時を超えて2
「はあ?なんだと?何だこれは!!」
自室で講義の予習をしていた僕――いや、俺は、どでかい独り言を呟いた、いや、叫んだことにもう一度驚く。
僕、改め俺こと、レオン・セス・ルーデンドルフ。ルーデンドルフ侯爵家の今年4歳になる次男坊だ。
摩訶不思議現象に驚いたのだ。荒唐無稽と笑われても致し方ないと思うが、前世の記憶らしいものが突然頭に湧いて出たのだ!
何故そんなことが分かるか。
前世、愛おしい妻が体験していたことを思い出したからだ。いや、その記憶があったからだ。きっかけは、講義の予習で歴史書を読んでいた時だと思わざるを得ない。
”レオンハルト陛下とローズマリー妃の治世”の章のタイトルを見たときに、いきなり湧いて出たのだ。
「なるほど。マリーが言っていたことはこういうものだったのか」
だが、しかしだ。
「待て待て。マリーがいないこの世界でこの記憶を取り戻したところでどうなるというのだ!!」
ん?待てよ?何か、別の人間の記憶もあるようだが?あ?
――俺はさらに驚愕していた……。
何故――始祖王エドワードの記憶らしきものがあるんだ。建国当時の……いや、それ以前の事も鮮明に思い出せるのだが??
と、唐突に胸を締め付けられる記憶が溢れ出した。
マリー王女。
――その日を待ち望み、焦がれて止まなかった愛おしい存在。一目見たときから恋に落ち、必ず我妻としようと愛した少女。前世愛おしい妻と同様、青髪に金と銀の瞳をした麗しい少女。共にいることが叶わず、自分のいない場所で命を散らし、手の届かなかった少女……。
そしてまた、唐突に記憶が溢れ出した。
『不思議な色をした石だね』
『これは魔石というんだ』
『不思議な色をした石を貰ったことが嬉しくて』
『石は石よ。あれって魔石じゃなかったけ?』
『ああ?何故、魔石とわかる。俺はお前に魔石など贈ったことないぞ!』
――知らず知らず……頬に涙が幾筋も流れ落ちていた。
「まさか……俺は……生まれ変わったマリーと夫婦になっていたのか……?」
その問いに答えてくれる者がいるはずもなく。
濡れた頬を腕でこすりながら顔を上げると、姿見に映った自分の容姿を改めて見返していた。今の自分は、前世の妻の色をそのまま持った姿をしている。青髪に金と銀の瞳。セレステのそれだ。この姿を見れば、愛おし妻マリーが更に恋しくなる……。
「何故、こんな記憶が甦ったのだ……残酷すぎるだろう……」
二度と会うことが叶わない相手を思い出したところでどうなる!こんなにもまだ鮮明に愛していると言える相手を……思い出してどうすればいいのだ。
家庭教師が体調を崩したとかで中止になった午後の講義。やることもなく開いていた歴史書に、改めて目を通した。一度覚えた歴史の出来事。自分の治世はどんな風に後世に残っているのかと読み始める。
――悪い評価は書かれていなかった。寧ろ、賢王と評されている。愛する妻は、類稀なる高潔な王妃と評されていた。
自然と口元が綻んでいた。
読み進め、息子も孫も良き治世を敷いていたようだ。誇らしくもある。
「そうか。俺が逝った後、間を置かずにこの世を去っていたんだな。お前を置いて逝くのはどんなに辛かったか。なあ、マリー……お前は最期まで幸せだったか?俺はお前を幸せにできたか……?なあ、マリー……マリーっ……」
歴史書を閉じ、ふらふらと立ち上がった俺は、気分を変えるために庭へと出ていた。
※ ※ ※
「ジル。少し散歩に出かけてくるわ」
「ああ」
私の真名はエリュテイア。皆には、イアと名乗っている。この名は、番となったジルだけに教えている。私にとって初めて番となる彼。
そして、彼の真名は、”ジルヴァラ”。私は、まだ産まれて百年程しか経っていない。人間という種族からしてみれば長いと言われる寿命だ。竜人族は、平均で五百年程の寿命がある。
だが、ジルは別格なのだ。彼は古代種といって、我々竜人族の祖といってもいい。その誇り高き彼の番となれたことはとても誉れ高いことなのだ。
木漏れ日が心地よい雑木林を散歩している時だった。その視線とかち合った私は、久しぶりに動揺していた。
人間の子ども?迷い込んだ?
あら、珍しいと言われるセレステをしているわ。
私がその子に歩み寄ろうとすると、警戒したのか半身に構えた。
「君は迷い込んでしまったようね」
「――ここは何処だ?」
「私は、イア。君、名前は?」
そう会話をしながらその子の目の前まで歩み寄り、膝を折って目線を合わせてみた。半歩下がる賢い子ども。身なりからすれば裕福な子だと分かる、まだまだ幼子だ。
――なんと強い輝きを持つ魂か。煌めく光を放つ金色。
「此処に来ることができる人間は、稀なの」
「先程其方は、人間と言った――まさかと思うが、此処は」
「ふふ。本当に利発な子のようね」
「ならばやはり此処は、竜人族の住処なんだな?」
「ええ、その通りよ」
「そうか――」
そう言ったっきり、その子は視線を落として黙していたが、再び顔を上げた。
「――俺は、名をレオン・セス・ルーデンドルフという」
落ちていた視線を上げて答えた男の子は、魂の輝きとは裏腹な沈んだ目で問うてくる。
「……帰るにはどうすればいい?」
「あの桜の樹に願えば帰れるわ」
私が指差した方に視線を向けたその子は、場所を確認すると一つ頷いた。
「邪魔をした。ありがとう。これで失礼する」
「君なら分かっていそうだけど」
「ああ。この場所の事は誰にも口外しない」
「ありがとう」
その会話を最後に男の子は踵を返して、舞い散る桜の花びらと共に姿を消していった。
「人間――初めて見たわ」
男の子を見送ると、散歩を続けた。




