外伝15
恵梨香が成長するにつれ、年々あのイラストの姿に似ていくことに、里奈と陽は感慨深かった。同時に辛さも湧いてくる。
手塩にかけて育ててきた娘をいずれ送り出すのだ――二度と手の届かぬあの世界へ。
「恵梨ちゃん。これね、お母さんが若い頃に流行ったゲームのなの。やってみる?」
恵梨香が中学三年を迎える春休みに、里奈はあのゲームを勧めてみた。恵梨香はもちろん現代っ子でゲームが好きだ。十年ちょっとも経てば時の移り変わりは早いもので、今や3Dゲームもできる時代だ。これは旧型機種のゲームのため、ちゃんとゲーム機本体も保管していた。
「へ~。乙女ゲームだね。うん!やってみる」
「キャラが五人いるけど、見た目は誰が好き?」
「えっとねぇ、この人かなぁ。優しそう」
里奈は恵梨香が指したキャラに心臓が跳ねた。それは、ライオネルだったからだ。鳥肌が立っていた。
「そうなのね。昔はこのキャラが人気一位だったのよ。この人が二位。で、恵梨ちゃんが選んだ人は三位。四位は魔導師さんで、騎士さんが五位」
「へ~。私、冷徹とかヤダなぁ」
「まあ、中身をやってみたら変わったりするかもね」
「あ、これ戦闘もあるんだ。へ~」
恵梨香は早速NEW GAMEを選んで開始した。
「あれ?苗字が一緒だね。高階ってかっこいい名前なのかな」
「ふふ。どうかしらね」
恵梨香は主人公の名を迷わず『エリカ』と自分の名を入力したのだ。
本当に、本当にあの未来視通りに事が進んでいこうとしている予感がしてならない。未来視では、15歳から学園に入学するらしい。ならば、今年ということになる。
だが、それがいつなのかは全くわからない。いつどこで起こるのかも。
里奈は娘が画面と睨めっこしている姿を見つめながら、茉璃乃も同じようにゲームに没頭していたことを思い出していた。
陽が時々教えてくれる未来視。運命が動くと、今まで見えていた未来が消えて、また新しい未来が見えてくるらしい。
ゲームでは酷い扱いをしてしまったミレーユが行方不明になったと聞いて、肝が冷えたこともあった。
そして、ヴェルメリオの昔の友と出会う未来に繋がったらしい。これによって、いくつか見えていた死や絶望の未来が消えたそうだ。そんな未来があったのかと、里奈は複雑な気分だ。だけど、陽はそれをずっと見ているしかなかったのだ。そんな未来を見ながらシナリオ作りのサポートをしていた彼の気持ちは、想像に難くない――。
それでも、大きな分岐点は今でも変わらないらしい。それは、恵梨香が選ぶ未来が待ち受けているからだという。どうしてもその先の未来が現れないそうだ。
恵梨香は命を落とすわけではないので、陽の未来視は通用しない。恵梨香側から確認することはできない。恵梨香の未来も、あの子を通してしか知ることができない。他の者たちには直に会ったことがないので見ることはできない。陽の能力も万能ではなかった。
「うわぁ~。このゲームエグイねぇ。やっぱこの王子様やだ。怖いよ」
一番最初に攻略し終えた王子ルートに、恵梨香は顔を顰めていた。好感度は自力で上げていたものの、ヒロインには優しかったとしても、やっぱり冷徹は好きになれないらしい。
次は、宰相補佐ルートに取り掛かっている。このゲームは学園での修業期間を共有できるシステムで、修業期間が終わったところからのセーブデータで魔族討伐へ行くことができる。修業期間中にいかに魔法レベルを上げておくかが肝となるが、一番難しい王子ルートをクリアできたのなら、後はストーリーを楽しめるほど戦いのレベルは問題ない。何故なら、他のメンバーは王子の警護に回り、主人公主体で魔王との対決があるのだ。メーンキャラなので、一番難易度が高く設定されている。他の四人は、魔王との対決の時にサポートを得られるから難易度が下がる。ゲーム会社はキャラの職種に合わせて作り込んでいた。
「う~ん……このキャラ、暗いね……やだなぁ……」
宰相補佐ルートもお気に召さなかったらしい。
「お母さん。本当にこのゲーム人気あったの?」
「当時はねぇ」
「乙女ゲームなのに、アクション要素が多いんだね、このゲーム」
「そうねぇ。魔族討伐がメーンですものね」
「まあ、他のルートもやってみる。あ、このお気に入りのキャラは最後にしようっと」
残りの三人の攻略に取り掛かっていく。途中で止めるかと危惧したが、里奈は胸を撫で下ろしていた。
「うわぁぁ……この魔導師さん、暗っ!怖っ!やばっ!修業の時から思ってたけどやだなぁ……」
そうぶつぶつ言いながらも、しっかり好感度は上げてクリアしていた。
「おい、恵梨香。そろそろ終われよ。俺もテレビ見たいぞ」
「あ、ごめん。ちょっと待って、もうすぐエンディング終わるから」
部屋からリビングに来た悠斗の一声で、いったんゲームはお預けとなっていた。悠斗に急かされて、魔導師ルートのエンディングは碌に見ていなかった。
残りは、騎士ルートと神官ルート。
だが何より大切なのは、このゲームに登場した人物たちの名と、自分が置かれる立場となる『勇者』の事を覚えていてくれればそれでいいと思う。その時が来たとき、召喚されてあちらの世界へ行ったとき、どうかこの出来事を思い出してくれればと――仕事から帰宅した陽と二人でしみじみと語っていた。
全部の攻略が終わった恵梨香が言っていた。やっぱり見た目通り神官ルートが一番良かったと。
里奈は、あの小説まで見せる必要はないと思っていた。それと、二作目のディスクも保管していたが、これは本当に作り物でしかないのでさせる気はなかった。
何の根拠もない物語を鵜呑みにしてしまうことを危惧したからだ。下手な先入観を持たせるわけにはいかない。
――本当に予言を使って作った作品なので、名前や世界観がそのままだから本当の事だと思うかもしれない。
貴女は、これからその世界に行くのよなんて誰が言える――。
「……里奈。そう思い詰めるな。恵梨香を信じてやれ」
「……ええ……わかってるけど……それでも……」
「俺も同じだよ。少しずつ受け入れるしかない」
茉璃乃を失った両親の気持ちが痛いほどわかる。なら今度は――孫まで失うのだ。
その時どうしたらいいのだ――。
「……どんな状況でいなくなるのか……悠斗も両親もどんな思いをするのか……」
「その時が来たら、皆で乗り越えるしかない……」
「ええ……」




