外伝6
R15 苦手な方はご注意ください。
マリーは、地面に蹲り耳を塞いで≪土塁壁≫を展開して遮ってみるが、それでも完全に防げない。一番間近にいるマリーは、大気を揺るがすほどの咆哮になす術はなかった。
必死で耐えていると、ようやく咆哮が止んだ。
土塁壁を解除し立ち上がる。
「お兄ちゃん!!」
マリーの呼びかけに応えることなく、赤竜は大きな翼を一羽ばたきしたのだ。その風圧に飛ばされたマリーの身体が母親の墓に激突した――。
息が詰まり、意識が朦朧とする。
マリーが墓の傍で倒れ伏している間、赤竜が暴れ出していた。赤竜からすれば足もとの墓など石ころのように蹴散らされ破壊されていく。赤竜の口から業火の炎が吐き出された。辺り一面が瞬時に焦土と化す。
何一つ残っていない。
樹々も瞬時に焼き尽くされ、黒ずんだ地面があるのみ。
赤竜は、建物の方へと向かいだした。
巨体を支える足が王宮の建物に向かって蹴り上げられれば、外壁など無残に崩れ落ちていく。
赤竜から放たれた業火の炎で残されたのは、建物の僅かな残骸のみ。
業火の炎が広場を焼き尽くす。王宮の正面には、手入れがされた庭園が広がっていたが、全てが焦土に変わってしまった。
赤竜の巨体が次々に建物を破壊していく。東側の墓所から一直線に建物が消滅していっている。赤竜は、何も感じていないかのように、ただただ破壊行為を繰り返している。
建物の西側に位置する客室が並ぶ建物では、アルベルトとモーリスらが密談を交わしていた。
「我も、この戦には反対ですぞ。ましてや、あの枢機卿では本気で軍を率いる気があるのか疑わしいですな」
「我もそう思っている。我らローゼンベルクを見殺しにする気なのであろう」
「何かと貴殿らを目の敵にしているのは察していた。だが、国の一大事に私怨を持ち込む輩が上に立つ資格はない」
「そうですな……」
その時、突如轟音が耳に飛び込んできた。
「ん?なんだ。この音は」
即座にフレディが窓から外を覗ってみた。窓を開けた瞬間、その轟音が大きくなる。窓から見える光景には異常がない。青空が広がり、王宮を取り巻く庭園とその先に見える城壁があるだけ。
そして、長々しい轟音がやがて静まった。
今度は通路の方が騒がしくなっていた。様子を確認する者たちが動き出したのであろう。この棟には各領主たちが泊まる部屋が並んでいる。付き人たちが情報収集に動き出したようだ。
「どうする、当主様。今ここを動けば、この密会が漏れる」
状況確認に出たいが、モーリスがここにいることが漏れてしまうだろう。
「御当主殿。我は構わない。状況確認が急がれる」
「口裏ならそれなりにつけられる。出るぞ、フレディ」
「承知した」
三人は連れ立ち、部屋を出た。思った通り、各領の従者たちが右往左往していた。
すると、通路の窓が開け放たれているので、何かが激しくぶつかっているような衝撃音が聞こえてくる。
三人は走り出した。西棟中央に位置する部屋を出て、南へ続く通路を走り抜ける。建物突き当りから見えた光景は――一面が黒焦げ――。
見事な庭園だったはずの王宮南側正面は何一つなくなっていたのだ。
建物の二階にいる三人の視界に飛び込んできたのは――巨体を右に左にと揺さぶって、王宮を破壊していく赤竜の姿だった。
次に飛び込んできたのは、信じられない光景が。
――赤竜を追いかける、青髪の少女。
「「「マリー王女!」」」
三人の声が重なった。男たちは示し合わせたわけでもないのに、体が勝手に動いたように目の前の階段を降り、建物から飛び出していく。
倒れ伏すマリーは、何度か瞬きを繰り返しているうちに、視界が正常に戻った。ぶつけた背中が痛んだので回復魔法で癒す。体が動き出した。
顔を上げてみれば――そこは破壊しつくされた爪痕が残るばかりの墓所。もっと視線を巡らせれば、樹々があったはずなのに何もなくなっているのだ。
ふらりと立ち上がり、建物群のほうを確認すれば、いつも食事を摂っている建物が炎に包まれている光景が目に入った。マリーは仰天し、駆け出した。
食糧倉庫にほど近いその建物は、使用人たちが寝泊まりする建物でもある。その建物が火事を起こしているのだ。
マリーは何の躊躇いもなく≪水魔法≫を展開。掲げた手の前に大量の水が現れ、炎に向かって飛び出し消火していく。入り口の火が消えると、建物の中へ飛び込んでいった。王宮の主や客人たちより早く昼食を摂る時刻であった為に、使用人たちはその建物に集まっていた。
「皆!怪我はない!!」
突如飛び込んできた王女の声に、誰もが耳を疑った。建物内部にまで迫ってきている炎が何故か突如現れる水で消火されていく光景に、誰もが己の目を疑っている。
「大丈夫だよ!外に逃げよう!!」
使用人たちが弾かれた様にマリーに視線を集める。腕を大きく振り上げて入り口へ誘導するマリーに従って、使用人たちは次々に脱出していく。
使用人たちと共に外へ出たマリーは、リオの事が気になっていた。赤竜に変わったお兄ちゃんの姿が見えないからだ。
マリーは駆け出した。がらがらがらがらと何かが崩れ落ちるような音がする方へ。リズが呼び止める声が聞こえたが、構わずに駆けて行く。
建物があったはずの方へ行ってみれば――赤竜が次々に破壊していく姿を捉えた。
「お兄ちゃん!!」
マリーは、無我夢中で走り出した。赤竜の背中を追って。
三人の男たちは、赤竜に注意を払いながら背後に回り込み、そして――。
赤竜ばかりに視線を注いで走るマリーの身体が突如、脇から何かに包み込まれて持ち上がったのだ。がくんと体が前に傾いた。頭が垂れ下がった反動でマリーの視界に飛び込んできたのは、誰かの逞しい腕。足は宙でぶらぶらと揺れている。
首を巡らせて背後の人物に顔を向ければ、エドワードと一緒にいた人物。アルベルトと名乗ったおじさまだと認識する。その隣には、フレディと名乗った男性と見知らぬ体躯のいい男性が荒い息で佇んでいるが見えた。
「どうしよう!お兄ちゃんが!お兄ちゃんが!」
アルベルトの腕の中でもがくマリー。
「マリー王女!危険だ!ここから離れるんだ!」
「駄目だよ!お兄ちゃんを止めなきゃ!!」
「止めるとはどういうことだっ」
「あの竜はお兄ちゃんなの!!」
「王女!落ち着いて説明してくれっ。竜がお兄ちゃんとはどういうことだっ」
「いつも傍にいてくれたの!いろんな事を教えてくれたの!ずっとずっと一緒だったの!エドお兄ちゃんが迎えに来てくれるまで守ってくれるって約束したの!」
その説明ではなかなか分かりづらい。だが、次の言葉で三人は理解した。
「お兄ちゃんが突然、あの竜の姿に変わったの!!」
三人の視線が赤竜に集中する。
――竜人族――。
三人の脳裏に浮かんだのはその言葉。
竜とは伝承の生き物だと思っていた――だが、確かに目の前に存在している。そして、三人とも伝承の言葉を思い出していた。
≪誰もが惹かれてやまぬ竜。なれど、高潔が故に手を出せぬ。闇ある者が近づけば、斎戒せしめんと業火を放つ≫。
三人が三人とも鳥肌が立っていた。膿が蔓延るこの国。今まさに業火が放たれ、闇が消滅していっているのだ。
既に赤竜による蹂躙は西棟にまで達しており、猶も破壊は続いている。
赤竜が通った後には僅かな瓦礫のみを残して他は消え去っていく。東側に残っている建物を除けば、後は中央最奥の建物のみ。
その場所に赤竜の業火が襲い掛かる。中央の建物が蹴り崩された。赤竜は己の身体など無頓着に体当たりを繰り返している。
人間が作り出した建造物など、竜を前にしてはただの岩であるかの如く灼熱の炎によって溶かされていくのだ。どろりと紅い光を放ちながら地面に流れ落ち、熱を失っていくと黒い塊が後に残されていく。
アルベルトの腕の中で、マリーは目の前の光景をただただ見ているしかなかった。逞しい腕はどんなにもがいてもびくともしないのだ。
何もかもがなくなって、黒焦げの大地が広がっている。最奥の最後の建物を蹂躙し終えた赤竜が見据えるのは――東側に残っている建物だ。
「駄目!駄目だよお兄ちゃん!もう駄目だよお兄ちゃん!!」
難を逃れた者たちが、建物の陰に集まって様子を窺っている。
「おじさん!離して!!お願い!!離して!!お兄ちゃんを止めなきゃ!!」
「駄目だ!ここから一刻も早く離れるぞ!!」
赤竜が、のそりのそりと東側に歩いて行く。
「だめーー!!皆逃げて!!逃げてーーー!!」
マリーはありったけの声で叫ぶ。生き残った者たちが、建物の陰から次々に走り出している。
「おじさん!!離して!!皆を守らなきゃ!!離してーー!!!」
突如、マリーの周りからものすごい風が吹きあがり、アルベルトの腕が思わず緩んだのだ。好機とばかりにアルベルトの腕からマリーの身体が飛び出していく。
走って逃げてくる者たちと逆に走り出すマリー。三人は慌てて後を追いかけだす。少女の体のどこにそんな体力があるのか、男三人が走っても追いつけない。それだけではない。何処から吹いてくる風なのかわからないが、マリーに近づこうにも荒れ狂う風が邪魔で近づけないのだ。
赤竜の翼が建物にぶつけられた。その瓦礫が逃げ惑う者たちに降りかかってくる。
だが、その者たちの頭上で何かに弾かれた様に瓦礫が別の場所へと転がっていくのだ。その光景を三人は理解した。手を掲げるマリーの姿に合点がいった。
魔法を見慣れた者たちにとってみれば容易く想像できる。マリーが結界を張っているのだ。それも、とてつもなく大きな結界を。瓦礫の雨を逃れた者たちが、四人の背後へ流れるように逃げていく。
第二波が来た。だが、それにもマリーの結界が防いでいる。だが思う。これほどの結界がそう長く続くのか――あの業火に対抗できるのか――。
赤竜はお構いなしに体当たりを繰り返している。もう少しで炎に包まれている使用人居住区に到達しようとしたところで第三波が来た。逃げてくる者たちはあと少し。だが、これほどまでに何もないところを逃げたところで、どこに身を隠せるというのか。身を隠したところであの業火が来ればひとたまりもないのだ。
三人が三人良策が思い浮かばず、ただただマリー王女の背中を見つめている。
一番後ろから逃げてくる女性が何かを腕に抱えている。だからその足が遅い。それに気づいた前方を走る男が引き返し、その腕の中のものを抱え上げて走り出した。
早く早くと思う三人――。
第四波が来た!瓦礫の数が多い!
――マリーの視界が――暗転した――――。




