外伝11
陽はこの日、初めて赤嶺家にお邪魔していた。父親は仕事で、母親は買い物に出かけているので里奈と陽の二人きり。
そこへ、誰かが帰宅してきた。
「ただいまー」
リビングに顔を出したのは茉璃乃であった。
リビングの扉を開けたまま、茉璃乃が固まっている。見知らぬ男性が我が家にいることに驚いていた。が、気を取り直してテーブルを見た茉璃乃は、いそいそとキッチンに向かって行った。
何をしているのかと里奈が訝しんでいると、茉璃乃がお盆に湯呑を二つ乗せてきた。
「粗茶ですが」
そう言ってしずしずと二人分のお茶を差し出して、にっこりと微笑みながら。
「ごゆっくり」
意味深な笑みを里奈に向けてリビングを後にした。
その笑みに里奈は半眼になりながら茉璃乃が去っていった扉を見ている。絶対後で揶揄うつもりだと見え見えだ。
視線を陽に移すと――――泣いていたのだ。
「ど、どうしたのっ」
陽は嗚咽を噛み殺していた。テーブルに肘をついて片手で目元を覆って泣いているのだ。里奈は何が何だかわからずも、陽が落ち着くのを待っている。
「……そうか……そうだったのか……君たちは、また姉妹だったんだな……」
「え」
泣いて赤い目をした陽が顔を上げて語りだした。
「……やっと分かった……何故俺にこの力が必要だったのか……里奈……あの子は、マリーの生まれ変わりだ。そしてまた、あの子はあの世界に転生する」
「転生?」
「――俺は、”未来視”ができるんだ。でも今のじゃない。”転生した先の未来”なんだ」
またしても荒唐無稽な話だが、里奈にはしっくりきていた。
「陽……私たちがこの記憶で出会ったのは、あの子のためじゃないのかな……」
「……そうか……そうかもな。今、あの子の未来から懐かしい友の姿を見たよ。あいつはまだ生きていたんだな……」
「友って、竜の?」
「ああ、そうだよ。ただ、この未来視は確定しているわけじゃない。運命とは複雑なんだ。友がよく言っていた。あいつも未来視ができるんだ。未来は選択によって変わると。未来は一つじゃない」
「何が見えたの?」
「あの子がまた、あの時の姿で転生しているよ」
「え――青い髪に金と銀の目?」
「ああ。セレステでね」
「ん?何そのセレステって」
「あの世界では魔法属性が色に出ているんだ―――ってな具合にね。あの子は、全属性が使えていたよ」
「ん~。なかなかチートな子だったのね」
「もう一度よく見てみないことには分からない。一つ気になることがあるんだ」
「何?」
「君は知らないだろうが、あの世界には、魔族がいるんだよ」
「――えっと。はい。魔族ね」
「この世界のファンタジー小説って、時々あっちの世界の人間が俺たちみたいに来てるんじゃないかと思う時があるよ」
「だね。ドラゴンってあるもんね」
「ああ。話を戻すけど、その魔族が出現する時期に鉢合わせるようなんだ」
「え。その魔族と戦うの?あの子が?」
「いや。そこまで分からない。別の女の子が見えたけど、どう関わるのか分からない」
「茉璃乃を連れてこようか?」
その時、別の誰かが帰宅してきた。母だ。
「あら?あらあら?初めまして、里奈の母です」
興味津々に陽を見る赤嶺家の母。
「初めまして。高階陽と申します」
「あらあら。爽やかな方ね。もしかして、里奈ちゃんの彼氏さん?」
「うん、まあ」
里奈は面食らう。確かにそうだが、そんな言われ方をされるとなかなか恥ずかしいものがある。
「あらあら。ちゃんとお茶を出してたのね。えらいえらい」
陽がそっと視線を遠くへやった。
「――出したのは、茉璃乃」
「そうだったの。ごめんなさいねぇ、気の利かない子で。あ!そうだわ。高階さんは甘いもの好きかしら?」
「はい。特に苦手な物はありません」
「そうなのね!丁度羊羹があるから今準備するわね」
「あ、いえ、お構いなく」
「あらあら。まあまあ」
そんなことを言いながら、母はいそいそとキッチンで羊羹を切っている。お皿に盛りつけて運んでくると――。
「あーー!お姉ちゃんたちだけ狡い!私も食べたい!」
どこから嗅ぎ付けたのか、騒がしい声を上げて茉璃乃がリビングの扉を開けてきた。子どものころから食べ物に執着を見せる茉璃乃。そのことに思い至った里奈は心が痛んだ。
魂に刻まれているとでもいう表現がしっくりくる。
察した陽が、そっとテーブルの下で手を繋いだ。それだけで里奈の心が温かくなる。
「はいはい、茉璃乃ちゃんの分も切ってあげるから」
「自分で切るよ。ほら、お母さんも邪魔しちゃだめだよ」
いそいそと羊羹を切って、母を引き摺っていく。
「もう、茉璃乃ちゃん。お母さんもお話ししたいのよ」
「はあ?馬に蹴られるよ」
どこか抜けている母を今度こそ引き摺って行った。
「――ごめん。騒がしくて」
「構わないよ。今生の家族は楽しそうだね」
「うん。父も優しい人よ」
「よかったな」
「うん」
「――――もう一度見てみたけど……何かおかしいんだ」
「どういうこと?」
「推測だが、あの子は、俺たちみたいに記憶が甦るのかもしれない」
「え?あの時の記憶ってこと?」
「――いや。それでは様子が変だ――ひょっとしたら、今の記憶かもしれない」
「この世界の記憶を持ってたって何にもならないんじゃ……」
「忌々しいことに。あの子の近くにあの王妃の魂の色があった」
これには、里奈は閉口するしかなかった。
「里奈が気にすることはないよ――またあの子の邪魔をするのか……」
「……邪魔って……」
「あの子とその魂の人間が喧嘩しているのが見えた。そして、何かがきっかけで避けるようになる。とても深刻なようなんだ……もどかしいな。全部が繋がればわかるのに」
「他にも知ってる魂があるの?」
「――」
言い淀む陽の様子に、里奈の眉間に皺が寄る。
「よくないこと?」
「いいや。逆だよ――これが運命なら、そうなのかもしれない」
「どういうこと?」
「あの子の伯父と言っていた魂がすぐ近くにいる。未来の弟のようだ」
「弟」
「それと――あの子を愛した男だ」
里奈の記憶の中に、あの子の名を叫ぶ男性の声を思い出していた。
悲痛に叫ぶあの声を――。
「その男もまた、その時と同じ容貌で生まれているよ」
「あぁ。きっと運命なんだね」
「――それが、そうもいかないようだ」
「え。また?」
「どうしてこんなにあの子は試練が多いんだ……何故二人はこうも辛い目に合う……あの子の運命は複雑すぎて……」
頭を抱えているので余程の事なのだろう。
「陽。複雑すぎるってどういうこと?選択肢が多いって事?」
「いや。他者の選択に左右されやすい未来なんだ。その者たちが何を選ぶかで、あの子の未来が大きく変わっていくようなんだ。それもありすぎて、どれがどれに繋がっているのかさっぱりだ……あまり見すぎると、俺の方がパンクしそうだ……」
お手上げだと、陽が両手を上げて瞑目している。
「何か――きっと何か、あの子のためにできることがあるはずだわ。それはまだ分からないけど、きっとそうなのよ。じゃなきゃ、なんでこんな記憶が甦ったのか意味がなくなるもの。物事にはきっと何か意味があるのよ」
「そうだな。俺も考えてみるよ」
「うん」
気が付けば、結構な時間になっていた。
「おっと。長居してしまったな。ここに居座ってたら、夕飯の準備とかできないだろうからね。そろそろ帰るよ」
「あ、うん。また明日」
「ああ。後でメールするよ」
「うん」
陽が帰ると、里奈は母と茉璃乃からの怒涛の質問攻めに合っていた。父が帰ってくると、そのまま暴露されてしまい。
「里奈――一度父ちゃんにも紹介しなさい――」
父が据わった目をしていた。




