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外伝7


 エドワードとステファンは王宮を辞し、馬を走らせて帰還の途についていた。そんな時、背後から今まで聞いたこともない音を耳に拾ったのだ。

 二人は思わず馬を止めて振り返った。振り返ったところで何かが見えたわけではない。だが、その音は今も続いている。街の民たちも何事かと同じ方向を見ている。

「――ステファン。何か胸騒ぎがする。引き返すぞ」

「承知しました」

 二人は馬を反転させ、今来た道を引き返していく。

 この胸騒ぎが気のせいであってほしいと願いながら、エドワードは馬を走らせた。



 その頃、別の者たちが一足先にこの騒動の場へと辿り着いていた。

「間に合わなかったか……」

「ジル様……これが……この惨状が”竜の厄災”ですか……」

 赤竜が僅かな建物を残して破壊しつくした後、忽然と姿を消す一部始終を目撃した四名。その者たちの表情は憂いに満ちていた。

 突如稀に現れる、”古代種”にとって呪いともいえるこの厄災――。

 かつての同胞もこの厄災に苦しみ、愁い、そしてその生を終えていった。強靭な肉体と長い寿命を持つ種族であるが、徐々に蝕まれていくのだ。

 それは、意識外で起こした己が咎に苛まれるからだという者もいる。

 ここでもまた……――――。

「ジル様……あの方はこのまま……」

 ジルが静かに目を閉じる。

「――――光が見える」

 同胞の悲しい姿を見た者たちの表情が少し和らいだ。だが、あの場にいる者たちの嘆きが胸に刺さる――。



 エドワードとステファンは信じ難い光景を目の当たりにしていた。王宮があったはずの場所が焦土と化しているのだ。僅かな建物のみを残したその場所は、異様な光景になっていた。その場所の一角に人だかりがある。だが、誰もが膝をついている。

 二人は馬を走らせて、その場へ急行する。

 近づくにつれ、エドワードの胸騒ぎがひどくなってくる。

 蹄の音に気付いた者たちが振り返り、その道を空けていく。人垣を抜けて馬上から見えた光景は――己の父が横たわる姿。

「父上!!」

 エドワードは馬から飛び降りて父親のもとへ駆け寄った。アルベルトの傍らには怪我を負ったフレディの姿がある。

「何があったのだ!フレディ!!」

「……若……」

「父上!!父上!!」

 アルベルトの右腕は力なく地面に転がっている。脇腹に重傷を負っているのが見て取れる。

 アルベルトの瞼が開いた。

「父上!!」

 エドワードの瞳が忙しなく動いている。アルベルトの左手が持ち上がった。

「父上!いけません!動いては!フレディ!あれを使え!!」

「……エド……無駄だ……」

 アルベルトの弱弱しい声がエドワードの耳に届く。

「父上っ!」

「……エド……よく、聞け……幾千の民を……王女が、救って、くださったのだ……もう、ストレームベリ国、は、無い……お前が……新しい、国を、創るのだ……」

「父上っ、何を仰っているのです!父上!生きてください!!父上!」

「若」

 エドワードの背後に立つステファンの視線は、アルベルトの近くに転がっている一際大きな瓦礫の向こう側に注がれている。その場所には、モーリスの姿がある。そのすぐ傍に、メイドのリズと見知らぬ男性が二人がいる。

 エドワードが立ち上がった。

 ふらりふらりとエドワードの足が進んでいく。瓦礫の切れ目から見えた光景は――。

 リズの腕に抱かれてぐったりとしているマリーの姿だった。リズの小さな嗚咽が耳に届く。

 エドワードが近寄ってくると、リズは涙を湛えた顔を上げて、訴えかけるような瞳でエドワードを見つめる。

 エドワードがマリーの傍に膝を落とすと、リズはマリーの身体を預けた。エドワードは、その身体を掻き抱く。


「マリー……目を開けてくれ……今度こそ君を迎えに来た……約束を忘れたのか?マリー……マリー!!目を開けてくれ!!マリーー!!!」


 その叫びに、周りにいた者たちの嗚咽がそこかしこから聞こえてくる。誰かが抱えている赤子の鳴き声が一際大きくなる。


 モーリスが、ことの詳細を話し始めた――。


 エドワードは歯を食いしばり、マリーを腕に抱えたまま命を下す。

「フレディ。我が臣下たちをここへ召集せよ」

「はっ!」

 フレディが立ち上がり、常に肩にかけている鞄から一つの布束を取り出した。それを拓けた場所で、ばさりと広げる。

 広げられたその布には、ひとつの魔方陣が描かれている。さらに別の魔方陣を取り出し、何か紙切れをその魔方陣に置いて手を添えた。その瞬間、紙切れが消えた。

 それから間もなくして、この広場にいる者たちは驚きの光景を目にする。


 ――十数名の人間が、突如その布に描かれた魔方陣の上に現れたのだ。


 そこに現れたのは、ローゼンベルクの重臣たちであった。その中にいたエリークスがアルベルトのもとに駆け寄る。だが、その行為をアルベルトが制した。

 重臣たちは詳細が分からずとも、何があったのか察している。


「皆、聞け――」

 エドワードがマリーを腕に抱えたまま、アルベルトの傍らに立つ。

「この土地を支配していたストレームベリ一族はいなくなった。亡国の王女がこの土地の幾千の民を救ってこの世を去ったのだ。望まぬ戦に駆り出されることなく、無駄死にする者が出る前に、マリーが事を収めてくれたのだ。竜を導いて――」

 誰もが知る竜の伝説。エドワードとステファン以外、この場にいた者たちは確かにその目で見ている。悪政に苦しめられてきた民たちは知っている。

 エドワードが放った言葉に誰もが頷いている。


「この土地を守るために、この土地に住む幾千の民たちのために!私が新しい国を創る!――この国を、ローゼンベルク国とする!!」


 ここに、ローゼンベルク国初代国王エドワード・フォン・ローゼンベルクが誕生した。


 亡国の王女を抱く新国王に、誰もが頭を垂れた。モーリスも異議を唱えることなく頭を垂れている。

 ――モーリスは思う。ローゼンベルクの者たちが本気を出せば、亡国など簡単に掌握できたのではないかと。一瞬にして臣下たちを集める技術。主君を敬い付き従う臣下たちの姿。統制のとれた指揮系統に舌を巻くほかないのだ。


「早急に、元領主館を掌握せよ!今を以って、四つの領主館は廃絶する!抵抗する者は制圧。従う者はそのまま政務に従事させる。ハインツ、マルケスを”公爵”とし、グランデル、ルーデンドルフ、エヴァンズ、エリークス、シャルンホルスト、ロックウェル、チェンバレン、ヴァッセナーレの八家を”侯爵”、マルムストレム、ガーレイロ、ハウスドルクの三家を”辺境伯”に叙する。それぞれの名を以って領地を治めよ。其方らが信用のおける者たちに伯爵位を与える。行け――――」

 エドワードの命に従い、元ローゼンベルク領の重臣たちは心得たように動き出した。

 各所に送り込まれている密偵にその内容が転送されると、あちら側でも転移魔方陣が用意されていくのだ。その手法を以って、瞬く間に掌握されていったのだった。

 元ローゼンベルク領に潜り込んでいた密偵の屍が転がる。


 モーリスは、目を瞠るよりなかった。

 そして、元ブリュックナー領はもともとモーリスが仕切っていたも同然だったので、このことに異を唱える者はいなかったのである。誰もが諸手を挙げて歓迎したのだ。この事だけでも、モーリスの人柄がうかがえるというものだ。


「リズといったな」

「はい」

「隣の者は其方の伴侶と息子か?」

「そうでございます」

「名は?」

「ヨハンとリアムと申します」

「其方らの姓は何という」

「”イグニッシュ”と申します、陛下」

「ヨハン。其方を”男爵”に叙する。”イグニッシュ男爵”と名乗り、領地を治めるがよい」

 三人は仰天した。

「良き領主となれ。其方らは誰に言われずとも亡国の王女を守ったのだ。その心で民たちを導け」

 三人は深々と頭を垂れていた。



 ――新しい風が巻き起こり、この地に新な国が興った瞬間だった――。





「――この国は、”安寧が続くであろう”」

 ジルの言葉に、他の三名は救われた心地になった。

 ≪風≫を切り、その一部始終を見守っていた四名はこの地から離れていく。同胞が起こした惨劇が、この地に住む者たちの為にあったことを願いながら――――。








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