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外伝5


 各領主が集結した翌日に国王主導で軍議が開かれた。

 思っていた通り、ローゼンベルク以外の領主たちは、開戦に反対する者はいなかった。内心では臆病風が吹いているものの、誰もそれを吐露するほどの気概もないからだ。


 執務室で告げられた通り、ローゼンベルクが先発隊として赴くことが決定した。それを執拗に後押ししたのがあの枢機卿では、裏に何かあるのは必至。それも、援軍を枢機卿が率いるとなれば連携が取れないも同然だと踏んでいる。税の事にしても、執務室でのことからしてもそれは明らかだ。必ず見捨てるだろうと想像に難くない。


 この戦――無駄死にせよと言われているようなものである。


 アルベルトはこの状況の中、いかに自領の民たちを守るかを考えていた。だが、その答えが容易には出てこない。

「エド。お前はステファンといったん領へ戻れ。名目は、開戦準備のためとでも言ってな」

「父上はいかがされるのですか?」

「我はここに残り、どこか確実に援軍を送れる者と交渉してみるつもりだ」

「当主様。一人、心当たりがございます」

「誰だ?」

 ステファンに、皆の視線が集まる。

「北の港を持つ領、ブリュックナーの猛将モーリス・ハウスドルクという男です。報告では、常々領主の体たらくに苦言を呈し諫めているとか。港の警備も一手に引き受け、実質彼が領内の政をこなしているようです」

「――会議の折、後方に控えていたあの者か?」

「はい。報告に書かれていた容貌からすればその者に間違いないかと」

「わかった」

「若。帰り支度を急ぎましょう」

「マリーにこの事を伝えてくる」

「そうでございますね……」

 一行の誰もの表情が翳る。早くあの境遇から救ってやりたいのに、何故こうもままならないのか。

「エド。くれぐれも気を張っておけ。今この王宮には、各所の愚息たちが揃っている。あの者たちにマリー王女のことが知られればことだ。あの場所では、警備が無いにも等しいからな」

「はい、父上」



 エドワードは、フローラ妃の墓に手向ける花を一輪庭園から拝借して、墓所を目指していた。

 ――その道すがら、懸念していた者たちと遭遇した。

「おや?貴殿は初顔だな。何処の者だ?」

「エドワード・フォン・ローゼンベルクと申す、お見知りおきを」

「ああ。あの片田舎の領の者か。どうりで田舎臭いと思ったがな。そんな花でアリゼ王女でも口説こうってか?田舎ではそんなことで女を口説いているのか?」

 あからさまな皮肉に、周りの者たちから笑いが起こった。

「そのような用向きではありません。これから開戦準備に領に戻りますからね。その前に、墓所に立ち寄っていこうと思っただけですよ」

「はっ!そんなことを言いながら、アリゼ王女を掠め取ろうってのが見え見えだ。生憎だったな。王女様はあちらにはおられないらしいぞ」

 どうやら目の前の者たちは、アリゼ王女を訪ねたが空振りに終わったようだ。忌々しいことに、墓所の方角が王族居住区の方角にあるため、誤解されても仕方がないというものだ。

「貴殿らは、開戦準備はよろしいので?」

「そんなもの、部下たちがやるに決まっているだろう。我らは高みの見物を決め込めばいい。大将は陣にて的確な指示を送るのが役目だからな。まあ見ているがいい。我の智略を以って勝利に導こうぞ」

 そうだそうだと、何の根拠もない自信で盛り上がるどこぞの子息たち。


 ――己の兵力も知らずに何が智略というのか。


「若様」

 突如、エドワードの背後から別の人物の、誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。途端に、先程からエドワードに噛みつく輩の表情が駄々っ子のように歪んでいく。

 エドワードが振り返れば、剣に優れているフレディほどの身長はあろうかという男が立っていた。

「モーリス……何用だ」

(この男が、モーリス殿――)

 エドワードは、モーリスに会釈した。彼も挨拶を返す。

「当主様がお探しですぞ」

「ああ。わかった」

 名乗らなかった輩は、ブリュックナー領の愚息だったようだ。モーリスのお陰で墓所に向かうことができそうである。男たちが逆方向に向かっていくのでモーリスも一緒に行くかと思われたが、何故か彼は留まったままだ。そして、徐にエドワードへと振り返った。

「失礼ながら、ローゼンベルクのご嫡男殿であられるか?」

「そうだが」

「――内密に、御当主と話がしたいと伝言をお願いしたいのだが、可能だろうか」

 願ってもない申し出に、エドワードは二つ返事で頷いた。


「(マリー王女にお会いになるなら、十分に気を付けられよ)」


 エドワードは、弾かれた様にモーリスに視線を上げた。静かに瞬きをするモーリス。

「では、約束の時間にお待ちしている」

 本当に信頼できる男のようだ――。

 エドワードは彼の背中を見送り、墓所へと足を運んだ。



 エドワードは、周辺に人の気配がないか注意しながら声をかける。

「マリー」

 その声に、マリーが墓の裏手から顔を出した。

「あ、お兄ちゃん!」

「日が空いてしまって悪かったな」

「ううん。平気だよ?」

「そうか。すまない……すぐにでも私が住む場所に連れて行ってやりたかったが、そうもいかなくなったのだ」

 エドワードの表情が翳る。

「お兄ちゃん。何故悲しそうな顔をするの?」

「一緒に過ごしたかったのに、邪魔が入ったのだ……私はまた、君を置いて帰らなければならなくなった……」

「でも、約束があるでしょう?私は待ってるよ?」

 何の衒いもなくそう言ってくれるマリーに、エドワードは胸を締め付けられる思いだ。何の穢れもなく、真っ直ぐに人を信じる瞳。

「ああ。約束だ。必ず君を迎えに来るから」

「うん!」

「だから、今はリズお姉ちゃんの傍を離れてはだめだ。約束だ」

「うん。約束」

「ここに来るときも、誰にも見られずに来るんだ。今ここには、野蛮な者たちがいるからな。十分に気を付けるんだ。わかったかい?」

「野蛮な者たち?」

「ああ。君が嫌がることをしてくる者たちの事だ。そんな者たちに見つかってしまったら、何をされるかわからない」

「うん。わかった。お兄ちゃんの言うとおり気を付ける」

「ああ」

 エドワードは、魔石が入った小袋にそっと手を添えた。

「約束の証だ」

 そう言って、エドワードはマリーのおでこに口づけを落とした。マリーの顔が、徐々にリンゴのように赤く染まっていく。

 マリーは知っていた。その行為が何を示すかを。リオから教えてもらった物語にあったからだ。愛する者同士が行う行為だと知っている。

「くくっ。マリーも大人になったんだな」

「っ~~!」

 マリーはさらに赤くなりながら、だが何を言っていいのかわからずに口がハクハクしている。エドワードはさらに揶揄いたくなったがここは我慢。

 まだ、大きな問題が立ちはだかっている――。

 エドワードは表情を切り替えた。

「今度君と顔を合わせるときは、私たちの婚姻式だ。それまで待っていてくれ。私は”必ず生きて帰ってくる”。だから、それまでしっかりと身を守ってくれ」

「うん」

 マリーの笑顔に心洗われる思いで、エドワードはマリーの手の甲に口づけを送って墓所を後にした。



「あの者との約束がまた伸びてしまったな」

「あ、聞いてたのお兄ちゃん」

 いつも通り、唐突に現れるリオ。

「ああ。ならば、あの者がお前を迎えに来るまで、我がお前を守ろう。あの者が言う通り、此処には野蛮な者たちが集まっている。”此処に平穏が戻るまで”お前の傍を離れないから安心しろ」

「ありがとう!お兄ちゃん!」

「それでも我の目が届かずお前に危険が迫り、嫌だと思った時には魔法を使うのだ。そうしなければ、あの者が言う通り身を守れないからな」

「うん。わかったよ」

「それでいい」

 素直に頷くマリーの頭を、リオの手が優しく撫でる。


 ――と、突如リオの顔が苦悶に歪み、身体が頽れた。

「お兄ちゃん!」

 胸のあたりの服を握りしめ、脂汗が額に噴きだしている。苦しそうに肩で息をして必死で何かに耐えている。

「どうしたの、お兄ちゃんっ……お兄ちゃんっ……」

 口から苦しげな声が漏れているのだ。呻き声といってもいい。



 リオが苦しみ出してからどれくらいの時間が過ぎたか――。


 突如、リオが立ち上がった反動で背中に抱き着いていた手が離れ、マリーは地面に転げ落ちた。そんなマリーの様子に構うことなくリオはふらふらと歩いて行く。

 唸り声を上げながら――。


「お兄ちゃん?」


 そして――――マリーは我が目を疑った。


 リオの姿が、二十メートルはあろうかという『赤竜』に変化したのだ。見間違うことはない。目の前で本当に竜に変化したのだ。

 見るからに固そうな紅い鱗を持つ赤竜。翼膜はまるで血管が走っているかのように網目のような筋が見える。手足には鋭い鉤爪が生えていて、一本だけでもマリーの身体よりも大きいそれは、がすがすと地面を抉っている。




 大空に――――赤竜から放たれた咆哮が轟いた――――。




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