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外伝16


「里奈。運命が動いた」

「何?」

「あの母親を排除できた。濡れ衣を着せられずに済んだよ」

「濡れ衣?」

「あの母親が王妃暗殺を企んで、その罪をあの子に被せるつもりだったんだ」

 あんぐりと口を開けて、呆れて言葉も出ないといった様子の里奈。

「これも、友の下で剣と魔法を学んだお陰だ」

「あの、竜の加護って力?」

「それもあるけど、小さな選択の積み重ねもだな。最終的に何がきっかけでこの未来が消えたかはわからなかったけど、人を観察してきたことで鋭くなった洞察力や、今までの信頼の積み重ねだ。孤児院に寄付を思いついたことも、あの子が弟と父親を助けたいと思って勉強したことも、桃色の髪の女の子を助けたことも、学園で魔法と剣の腕を怠けずに磨いたことも。全てあの子の優しさと強さがこの未来に繋がったんだ」

「陽が言ってた、今の記憶が関係するってあれがこの事だったのね。あの子の人格は茉璃乃の人格が大半でしょうからね。この世界の常識を持ってたから、あの母親を排除できたんだし、平民とも仲良くしてる。根が優しい子で行動力があるから何の苦にもならないはずよ。むしろ、貴族っていう身分制度の方が嫌かもしれないわ」

「だな」

「じゃあ、あの二人の未来が見えたの?」

「いいや。相変わらずだ。その濡れ衣の未来が消えただけだ」

「……そう」

「里奈はやっぱりあの男との未来を望むのか?」

「そりゃそうよ。それが一番幸せだと思うもの」

「俺たちがこうと願っても、あの子が何を望んでるかだな」

「あぁ、それもあるわね」



 ――もうすぐ夏休みを迎えようとしている頃。

 一本の電話が警察から高階家に繋がった。夕食の支度をしていた時刻。陽も仕事から帰宅し、悠斗も部活から帰ってきて、後は恵梨香の帰りを待つだけの高階家に。

 連絡を受けた一家は、現場へ急行した――。


 現場検証のため、そのままの状態になっていた。放り投げられたと思われる学生カバンと買い物袋。買い物袋の中には文房具が入っている。

 警察官の説明では、争った痕跡はなく、川に転落したと思われる形跡があるとのことだった。抉られた土手の土と引き千切られたような草の残骸は、滑り落ちたときにできたものだろうと推測された。この事から事件性は無いに等しいとされた。目撃者は誰もいない。第一発見者は近所に住んでいる青年で、日課のランニングをしていた時に不自然に放り出されたカバンを見つけて通報してくれたそうだ。日が暮れる前は、昼過ぎまで降っていた雨のせいで川は増水し、流れも速かったという。

 海にほど近いこの川では、流れからしても生存を確認するのは難しいとされたが、翌日警察が川の捜索にあたっていた。

 ――何の前触れもなく”その時”は突然訪れた。

 陽と里奈は、理解していても涙が止まらなかった。

 捜索は下流まで及んだが遺体は上がらず、生存の目撃者もいないため、事故死と断定された。

 葬儀が行われたが、祭壇の前に恵梨香の棺はない――。

 恵梨香の祖父母たちも悠斗も皆が悲嘆に暮れたが、徐々に死を受け入れていった。陽と里奈にとっても試練だった。別の世界で恵梨香は生きているなど誰が言えよう――。


 高階家の墓に恵梨香の名が刻まれた。

 ――『恵梨香 享年十五』――。

 遺骨の無い埋葬に、誰もが項垂れていた。


 皮肉にも、この日に運命が動いたのだ。

「里奈。恵梨香は小説の通りになったよ」

「え、あの子が一番いいって言っていた神官と?」

「ああ。無事に帰ってこれたようだ。幸せそうだ」

「よかった……本当によかったっ」

 里奈がようやく笑顔になる。ほっとした力の抜けた笑顔であるが。

「それで、あの子の未来も随分と変わったよ」

「そうなのね。じゃあ、あの二人は一緒になるの?」

「――何故だろね。あの子の選択にはよほど重要なことがあるんだろう。簡単に先が見えないんだ。俺の能力にも限界があるんだろうけど、まだ重要な出来事が待っているようなんだ。それに、気になる人物もいるしね」

「気になる人物?」

「あの子の未来に、ちょっとずつ出てくる茶髪で紫の瞳の男がいる。魂の色からして王子と同じ。なのに何で姿が違うのかね」

「えぇ?何してんのその王子。変装?」

「だろうね。アレクとか偽名まで使ってあの子の周りをちょろちょろして、何してんだか」

「――陽。その王子って冷めてる人物だって言ってたよね?」

「だな」

「ヘタレじゃない!!」

「……俺もそう思うよ……ただな、あの母親の所為で自分は結婚できないと思い込んでる。それにも原因があるようなんだ。ここにきて、新たに鮮明に出てきた人物たちもいる。その輩がまたくだらないんだ。あの子を罪人の娘と罵ってる」

「あの子の周りには、敵も多いのね……」

「あの男と一緒になるということは、王太子妃だからね。だけど、あの子の周りには心強い味方が大勢いるよ。いろんな縁を繋いだようだ。あの子がその重要な分岐点で選んだ状況によっては一緒になれるかもしれない。そこまで明るくなったよ。あの子の未来は」

「そうなのね」

「――ただ、あの子は……なりたくないみたいにも思える……」

「王太子妃に?」

「ああ――あの記憶を持つ子と出会う未来にも繋がったんだ。その子からゲームの事を聞いたことも原因かもしれない」

「まさか。二作目のヒロインがいるから」

「あの子がそのリリィって子を孤児院で見つけた未来に繋がったからね。その子の存在を知ってるし顔も合わせてる。その子のために関わらないようにしている可能性もあるし、母親の所為もあるし、別の理由もあるかもしれないんだ」

「あぁ……本当にあの子の運命は複雑すぎて……」

「次は何の試練が待っているというんだか……」


 陽が見る未来視では、あの子、ローズマリーが学園とはまた違った制服を着て、ルーファスの部下となって働いているところまでしかわからない。

 その先に何があるというのか――。



 その時は唐突に訪れた。休日の朝、目が覚めた時、陽はなんとなく気になって未来視をしてみたのだ。

 陽にも何が起こったのか詳細は分からない。いつの間にか運命が動いていた。

 それが――。

「……ん、おはよう。休日なのに早いのね……」

 隣で眠っていた里奈も目を覚ました。そして、夫の異変に気付いた。

 ――泣いていたのだ。

「陽っ、どうしたのっ」

 陽の唇が震えている。涙が止まらず、幾筋もの滴が布団を濡らす。

「里奈っっ」

 短く紡がれた言葉。それだけでも必死に言葉を発したかのように嗚咽を噛み殺す陽。あまりの様子に、里奈はおろおろしている。

 漸く陽の手が顔から離された。嗚咽も収まっていく。

「何があったの?」

「――過去のリナリアが、眠っている場所だ」

「え、何、どういうこと?」

 胸が締め付けられる思いの陽は、言葉が詰まってしまう。

「ゆっくりでいいわ、陽。ゆっくりで」

 里奈は陽の背をさすりながら落ち着かせる。そして、ぽつりぽつりと語りだした。

「――ヴェルメリオは、リナリアの亡骸を、あの国が見渡せる山の中腹に墓を作って埋葬したんだ。何年か経ってからもう一度訪れた。その場所から見えた光景に、ヴェルメリオは泣いていた。自分が焼き尽くした罪の場所は、綺麗な公園になっていたんだ。前にも言ったことがあっただろう。学園が建っているのが見えたって。その場所から見たんだ」

「そうだったんだ」

「まさにその場所で、アレク姿の王子があの子にプロポーズしているよ」

 里奈の身体が驚きに跳ね、それから歓喜の笑顔になる。

「じゃあ!二人は一緒になるのね!」

「いや、待ってくれ――それから先が何故か見えないんだ――どういう事なんだ。結婚式や子どもが生まれたところとか見えていいはずなのに、何も見えない……」

「陽、何があるの?」

「ちょっと待ってくれ。あ~、順番に話すよ」

「うん」

「あー、これはまあどうってことないけど、あのヒーロー連中と学園の中で、デモンストレーションみたいなことをするようだ。そこに王子が来る」

「え、シナリオ通りに来ちゃうわけ?――来てどうなるの?」

「全部は分からないけど、来て一緒にデモストしてるよ。その後、捕り物騒動がある」

「捕り物騒動?」

「男爵子息をあの子がお縄にする。偶々居合わせて、少女誘拐人身売買監禁を阻止するらしい」

「何その罪だらけの奴……」

「その男の事は里奈に教えなかったけど、もっと違う未来もあったんだ。言わないけど」

「う……」

「想像するな」

「わかった……」

「それから――どうしてこんな奴が出てくるのか……自己顕示欲の強い闇使いが開発した魔獣もどきと大量の死体を操って王都を襲うようだ」

「……死体って何……?」

「操り人形っていう術があってね、遺体や霊魂を操って人を襲う」

「そんなのとあの子が戦うの?勝つんでしょう?」

「ああ。大丈夫だ」

「よかったわ」

「これは意外だったな。あのリリィって子が、弟と婚約するみたいだ」

「へ?そんなことになるの?」

「運命とは不思議だな。里奈が書いた通り、その子は恵梨香とクラスメイトになってるよ。吃驚なことに、友達になってる」

「鳥肌が立った」

「俺もだ。その子も記憶がある子だった」

「あぁあぁ。鳥肌が収まらない。なんて運命の子が沢山いるわけ」

「こういうことになるのか――四人が友達になるみたいだ。あの公園で楽しそうにピクニックしてるよ」

「は?四人って誰?」

「恵梨香、あの子、リリィって子と記憶がある子。その記憶がある子が恵梨香とリリィとを繋いだんだ。なんだっけ。脳内お花畑じゃなかったから声をかけるそうだ」

「あ、そうか。その子がネット小説の話をしてたんだったわね」

「ああ。本当に運命とは不思議だ。奇跡の連続じゃないか」

「鳥肌っ」

「それから、また事件に巻き込まれる。本当に、あの子の未来は何故こんなに危険が多いんだ……」

「陽は、そんな未来の連続を見てきたんだね……」

「言ってなかったからね。だけど、これが絶対最後のはずなんだ。無事に事は終わってその先にあの場所でのプロポーズの未来がある。もう心配ないはずなのに――なのに何故その先が見えない……」

 眉間に皺を寄せて考え込む陽。

「もしかして、王子が変装姿だからなんじゃない?あの子は、王子だって気づいてないから、まだ未来が分からないんじゃ――どうしてそこまで来て王子と一緒になるのを拒むのかしら……?リリィちゃんも関係なくなったし、あの人達に遠慮して?」

「その時が来るまでわからないな。時期を考えれば夏頃みたいだ」

「あぁ……まだ五か月も先なのね」

「待つしかない」

「ええ」




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