外伝13
約束の週末。
「茉璃乃ー。陽来たよー」
「はーい」
扉を開けて視界に飛び込んできたのは、テーブルに置かれた紙束だった。
「ごめんねぇ。見てもらったらわかるけど、俺全然だめでさ」
顔に出さないようにしても、茉璃乃の顔が強張っているのがわかる。
「おぉ……何と申し上げれば……」
「あはは……うん、気にしないでくれ。こんなイメージかなぁって描いただけだから。こんな感じって言えば描いてもらえる?」
「いいですよ。シルエットはこれを基にするんですよね?」
「そうだね。細かいところをお願いしたいんだ。俺が聞いたイメージを伝えるから」
「了解っす」
それからは、陽と茉璃乃の共同作業が始まった。茉璃乃は描き慣れているだけあって、こんな感じといえばイケメンに描き起こしていた。
その中の人物――茉璃乃には名前を伝えていないが、レオンハルト・フォン・ローゼンベルクを描いてもらう時には、表現し難いものが込み上げた。
あのエドワード・フォン・ローゼンベルクと似通った容姿。そのエドワードの魂の色を持つ、後に『ローゼンベルクの至宝』と呼ばれる男――――。
同じ魂を持つ者同士なのに、伴侶になる未来が見えない。まだ視えない未来のその先に、願わくば寄り添う未来があればと陽は思う。
そして描き起こしたのは、メーンキャラ八名と女性キャラ六名だ。出来上がったものを見れば、何とも現実味を帯びてきたことかと、ひしひしと感じている。
「ありがとう。十分すぎるくらい助かったよ」
「いえいえ。どもども」
ではではごゆっくり~と、茉璃乃は気を利かせてリビングを後にした。本日は、父と母は夫婦水入らずで外出中だ。
――二人が出掛ける前に、陽は遂に、赤嶺父との面談?を果たしたのだ。
「お疲れ、陽」
「なかなか濃い時間だったよ。里奈のお父さん、確かに優しい人だね」
「うん。母はちょっと抜けてるけどね」
「可愛らしいくらいだと思うよ」
「ありがとう」
「俺の両親にも紹介するからね」
「う、うん」
陽の表情が引き締まった。何事かと里奈は陽に向き直る。
「里奈。もっとかっこよく雰囲気のある場所で言えればよかったけど聞いて欲しい」
「う、うん」
「俺と結婚してくれる?」
なんとなく察した言葉でも、実際言われるとものすごい衝撃があった。途端に里奈の顔が真っ赤になった。
「もちろん、大学を卒業してからだけどね」
「うん。わかってる。私でよければお願いします」
「ありがとう、里奈。”どんなことがあっても”俺がいるから」
「うん」
穏やかになっていた陽の表情が更に引き締まる。
「――里奈。今から大切なことを言うから落ち着いて聞いてくれ」
「何?」
陽の声がいつになく緊張を帯びているように感じた里奈は、食い入るように陽を見つめている。
「あの子が転生するのは、魔族が出現する時期だと言ったことがあっただろう?」
「うん」
「――――その魔族と戦うために……あの世界に『召喚』される子がいるんだ」
「は?え、それって……この地球からあっちの世界へ行くって事?」
「そうだよ」
こればかりは里奈も思考回路がショートしそうである。それをわかっていて、黙って見過ごすのかと何とも言い難い気持ちが湧き上がってくる。
だが、次の言葉で頭が真っ白になった。
「――その子は……俺たちの子かもしれない……いや、間違いないと思う。未来視には、その子の名がタカシナと出てくるんだ」
里奈の状態に、陽の表情が翳る。
それはつまり、我が子が誘拐同然にいなくなるということだ。それを承知で送り出すことになるのだから。
陽は、里奈の状態が落ち着くまで辛抱強く待った。
「……そんなことって……あんまりだわ……」
「だから言ったんだ……あの子の未来は複雑だと……俺たちの娘の選択でも、あの子の未来が変わるんだ……」
「もし、もし私たちの娘があっちへ行かなかったら……?」
「――その未来があるとは思えないよ……あちらの者たちが召喚に失敗するとは思えないからね。召喚魔法は確実に存在している――時に竜人族は、人間に魔法を教えたことがあるんだ。秘されたものもあるが、必要だと思われるものは公開してきたんだ。それを人間がアレンジして、独自で開発する者もいる。魔方陣はその典型だよ」
里奈の顔が苦悶に歪む。
「里奈――俺たちの子が、この子だよ」
茉璃乃が描き上げた中のうちのひとつ。茶髪のボブの、可愛らしい女の子のイラストだ。
「主人公の本当の名前が必要だからね……隠していても、名前でばれると思ったんだ。里奈、辛いのはわかるけど、これも俺たちの運命だよ。俺たちの娘も大変な運命だと思う。だけど、不幸になるって限らないよ?あちらの世界で幸せになれるかもしれない。そうだろう?」
里奈は苦悶の表情で瞑目している。
「……なら、私たちの娘にも、このゲームをさせるつもりなのね……?」
「ああ。その時の心の準備のために。突然異世界に連れていかれたら、誰だって泣き叫ぶと思うからね」
「陽……今まで一人で抱え込んでたのね……?」
「少しづつ、道筋を辿ってきた。推測の域もある。俺も気持ちの整理をつけながら見てきたんだ」
「わかった。投げ出さずに頑張るわ」
「ああ。里奈ならそう言うと思ったよ」
陽がイラストを並べ始める。それに合わせて、名が書かれた紙を重ねていく。それには、文言が書き加えられていた。
「俺たちの娘の名は『エリカ』だよ。そして、この五人と一緒に魔族討伐に行くみたいだ。王太子レオンハルト。宰相補佐メルヴィル。近衛騎士アルバート。宮廷魔導師ルーファス。神官ライオネル」
「残りはどういう関係?」
「この三人の男たちは、娘のクラスメイトみたいなんだ」
「は?クラス?」
「どうやら、学園があるみたいだよ」
「そんな時代になってるんだ」
「ヴェルメリオが死ぬ前に見たことがある。新しい王宮の隣に立っていた建物がそうだろう。新しい国王は、教育も推奨していたんだろうね」
「素晴らしい人だったのね、あの子が結婚しようとしてた人」
「そうだね――それを思うと、この記憶の過去は歯痒いね。自分じゃないけど悔しくなるよ……」
「それは違うと思うよ?」
「何がだい?」
「うまく言えないけど、あの国は腐ってたもの。あの兄が国王になっても碌な国にならなかったと思うの。ヴェルメリオは、沢山の人たちを救ったのよ。だって、戦争しようとしてたでしょう?それを食い止めたってことだもの。あの子といたことは、きっと運命だったのよ」
「ありがとう、里奈。なんだか救われた気分になったよ。俺じゃないのにね」
「……このシナリオ書くときも複雑な気分になりそうだわ……」
「一人で抱え込まないようにね」
「うん」
「続きを言うね。この三人は、公爵家長男シルヴァイ、侯爵家次男キース。この騎士の弟だよ。そして、この黒髪の男が隣国の第二王子カイザール。で、この三人の女の子がこの男たちの相手みたいだ。この子が王女クリスティーナ。婚約とかの話はまだないけど、この王子が好きみたいだ。後は伯爵家の令嬢ライナとターニャ。ライナが公爵家嫡男の婚約者でターニャはこっち。この桃色の髪の子はミレーユで、この宰相補佐の妹だよ。気が強い子みたいだ。この七人が同級生」
「この金髪の一番可愛い子は?」
「この子がね――一番わかりにくいんだ。どの未来を見てもはっきりしない。でも、確実に関係がある。記憶がある子が言ってたんだ。このリリィって子が二作目のヒロインなんだそうだ。この子は2歳の時に自宅の庭で遊んでたら誘拐されるらしくてね。兄の名は、エルリックと言ってたな」
「二作目も作ってるのね――ってことは、結構売れたって事、よね。じゃなきゃ、二作目なんて作らないでしょう?」
「そういうことになるね」
だらりと椅子に凭れ掛かって天井を見上げる里奈。
「責任重大だわ……」
「ああ」
ふと、里奈が固まった。
「――陽――」
「何?」
「娘が召喚されるときには、既にあの子があっちの世界にいるって事よね……?」
「そうだね……」
「まさかっ」
凭れ掛かっていた体をがばりと起こし、陽に詰め寄った。
「……じゃあ……茉璃乃は……」
陽の顔が苦渋に歪む。
すなわち、茉璃乃の寿命は、後僅かということなのだ。
「……そんな……そんな……だったら、いつあの子は幸せになるの……」
「里奈……まだ決まったわけじゃない。未来は分からない。あの子の未来はまだ途中なんだ。友が言っていた。ある時点での選択がなされたとき『運命が動き出す』って。あの子も、娘も、まだ何も決まってないんだ。それは誰だって同じだろう?奇跡的にも俺たちはこうやって巡り合えた。なら、あの子たちの未来にも奇跡があるかもしれない。無理やりだけど、こうも考えらえれるよ。茉璃乃ちゃんは、あの魂の男と巡り合うために寿命を終えるんだって」
ぽろぽろと涙を流す里奈の目元を優しく拭いながら語り掛ける。
「里奈。これにはタイムリミットがある」
嗚咽を噛み殺す里奈は言葉が出ない。
「その記憶を持つ子も、娘と同じクラスなんだ。だったら、時間軸からして娘が生まれる前に二作とも販売されていなければならないだろう?」
こくんと頷く。
「――里奈。あの子が転生した時の名はね――ローズマリーだよ――」
里奈の顔が泣き笑いになる。
「……茉璃乃……青薔薇が見たいって言ってたの……」
「そうなんだね。青髪の可憐な子になるよ」
陽に、労うような笑顔が浮かんでいる。
「もう一つ、俺のこの力だけど、茉璃乃ちゃんの時間がきたとき……未来視が出来るか保証がないんだ」
「……そう、か……その人の来世の未来視だもんね」
「ああ。ここまで分かっておいて、その先が分からないなんて残酷としか言えないよ」
「陽……まだわからないわ。このことは、その時になって考えましょう?」
「そうだね……」
「うん……」
陽は、シナリオ作りに使えそうなことを里奈に提供していく。但し、竜人族の事は秘匿している。竜の存在をオープンにはできないからだ。
それと、秘密にしていたことがあった。桃色の髪の女の子ミレーユの事だ。不遇の家庭環境の事は伏せていた。あまりにもマリーの境遇に似ていたから酷だと思ったのだ。
青薔薇の花言葉:奇跡




