外伝14
かくして、里奈にとって一世一代の取り組みが始まっていた。大学を卒業するまで、後二年を切っている。娘を何歳で産むのかわからないこともあり、事は急がれる。未来で売れているからといって胡坐をかいたばかりにしくじるわけにはいかない。そんなに現実は甘くないはずだ。自分が書いた出来栄えで、未来が変わってもおかしくないのだから。
まずは、魔族討伐の件を一作目に決めた。
ヒロインの名前だが、未来の娘の名を出すのは憚られる。娘にもさせるのだし、それを目の当たりにさせるのは都合が悪いと判断したからだ。だから、プレーヤーが決める仕様を考える。
娘が一学年であの子が三学年。三学年の女生徒はあの子一人。あの子を悪役令嬢にするわけにはいかない。だったらと、悪役令嬢を担う子を全く関係のない二年生の子と下手に決めれば支障があるので、架空の人物を作り上げた。
二作目との関連性も視野に入れながらシナリオを作り上げていく。
そしていつしか年も変わっていた。新学期を迎えれば、大学卒業までのタイムリミットは後一年――――。
そんな中――茉璃乃の体調に異変が起きていた。
美大に推薦入学が決まった矢先の出来事だった。
大学費用の足しにしたいといって画材屋のバイトを始めていたのだが、仕事から帰ってきた茉璃乃は顔色が悪かった。
おなかが痛いと言ったのだ。それから早かった。
進行性のがんを患っていたのだ。家族は悲嘆に暮れていた。愛娘の命が消えようとしているのだ。どうすることも出来ず、大学の内定を辞退し入院することになった。
そして、19歳の誕生日を迎えた後、この世を去ったのだ。
こんなに早く逝ってしまうとは思わなかった。まだ時間があると思っていたのに。
里奈は更に頑張っていた。悲しみを乗り越え、ようやく出来上がった一作目のシナリオをゲーム会社に持ち込んでいた。
幸いなことに、直ぐに企画が通ったのだ。担当者は目を輝かせて、必ず成功させてみると意気込んでいる。里奈は胸を撫で下ろしていた。
「勝手なお願いかもしれませんが、キャラクターデザインはこれを使用していただきたいのです」
「ん?キャラデザまで用意されていたんですか?」
「ええ。妹が描いたんです」
「ほお。姉妹で作品を作りたいということですか。ああ、これほどのクオリティなら大丈夫ですよ。キャラのイメージに合わせられたんですね。だったら、モブのキャラデザもお願いできませんか?」
「申し訳ありません。妹は先月亡くなったんです」
「そうでしたか……遺作になるんですね。なら、是非使わせていただきますよ」
「有り難うございます。妹も喜ぶと思います。ゲームを創るのが夢だったんです」
それから一年後、一作目の『悠久の世界~予言と魔法の書~』が販売された。
ゲーム会社からの知らせでは売れ行きが上々らしい。これで里奈の役目の半分を終えたことになる。そして、未来視通りに二作目のシナリオの依頼が来たのだ。この人気に乗じて次作を販売したいと。
二作目のヒロインの攻略対象に悩んでいたのだが、一作目のキャラ人気投票の上位二名を組み込むことになったのだ。奇しくも、一位がレオンハルトであった。これには陽も唸っていた。
二作目に組み込むということは、もしかすれば娘はその未来を選ばないかもしれない可能性があると思うからだ。これが運命の流れなら、ひょっとしてと勘繰るのは致し方なかった。
シナリオにも注文がついていた。今流行りの逆ハーと略奪を入れてほしいというものだった。何と都合がいいようになっているのかと、これまた二人は唸っていた。
身重の里奈は、一切妥協せずに二作目を作り上げた。
『悠久の世界~愛花~』。
キャラデザの準備をしていたことには驚かれたが、嘘も方便で別のゲームのためのキャラだったと乗り切っていた。
二作目の製作が行われる中、長男を出産した。名を悠斗と名付けた。娘でなかったことにほっとしたのは内緒である。
それから間もなくして、二作目も販売された。これも反響が良かったために、思わぬ依頼が舞い込んでいた。
それは、一作目と二作目を合体させた『小説』を書いて欲しいという依頼だった。ゲームでは描かれなかったストーリーも盛り込んでほしいと。
「――陽。どう思う?」
「里奈が言ってただろう。物事には意味があるんだって。もしかしたら、その小説も必要なのかもしれないね。まだ見ぬ未来に」
「じゃあ、この子が産まれる前に仕上げないといけないわね」
妊娠が分かったお腹を撫でながら、里奈は呟く。
「無理はするなよ。体が一番大切なんだからな」
「ええ。悠斗もいるから、母にも手伝ってもらうわ」
「これが最後のはずだ。正念場だな」
「ええ」
ゲームには登場させなかったあの子の名も使うことを決めた。一作目と二作目を通してその家族の名前が必要になったからだ。
陽から聞いた来世の母親――あの王妃だった魂を持つ者の名はダリア。来世でも酷い母親だという。人を陥れることを何とも思わず、娘にまでそれを平気で口にするらしい。挙句、来世のあの子の弟となるオスカーを完全無視するそうだ。さらに言えば、享楽三昧に耽ってもいるという。あの時と何も変わっていないではないか。本当に救いようのない。
ゲームには出さなかった裏ストーリー。ミレーユを階段から突き落として殺害した黒幕がローズマリーだ。それは、母親に唆されての犯行だという設定だ。
それと、母親の享楽三昧にあの子が腹を立てるらしいので、その状況から借金苦という設定にして、その借金が仇となり、人身売買に手を染める設定を作り上げた。それが二作目のヒロインの誘拐事件に繋がるのだ。
一作目のヒロインは小説でも名前を出すことは控えて、タカシナで通した。ここで悩んだのがヒロインの結末だ。二作目に王太子と宰相補佐が登場するから残りの三人の内の一人と添い遂げることになる。
今お腹の中にいる娘は、誰と幸せになるのかと思案する。未来視の娘が使う魔法は、記憶のリナリアが使っていた光魔法と同じ。光魔法を使う者たちは治癒士として神殿に属しているという。
ならば、同じ神官と添い遂げるのはどうかと結論付け、神官ライオネルとのストーリーに決定した。
全てを描き上げた。
『悠久の世界』。
小説を書く夢も叶えた瞬間だった。
小説が売り出されば、これも反響を得ることができた。別の作品をと依頼が来たが、里奈はこれに応じることはなかった。
この作品が、生涯最初で最後と決めていたからだ。
それから間もなく、無事に娘を出産した――名を『恵梨香』と名付けた。
産まれたときから恵梨香は、日本人にしては色素の薄い髪と瞳をしていた。召喚されたら、茉璃乃が描き起こしたイラストに近い、もっと鮮やかな茶髪になるらしい。
だが、この事で娘が苦労することは胸が痛かった。
見た目はダブルに見えなくもなく、お前の親は本当の親なのかと心ない言葉をぶつけられることもある。悠斗がいつも傍についていて、心優しい兄に成長していた。
「里奈っ、運命が動いたっ」
「え?未来視ができるのっ?」
「ああ!今まで見えていた未来の一部が消えたんだ!」
「そうなのね!」
「――そうか。あの母親を伯爵家から追い出したからか」
「は?追い出した?」
「あの子が祖父母と結託して離婚させたんだよ」
「父親がさせたんじゃなくて、あの子がさせたの?」
「だな。なんていうか、あの碌でもない妻に、手の施しようがなかったんだろう。でも、あの子はそんな状況を打破できたんだ」
「そっか。でもよかった。これから、あの子の未来が分かるのね」
「ああ、そうだな。幸せになれることを祈ろう」
「ええ」
11/6 一部修正しました。




