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外伝10



 西暦199X年。


 はっと目が覚めると、頬には幾筋もの涙が流れていた。部屋を見回してみればまだ暗い。涙を拭いながらデジタル時計を見れば、時刻はまだ四時を表示している。

(さっきのは、ただの夢……?)

「いいえ……違う……これは『記憶』なんだ……」

 里奈は、ベッドの上で呟いた。

 今日は、大学の入学式。寝不足で式に臨めば居眠りをしてしまうかもしれないと思うも、あまりにも鮮明な記憶に眠気が吹き飛んでいた。

 胸を締め付けられるような悲しい記憶。

 両親に愛情を貰えなかった過去の記憶。だが今はちゃんと両親が揃っていて、家族仲も良好だ。一般家庭に生まれた自分は、それなりの生活を送っている。

 だから、何も悲しいことはない。この記憶は――過去の記憶なのだから。

 そう思いながら何とか寝直そうとしたが、無駄な努力だった。


「――おはよう」

「あら里奈ちゃん、どうしたのその顔。思いっきりクマができてるじゃない。今日は入学式なのよ?彼氏なんかができちゃうお年頃なのよ?どうするの~。そんな顔じゃ、イケメンゲットできないわよ?」

 母は、大学時代に父と知り合ったのだが、大学でも話題のイケメンをゲットした遍歴の持ち主だ。母も可愛い美人に分類されると思う。これで19の娘を持つ母親かというほど若々しい。

「お~……はよぅ……」

 ぬぼ~っとした顔で起きてきたのは父だ。今の顔は、本当にイケメンか?と疑いたくなるが、背広を着てセットすれば、母がきゃっきゃいう男前のダンディおじさまになるのだが、そのギャップが激しい。

 母が、別の部屋の主を起こしに行った。

 母の後ろに、これまたぬぼ~っとした顔で起きてきたのは三つ下の妹、茉璃乃だ。父に似て朝が弱い。

「う~~」

「ほらほら、茉璃乃ちゃん、顔を洗ってきなさい」

「う~~」

「ま~り~。待てぇ~。父ちゃんが先だぁ」

 この時、どきっと里奈の心臓が跳ね上がった。

 マリー。

 過去の記憶の腹違いの妹の名。

「んもう……茉璃乃ちゃんたら、お年頃なのになにその恰好は……明日から高校生になるのよ?ドッキドキの学園ライフが待ってるのよ?Tシャツに甚平で寝るのはどうかと思うわよ……?」

「う~~」

(過去の妹は――確か――ん?何歳だっけ?う~ん……家族の年齢が分からないなんてどんだけな姉だったわけ……)

 本当に酷い記憶だ。

「ほらほら里奈ちゃん。ぼーっとしてないで朝ご飯食べなさい。入学式に遅れるわよ」

「あー、うん」

 これが自分の生活なんだ。過去がどうであれ、自分には関係ない。

(私は私だ――)



 大学の入学式は、ぎりぎり居眠りもすることなく終えることができた。知り合いもいない里奈は、さっさと帰るかと帰り支度をする。外に出てみれば、サークルの勧誘で賑わっている。

 サークルはどうしようかと思いながらも素通りしていた。


 目を引くわけではないが、爽やかな印象を与える青年が視界の先にいた。何故その青年に目が留まったか分からないが、目が離せないでいる。進む先にいるので自然と距離が縮まっていく。

 どこか別の場所を見ていたその青年と視線が合った。

 どきんと心臓が跳ねる。

 相手の青年も里奈を見ているのだ。片時も目を逸らさずに。そして、里奈の足が自然とその青年の前で止まっていた。


「――ヴェルメリオという名を知っているかい?」


 目の前の青年は、何と言った?

「俺は高階(よう)。君の名前は?」

「赤嶺里奈」

「もう一度聞くよ。ヴェルメリオって知ってるだろう?」


 里奈の頬を涙が伝っていた。ぽろぽろととめどなく。

 確かに里奈の心が泣いているのだ。ぎゅっと心を締め付けられるその名に、里奈の心が泣いているのだ。

「あ~……ここではまずいな……俺が泣かせたみたいで……」

 じろじろと他の学生たちから白い目で見られていることに気付いた里奈は、急いで涙を拭いた。

「ごめんなさい……」

「リナリア――この記憶が湧いて出てから、もう一度君と会えると信じていた――やっと会えたよ」

 記憶にある名に、里奈の心が震えた。

 またしても涙が溢れてくる。高階陽が慌てて視線から隠すように背中を押して人通りの少ない場所へと誘導していく。

 レンガ敷きの整備された場所にベンチがあったので、二人は腰かけた。

 初対面のはずなのに、前々からの知り合いような感じがして落ち着ける感覚に、里奈は戸惑いも感じている。

「――なんで分かるんですか?」

「あちらの世界で生きていた時、彼の能力はその者の魂の色を見ることができたんだ。その能力が引き継がれたみたいなんだよね。里奈を一目見たときわかったよ。君がリナリアの生まれ変わりだと」

 こんな話は別の人間が聞いたら荒唐無稽すぎてとんでもないことになりそうだが、なにせ記憶が甦った里奈には理解できすぎるほど理解している。

「この奇跡に感謝するよ。不思議だな。あれだけ他人の記憶だと忌避していたのに、君と出会ったら理解した。君が運命の相手だって確信したよ」

 なかなかクサイ言葉だが、里奈も同じようなことを考えていた。

「記憶が甦ったのはいつですか?」

「あ~、確か10歳の時だったな」

「私は、今朝」

「は?」

「え、だから今朝」

「は?」

「――」

 高階陽は、眉間を押さえて撃沈している。

「君は、悩む期間もなく俺と出会ったのか……」

「そうですね。私は私だと割り切りましたから」

「……俺ももう少し成長してからにしてほしかった……」

 

 改めて自己紹介すれば、同じ学年で同じ学部だった。それからの二人は、自然と付き合うようになっていた。




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