まったところを見計らって切り出した。父上も俺の何かを感じ取ったのか、表情を引き締めて聞く姿勢になる。

「何だ?話とは」

「突然ですが、将来、俺に内政を任せてはもらえませんか」

 何事かと耳を傾けていた母上が、食事の手を止めてこちらに視線を移した。

「俺が領地に集中すれば、兄上は中央に集中できますしね。どうせ家令を雇い入れるなら、俺を雇ってくれてもいい。それで本題はここからですが、父上、マリー王女との婚約を結びたいのです。ですから、俺の基盤を固めたいというのが本音ですがね」

 こちとら真剣な話をしているのに、父上は血の気が引いた顔で椅子の背凭れに仰け反った。そして、何かぶつぶつと呟いている。気持ち悪いぞ、親父……。


 ――内政を選んだのは、マリーとどれだけ共にいられるか、唯それだけの理由だ。騎士になれば夜勤もあって不定期になる。王宮官吏か魔法省も考えたが、登城するのは面倒だ。その点、領主館ならば国王をやっていた時と同じで、建物内だけの行動だ。煩わしい派閥争いに巻き込まれなくてすむ。

 今度こそお前を自由にしてやるから待っていろ――なあ、マリー。


「……レオン……本気なんだな……?」

「ええ、兄上。二言はありませんよ」

「レオン?突然どうしたの?」

「まあ、驚くのも無理はありませんが、俺もそろそろ身の振り方を考えようかと思ったんです、母上」

「ええ、まあ、そうだけど……貴方まだ5歳よ?身の振り方なんて……突然すぎて」

「……父上……そろそろ正気に戻ってください……レオンの目が軽蔑に変わる前に」

 額に手を当てて身を起こした父は、辛気臭い雰囲気で俺に視線を向けてきた。

 おい、親父。仮にも息子の婚約なのだぞ。なんだその顔は。

「よもや……よもや……あの男が『至宝』と豪語してやまない……あの王女を……我が息子が欲しがろうとは……あれだけは手を出すまいと……心に誓ってこの五年!!」

「あ、あなた……しっかりなさって……」

「……父上……乗り越えるべき試練だと思いますよ……?」

「ラルフ!お前は、知らぬのだ!あの男があの子をどれだけどんびくようなことを言っているか!!」

「――父上。別に権力が集中するからという政治的な壁がなければ、何の問題もないのではありませんか?」

「馬鹿を言うなレオン!あの子を嫁にと欲すること自体が国の崩壊だ!!」

「意味が分かりませんよ、父上」

「ち、父上……そんなに殿下は王女を離したくないのですか……?」

「ああ、ああ、ああ、ああ、私の未来が……未来が怖いっ!!」

 まあ、父は、今は宰相補佐。いわばその王太子の補佐役だから側近中の側近。母上がよく食事中の話題で茶会の話があったが、『壁』(王太子殿下=未来の義父)の話はいくらかあった。大丈夫かその王太子と思っていたことは否定せん。それに、マリーのお転婆ぶりも聞いていた。恐らく、記憶が甦る前の話だろう。最近その話題はめっきりなくなっていたから。


 そういえばマリーが言っていた。『あんまり口煩いと娘はお嫁に行けなくなるんですからね』だったか。確かにな。聳え立つ壁ねぇ。

 ――さて、どうしたものか。


「それで、父上。反対ではありませんよね?」

 至極まともな視線を向けて問えば、それはそれは青い顔をしてため息をついている。

「――どうしても王女なんだな?」

「ええ。内政の勉強にも励みます。抜かりなく」

「あなた。レオンがやる気になっているのだから」

「そうですね、母上。私もレオンが内政につけば、安心して取り組めますからね。嫡男の私が娶るわけではありませんから、勢力争いにはならないのでしょう?」

「くっ!優秀なお前達を持ったことは誇らしいが!私の逃げ道を塞ぐお前らが憎い!」

 おいおい……。

「あなた。よろしいではありませんの。レオン?王女様も同意しているの?」

「ええ、勿論です。王子殿下方の援護も受けましたよ」

「まあまあまあ。だったらあなた。お話を進めてはどうですの?ね?」

「父上。上手くいけば、王女が最大の武器になると思いますが?」

「くっ!それも分かっている!あああ!何故こんなことにぃぃ!!」

「レオン。安心なさい。母も妃殿下から手を回しておくから。父様も反対はしないみたいでだしね」

「ええ、お願いします、母上」

 その後の夕食は、父がじめじめと辛気臭い気を撒き散らしながら進んでいった。



 +++

『ロバート。これを妃殿下に届けて頂戴』

『畏まりました、奥様』

『ふぅ。これで少しは話が進むとよろしいですけど』

『ふふ。殿下のお噂は聞き及んでいますからね』

『でも意外だったわ。あの子の表情があんなに変わるなんて』

『良妻を持つと男は変わると申しますが、そうかもしれませんね』

『ええそうね。あの子がいい影響を受けたみたいね。それは嬉しいことだわ』

 +++

『あらあら、まあまあ』

『ん?どうかしたのですか?母上』

『ルーデンドルフ夫人からのお手紙でしてよ』

『くくっ。もしや、マリーの婚約の事では?』

『あら?何か知っているのクリフ』

『ええ。母上たちには内緒にしていましたが、こんなに早く動くとは思っていませんでしたけどね。どうやら二人は一目惚れをしたようですよ。顔合わせの時にです』

『あらあら、まあまあ』

『母上。手紙にはなんと?』

『あの人をそれとなく説得してもらえないか、ですわね。そうねぇ、どうしたものかしらねぇ。婚約のこの字が出ただけでも激昂しそうなのだけど……』

『母上、奥の手ですよ』

『奥の手?』

『ええ。マリーを仕掛けるんです。一番の武器ではありませんか。ああ見えても、マリーはやり手ですよ、母上』

『そうねぇ。最近お転婆は鳴りを潜めているし。うまくあの人を転がしているように見えるし』

『そうですね。マリーは、父上の溺愛を懸念しているのではないかと思いますよ』

『あらそうなの?そこまで考えなかったわ』

 +++

『おや?補佐殿。顔色が悪いがどうかなされたか?』

『……今……人生で一番の壁にぶつかってしまってね……』

『何か懸案事項でも?』

『懸案も懸案でね……』

『はて?どこかの領で怪しい動きでも?』

『いや、それはないな』

『あ、これは公爵閣下』

『くくっ。とうとう殿下の至宝が動くようだ』

『ん?まさか――そうですか、そうですか。補佐殿がとうとうそのお役目を……心中お察ししますよ……』

『変わってもらえまいか!』

『いえいえ。とても我が息子ではお呼びではありませんよ』

『諦めろ、侯爵。王女の希望でもあるのだろう』

『くっ!……私も命が惜しい!』

『くははは!まあ、骨は拾ってやるぞ、侯爵。くはははは!』

 +++

『いやはや。今日の会議は遅れるかもしれませんな』

『ん?何かありましたかな?』

『とうとう王女の婚約の話が上がるそうでしてな』

『『『おお!何処にそのような強者が!!』』』

『くくくっ、補佐殿の次男坊らしい』

『おお!頑張れ、ルーデンドルフ殿!骨は拾ってやるぞ!』

『でかした!補佐殿!貴殿の雄姿は後世に残るぞ!』

 +++



「お母様、お呼びですか?」

「あ、マリー、こちらへいらっしゃい」

「はい、お母様」

 朝の講義が終了すると、お母様から呼び出しの言伝が来たので訪れていた。

「何かあったのですか?」

「ええ。ちょっと今から大変なことになりそうだから、貴女に早く伝えた方がよいと思ったの」

「はあ。大変なこと?」

「貴女に婚約の話が来ているの」

「あ!もしかしてレオン様からですか?」

 途端にお母様のお顔が困ったちゃんになった。はて?

「ええ。そうなのだけど、貴女も同意しているのよね?」

「はい!私も嬉しいです、お母様」

「わかったわ。それでね、この婚約には父様とおじい様の同意が必要なの。それで、それが終われば大臣たちの承認が必要になるの」

 うん、それは把握済みだ。前世娘のエレーナの婚約があったからな。それがどうかしたのかな?

「はい。すぐには無理なのですね」

「ん~。そこではなくて、まず、父様の同意が得られるか……」

「え?お父様は反対なのですか?何故?」

「ではなくて、まだ父様は知らないと思うわ。だから、貴女からお願いしてみてはどう?母様も言ってあげますからね?」

「はい、わかりました。お父様は私が決めていいと仰っていましたから伝えます」

「ええ。でね、今すぐ行ってらっしゃい」

「は?今すぐ?え、でも、公務中ですよ?」

「ふふ。人助けと思ってね」

 おお?珍しい――お母様が執務室に行って来いとはどういうことだ??

「はい、分かりました。ってか、よく分かりませんが行ってきます」

「ええ」


 +++

『ひ、妃殿下……あれで……よろしいので??』

『きっと大丈夫よ……ええ、きっと……』

『……希望的観測ですか……』

『……あの子次第だわね……』

 +++

『はぁぁ……』

『ほ、補佐殿……執務室……入られますか……?』

『はぁぁぁ……』

 扉の前の窓際にべったりと張り付く侯爵。対応に困る王太子殿下執務室前の近衛騎士たち。

『…………命が惜しいから……閉めないでもらえるか……』

『は?え?……意味が分かり兼ねますが……』

『(……今から……王女様……くっ!……の……婚約……くっ!!……の話っ……)』

 途端に、憐憫の目を侯爵に向ける騎士二人。

『(り、了解しました……)』

 騎士二人は引き攣った表情で扉の取っ手に手をかける。

『(待てっ!……心の準備ができたら……自分で開けさせてくれ……)』

 心中お察ししますといった風に、騎士二人は手を離した。


 ――――それから数分の葛藤の後――侯爵は、扉を開けた。

 気分は断頭台に上がるようだと、心中で嘆きながら。

 +++

『――殿下。少しよろしいですか』

『ん?何だ、ルーカス。おい、扉開けっ放しだぞ』

『ああ、いえ、それはいいんですよ』

『あ?会議が早まったのか?』

『あー、いえ。殿下、落ち着いて聞いてください』

 歯切れの悪いルーカスに、殿下は眉を顰めた。

『おい、どうした。早く言わぬか』

『殿下――――こちらをご検討頂けますか』

『何の案件だ?』

 +++


 お父様の執務室に到着すると、異様な雰囲気に首を傾げた。なにやら騎士様たちが、部屋の中をしきりに気にしているのだ。

「あれ?扉開けっ放しでいいのですか?」

「マリーか!ほら、入ってこい!」

 執務室内から、お父様の弾んだ声が聞こえてきた。

「あ、はい、お父様」

 扉の前に待機する騎士様たちの、何か非常に得体のしれないきらきら光線の視線を浴びながら、お父様の執務室に入っていった。

 え、何事??


 +++

『(ジャン。もしかして、援護射撃か?)』

『(妃殿下の差し金だ)』

『(いや~~。どうなるだろうな)』

『(もっと声を落とせ……聞こえるぞ……)』

 +++


 お父様の執務机の前に歩いて行く。どうした?こちらへ来なさいと言われたが、正面切ってお願いすることなのでそこは固辞する。ってか、どなたかいらっしゃるのにいいのだろうか?

「ん、何かあったのか?マリー。お前がここに来るのはいつぶりかな」

「お父様、お願いがあってきました」

「よいぞよいぞ。何だ?マリー」

「お父様、レオン・セス・ルーデンドルフ様と婚約させてください」

 瞬間、室内の空気が凍り付いたのは気のせいか?

「お父様?」

 さっきから笑顔のまま微動だにしないのだが、どした?

「お父様?聞こえなかったですか?じゃあ、もう一度言いますね。レ――」

「マリー!許さん!」

 オの発音の口をしたまま、私は固まっていた。お父様が私に声を荒げるなど初めてだ。いや。誰にもなかったと思う。うむ。気を取り直して。

「何故ですか?お父様」

「言ったであろう?お前にはまだ早いと」

「それが反対の理由ですか?」

「ああ、そうだ」

「じゃあ、理由になっていませんよ?お父様は言いましたよね?その時が来たら私の婚約は私が決めていいと」

 ぐっと言葉を飲み込むお父様。ここで負けてなるものか。

「お父様は、娘に嘘をついたのですか?」

「いや、違うぞ」

「じゃあ、今がその時なので決めたんです」

「しかしな、相手がどんな男かまだ分からないだろう?早計過ぎて後悔したらどうするのだ?」

「失礼ですよ?お父様。レオン様にも私にも。それでは二人がおバカな言い方ではありませんか……」

「うっ、しかしだな」

「お父様。王太子殿下が言った言葉を簡単に曲げたら、め!です」

 ごんっ!と、凄まじい音を立ててお父様が机に突っ伏した。

「……お、王女様……っ……コホン……こちらがその婚約の誓約書類ですよ」

 手渡された書類には、確かに婚約の誓文が記されている。うむうむ。手際がよろしいですね。お、後はここにお父様とおじい様のサインを貰えば書類はオッケ~!

「お父様、ここにサインしてください。絶対後悔させませんから。レオン様はとてもいい方ですよ。きっとお兄様の政務を陰から支えてくれますよ。はい!お父様!」

「いやはや、これはお褒めの言葉を頂き恐縮です、王女様」

「はい?」

「これは失礼しました。ご挨拶がまだでございました」

「第一王女マリーですわ、よろしく」

「御挨拶が遅れました。宰相補佐を務めておりますルーカス・セス・ルーデンドルフと申します。以後お見知りおきを」

 おげ!レオのお父様だったのかよ!!!

「そうでしたのね。よろしくお願いします。未来のお義父様」

「ええ、ええ。王女様は利発でいらっしゃる。ええ、ええ。是非、我が息子とお幸せになっていただきたい」

「ほら、お父様!侯爵様の許可ももらいましたよ!はい、ここです、お父様!」

 がばりと起き上がったお父様が、ぎんっ!と、今にも襲い掛かろうとするような目で侯爵様を見遣った。ん?侯爵様の口元が引き攣っているような?

「……お父様……どうしてそんなに反対なさるのですか……?お父様は、私が行き遅れてもよろしいのですか?それとも私に重大な欠陥があるのですか?」

「ち、違うぞマリー!お前に欠陥などないぞ!馬鹿なことを言うんじゃない!」

「婚約したからと言って、直ぐに侯爵家に行くのではないのですよ?まだまだお父様の傍にいたいです……」

「そうだぞマリー!まだまだ父様の傍にいなさい!」

「はい!お父様の傍で花嫁修業頑張ります!」

 胃のあたりに手を当てて、またしても突っ伏した。

「早くサインをください。公務があるのではありませんか?お父様が終わったら、おじい様にお願いしなきゃいけないんですから」

 のっそりと起き上がったお父様の目に涙が滲んでいると思うのは気のせいか?

 とても普通とはいえない速度でペンを手に取り、亀並みの速度でキャップを開けて、なかなかペンを走らせようとしないお父様に。

「お父様?そんなに娘が信用できませんか?」

「くっ!」

 そして、漸くサインを手に入れた。よっしゃぁぁ!勝ち取ったぞ!!

 お父様の手が離れた瞬間書類を抜き取って、いそいそと腕に仕舞い込む。

「お父様、ありがとうございます!じゃあ、おじい様にお願いしてきます!」

 満面の笑みで執務室を後にした。心なしかスキップで。


 執務室を出ると、騎士様たち三名から似たような何とも知れない、さっきとはまた別のきらきら光線を浴びながら、ジャンと、えっと、何故か侯爵様を引きつれて、おじい様の執務室に到着した。

「陛下。マリー王女様がおみえです」

「ああ。通せ」

 騎士様たちが開けてくれた扉から入室する。

「おじい様、先触れなくごめんなさい」

「よいよい。丁度手が空いていたところだ」

 宰相様がいらっしゃるからいいのかとも思ったが、まあいい。手際よく終わらせよう。

「おじい様、こちらの書類にサインをお願いします。私の婚約の誓約書です」

 ん?何故かおじい様が――ん?宰相様も固まったが?

「ま、マリー?息子のサインは貰ったのか?」

「はい!ここにありますよ」

 満面の笑みでおじい様の机に書類を滑らせた。ちらちらと書類と私と侯爵様を見ているおじい様。

「おじい様、お母様が今すぐ行ってらっしゃいって言ってたんですけど、何か時間があるのですか?」

 ん?何ですか?その引き攣り笑いは?

「私が婚約すると何か問題があるのですか?」

「こほん……いや、何も問題はないぞ。侯爵、其方の次男であったか?」

「はい、陛下。急で申し訳ありませんが、顔合わせの折に王女様のご希望と伺いましたので書類を整えました」

「――よく、通したな」

「とても素晴らしい手腕をお持ちのようで」

「相分かった。マリー、おめでとう。じいからの祝いだ」

「ありがとうございます!おじい様!」

 お父様と違って、すらすらとサインを頂けた!よっし!任務完了!!

「後はじいたちに任せておけ」

「はい。よろしくお願いします」

「ああ」

 私は機嫌よく執務室を後にした。


 その足で、再びお母様の部屋を訪れた。報告が必要だからね!

「お母様。終わりました!」

「え?何が?」

「え?婚約の誓約書にお父様とおじい様のサインを貰ってきました。後はおじい様が処理されるそうです」

「……貴女が貰いに行ったの?」

「はい!侯爵様がその場に丁度書類をお持ちだったんです。お父様は、渋ってましたけど、サインを書いてくださいました。おじい様は、おめでとうって言ってくださいましたよ!」

「そ、そう。よかったわね。おめでとう、マリー」

「おめでとうございます、王女様」

「ありがとう!」

 お母様への報告も終わり、私は上機嫌で自室に戻っていった。



 +++

『一体、どんな手を使ったのだ?あれがそう易々とサインするとは思わなかったが。てっきり、わしに協力を求めに来たかと思ったぞ?』

『へ、陛下……ふ……す、すみません……実は……王女様が唯々論破されただけで、ものの五分も経たぬうちにサインをもぎ取っておられました……』

『ぶはははは!それは真か!でかしたマリー!惜しいのぅ!その手腕!』

『そのようなことになっていましたか。いやはや、殿下を説き伏せるとは……』

『いや~。あの一言は圧巻でした。あの可愛らしいお声で『王太子殿下が言った言葉を簡単に曲げたら、め!です』と仰られた暁には撃沈されておられました』

 途端に、爆笑が起こっていた。

 +++

『妃殿下……よくご了承なさいましたね……』

『そ、そうね……私も驚いたわ。一体どんなことをしたのかしら、あの子……』

『確認してまいりますか?』

『おや?母上。何かあったのですか?』

『あ、クリフ、聞いて頂戴。あの子が婚約の誓約書にサインを書かせたそうなの』

『は?マリーが自分で書かせたと?』

『ええ、そうなの。さっきあの子がそう言ってきたわ』

『あははは!これは面白い!あの父上の壁を本当に壊しましたね!』

 扉からノック音。

 入室の促しがあると、顔をのぞかせたのはグレン。

『兄上。通路に大きな笑い声が聞こえましたが?』

『ああ、グレン。丁度良かった。マリーが壁をぶっ壊したぞ』

『は?え?もうですか?』

『ああ。どうやら、さっきのようだ』

『え?一体どうやって』

『でしょう?どうやってかしら??』

 偶然通りかかったジャンが耳にして、扉から半身だけ覗かせているグレン王子の背後から声をかけた。

『あの。僭越ながら、その場の一部始終を聞いておりましたが』

『ん?何故聞けた?』

『はい。補佐様が命が惜しいと扉を開けたままにされておられましたので』

『あはははは!』『はははは!』『まあ、おほほほほ!』

 その一部始終を聞き終えると、再び王太子妃の間では爆笑が起こっていた。

『マリーが最強ですね!』

 +++

『会議の議題が一つ増えましたのでご報告を』

『――――侯爵――あくまでも、あくまでも、婚約だからな!』

(……息子よ……悪足掻きか……)(……殿下……悪足掻きですか……)

 マリーが取り付けたことを知らない大臣たちは皆、よく通したなと、心中で侯爵に賞賛を送っていた。


 そして、大臣たちの承認も無事に下りていた。

 顔合わせの翌日の出来事であった――。

 +++



「あ、父上、お帰りなさい」

「ああ。レオンは何をしている?」

「剣術の稽古をしていましたが?」

「そうか」

「父上。それでどうでしたか?」

「参った……あの王女は只者ではなかった」

「は?」

「あら、お帰りなさい、あなた」

「ああ」

「あなた。妃殿下から何かありました?援護いただけたかしら?」

「……それがな……」

「父上、お帰りなさい」

「……ああ……レオン……」

「どうかしましたか?」

 サルーンに家族が集結した形になり、それから黙り込んだ父に首を傾げるしかない。執事の促しで、食事の用意ができているからと食堂へ向かう。

 食卓に着いた父が、徐に口を開いた。

「レオンの婚約が纏まった」

「まあ!よかったですわ。妃殿下にもお力添えいただいたのね!」

「よかったですね、父上。生きて帰れて」

「そこまで大げさなのですか?」

「――レオン……あの王女がお前の手に負えるか心配なのだがな……」

「は?どういう意味です?そういえば先程も只者ではないと仰っていましたが」

 マリーめ。何かやらかしたな!

「……妃殿下はご自分で説得されるのを諦めて、王女を差し向けられた……」

「まあ。そうでしたの」

「ただただお転婆と思われていた王女が、いつの間にあのような頭角を現されていたのか、驚いたぞ……」

「殿下はなす術がなかったのですか?」

 大体予想がつくがな。

「ああ、そうだ。まんまと論破されてしまった。私でさえ口を挟む隙がない程にな……殿下も言質を取られていたから何も言えなかったようだ。どうやら婚約は王女の意思で決めていいと口約束していたようでな」

「とはいえ、その口約束だけでよく説き伏せられましたわね。妃殿下のあの嘆きようではとても難しいと思っておりましたのよ?」

「そこだ。まあ、あの一言は陛下方も大笑いされていた。王太子殿下が言った言葉を簡単に曲げたら、め!です、とな。それからは王女の独壇場だ。いや、そもそも陛下方も殿下に同意させることは叶わないと思われていたからな。サインをもぎ取ったその足で陛下にサインを貰いに行かれたものだから、固まっておられたよ」

 やはりな!マリーは自らよく動いていたものだ。でかしたマリー!

「まあ、でもよかったではありませんか、父上。昨日の今日で成立するとは驚きですが、勢力争いも起こらず、大臣たちがすんなんり認めたのなら、もう怖いものなしですね。レオン、婚約おめでとう」

「ええ、そうね。おめでとう、レオン」

「有り難うございます、母上、兄上。父上、有り難うございました」

「――――私の胃が壊れそうだったがな……」

「うふふ。今夜はお祝いね!ラルフの婚約も頑張りましょうね、あなた!」

「母上。私の婚約は15歳を待ちますよ」

「……ああ……わかった……お前の好きにしていい……これほど消耗するのは金輪際ご免だ……」

「うふふ。これでラルフの婚約も決まれば、我が侯爵家も安泰ね!隠居した後も、息子たちと一緒にいられるわ!」

「父上。レオンは、領主代理ですよね?」

「ああ、そうだな。どうせお前の事だ。学園を卒業したらさっさと領地に引っ込むつもりであろう?父にはお見通しだ」

「ええ。そうしたいと思っていましたよ。抜かりなく統治できるよう、これから励みます。マリーの為にも」

「あらあら、もうそんな呼び方を。うふふ。本当にやる気になったのね!」

 やる気がなかったことが功を奏したようだ。まあいい。結果良ければ問題ない。さて、外堀は埋めた。これでマリーと心置きなく会えるわけだ。

「――――レオン。何を考えている――嫌な予感しかしないが」

「人聞きが悪いですよ、父上。ただ純粋に嬉しいだけです」

「まあいい。お前がちゃんと努めれば咎めはしない」

「はい、父上」


 まだ油断するつもりはない。情勢など、いつ変わるとも知れぬものだ。





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